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小話「ある日の、特に何の意味もない会話集」

【ハンター? エンターテイナー?】


 宿の一室に勇者達五人が集結する。


 ゴロゴロとくつろいでいる者、読書をしている者、勉強を教えてる者、教えられている者、そして剣を磨く者。


 まだ眠る時間ではないからか、誰も同じ部屋で暮らしていることに抵抗が無いようだった。


「そういえば、あんたさ……」


 短剣の手入れをしているエルに、珍しくイズが話しかける。


 彼女はネメスに四則演算を教えているところだ。問題を解くネメスから目を離し、今はエルの方に視線を向けている。


「ん? 何だ?」


「ハンターをやってた割には弱くない?」


 エルの胸にグサッと言葉の槍が突き刺さった。とうとう賢者は精神攻撃も習得してしまったようだ。


(しかしそうは言うが、エルは十分強いぞ。魔力量が大したことないだけだ。少なくとも彼がこの中では一、二を争う実力者なのは間違いない)


 ベッドの上でローリングしながら、フォローするでもなく無言で思考するヴィーレ。


 彼は本を読むカズヤや勉強するネメスに構ってもらえず、久方ぶりに何の意味もなく怠けている。今はエル達の会話に耳を傾けているだけだ。


 二人の会話は立ち直ったエルの台詞から始まる。


「ま、まあな……。俺はギルドに入らず、個人的に依頼を受けて狩っていただけだし。ハンターの資格を得たのもつい最近なんだよ。だから仕事もまだろくにできていなかったのさ」


「じゃあ魔力量(レベル)は私達とあまり変わらないのね?」


「そんなには変わらねえと思うよ。ただ一人でやってきただけあって、多少の勘や判断力は身についたかな」


 エルが的確な指示を出したり、誰よりも早く行動に移ったりできるのは、彼の言うとおり『経験』によるものなのだろう。そういった才能は戦闘において大きな強みとなる。


「なるほどね」


 エルの重要性にイズも思い至ったのだろう。一呼吸置いて、彼女は深々と頭を下げた。


「……ごめんなさい。正直心の中では、あんたのこと今までポンコツおとぼけ芸人と思っていたわ」


「その事実は墓まで持っていって欲しかったなぁ!?」


 涙目で叫ぶエル。声と動作だけは無駄に大きい奴だ。


(可哀想に。すっかりそういう立ち位置になってしまって……)


 二人のやり取りを聞きながら、密かに同情の念を抱くヴィーレ。


(でもすまん、エル。俺も最初はそう思ってた)


 けれど現実は非情であったみたいだ。


 ヴィーレの心の声など知るよしも無く、エルは落ち込みながら短剣の手入れ作業に戻っていった。







【さん付け】


 男三人が同時に浴槽へ体を沈める。揺れる緩やかに湯気が形を変え、波一つ無かった平坦な水面が激しく乱れた。


 足の爪先から天国に入っていくような感覚だ。溜まった疲れがそこから込み上げ、ヴィーレの口から「くはぁ」なんて間抜けな声が絞り出された。


「くぅ~、いい湯だねぇ。やっぱり寝る前の風呂は格別だな!」


 エルもまた湯船に浸かりながらオヤジくさい声をあげる。移動中に張りきって魔物を倒しまくっていたため、珍しくグッタリしている。


「本当、ちょうどいい湯加減だしね。温かくて眠っちゃいそうだよ。イズさんやネメスは大丈夫かな? 昨日みたいに長風呂して寝ちゃわないといいけど」


 カズヤも目を瞑り、足を伸ばして寛いでいる。この時間帯は人が少ないから存分に場所を使えるのだ。


「そういえば、前から気になっていたんだが」


 首まで浸かるよう体をずり下ろしながら、かねてから疑問に思っていたことを口にするヴィーレ。


「どうしてカズヤはイズのことを『さん付け』で呼ぶんだ?」


 そう。なぜか彼はイズだけ名前の後ろに『さん』を付けるのだ。そんな事をするくらいなら『ローウェル』って呼べばいいのに、とヴィーレはずっとモヤモヤしていた。


 彼の問いにカズヤは「えっ」と声をあげて、少し答えに困っているような素振りをした。そして熟考しだす。


(いや、そんなに真剣な答えは期待してないんだけど……)


 カズヤの対応に口を出そうとすると、エルが大げさに割って入ってきた。


「ヴィーレ、そんなん決まってんじゃねえか! あいつが恐いからだよ。こ、わ、い、か、ら!」


 やたらとイズが恐いことを強調してくる。ヴィーレはあまりの勢いに引いていた。


(思い返せば、いきなり脅してきたり初めから高圧的な態度だったりしてたもんな、イズ(あいつ)は。最近はどうも丸くなったみたいだが)


 とは言え、仲間内で距離ができているのは、ヴィーレにとって厄介な障害となり得る。彼は念のため、イズのフォローへ回っておくことにした。


「確かにそうかもしれんな。けど、気難しく見えて、あいつも根は優しい奴だ。そろそろ呼び捨てにしてしまってもいいんじゃないか?」


 いつか『暴君イズ被害者の会』を結成したものの、それで仲良くなることを拒絶されていたら困るのだ。


 ヴィーレの計画では、パーティー内の皆が皆、他の四人全員と同程度の厚い絆で信頼しあっている関係を目標としている。それがヴィーレの理想であり、本来の彼らの距離感だったからだ。


「いやぁ、別に距離感を出したくて『さん付け』してたわけじゃないんだけどね……。最初はすごく恐かったから、無意識にそうしたのは事実だけど。ただもう慣れちゃったし、ずっとこれでいいかなって」


「それがいいかもな。いきなり呼び捨てになんてしたら、きっと氷の棍棒でボコボコに殴られるぜ。ファミリーネームじゃないだけでも凄いってもんさ」


 エルはそう言って高笑いをする。本人がいない所だとやたらイキイキしている小心者だ。


「そうそう。話は変わるけどよ、イズの嫌いな食べ物って知ってるか?」


「えっ。……うーん、知らないな~」


 突然の話題転換に驚きながらも答えるカズヤ。


 ヴィーレも首を振って「知らん」と告げると、エルが物真似を交えながらこの間交わされた会話を再現してくれた。


『おい、イズ! ついさっき、そこの街でスッゲー甘いイチゴが買えたんだよ! 絶品だぜ。みんなに配ってあげたから、お前にも分けてやるよ』


『うん? あー……遠慮しとくわ。私、イチゴ嫌いだから』


『は? なんでさ? イチゴ美味しいだろ。可愛いし』


『可愛いぃ~? イチゴがぁ~?』


『あぁ、その言い方と表情でもう賛同してもらうのは諦めたわ……』


『だって、そうでしょう。よく見てみなさいって。あいつら、妙にブツブツしてて、結構グロテスクな見た目をしているわよ』


『そうか~?』


『ええ。おまけにケーキの上に乗ることで、自らを可愛いと錯覚させてくる小賢しさも持ち合わせてやがるのよ。ケッ、大人しくジャムにでもなってなさいっての』


『なに、イチゴに親でも殺されたの?』


『……まあ実は、小さい頃にイチゴの発芽を見てからトラウマになっただけなんだけどね』


「なるほど……確かにあれは気持ち悪いかも……」


 回想話を聞いてカズヤが苦笑いする。


 ヴィーレもイチゴの発芽した姿を思い浮かべて、少し納得していた。


(集合体恐怖症の人は苦手だろうな。それにしても、嫌悪に振り切れすぎている気がするが……)


 そこでつい口を滑らせてしまったのだろう。誰に聞かせるつもりもなく、頭に映し出された言葉をそのまま読み上げる。


「なんていうか、あれだな。あいつって結構アホなところあるよな」


「あ、そうだ。この間さ、イズさんが落とした本を一冊拾ったんだけど」


 まるで『アホで思い出した』とでも言うような感じで話し始めるカズヤ。途端に神妙な顔になって言葉を続ける。


「その本、イズさん自身が書いたものだったんだ」


「「えっ」」


 瞬間、ヴィーレとエルに戦慄が走る。


 エルはいち早くその意味を察したらしく、「うわうわうわうわ」を十セットほど高速で唱えていた。鳥肌が立つのを抑えようと肌を擦りまくっている。


 他方で、ヴィーレは初めて知る仲間の恥ずかしい話に罪悪感を覚えつつも、深い関心を抱いていた。探り探りにカズヤへ質問を投げる。


「えーっと……ちなみに、本のジャンルは?」


「ポエム」


「ファーッ! ハッハー!」


 ノータイムで返ってきた答えに、早くもエルが発狂した。高音の奇声を発して白目を剥いている。百点満点の愚弄顔だ。


「よっしゃ、それ後で三人で見ようぜ! そんでバカにしてやろう! 積もりに積もった日頃の恨みを晴らすのさ!」


「いや~。悪いかなと思って、既にバレないように返しておいたよ。それに、中身も馬鹿にできるような痛いものではなかったよ。貴族だけあって凄い洗練された文章だったしね。本人にとっては黒歴史みたいだったけれど」


「えっ。バレないように返したってことは、イズとはポエム本について話してないんだろ? なんで分かるんだよ」


「タイトルが『知的財産』から『恥的財産』に正されてた」


「アホだ……! アホの天才だぜアイツは……!」


 エルは笑いを堪えてヒーヒー言っている。


 苦しそうに腹を押さえて痙攣する彼の隣でヴィーレも口元を隠していた。器用にも無表情で笑っている。


「お、おいヴィーレ……。お前も何か持ってるだろ、イズのバカ話」


 半笑いのまま話を振ってくるエル。


 彼らの作った流れのせいで、ヴィーレも話さないではいられない空気を感じていた。


 しかし、若人にありがちな恋愛話などではない分、ヴィーレにはいくらか取っつきやすい話題である。仕方なく彼は自らの記憶の棚を漁り始めただろう。


「そういえば、この前イズが――――」


 が、先日イズと二人きりになった件について語りだそうとした瞬間。


「ヴィーレ、エル、カズヤ」


 不意に壁の向こう、つまりは女風呂の方から、地獄の底から沸き出るマグマのように低く重い声が聞こえてきた。


「あんた達三人に話があるわ。後で、じっくりと」


 一瞬で空気が凍った。


 反響していて、声色もまるで違ったが、声の主は明らかにイズ・ローウェルその人だったからだ。


 エルとカズヤの顔は汗を滝のように流しながら固まっている。表情差分が少ないゆえに判断しづらいが、ヴィーレも内心では同じような状態になっていた。


(まさか、今までの話はすべて聞かれていたのか……?)


 自明な事柄に思い至った男達。


 彼らは湯に浸かっているにも(かか)わらず、すっかり顔を青ざめさせていた。水風呂に入っているかのような身の震えようだ。


 今日は自分の命日かもしれない。


 一変した静寂の中、三人ともが同様の予感を胸中に宿していた。

【落とし物の行方】


ヴィーレ「財布を無くした……。お、落ち着いて聞いてくれ」


カズヤ「倒置法が半端ないんだけど」


イズ「とりあえずあんたが落ち着きなさいよ」


ネメス「落としたのかな……。今日行った場所に戻って探してみよ! きっと見つかるよ、お兄ちゃん」


ヴィーレ「クエストの報酬が入ってるんだ。しかも多額の。あんな恐ろしくデカい硬貨入れ、俺でなきゃ見逃さないさ……」


カズヤ「珍しくヴィーレが本気で落ち込んでる」


イズ「基本的に感情表現は顔じゃなくて、動きと声なのね」


エル「まあまあ、ヴィーレ。クヨクヨすんなよっ! 今夜くらいは飯、奢るぜ」


ヴィーレ「エル……。今日はやけにご機嫌じゃないか」


エル「まあな。ちょうどさっきそこで財布を拾ったんだ」

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