2話「二つ目の依頼」
依頼主の家に赴き、報告を終えた勇者一行。
男を引き渡した際に衛兵から受け取った書類と交換する形で報酬を渡される。
「ありがとう。助かったよ。これが報酬の十万ペドル、大金貨一枚だ」
調査を依頼をした彼はあの館の主らしく、この家もやはりそこそこ大きかった。
(広大な庭を取り囲む塀やレンガで作られた豪邸という外観からして、金がかかっていそうな雰囲気は醸し出されていたが……)
ここは館の主の書斎だ。この部屋に来るまでに例の子どもが元気に遊んでいる姿も見受けられた。奇跡的に魔物による怪我の後遺症も無かったようだ。
(金持ちというのはデカイ物とキラキラした物が本当に好きだな)
ヴィーレは少し羨ましく思いながらも、価値観が別次元レベルで違うため、到底理解できないようだ。いまいち実感の湧いていない様子で報酬の小包を受け取る。
そうして早速その場で中身を認めた。仮にも一貴族の前で、はしたない。おまけに彼は大金貨なんて滅多に触れることがないから、それが本物かどうかもよく分かっていなかった。
ヴィーレが大金貨の観察に夢中になっている間に、イズがやたらと館の主へ除霊を勧めていたが、その点については信じてもらえるかどうか怪しいものである。
「確かに受け取った。では」
「あ、待ってくれ!」
報酬を硬貨入れにしまい、熱心に除霊の必要性を説くイズを引っ張って去ろうとすると、ヴィーレは依頼主の声に止められた。
「君達、なかなかの実力者と見た。その腕前を見込んで頼みがあるんだ。勿論君達さえ良ければ、なのだが」
振り返れば、椅子から半分立っている体勢の男の姿。言葉から察するにどうやら簡単な頼みじゃなさそうだ。
(先を急ぎたいのだが、かといって無視するのも気が引けるな。損をするわけじゃないし、話だけでも聞いていくか)
ヴィーレ達はもう一度体を主へ向ける。
「聞くだけ聞いておこう。どんな依頼だ?」
「このモルトでは最近、町にある民家が魔物に襲われるという事件が頻発しているんだ。大猿の魔物が主な原因だが、他にも何匹かとまとまって同時に襲撃してくるらしい。調査してみたところ、どうやら町の近くに魔物の巣があるようなんだ。そこへ行って奴らを駆除してはくれないか?」
「……だそうだ。どうする?」
ヴィーレの独断で決めるわけにもいかないので先に仲間達へ意見を聞く。
ネメスとカズヤ、エルは賛成らしかったが、いつも通りイズだけはすぐに首を縦に振らなかった。
「別に行ってもいいんだけど……こんなに道草を食ってて大丈夫なわけ?」
「……本音を言うと時間が惜しいが、これから先のこともあるんだ。いつまでもお前の財布に頼っているわけにもいかない。それに、これもみんなの力をつける良い機会だ」
「あっそ。考えて言っているんなら反対はしないわ」
意外なことに、彼女はあっさり了承した。腕を組んだまま視線をヴィーレから外す。
もう少し粘ると思っていただけに拍子抜けだ。今日はなんだか張り合いがないなとヴィーレも訝しむ。
「おお、ありがたい! では早速その場所の地図を描かせよう!」
依頼主が椅子に座り直して指を鳴らすと、ササッと音もなく執事が現れ、命令を聞くやすぐにまたどこかへ消えていった。
(何だ、あの執事。レベル高そうだな)
ヴィーレが使用人の仕事ぶりに愕然としていると、依頼主が目の前のテーブルに一枚の紙を出す。羽のついたペンにインクを付けてから五人を見やった。
「それでは名前を教えてくれるかな?」
「クエストの手続きか。名前だけでいいのか?」
「ああ。君は勇者だから任務を放棄して逃げることもないだろう。手続きは簡易的に済ませるよ」
「なるほど、分かった」
他の四人に目配せをする。最終確認だ。彼らが意見を変えるつもりのない事を悟ると、まずはヴィーレから名前を告げた。
「ヴィーレ・キャンベルだ」
「エル・パトラー!」
「イズ・ローウェルよ」
「ネメス・ストリンガーです!」
「えと……カズヤ・フタバと申します」
一拍置きの紹介に頷きながら、館の主は名前を記していく。いかにも育ちの良さそうな字だ。
「……よし。ではもう少し待っていてくれたまえ。数分で執事の彼も戻るだろう」
「だがよぉ、オッサン。依頼を受ける以上、報酬は相応の額を貰うぜ。討伐依頼が高くつくのはご存知だよな?」
「ああ、分かってるさ。この依頼はもとよりギルドに頼むか町の掲示板で協力者を募ろうかと考えていたものなんだ。そのために家族や農作物が被害に遭った人々から報酬金を集めていた。それに加えて私も少しではあるが、出させてもらうつもりだよ」
エルが館の主のテーブルに手をついて挑戦的な態度を取っても彼は動揺を見せない。どうやら報酬の件については特に心配ないらしい。
「それにしても、農作物まで手にかけるとは……。農家としては見過ごせない案件だ。魔物め、生かしてはおけん」
「その意気で頼むよ、キャンベル君。このままでは最近流行している薬草ジュースが作れなくなってしまう。あれは私の好物でもあってね。これからも毎日薬草ジュースを飲めるかは、君達の手にかかっているんだ」
館の主から聞き覚えのある飲み物の名前が出てくる。
(やっぱり薬草ジュースって流行ってたのか……)
今までの事態には納得したけれど、あれが今のトレンドだという事が腑に落ちないヴィーレ。
「……へぇ。あんたも薬草ジュース、好きなんだ?」
ここで我がパーティーで随一の味音痴が反応を示した。素っ気ない言葉遣いとは裏腹に少しソワソワしている。初めて共通点を持つ相手に会えて嬉しいのだろうか。
「ええ、賢者様。私は小さい頃から、あれが流行る前からずっと、毎日毎日薬草ジュースを飲み続けてきました。朝起きれば薬草ジュース。仕事の合間に薬草ジュース。夕飯時には妻と薬草ジュースで乾杯し、風呂上がりに薬草ジュースのイッキ飲みをして、薬草ジュースの夢を見るため床につく……」
イズ相手の時は敬語になる主。いきなり饒舌になった彼を止める者は誰もいない。
「最早私にとってあれは水や空気のようなものなのであります。切っても切り離せない存在なのであります! そう、私の血は薬草ジュースでできているんです!」
椅子から立ち上がり、拳を握る依頼主。理解不能な話に呆然とするヴィーレ達四人を置いて、イズは熱弁する彼に近付くと、その手をひしと掴んで握手を交わした。
「私の血も同じ深緑色よ」
「意味が分からーん!」
帽子を深く被って叫ぶエルの声に、ヴィーレは心の中だけで同意する。
「イズお姉ちゃん、たまにああいう所あるからね……」
「この流行が一過性のものであって欲しいと心から願うよ」
エル達より後ろで見ていたネメスやカズヤも苦笑気味だ。
(前々から思っていたが、このメンバーの中で一番の変人はもしかしたら彼女なのかもしれないな……)
どこからか現れたメイド達が渡してきた薬草ジュース入りのグラスを手に取ると、ヴィーレは憮然としながら皆と乾杯した。やはり激マズだ。




