1話「狂った世界」
ヴィーレ達四人は朝方から近所の喫茶店に来ていた。
訪れるのが早かったから良かったものの、今の店内は朝食を食べに訪れた人々で溢れかえっている。あまり長居はしにくい雰囲気だ。
あの後、イズに一刻も早く館を出るように説得されたからしょうがなく従ったものの、まだ例の依頼主に報告しに行くには早すぎるということで、時間潰しに立ち寄ったのだ。
そういえば、昨日は嵐と形容してもおかしくないような大雨だったというのに、今日は雲一つ無い快晴だ。
薄緑の薄いカーテンを通して、窓から日の光が店内を柔らかく照らしている。
(通り雨だったのだろうか。また突然降るかもしれないし、ネメス達の雨具も忘れずにどこかで買っとかないとな)
初見の事件の後であっても、ヴィーレは相変わらずこれからの事を考えていた。
とはいえ、昨日の一件で寝不足なため、コーヒーを飲んでも目の下の隈は消えてくれないようだ。
ふと、テーブルを挟んで彼の前に座るイズに目を向ける。
まだ少し怖いようで、震える手で薬草ジュースをキメていた。ここだけ切り取って見ると、彼女が薬草中毒か何かに思える。
ヴィーレとエルはブラックコーヒーを、ネメスはホットミルクを、カズヤは紅茶を飲んでいるみたいだ。
イズ以外の四人は温かい飲み物を飲み下して一息ついていた。束の間の休息だ。
「カズヤは前の世界ではどんな職業に就いていたんだ?」
いつまでも沈黙は気まずいので、ヴィーレは適当に思いついた話題を振ってみる。
(エルやカズヤとはまだ少し距離を感じる。イズ達だけじゃなくて、こいつらとの仲も早めに築いておかないと)
と、そういう狙いのようだ。
仲間との親密度を上げるためには、小さな積み重ねが全てだと言っていい。
全員と仲良くなるために活用できない時間など無いのである。
「ただの学生だよ。普通のね。……あぁ、でも、ここに来る前は少し不登校気味だったな」
答えるカズヤは憂鬱そうな表情を湛えていた。
(あれ、この話は爆弾だったのか。しくじったな)
ヴィーレは焦りを表に出さないようにしつつ、話の方向転換を図る。
「どうしてかは聞かない方がいいか?」
「……いや、聞いてくれて大丈夫だよ。正直に言うと、僕本人にも意味が分からない話なんだ」
そう前置きしてから、カズヤは自身の過去を語りだした。
彼はどうやらあちらの世界では優秀な人物だったらしい。何でもそつなくこなし、成績も交遊関係も素晴らしい、完璧な奴だった。
ところがある朝目覚めると、おかしな事が起こっていたという。
周囲の皆が物珍しそうな目でカズヤを見るのだ。そして全員が口を揃えてこう言った。
「『お前、ずっとどこに消えていたんだ?』ってね。びっくりしたよ。僕の感覚ではただ寝て起きただけだったんだ。だから最初は大規模なドッキリでも始まったんだと思って、あまり真剣に取り合わなかったよ」
しかし、そのほとぼりが冷める前に、再び同じ現象が起きた。
家族や友人、教師から「また何も言わずにどこへ行っていたんだ」と強く問いただされたそうだ。
彼らの言葉を詳しく聞いてみると、カズヤは突然行方を眩まして、自宅にも学校にも姿を見せなくなっていたという。
勿論、カズヤからすれば身に覚えのない話である。
やがて、彼は皆が狂い始めたと思うようになってしまった。
「それから何度か同じことが繰り返されたんだ。その度に家族の髪が伸び、見ていたアニメの話数が飛んでいたよ。クラスメイトがいつの間にか上級生になっていたりもした。そこに来て、ようやく気づいたんだ。おかしいのは僕の方だったんだって」
「そして変人扱いされて、最終的には引きこもりになったって訳か……」
「うん、そうだよ。正直に話しても信じてもらえなくって、家族に精神病院へ連れていかれたりもしたさ。でも、しばらくして僕は、ようやく肝心な事に思い至ったんだ」
「ふむ……。その肝心な事ってのは?」
「友達の身長は伸びているのに、僕の姿は僕の記憶通りだったんだよ。行方不明扱いされる前の日にたまたまついた傷も、僕が次に目覚めた時に確認しても、消えていたりはしなかった」
「要するに……お前とみんなの時間にズレがあったって事か? カズヤが数時間寝ている間、何故かお前は行方不明になり、他の人達は数日間も時間が進む。単純にお前の記憶が無くなっているわけではない、と」
「その通り。そして、そんな奇妙な現象が続いていたある日、目覚めたら君達と一緒にいたんだ。僕は正直、あの狂った世界とお別れできて嬉しいよ」
ティーカップに視線を落とす彼の顔はとても本音を語っている風ではなかった。
カズヤが仲間達の前で疲弊したような様子を見せるのは、初めてかもしれない。
気が付けば、ヴィーレは彼の肩にそっと手を置いていた。
「そうか……。お前も大変だったんだな」
「……ねえ。カズヤお兄ちゃんは、元の世界の家族や友達に会いたくないの?」
それまで静かに話を聞いていたネメスが話に入ってくる。
残酷な質問だ。彼の答えなんて最初から決まっているだろう。
「会えないのは辛いよ。当然さ。異世界ものの主人公達は、どうして帰りたがらないんだろうって、心底疑問に思うね」
カズヤが作り笑いで日本人にしか分からないであろうジョークを言う。色々な意味合いで、ヴィーレには笑えない冗談だ。
ネメス達が何と声をかけようか悩んでいると、今度はカズヤの肩にエルの腕が回された。
「お前にもそんな辛い過去があったんだな! さあ、俺の胸の中で存分に泣けェ!」
カズヤを引き寄せ、おいおいと泣き喚きながら暑苦しく語りかける。
同じく涙腺弱者であるイズも、胸元の服をぎゅっと掴んで、泣き出すのを精一杯我慢していた。
「そう言うお前はさっさと泣きやめ。ここ店内だぞ」
ヴィーレはエルに厳しく注意する。周りから迷惑そうな空気をひしひしと感じ始めたからだ。
(それにしても、カズヤも召喚されてここにいるとなると、あまり嬉しくはない共通点ができるな)
言わなければ良いものを、ついついその考えが口をついて出てしまった。
「という事は、イズ以外はみんな天涯孤独の身なんだな」
「……ん?」
こちらの漏らした呟きに耳をピクリと動かすイズ。
彼女はパーティーのメンバーを一人ずつ確認していった後に、思わず驚愕の声をあげてしまった。
「はぁ!? え、エル……あんたもご家族……」
「ああ。昔、ちょっとな……」
イズに聞かれて過去を思い出したのか、エルがズビビと音をたてて鼻をすする。汚い。
「……あんまり騒ぐと店に邪魔だろう。そろそろ行くか」
主にバカ一名のせいで周りの視線が気になりだしたので、話を切り上げて立ち上がる。
もう依頼主のところに行っても良い頃だろう。
ヴィーレはエルを無理やり引きずって会計を済ませると、皆を連れて足早に店を出た。




