15話「本当の犯人は……」
地下室の扉が勢いよく蹴り開けられる。
カズヤと別れた後、エルはヴィーレ達の救援を行うため、何十段もある階段を半分以上飛んで下りてきた。
「無事か、二人とも!」
そしてたった今、茶色い錆が目立つ鉄臭い扉を開いて、こう叫んだところなのである。
ところが、そこで思わぬハプニングが起こる。部屋に入るや否や、彼の顔面目掛けて一本の矢が飛び込んできたのだ。
「うおっ!」
エルはすんでのところで首を傾け、それをかわした。風を切る音が淡白に鼓膜を揺らす。暑さも相まって彼のこめかみを汗が伝った。
「し、し、死ぬわっ! このやろ、貴重なイケメンに穴を空けるつもりかよ! こちとら天然記念物だぞコラァ!」
「あれ、エルお兄ちゃん……?」
エルの裏返った叫び声に、部屋の中央辺りから幼い声が投げられる。
見ると、ランプが置かれている床の側に、ネメスが膝立ちの状態でこちらに向けて弓を構えていた。エル同様、ポカンと口を開けたままだ。
「おいおい、ネメス。ちゃんと相手を見てから攻撃しろよ」
すると、さらに奥の暗がりから低く優しい声が彼女をたしなめた。
ヴィーレだ。感情の読み取れない仏頂面が、硬い靴音を立てて現れる。
「ご、ごめんなさい! 魔物と勘違いしちゃって……。エルお兄ちゃん、怪我は無い?」
パタパタとサンダル特有の足音を鳴らしながら近寄ってくるネメス。こちらの正面まで来ると、心配そうに下から見上げてきた。
「大丈夫、無事だぜ。なんたって俺だからな!」
先ほどの必死さはどこへやら。エルは胸を叩いて平気だとアピールする。調子の良い奴だ。
平常運転の彼に、ネメスはホッとしたようである。悲しみを必要以上に引きずることなく、エルに頭をポンポンと叩かれて笑っていた。
「ところでお前らよォ、魔物に襲われていたんじゃなかったのか? もしかして二人だけで倒したのかよ?」
「うん、大変だったんだ~。でもねでもね、凄いんだよ! ヴィーレお兄ちゃんが格好良く」
「ギリギリだったな。ネメスが頑張ってくれたおかげでどうにか勝てたんだ。昼間の魔物狩りが功を奏したらしい」
ヴィーレがネメスの言葉を途中で遮る。
彼女の体を軽々と引き寄せて、それ以上余計な事を言わせないよう両頬を引っ張り、変顔を作らせた。ネメスはモチモチの肌を伸ばされながら「うーうー」と鳴いている。
実際のところは、敵の圧倒的な手数にネメスの対応が追いつかなくなったところを、ヴィーレが片っ端から素手で撃退しただけだ。
しかし、今はここで無駄話をしている場合ではないだろう。ヴィーレは都合の悪い会話を閉じて、早急に話題を切り換える。
「それより、エル。カズヤを見なかったか?」
「あっ、そうだそうだ! あいつにお前達がピンチだって教えてもらったんだよ! で、二階からイズの悲鳴が聞こえて、今はカズヤが助けに向かってる!」
ヴィーレ達が聞き取れるかなど気にせず、一方的に捲し立てたエルは、再び上階へ戻っていってしまった。
まるで嵐のような勢いである。
そして、残されたヴィーレはまだ頬を引っ張られているネメスと顔を見合わせた後、ランプを持ってエルの後を追跡したのだ。
こうして舞台は二階の廊下へと戻ってくる。
雨音は少しずつ弱まってきていた。複数の灯りで照らされた屋内には、影があちこちへ伸びている。
エルは宙を舞っていた短剣を華麗に掴んでみせると、不健康に痩せ細った男へとその切っ先を向けた。
「さあ構えろよ、悪党。俺様が成敗してやんぜ」
同じく廊下に佇むヴィーレは、腕組みをして成り行きを静観している。
イズは事態についていけてなかったが、やっと我に返ったようで、気絶してしまっているカズヤの治療を開始した。
ネメスは心配そうに皆の様子を伺い、犯人の男は長い前髪の隙間からエルへ睨みを利かせている。
「嘗めるなよ、トゲトゲ頭。俺と正面からやり合おうとした事、今に後悔させてやる……!」
そう言うなり、変身の呪文使いは詠唱を高らかに開始した。
その姿はたちまちネメスくらいの歳の少年へと変形し、両腕が鋭利な刃物へと変貌を遂げる。
彼は腕を重ね合わせて高い金属音で威嚇した。
しかしエルは臆さない。むしろ逆だ。短剣の背で肩を叩き、敵の戦意を煽りにいく。
「フーウッ! カッチョイイ! カマキリみたいだ!」
「テメェ……クールぶってんじゃあねえぞッ!」
犯人、もとい少年は床を強く蹴りだし、一気にエルの懐へ飛び込んだ。
顎下からアッパーを食らわせるように刃物が迫る。エルはそれを難なく避け、続けて繰り出された刺突も短剣で容易くいなす。
そして、前のめりにバランスを崩した少年の後頭部へ、一息吐く間も与えずに廻し蹴りを食らわせた。……かに思われた。
「無駄だ。この呪文の前には全ての攻撃は意味を為さない」
エルが打撃を加えたはずの『頭部』は、いつの間にか『右手』に形を変え、少年の背中には口ができていた。
彼は再び赤黒い液体へと戻り、エルの体に絡みつく。
少年が次に姿を現した時、彼はエルの背中に抱きつくようにして、首もとに刃を押しつけているだろう。
「分かってる、分かっているぞ! お前がさっき使ったトリック……! 俺に気付かれずに奇襲を食らわせられた原因はな……ッ!」
その言葉を最後まで聞かずに、エルは裏拳を少年の顔面に炸裂させる。
だが、犯人がトランスを唱える方がわずかに早かった。液体がエルの周りをまとわりつき、眼前に少年のニタついた顔が出現する。
「インビジブル! つまり透明化の呪文だッ!」
そこでエルの頭突き。しかし、またも避けられる。
血肉の溶けたような液体はエルから一旦距離を置くと、少年の形を再び形成した。引き続き見た目に不相応な邪気のある笑みを浮かべている。
「お前の考えていた作戦を当ててやろうか」
彼はこちらを指差して、得意げに推理を語り始めた。
「透明化して暗がりに潜み、俺がまた隙を作り出すタイミングまで眈々と待つ。或いは、その状態で攻撃を仕掛け続け、俺にトランスを使わせまくる事で魔力の枯渇を狙う。……図星だろ?」
返事はない。エルはただつまらなそうな顔で見つめ返しているだけだ。少年は正反対に笑みを深める。
「だがな……こうなったらどうするんだ? 《トランス》! 《サイコキネシス》!」
少年が次に変身したのは数十本のナイフだった。
それぞれが鎖で繋がれ、網のようになっている。それはエル一人を囲うように陣取り、ナイフの一つ残らずが、切っ先を彼に向けていた。
サイコキネシス。念力の呪文だ。犯人の男が呪文を二つ持っている事は、エルにとっても予想外だったようで、その表情が若干崩れてきた。
ふと、ナイフの一つに目と口が生まれる。彼が状況の逆転を悟ると、勝利を確信した嘲笑が空気を揺らした。
「終わりだ、馬鹿め! お前の姿が見えなくなろうが、この攻撃は避けられない! 覇王樹みてえにしてやるぜッ!」
言い終えた刹那、ナイフ達が堰を切ったようにエルの体へと吸い込まれていった。
逃げ場はない。刃の間を縫っていっても、鎖の網に捕らえられてしまうだろう。先の未来に見えるのは針地獄だけだ。
「エルッ!」
「エルお兄ちゃん!」
イズとネメスがたまらず叫ぶ。
けれど、彼女達にできる事はもう無かった。敵の攻撃があまりにも速すぎる。とてもじゃないが間に合わない。
絶望的な盤面だ。エルを助けられる者はこの場にいない。
だが、エルは不敵に微笑んでいた。ナイフが今まさに襲いかかってきている状況であるのに。
それにも拘わらず、『自分も心配されるくらいには大切に思われていたのか』と安心していたのだ。
(何が作戦だっつーの。んなもん最初から考えてねえんだよ)
エルは瞑目した。攻撃を食らうまで、あと三秒程度だ。
「良い事を教えておいてやるぜ、悪党」
開眼。呼吸を吐いて腰を落とす。
「作戦ってのはな、弱い奴が強い奴と戦うときに立てるものなんだよ」
右手に持つ短剣の刃に左手を添える。そうしてエルは、第二の呪文を詠唱した。
「《アサシンズナイフ》」
次の瞬間、耳を塞ぎたくなるような金属音が廊下を揺らす。
気付けば、ナイフを繋いでいた鎖達が、真っ二つに切れてしまっていた。エルも包囲網から既に抜け出している。
暗く青い両の瞳は、地面に落ちて血を流しているナイフと、鎖の塊を見下している。
アサシンズナイフ。対象物にあらゆる物を切り裂く力を与える能力を持つ呪文だ。
効力の付与された武器は、たとえ相手がナイフの刃であろうが、硬度の高い宝石であろうが、豆腐のように断ち切れる。
「複数の呪文を使えるのが自分だけだと思うなよ」
エルはそう言うと、ナイフを足先で小突いて言葉を続けた。
「ほら、さっさと人間の姿に戻れ。拘束した後で回復呪文をかけてやる」
「ぐぅ……クソッ……! そんな……戦闘に優れた呪文を持つこの俺が、一人の若造なんかに負けるだと……!?」
情けなく呻き声を漏らす犯人の男。
「……安心しろ。お前は強かった」
それを見たエルは一変して、優しい声音でそう告げた。
短剣を収めて歩み寄り、元のみすぼらしい姿に戻った男の肩を、気さくに笑んでポンッと叩く。
「確かに強かったよ……。お~れ~が~いなかったらな~~~!」
言うなりエルは立ち上がって小躍りを始める。
犯人へ向けて舌を突き出し、顔の横で手のひらを広げて、全力の煽りダンスを披露してみせた。
これには数秒前まで彼を心配していた女性陣もドン引きである。
「あいつ、性格最悪だな」
事件の終幕に呟かれたのは、そんなヴィーレの短い台詞だった。
翌朝、ヴィーレ達は拘束していた犯人の男を衛兵に引き渡した。
男には猿轡を噛ませていたから、変身の呪文も使えなかったようだ。おかげで逃走される事も無かった。
あの後、男を尋問したヴィーレやエルの話では、彼はホームレスで、少し前からこの家の屋根裏部屋にこっそり潜んでいたらしい。
魔物が住み着いている事は承知した上でここにいたというのだから、よほど神経が太い奴だったのだろう。
その話を聞いたネメスは「雨風があるの、辛いもんね……」と神妙に頷いていた。元ホームレスのよしみでも、そんな同情はしなくていいのだが。
「そういえば、イズさんはどうしてあの時、僕じゃなくてネメスの方が偽物って分かったの?」
朝食の日本料理を食べている最中、カズヤがイズへ尋ねてくる。
昨夜、ネメスに扮した犯人をイズが見破った時について話しているみたいだ。
豪華な屋敷に似合う優雅な所作で、庶民的な料理であるお茶漬けを食べていた賢者は、何でもない事のように髪をかき上げた。
「ただの推測よ。カズヤがエルの短剣を持っていて、尚且つそれを偽物に突きつけていなかったから。だから強めにカマをかけられたの」
パニックになっていなければ容易に察せられる解答だった。
犯人の男は館に来てからの勇者一行しか知らない。口調や容姿は真似できても、正確な性格や呪文までは写し取れないのである。
「それにあんた、あの呪文の事を詳しく知らなかったでしょ? 『偽物が操られているネメス』だという可能性を考慮して、傷付けるのを躊躇しているように思えたの」
「た、確かに……。そこまでお見通しだったんだね」
カズヤはイズの推理と観察眼に感服しつつも、自身の考えが見透かされていた事に対して照れてしまっている。
その隣で、ネメスは二人の会話を聞いて「頭良い……!」と感動していた。憧憬と尊敬で橙色の瞳を輝かせている。
「ところで、イズ。最後まで分からない事があるんだが……」
不意に、彼らの様子をそれまで静観していたヴィーレが口を開く。
「結局、お前の聞いた足音って何だったんだ?」
モキュモキュと鶏肉の唐揚げを頬張りながら、眠たそうな声で問う勇者。
彼の言う『足音』とは、イズが自室で初めに聞いたものを指しているのだろう。ぺたりぺたりと鳴る、幼く小さい足音の事だ。
ヴィーレの疑問にイズは即答してみせた。
「そんなの決まっているでしょう。犯人が私達を怖がらせて、追い返すためにやった事よ。裸足で歩くような音だったし、人形の魔物にはできないわ」
「いや、それおかしくないか?」
「……何がよ?」
「どうして部屋の中から廊下を歩く音が聞こえるんだよ。外の豪雨や強風も聞こえないような室内だぞ」
続けてヴィーレは畳み掛ける。
「それに、ここの廊下を人間が通るなら、たとえ裸足だろうが『ギシ……ギシ……』みたいな音になるはずだろ」
指摘されて、イズは初めてその事実に思い至ったようだ。
確かに彼の言うとおりである。
イズがヴィーレの部屋にいた時、雨風は既に激しく吹き荒んでいた。だのに、室内からは全然聞こえていなかったのだ。
それに、耐久性に優れていた部屋の床とは違って、廊下のそれは歩く度によく軋んだ。
「つまり……イズお姉ちゃんが聞いた音を立てた『誰か』は、ホームレスのオジサンじゃない?」
「しかも、それがハッキリとイズさんだけに聞こえていたって事は……」
「イズ……。もしかして、お前がいた部屋の中に、『見えない何か』がいたんじゃねえのか?」
ネメス、カズヤ、エルへと続いた推理のリレーは遂に真実へと到達した。
それを聞いたイズは完全にフリーズ状態になってしまっている。
「……あれ? イズお姉ちゃん?」
全く動かない賢者を怪訝に思って、隣に座っていたネメスが彼女の体を揺さぶってみる。
すると、イズはそのまま卒倒してしまった。「きゅ~」っと情けない声を漏らして。
どうやら恐怖が限界を突破したらしい。
倒れた賢者に驚かされた勇者一行は、幽霊の存在を確かめるどころではなくなってしまっていた。朝から騒がしい五人である。
――――それから、数十分後に目覚めたイズの必死の説得により、一行はすぐにお化け屋敷を出る事になった。
(もう死んでもあの館には行かないわ……!)
イズは涙目になりながら、心中で固くそう決意したのであった。
【達成】第二目標「幽霊屋敷の調査を完了する」




