閑話「雑談タイム」
勉強会の後、イズとネメスは男部屋に留まっていた。
ネメスがヴィーレ達と遊びたがっていたため、流れでイズも残ることになったのである。不憫な子にはとことん甘い賢者だった。
今はベッドの上でネメスとエルとヴィーレが、テーブルでイズとカズヤが雑談をしているようだ。
「イズって貴族のくせに化粧とかしてないんだな」
エルがイズ達に聞こえないよう、小声で話しだす。
ベッド組は三人で円を作るように座っているため、彼が顔を近付けると内緒話をしているような形になった。
エルの言葉に答えるのはヴィーレだ。
「貴族とはいえ、旅に出るのに化粧はせんだろ。紅茶セットは持ってきているみたいだが」
「ふぅん」
「だけど、普段はお化粧したり、綺麗なドレスを着たりするんですよね? いいな~、大人のお姉さんみたい」
「ウットリとしてるけどよォ、ネメスちゃん。化粧しないで可愛いってのに越した事はねえぜ。ドレスは歩きにくいって言うしな」
「あれ、そうなんですか?」
エルの話を受け、キョトンとした顔で隣にいるこちらへ尋ねてくるネメス。
ヴィーレは一瞬だけ逡巡する。
正直に答える事もできたが、そうすると彼女が持つ少女特有のガラス細工みたく繊細な夢を壊してしまう気がしたのだ。
だから、勇者はわざとズレた回答を寄越してみせた。
「男の俺には分からんが、ドレスを着て化粧をしたネメスはきっと綺麗だろうな。そんな事をしなくても十分可愛いけど」
「え? あっ……。お、お世辞なんかしなくてもいいですよ……! わたしなんかに! わたしなんにっ!」
彼女はぬいぐるみに顔を埋めてしまった。
耳まで真っ赤になっている。心臓の音が聞こえてきそうなほどの恥ずかしがりようだ。褒め言葉が弱点なのだろうか。
と、そこで、ネメスが悶えている隙に、エルはヴィーレの方へと顔を寄せて、少女へ聞こえないように相談した。
「なぁ、ヴィーレ。王族や貴族ってのは、男でも化粧するらしいぜ。ひょっとして、俺達も化粧したら、女の子にモテまくるのかね?」
「別に女性も男からモテるために化粧してるわけじゃないだろ」
「そりゃあな。男を落とすには顔の化粧なんざ必要無いぜ。心の化粧だけしてりゃ良い」
「今日初めて会ったばかりだけど、言わせてもらうぞ。何言ってんだコイツ」
冷めた口調で言いながら身を引く勇者。
ヴィーレからすれば、既に旧知の仲である友人と話すノリなので、カズヤと接する時よりもいくらか態度がフランクだ。
「このエル・パトラー、心は常にすっぴんだ!」
イズのせいで毒舌には慣れたのか、エルは普通に開き直ってくる。プラスの意味でもマイナスの意味でも調子が良い男だ。
「ねえねえ、エルさん」
そこでやっと悶えから脱したネメスが会話に復帰した。
「『すっぴん』って何ですか?」
「素でべっぴんの略だぜ」
「へぇ~」
「ちなみにケバくてブスな奴は略して『ケバブ』って言うぜ」
「へぇ~!」
「おいこら、変な嘘を吹き込むな」
ヴィーレがエルをたしなめる。ネメスは疑うことを知らず、何でも信じてしまうようだった。
そんなどこか騒がしいグループから少し離れたテーブルでは、カズヤとイズによる静かなお茶会が繰り広げられている。
二人の前にはイズが淹れた紅茶と、カズヤが一口大に切り分けた色鮮やかなフルーツ達が。
「ねえ、カズヤ。一つしかないのに『桃を食べる』とはこれ如何に?」
エル達の様子を笑いながら眺めていたカズヤへ、何の脈絡もなくイズが問いかけた。
「肌寒いのに『柿を楽しむ』と言うが如しだよ」
不意にかけられた無理問答に彼は即答する。
が、答えた後で、カズヤはイズに向き合って、訝しげに顔をしかめた。
「……えっ。どしたの?」
「深い意味は無いわ。あんたがいた世界と私達がいる世界の言語って同じみたいだから、言葉遊びも通用するのかと思って」
「あぁ、なるほど。確かに不思議ではあるよね。創作物の中では、現地で勉強したり、魔法でどうにかしたりって展開が多いけど……。僕の記憶にある限りでは、そんな事も無かったし」
「そもそも、あんたについては謎が多すぎるものね。覚えてないんなら仕方がないけれど……」
と、そこで何か言いかけて、桃を一口飲み込むイズ。その所作だけでも隠しきれない育ちの良さが窺える。
「まあ、考えても分からない事に時間を割くのはナンセンスね」
相手から益となる答えが得られるとは思えなかったのだろう。イズは頭を横に振るジェスチャーをした。
「あんたのいた世界について聞かせてちょうだい。たしか、カズヤは『マンガ』とか『アニメ』とかいう文化が好きな……オタクだっけ? そんな人種だったのよね?」
前のめりになって話題を転換するイズ。
彼女は時間があれば、カズヤから元の世界の話を聞くようにしていた。
政治、歴史、人種、科学、風土、その他諸々。カズヤから可能な限りの情報を教えてもらって、それを吸収していく。賢者たる者、常に勤勉でなければならないのだ。
今日はカズヤのいた国、日本の文化について聞くつもりらしい。
「うん。漫画は本みたいな物だね。ジャンルも多様で面白い物ばかりだったよ。こっちの世界の本なんかを読んだことがないから比較はできないけれど」
「詩とか歴史小説とか?」
「そうそう。もっと細かくカテゴライズされてるけどね。日常系や異世界転生系、バトル物に推理小説からBLや百合まで様々さ」
「ん? 百合? あの白い花の?」
「字面はそうだけど、ここでの意味は女の子同士の恋愛を描いた物語の事だよ」
カズヤが言うと、イズは少し困惑したように眉をひそめた。
「女同士の恋愛なんて非生産的だわ」
「そこに意義と価値を見出だすのが僕達の役目さ!」
「どこの立ち位置から物を言ってるのよ……」
明らかにテンションが上がったカズヤに彼女は生温く返した。
そんなイズの視線は冷めていたが、相手は自身の趣味を語れるのが嬉しくて堪らないのか、熱弁しているために気付いていない。
「それに、性別なんて気にする必要は無いんだ。人は人生のどこかで男に成ったり、女に成ったりするけれど、それは決して生まれた時じゃないからね」
カズヤは「ふふん」と得意げに鼻を鳴らしている。どうやら彼の性癖は特殊なようだ。
信念か、或いは矜持なのか。名言っぽい事を告げているが、特に深くもない言葉である。
こちらのグループの会話も段々と別の意味で盛り上がり始めていた。
時折無意識に話し相手を交代して、メンバーが変わったりしながらも、他愛ない談笑は続いていく。
――――結局、勇者一行の雑談タイムはネメスが眠りこけてしまうまで終わる事はなかった。
【得意分野】
ネメス「エルさん、エルさん。どうしてイカ墨スパゲティーはあるのに、タコ墨スパゲティーはないんですか?」
エル「タコの墨は粘性が低くて、水にも溶けやすいから、加工がしにくくて料理に適していないんだ。おまけにタコの墨汁嚢、タコ墨が入っている部分ってのは、取り出しにくいという弱点がある」
ネメス「へぇ~」
エル「ちなみにタコの墨の方が旨味成分は高いらしいぜ」
ネメス「へぇ~!」
ヴィーレ(料理の事に関しては例外的にタメになる話が聞けるらしい……)




