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イズ先生の熱血教室! ~呪文・魔力編~

 宿で明日からの予定を決めた後、勇者達はそれぞれ気の向くままに自由時間を過ごしていた。


 特にやるべき事もないので、ヴィーレは商人から買った剣術の本を熟読しているようだ。


 この本は、時間遡行している彼も、まだ読んだことのないものだった。暇潰しと精神の休息には丁度良いアイテムである。


(様々な技術や修行方法が載っているみたいだ。今度、魔物相手に試してみようか)


 難しい文字に悪戦苦闘しながら読み進めるヴィーレ。


 彼はページを捲っている最中に、横目で他の男二人を観察した。


 カズヤもこちらと同様に読書をしているらしい。ただし、ヴィーレと違って、漫画でも読むかのようなスピードで目と指を動かしている。


 エルはぶらぶらとどこかに出かけて行ったが、先ほど帰ってきたみたいだ。今はベッドの上でゴロゴロと(くつろ)いでいる。


 そんなのんびりとした時間を過ごすなか、脈絡なく騒がしい音が響いた。


 部屋の扉が何者かによって勢いよく開かれたのだ。


「グッドイブニング、庶民達!」


 見ると、我がパーティーのカースト最上位であるイズが、仁王立ちで構えていた。賢者、早くもノックを忘れる。


 彼女の後ろでは、ネメスが猫のぬいぐるみを大事そうに抱きしめていた。その姿に、ぬいぐるみをプレゼントしたヴィーレは、無言で萌えてしまっている。


「今から講義を始めるわ!」


 男性陣の視線が集まったところで、イズが片手に持っていた本を掲げてみせた。


 商人から購入したものとはまた異なる書物のようだ。彼女が自分の書庫から持ってきていた私物だろう。


「コウギ?」


 聞きなれない言葉にエルが反応する。


 ヴィーレやエルのように身分が高くない者は、学校自体行けないので、そのような単語とはまず縁がないのだ。


「勉強をするってこと?」


 カズヤが聞き返すと、ネメスとイズが同時に頷く。


 息ピッタリだった。まるで姉妹のようである。随分と仲良くなったものだ。


「わたしにイズさんが勉強を教えてくれるらしくって。せっかくだから、皆さんも一緒にどうかな~って……」


 ネメスはそこまで言ってから、ヴィーレの様子を窺ってくる。捨てられた子犬みたいな上目遣いだ。


(心配せずとも断るわけないんだけどな。みんなの仲を良くしとかないと、後々面倒だし)


 ヴィーレは読んでいた本をパタンと閉じて、ネメスの言葉に応答した。


「全然構わないぞ。もしかすると、俺達も何か学べるかもしれないしな」


「僕も勿論いいよ。もうこの本も読み終えちゃったし」


 続けてカズヤも快諾する。


 彼はヴィーレに倣って、読んでいた本を枕元に置いた。かなり分厚い本なのだが、既に読了したようだ。


 二人の返事を聞くと、ネメスは最後に、期待で満ちた表情をエルに向ける。


 無言のおねだりを受けたエルは、演技くさい伸びをしながら応じてきた。


「あァ~、仕方ねえなぁ~。頭使うのは苦手なんだけどよ。ネメスちゃんの可愛さに免じて、俺も付き合ってやるぜ」


「いや、あんたは別に参加しなくてもいいのだけど」


 イズが即座に口を挟む。


「すみません! ぜひ参加させてください!」


 すると、エルは即座に身を翻し、額を地面に擦り付けた。


「あっ。あれ、カズヤが教えてくれた『ドゲザ』ってやつだ」


 ヴィーレが指差す先にいる金髪の男は、確かに見事な土下座を披露していた。







 イズ以外の全員が思い思いの姿勢でベッドや椅子に腰かける。講師である賢者を取り囲むようにして配置されたような形だ。


 それを確認したイズは、コホンと咳払いをすると、重量感のある本を開いた。


「今回は呪文と魔力についての勉強よ。基本中の基本ね。ネメスは勿論、ヴィーレやカズヤにもよく聞いておいてほしいことよ」


 彼女は付け加えてこう言った。


「エルは唯一例外かもね。魔物をそれなりに多く倒しているはずだし、今回の内容については、ある程度知っていると思うわ」


「そういえば、僕はずっと気になっていたんだけど、なんで『魔法』じゃなくて『呪文』って呼ぶの?」


「深い意味は無いわよ。人々にその呼称が定着してるから、としか言えないわ。少ないけれど、呪文のことを魔法と呼ぶ者もいるにはいるから」


「なるほど、なるほど」


 イズの話に相槌を打ちながら、カズヤはメモをとりだした。


(勤勉なのは良い事だが、今のはあまり重要じゃないだろ)


 冷静に心内でツッコミを入れるヴィーレ。


 その間にも、イズの解説は滞りなく進行していた。


「知っていると思うけど、呪文の種類はそんなに多くないわ。正確には、今のところ発見・記録されているものが少ないってだけだけど」


「はえ~……。『記録』ってことは、調べられた呪文の種類を書き留めたものでもあんのか?」


「ええ、あるわ。知らないの? 定期的に出版されている本よ」


 イズの問いには全員が無言で応じた。


 ヴィーレ以外のそれはつまり、「知らない」という回答と同義の意味合いを持っているのだろう。


 彼らの答えは期待していなかったようで、イズはエルに向けて話を続けた。


「記載されている呪文の数は七千種ほどね。もし文字が読めるのなら、あんたにも貸してあげましょうか?」


「俺の事、バカにしすぎじゃないですかねぇ……。じゃあ、せっかくだし、今度借りるわ」


 早くもエルはイズの毒舌に慣れ始めていた。適応力が高すぎる。


 勇者パーティーのメンバーに抜擢(ばってき)された実力が、全く不要なところで垣間(かいま)見えてしまった。


「好奇心があるのは良いことね」


 満足そうに頷くイズ。


「それで、続きだけど、呪文は生まれた時から使えるものが決まっているわ。つまり、完全に才能よ」


 彼女は仕切り直すと、四人の顔を見つめて言った。


「複数の呪文を持っていて、それらが全て戦闘に特化したものっていう人材は滅多にいないわ。このメンバーを見ていると、つい忘れそうになるけどね」


「えっ? てことはもしかして俺……人類の宝?」


「調子に乗ってるところ悪いけど、ウザいから燃やしていいかしら?」


「ひえっ……。私語は慎みます……」


 冷めた視線を向けられて縮こまるエル。蛇に睨まれた蛙状態だ。


 二人のやり取りの横で、カズヤは必死にメモをとっていた。ペンを走らせる速度まで常人離れした速度である。


 ネメスは字が書けないのか、今すぐに覚えようとして「うーんうーん」と鳴いていた。


 一方で、ヴィーレは何もしていない気まずさをごまかすように、適当な仕草で話を合わせている。


「あー。ついでにここで、『呪文の慣れ』についても話しておくわね」


 思い出したかのように顎へ指を当てて、イズは本のページを捲っていった。


「何にしてもそうだけど、呪文は使用する回数に比例して、その扱いが上手くなるわ。それによって、呪文の威力や効果時間・発動範囲が成長したりするの」


 賢者は滔々(とうとう)と説明してくれる。


「呪文を極めると、唱えずに使ったりできるようにもなるのだとか。だから、もし強くなりたいのなら、沢山呪文を使うのも一つの手ね」


「でも、たしか無詠唱で能力を発動させるのにも、相当な集中力が必要なんじゃなかったか? 難しい呪文はそう簡単に使い慣れないらしいし」


 と、そこで、ヴィーレが補足がてらに割って入った。


 彼は組んでいた両腕を解いて、台詞を続ける。かつてのイズから叩き込まれた知識を思い返しながら。


「それに『どんなに扱いに慣れたところで、自分の魔力量が低ければ、それに相当した効果になる』とか聞いたことがあるぞ」


「ふぅん……。農民のくせに、よく知っているわね……」


 イズはどこか悔しそうにヴィーレを認める。


 つまり、魔力レベルが低いまま扱いに慣れる練習をするくらいなら、魔力量そのものを上げた方がいいって事だ。


 無論、イズの言葉の通り、呪文の訓練にもある程度の成果は見込めるのだろうけど。


「その通りよ。だから強くなるため、魔王に勝つためにはもっと効率的な他の手段を取らなければならないわ」


「……それが、魔物を倒す事なんですか?」


「ええ」


 緊張気味に質問を投げてきたネメスへ、敢えて即答で返すイズ。


「全ての生き物は魔力を有している。ある生物の生命活動が停止した時……要するに死んでしまった時ね。その瞬間、魔力が死体から抜け出るの」


 イズは必要以上にネメスを怖がらせないよう、理論的な部分へと軌道を修正した。


「魔力のほとんどは消えて無くなるんだけど、近くに生き物がいれば、抜け出た魔力量の一割ほどが近くにいた生命に再び宿るわ」


「ほうほう」


 カズヤが納得したように首肯する。


 ちなみに、人間以外の動物や植物が高い魔力を宿しても、当然彼らは強力になる。


 しかしながら、それらは呪文が使えないから、特に危惧しなくてもいいようだ。魔力上限が圧倒的に高い魔物は例外として。


「体内の魔力量が増えると、その生物は強くなるわ」


 曖昧な表現が気に食わなかったのか、イズは具体例を出してみせる。


「例えば……人だけの特権、呪文の影響力向上。ある実験によると、身体能力や生命力なんかにも大きな影響があるみたい」


「魔力って凄いんですね……」


「ええ、そうよ。この世界を生き抜く以上、見くびっちゃいけない存在だわ」


 ネメスの呟きに答えてから、イズは用意してあった紅茶に口をつけた。


 講師が一息吐いている間にも、生徒役の四人は静かに、彼女の講義の続きを待っている。まるで本当の授業みたいだ。


 その事に調子を良くしたのだろう。イズはわずかに声量を増して話に戻った。


「ただ、どんなに魔物を倒しても、『魔力量の上限』というものはあるわ。個体差はあるけれどね」


 辺りをグルグル歩き回りながら、指で空を切って言葉を紡ぐ。


「魔力量が限界までくると、体がそれ以上魔力を取り入れないから、魔力量の上限を超えることは不可能よ。そもそも、その境地に至るには異常な数の命を奪わなければいけないでしょうし、一騎当千の兵士でもそんな人はなかなかいないと思うわ」


「マジか。何回か魔物と戦ったけど、魔力についてそこまで深く考えたことなかったわ。上限なんてあったんだな」


「普通は危険だし、そんなに魔物を倒そうだなんて思わないよね。ゲームだったらレベリングしまくるんだけどな~」


 エルの呟きに便乗して、カズヤがまた異世界語を話している。


 ヴィーレ達は分からない単語はスルーするという事をもう覚えてしまっていた。


「さて、ここで問題よ」


 手にしていた本を閉じるイズ。クイズ番組にありがちな「デデン!」という効果音が聞こえた気がした。


「いくつかのデータによって、少なくとも人間だけを見ると、昔から平均的な魔力量は変わっていないという事が分かっているわ」


 彼女はそこでピッと人差し指を立てた。


「もしこれが全生物の平均魔力量も変わっていないのだとしたら、一つの疑問が出てくるのだけど、それがどんなものか。……誰か分かるかしら?」


 ネメスは答えがさっぱり分からないらしく、頭を捻っている。


 エルは考えるのを放棄しているのか、ポカーンと口を開いて阿呆面を晒していた。


 そんな二人を苦笑しながら眺めていたカズヤ。彼は若干遠慮がちにだが、自信を持って手を挙げた。


「魔力量を増やす手段が他にもあるかもしれないって事かな?」


「えっ。どういう事ですか? カズヤさん」


「んーとね。宿主を失った魔力のほとんどが消え失せているという事は、世界全体にある魔力量は本来一気に減っていくはずなんだ。なのに、魔力の量は昔と変わらないまま……」


 熟考するように落としていた視線を上げて、カズヤは解答を示してみせた。


「つまりそれって、殺戮の他に、何か魔力量を増やす方法があると考えられるんじゃない?」


「花丸大正解よ。けれど、長年研究されているみたいだけど、残念な事に、未だにその手段は発見されていないの」


 イズは表情を激しく移り変わらせていく。


「でも、一つだけ。一時的にだけど、魔力量を爆発的に上げる方法があるわ」


「おっ! 何だ、その方法ってのは?」


 エルは頭がオーバーヒート気味だったが、いつの間にか現実に戻ってきていたようだ。身を乗り出してイズに尋ねる。


「簡単な答えよ。魔力とは感情に左右される面もあるらしいの。どうやら恐怖や絶望のような、何かに()()()()()()()()()()気持ちになったときに、魔力量は下がる傾向にあるらしいわ」


 ただし、感情というのは不安定なものだから、どの程度下がるのかは人による。これも呪文と同じで人間特有のものだ。


「ここまで来たら、もう分かるわよね? 反対に希望や殺意などのような、何かに挑み、勝とうとする感情を抱いた場合、魔力量は大きく跳ね上がるの」


 これに限っては自分でどうこうできるものでもない。精神的な強さなんてのは経験に依るところが大きいからだ。


「だから人々は『魔王討伐という大役に挑む英雄』をああやって呼ぶのよ。恐怖を払いのけ、絶望を打ち破る意思。勇気を抱く者――――」


 イズは静かに振り返り、部屋の隅にいる男を見据えて告げた。


「あんたの事よ。勇者(ヴィーレ)







 それからしばらくイズの講義は続いた。


 何度も同じ話を聞いた過去のあるヴィーレ以外は、かなり勉強になったみたいだ。


「――――とはいっても、まだ魔力や呪文には謎が多いわ。とても気になるけれど、研究が進むまで気長に待つしかないわね」


 そこまで言い終えると、イズは手に持っていた本を音もなくテーブルに置く。


「今日はこれで終わり。複合呪文や固有呪文の話も今度教えてあげるわ」


「はぁ~、疲れた~!」


 カズヤはメモをとるのに疲れたのかグッと伸びをしていた。


 エルも同じく、くたびれたようで「就寝~」と言いながら枕に突っ込んでいった。


「わたし、今日から呪文の練習します!」


 ネメスが意を決したように椅子から立ち上がる。


 強くなろうとする意志はエル達よりも大きいらしい。「向上心がある事は見習うべきだな」と感心して、ヴィーレは彼女に賛同する。


「おお、いいじゃないか。俺も手伝おう」


「いいんですか? やった!」


 ネメスは飛び跳ねて喜んでいる。


 建物に響くかもしれないという考えは浮かんでいないらしい。ここが一階で良かった。


 ヴィーレは注意する代わりに、過去の経験に倣って話を変える。


「……そういえばネメス。お前、武器は何を選んだんだ?」


「あっ。まだ見せてませんでしたね」


 唐突な話題転換にも、ネメスは素直についてきてくれる。


「魔物に近付くのはまだ少し怖いので、弓矢にしました。でも、さっきちょっと練習してみたら、全然的に(あた)らなくて……」


「はいはいはい! 俺できます! 教えられまーす!」


(なんかエルがすっごい真っ直ぐ挙手をして主張してくる。必死かよ。どんだけ教えたいんだ)


 エルやネメスは半目で少し遠ざかるヴィーレに気付いていない。


「そうなんですか? じゃあ、よかったら練習に付き合ってください!」


「おう! 任せとけ!」


「……ちなみに私はネメスに字の読み書きを教えているわ」


 胸を叩いて太鼓のような音を出すエルの横で、イズが変に負けず嫌いを発動させる。


 ヴィーレやエルには何としても負けたくないのだろう。口をへの字に曲げていた。


「えっと……。じゃあ僕も、日本の遊びとか童話を教えようかな」


 多勢に居たいのか、カズヤもそこに割り込んできた。良い意味でも悪い意味でも、同調性が高い男である。


「皆さん、ありがとうございます! 絶対どこかでお返ししますねっ!」


 そう言って、ネメスは全員に満面の笑みを向けた。


 たったそれだけの事で、イズ達四人は最高の癒しを体感できるだろう。


(ビックリするだろ。この笑顔、無料なんだぜ)


 ヴィーレが無言で紡いだ言葉を聞く者はいなかった。



 ――――勇者ヴィーレが前回死んだ日まで、あと五日。




挿絵(By みてみん)




(イラスト:4U様)

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