第35話『転生2』
日雇いのバイトは様々だが、ほとんどは肉体労働だった。知的労働は得意だったが、自分の身分を証明する方法がないため、選択肢は他になかった。
今日は倉庫から荷運びを行う仕事を予定していた。運送業者の事務所で日雇いのバイトであることを伝えると、奥のロッカールームに案内された。制服に着替えて、トラックに乗り込んだ。
「いやー、助かりますよ」
運転手の男は助手席にいる私に声をかけてきた。「そうですか」と返事をすると運転手は続けざまに言った。
「普段は一人でやってるんだけど、荷物を積み込むのがきつくてね。腰をやっちゃってさ、本当は休もうと思っていたけど、昔からのお得意さんでどうにも断れないからね」
「なるほど。じゃあ、ちょうどよかったです」
あまり人と会話をしたくはなかった。覚えられるのが嫌だったからだ。おしゃべりな運転手はそんなことは知らないせいか話をどんどんと続ける。
運転手は個人で運送業をやっているらしい。集合した事務所は別の会社でそこから仕事を受けているようだった。
「この前は、夜逃げした人のマンションから荷物を運ぶ仕事を引き受けたんですけどね。あれは凄かったですよ」
「なにが、すごいんですか」
「ありゃ、事件があったあとだ。間違いない。綺麗にはしてあったけど、床に拭き残してあった血の跡があったんですよ」
「ああ、それはすごい」
とりあえず驚いたふりをして笑っておいた。運転手はそれで気を良くしたのか、べらべらと話を続ける。
「ああ、でも大丈夫ですよ。今日はそういった仕事じゃなくて、倉庫から荷物を運び出すだけですから」
「それはどんな荷物なんですか」
「さあ、知りません」
倉庫では一人の男が煙草を吸っていた。運転手は車を止めて男と挨拶を交わすと、私に倉庫の段ボールをすべて運び出すように言った。
男に頭を下げてから倉庫に向かった。中には百箱くらいの段ボールが並べられていた。段ボールを一箱ずつ運び、百回近く往復した頃には、倉庫は空になっていた。
終わると運転手に声をかけてトラックに乗り込んだ。
トラックが走り出して暫く経つと運転手が話しかけてきた。
「なんの荷物か気になりますか」
「知らないんじゃないですか」
「さっき聞いたんですよ。知りたいですか?」
聞いてほしくて仕方がない子供のような反応だった。私は運転手の気を損ねないように「はい」と言った。
「実はあの人、発明家やってるんですよ」
「発明家ですか」
「しかも売れない発明家なんです」
「じゃあ、さっきの段ボールはその人の発明品ってことですか」
「そうなんです。今度のは最高傑作だそうですよ」
「それで、中身は」
「寝返りを数えられる枕です」
どういった需要があるかも分からない枕だった。携帯の睡眠記録アプリにすでに寝返りの数を数える機能があった記憶がある。
枕の質が相当いいのか、他に機能があるのかと真面目に考えたが、運転手の微妙な顔つきを見て「なるほど」と応えることにした。
「そういえば、このあと時間ありますよね。実演販売をやることになっているので付き合ってもらえませんか」
「実演販売ですか、人目につくのはあまり好きではなくて」
「ああ、プライバシーには配慮しますので大丈夫ですよ。追加料金はこれで」
運転手は指を四本立てた。
「四万円ですか」
「四千円です。それにプラスで時給つけます」
それなりの生活費にはなるし、日給の半分くらいの金額が稼げると思うと悪くはない。問題は顔を晒したくないということだ。
「なにか、被り物をしていいなら」
「それなら、いいものがありますよ。それはですね——」
運転手が提案した被り物に苦い表情を浮かべつつも私は再び頷くのであった。
一時間ほど走り続け、ようやくトラックが止まる。目の前にあったのは三階建てのボロいビルだった。運転手に、最上階まで荷物を運ぶように言われた。もちろんエレベータなんてものはなかった。
とりあえず、一箱だけ三階に持って上がる。入ってすぐの場所は、応接室兼事務所のような造りだった。受付にはそれなりに可愛らしい見た目をした女性が立っていた。
「運送業者さんですね。あそこの奥の部屋に荷物運んでもらえますか」
女性が手を伸ばした先にある部屋に荷物を持っていった。その部屋は物置のような場所で、ラックが壁際に張り付くように置かれていて、大きさの違う段ボールがいくつも置かれていた。
段ボールには商品名と日付が書いてあった。よく見ると、赤丸のシールが貼ってある物もあった。
「時間押してるので、早めに運んでもらえると助かるんですけど」
「すみません。急いで運びますね」
すぐに階段を駆け下りて、段ボールを運ぶことを繰り返す。運び込んだ段ボールを従業員らしき男たちが開け、中を確認しては赤いシールを貼っていた。検品済みの印だろうか。
最後の一箱を運び終えると、膝に手をついて息を整えた。そこへ運転手が声をかけてきた。
「お疲れ様です。早速で申し訳ないんですけど、実演販売の手伝いをお願いします」
「ええ、分かりました。……それが、さっき言っていた被り物ですか」
「そうですよ」
運転手に差し出されたのは、B級映画の強盗がつけるような残念な目出し帽だった。話を聞いた時点で気は進まなかったが、実物を見るとますます被りたくなくなった。
他に使えるものもないので、仕方なく受け取った。
私は目出し帽をかぶってカメラの前に立っている。隣には受付にいた女性が立っている。スーツ姿で、目を隠すような仮面をかぶっている。
いまからライブ配信を行なって発明品を売るようだ。私はどうやら助手という立場で、これから醜態を全世界に向けて晒すことになる。誰でも見れるが、誰もが見るわけではない。知り合いには絶対知られたくない。
「みなさん、こんにちは! バンデット・ライダーズチャンネルにようこそ。今日もみんなで略奪の限りを尽くそうぜ」
物騒な名前のチャンネルだった。なぜ、こんなチャンネルで寝返りの数を数える枕を売るのか全くもって分からない。しかし、私はお金のために役者になりきるしかない。
「さて、本日紹介する商品は、な、なんと! あの有名発明家の新商品、寝返りの数を数えられる枕です」
「えー、あの有名発明家のですかー?」
「リアクション大きめで頼みます」と言われたから、それに従っているだけだ。そう言い聞かせて受付の女性に合わせて話を進めることにした。
「そうなんです。過去にも、『蚊に刺された場所へ十字をつけるスタンプ』、『くしゃみの音をファンファーレに変える鼻栓』を発明された方なんです」
「ああ、知ってますよ。十字スタンプ。あれはいい商品ですよね」
「寝返りを打てないと健康障害が発生するのを知っていますか。血行不良や肩こり、腰痛、睡眠の質の低下。寝るだけで不健康になるなんて、悲しいですよね」
「睡眠は大事ですよ」
「有名発明家もそう思って、寝返りの数を数える枕を開発しました。これを使えば、寝返りの数を数えることができるんです。さっそく、実演してみましょう」
枕を手渡される。ベッドも布団もないが、早くしろと受付の女性から視線が送られてくる。私は内心でため息をついて、枕を置いて床に寝転がった。
「寝心地はどうですか」
「すごいです。頭にフィットしています」
「じゃあ、寝返りを打ってください」
仰向けから横向きに寝返りを打った。
「見てください、枕に対応したこのデバイスのカウントがひとつ増えました。もう一度、お願いします」
指示されたとおりにもう一度身体を動かした。健康診断でも受けているような気分だった。
「コメント、盛り上がっております。え、わたしも実践してほしい、ですか。分かりました。仕方ないですね」
私は立ち上がって、受付の女性と交代をした。交代する時に耳元で、カメラを持って接写してほしいと言われた。撮影しているカメラを手に取ると、受付の女性に近づいて撮影を始める。
受付の女性が枕に頭を乗せ、こちらを向くように寝返りを打った。カメラに向かって可愛らしく表情を作っている。それを私が撮影しているという奇妙な状況だった。
撮影を見守っていた他の従業員から、スケッチブックに書かれたカンペで「もっと近寄れ」「胸元が映るように」と細かい指示を受ける。
「ねえ、みんな、すっごく気持ちいいの。健康になれると思わない? 買ってほしいな」
受付の女性がウインクをすると、カンペを持った従業員が親指を立てていた。私は少し呆れ気味にカメラを元の位置に戻してから、受付の女性に手を差し出して、起き上がる手助けをした。
「あっ」
手を引いた勢いで、受付の女性と一瞬抱きつくような状態になった。柔らかい感触といい匂いがした。だが、何かがおかしかった。
すぐに離れて何事もなかったように番組を再開した。
「ちょっとしたハプニングがありましたけど、商品の魅力は十分伝わりましたか? いまからこの寝返りの数を数える枕を販売します。限定百個の商品なので早いものがちですよ。じゃあ、次の商品は——」
私は先ほど感じた妙な違和感を抱えながら、ライブ配信が終了するまでの三十分間、その役に徹した。
配信が終わると運転手と一緒にトラックに乗り込んで事務所まで戻っていく。特に私から話すこともないが、おしゃべりな運転手は口を開く。
「それにしても、よく耐えましたね。感心しましたよ」
「なにがですか」
「そりゃ、若いお姉ちゃんにくっつかれてピクリとも反応しなかったじゃないですか」
「えっ、ああ……緊張してたからですかね」
「わしなら、バキーンてなって放送事故ですよ」
運転手は豪快に笑いながら私の肩を叩いてくる。反応しなかった。いや、この極限環境のストレスだ。いまは深く考えては駄目だ。
「そういえば、あの配信で発明品は売れるんですか」
「売れますよ。それなりに」
「あの、女性が人気だからですか」
「それもありますけど、ここだけの秘密にしてもらえますか」
「大丈夫です」
「段ボールに赤いシール貼ってるの、気がついてましたでしょ。あれ、特別な商品を入れているんですよ」
「特別なってなんですか」
「それは秘密ですよ。でも、それ欲しさにリピーターがいましてね。その方たちのために売れない発明品を売っているんです」
「ああ、発明品が目当てじゃないんですね」
「そのとおり」と運転手が言って、再び豪快に笑った。私は正直、気が気でなかったが、一緒に笑うことにした。
無事に事務所に着くと、封筒に入った日当を渡された。それを手にいつもの廃屋へと帰っていった。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
白石が笑顔で出迎えてくれた。
「なあ、白石。私は配信者になろうと思うんだ」
「はい?」
白石は眉をひそめていた。
「配信者って、どういうことですか?」
「言葉のとおりだが」
「説明してください」
「まあ、ご飯を食べながら話そう」
私が買ってきた弁当を差し出すと、渋々ながら受け取ってくれた。今日の弁当はこの拠点から随分と離れた場所で買ったものだから、常温で米も固くなっている。
「今日の仕事で、ライブ配信の商品販売を手伝ったんだ。もちろん、身バレするような失態はない」
「それで配信者になろうということですか」
呆れたように私の顔を見ないで欲しい。
「配信者は儲かるんだ。今日は枕を売ったんだが、なんと殆どが売れたんだ。売上だけで言うと、百万円以上はあると思う」
「それって、別に高松さんだからじゃないですよね」
「そのとおりだ」
箸を置いて割れた窓ガラスを見る。おそらく反対されるだろうが、白石に対して隠し事はしたくなかった。
「じゃあ、何なんですか」
「安全のためだ。いま私たちは生命の危険にさらされている。この状況をそのままにしておくことはできない」
「確かに安定した生活はできていませんけど、なんとかなっているじゃないですか」
「行き当たりばったりの生活は絶対に破綻する。先を見越した行動が必要だ」
「それと、配信がどうつながるんですか」
「まずは日雇い以外での収入源の確保。これは必須だ。あいつらのことだ。私たちをほうっておくことはまずないだろう。いずれ、私たちを探し当てて殺すつもりに違いない。逃げるとなれば金は必要だ」
「そうなんですか。僕たちがなにかミスをしない限り、居場所を特定されることなんてありえないと思うんですけど」
「忘れたのか、なぜインプラントチップを焼き切ったのか」
私と白石の手首には焼け焦げた跡がある。指でなぞるとデコボコとした感触が伝わってくる。
逃走を始めてすぐに、生体認証を使って白石の口座から金を下ろしたときのことだった。怪しげな男に追いかけられて捕まえられそうになった。そういった事が、生体認証を使うたびに起きたのだった。
「でも、いまは偽造チップを使っているから。僕たちだってわかる根拠はないです」
「偽造していても、何かの拍子に見つかる可能性はある。その時に備えると言っている」
「全く分からないです」
「公に顔を晒すのはリスクになり得るが、防御にもなり得る。ネット上に痕跡を残すことが大事なんだ」
「それって、僕を助けたときみたいに、自己犠牲の精神ですか」
「違う。被害を公表して、もし私たちが失踪でもすれば、疑われるのは東邦ファーマだ」
納得はしていないといった顔をしている。
「……僕は高松さんを止めることはできませんよ」
「ありがとう。分かってくれて。ご飯を食べたら早速、とりかかるよ」
その後、私たちは無言で弁当を食べた。食べ終わって白石の様子を見ていたが、何も言ってこない。私からもかける言葉が見つからなかった。
寝室に戻ると携帯を取り出した。動画投稿サイトに会員登録をする。登録情報は年齢以外すべて偽造したものだった。
チャンネルの方向性はオカルトにすると決めていた。ありえない話を信じてくれるのはそういった界隈だけだ。私の現状を説明したときにも、信じてもらいやすくなるはずだ。
「チャンネル名か……」
親しみやすい名前がいいと思うが、いい案が浮かばない。寝室をぐるぐると回り続けてみて、ひらめいたのは小学生の頃につけられたあだ名だった。
少し躊躇ったが、他にいいアイディアもないので「まっつんチャンネル」に決定した。
最初の投稿は、アニメ作品の「実は怖い話」というテーマにすることにした。まずは見てもらわなければ始まらない。知っている作品なら興味を持ってもらえるだろうし、私も昔見ていたものなら話しやすかった。
すでに同じような動画は何本もあった。いくつか見てみると、内容はほとんど同じだった。これなら私にもできそうだと思ったが、同じ話をするだけでは選んでもらえない。作中の台詞や登場人物の行動について、私なりの解釈を加えることにした。
原稿を用意して、携帯に向かって朗読する。
「こんばんは、まっつんです。今日は——」
簡単な作業だと思っていたが、聞き返すと声が小さく、所々で何を言っているのか分からなかった。白石に聞かれるのが気になって、無意識に声を抑えていたようだ。
配信をすると宣言したのだから、いまさら隠す必要もない。そう思い直して録音し直した。
ネットに転がっている画像を何枚か拾い集め、話に合わせて表示する。作業をしているうちに夜も更けていた。何度か見返したが、それなりのものにはなっていると思う。私は動画を投稿すると、そのまま寝ることにした。
翌朝になってチャンネルを確認したが、再生数はわずか三件だった。そのうちの一件は私だ。念のため画面を更新してみたが、数字は変わらなかった。二桁くらいはあると思っていたので、流石に落ち込んだ。
「高松さん、元気ないですね」
「少し寝不足なだけだ」
携帯を伏せて答えた。昨日、配信者は儲かると言ったばかりだった。




