番外編 それからの隣(漣)
大学の卒業式から五日が経った。
あの日、蒼真と恋人になってから、少しずつその実感が湧いてきた。
どちらから言うでもなく自然に、短くても毎日メッセージのやりとりをするようになった。
蒼真に「声が聴きたい」って言われて、通話することもあった。
画面越しに聞こえる蒼真の声はいつも通り明るいのに、恋人なんだと思うと、声を聞くだけで変に意識してしまった。
今日は、付き合って初めてのデート……になるんだと思う。
蒼真の提案で、何かお揃いのものを買おうと話していた。
カフェで食事をして、駅前の雑貨店に寄った。
今までも、蒼真と外食したり買い物は何度もした。
でも、お揃いのものを買うのは初めてだった。
恋人らしいことをしている。
そう思うだけで少しくすぐったくて、でも嬉しかった。
買い物を終えて、いつものように俺の家に向かった。
部屋に入ってすぐ、蒼真は袋の中身をひとつずつ取り出していく。
色違いのマグカップとルームウェアを並べながら、嬉しそうに言った。
「これ、漣んちに置いといていい?」
「うん。そのつもりだった」
「やった!」
思えば、今まで蒼真のものってほとんど家に置いてなかった。
突然泊まることになった時は俺の部屋着を貸していたし。
きっと今日からここで、このルームウェアを着るんだろう。
そう思って何気なく聞いたつもりだった。
「今日は泊まる?」
すると、蒼真は目を見開いた。
「えっ?! いいの?」
思わぬ反応に少し笑ってしまう。
「なんだよ今さら」
「なんかさ、何度も泊まってるけど……」
蒼真は少しだけ視線を逸らして、照れたように続けた。
「恋人になったんだって思うと、ちょっと緊張する……!」
そんなことを言われると、こっちまで意識してしまう。
平静を装って言う。
「いつも通り過ごせばいいだろ」
「……うん! 今日買ったもの、早速使お!」
***
先に風呂を済ませて、買ったばかりのルームウェアに袖を通した。
肌触りがやわらかくて、着ているだけで妙にそわそわした。
蒼真と色違い、お揃いだと思うだけで特別なものみたいに思えた。
ソファに座っていると、風呂から出てきた蒼真が、今日買ったルームウェアを着て嬉しそうにポーズを取ってみせる。
「見て! 似合う?」
そう言った蒼真が可愛くて、思わず立ち上がってしまった。
「似合う……!」
「やった! 漣も似合ってるよ! このルームウェア、ふわふわしてて気持ちいいよね」
「うん……」
ソファに並んで座る。
すると、隣から距離を詰めてきた蒼真が言った。
「記念に写真撮ろ! マグカップ持って!」
それぞれのマグカップを持って、スマホ画面に収まるようにくっつく。
画面の中で、蒼真が嬉しそうに笑った。
「漣と初めてのデートと、恋人っぽい買い物記念!」
シャッター音が鳴る。
撮れた写真を確認しながら、蒼真がぽつりと呟いた。
「これからこういう思い出いっぱい増えるのかな……嬉しい」
本当に嬉しそうな横顔が愛おしかった。
見ているうちに、急に触れたくなった。
「……蒼真」
「ん?」
少し迷ってから、控えめに両手を広げる。
「おいで」
蒼真は一瞬きょとんとして、それからぱっと顔を明るくした。
「もー。また彼氏っぽいことするじゃん!」
そう言いながらも、蒼真は迷わず俺の胸におさまりに来た。
ためらいなく来てくれることが嬉しくて、胸の奥がどうしようもなく甘くなる。
抱きしめると、蒼真がゆっくり抱きしめ返して小さく言った。
「ずるいよ……漣、大好き……」
「俺も……大好き」
言い慣れない言葉なのに、不思議なくらいすんなり口にできた。
腕の中の蒼真が呟く。
「はぁ……漣の声、落ち着く。好き」
そんなことを腕の中で言われて、返す言葉に一瞬詰まった。
好きだと言われるたび、まだ慣れない熱が体の内側に広がる。
蒼真の腕に、少しだけ力がこもる。
愛おしくなって、そっと髪を撫でた。
***
いつも通り、蒼真はベッドで俺はソファに寝ることになった。
蒼真がベッドから言う。
「漣もベッドで寝たら?」
「それはまだだめ」
「えっ、即答?!」
「うん。即答」
「えー……恋人なのに!」
「何言ってもだめ」
恋人になったからといって、何もかも急に変えていいわけじゃない。
何より、今の自分が蒼真の隣で平然と眠れる気がしなかった。
しばらく黙っていた蒼真が、布団の中からぽつりと言った。
「でも、手は繋いで寝たい」
「ソファとベッドで?」
「届かない?」
「届かない」
ソファとベッドの間にはローテーブルがある。
どう頑張っても、寝たまま手を繋げる距離じゃなかった。
それでも蒼真は、簡単には引き下がらなかった。
「じゃあ、寝る前に少しだけ。お願い」
「……わかった。少しだけ」
結局、俺はベッドの端に腰を下ろして、蒼真の手を握った。
蒼真は満足そうに指を絡めてくる。
少しして、手を繋いだまま蒼真が言う。
「ほんとにベッドで寝ない?」
蒼真にそう言われると弱い……。蒼真もきっとそれを分かってて言ってる。
これ以上ここにいたら断りきれなくなりそうで、切り上げることにした。
「寝ないよ。はい、おしまい」
「へへ……ありがと」
そう言って、蒼真は目を閉じた。
俺はソファに寝転がって、薄暗い部屋の中で天井を見上げる。
色違いのマグカップ。
色違いのルームウェア。
まだ少しだけ甘く耳に残る、さっきの「大好き」の声。
俺の部屋に蒼真のものが増えていくたび、蒼真がここに帰ってくる理由が増えていくみたいで、胸の奥が温かくなった。
まどろみかけた頃、蒼真が小さく言う。
「漣」
「ん?」
「……おやすみ。大好き」
暗がりの中で、その声だけがやけに近く聞こえた。
「……俺も。おやすみ」
心が満たされていく感覚に、ゆっくり目を閉じる。
今までと同じ部屋。
でも、ここにあるものも、眠る前の静けさも、蒼真といる時の俺自身も、少しずつ変わっていく気がした。
その変化が、どうしようもなく嬉しかった。




