表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の景色  作者: のゆ
62/62

番外編 それからの隣(漣)

 大学の卒業式から五日が経った。


 あの日、蒼真と恋人になってから、少しずつその実感が湧いてきた。

 どちらから言うでもなく自然に、短くても毎日メッセージのやりとりをするようになった。

 蒼真に「声が聴きたい」って言われて、通話することもあった。

 画面越しに聞こえる蒼真の声はいつも通り明るいのに、恋人なんだと思うと、声を聞くだけで変に意識してしまった。


 今日は、付き合って初めてのデート……になるんだと思う。

 蒼真の提案で、何かお揃いのものを買おうと話していた。

 

 カフェで食事をして、駅前の雑貨店に寄った。

 

 今までも、蒼真と外食したり買い物は何度もした。

 でも、お揃いのものを買うのは初めてだった。

 

 恋人らしいことをしている。

 そう思うだけで少しくすぐったくて、でも嬉しかった。

 

 買い物を終えて、いつものように俺の家に向かった。

 

 部屋に入ってすぐ、蒼真は袋の中身をひとつずつ取り出していく。

 色違いのマグカップとルームウェアを並べながら、嬉しそうに言った。

「これ、漣んちに置いといていい?」

「うん。そのつもりだった」

「やった!」

 

 思えば、今まで蒼真のものってほとんど家に置いてなかった。

 突然泊まることになった時は俺の部屋着を貸していたし。

 

 きっと今日からここで、このルームウェアを着るんだろう。

 そう思って何気なく聞いたつもりだった。

「今日は泊まる?」

 

 すると、蒼真は目を見開いた。

「えっ?! いいの?」

 

 思わぬ反応に少し笑ってしまう。

「なんだよ今さら」

「なんかさ、何度も泊まってるけど……」

 蒼真は少しだけ視線を逸らして、照れたように続けた。

「恋人になったんだって思うと、ちょっと緊張する……!」


 そんなことを言われると、こっちまで意識してしまう。

 平静を装って言う。

「いつも通り過ごせばいいだろ」

「……うん! 今日買ったもの、早速使お!」


 ***

 

 先に風呂を済ませて、買ったばかりのルームウェアに袖を通した。

 肌触りがやわらかくて、着ているだけで妙にそわそわした。

 蒼真と色違い、お揃いだと思うだけで特別なものみたいに思えた。

 

 ソファに座っていると、風呂から出てきた蒼真が、今日買ったルームウェアを着て嬉しそうにポーズを取ってみせる。

「見て! 似合う?」

 そう言った蒼真が可愛くて、思わず立ち上がってしまった。

「似合う……!」

「やった! 漣も似合ってるよ! このルームウェア、ふわふわしてて気持ちいいよね」

「うん……」

 

 ソファに並んで座る。

 すると、隣から距離を詰めてきた蒼真が言った。

「記念に写真撮ろ! マグカップ持って!」


 それぞれのマグカップを持って、スマホ画面に収まるようにくっつく。

 画面の中で、蒼真が嬉しそうに笑った。

「漣と初めてのデートと、恋人っぽい買い物記念!」


 シャッター音が鳴る。

 撮れた写真を確認しながら、蒼真がぽつりと呟いた。

「これからこういう思い出いっぱい増えるのかな……嬉しい」


 本当に嬉しそうな横顔が愛おしかった。


 見ているうちに、急に触れたくなった。

「……蒼真」

「ん?」


 少し迷ってから、控えめに両手を広げる。

「おいで」


 蒼真は一瞬きょとんとして、それからぱっと顔を明るくした。

「もー。また彼氏っぽいことするじゃん!」

 そう言いながらも、蒼真は迷わず俺の胸におさまりに来た。

 ためらいなく来てくれることが嬉しくて、胸の奥がどうしようもなく甘くなる。

 

 抱きしめると、蒼真がゆっくり抱きしめ返して小さく言った。

「ずるいよ……漣、大好き……」

「俺も……大好き」

 言い慣れない言葉なのに、不思議なくらいすんなり口にできた。


 腕の中の蒼真が呟く。

「はぁ……漣の声、落ち着く。好き」

 そんなことを腕の中で言われて、返す言葉に一瞬詰まった。

 好きだと言われるたび、まだ慣れない熱が体の内側に広がる。

 

 蒼真の腕に、少しだけ力がこもる。

 愛おしくなって、そっと髪を撫でた。

 

 ***


 いつも通り、蒼真はベッドで俺はソファに寝ることになった。

 蒼真がベッドから言う。

「漣もベッドで寝たら?」

「それはまだだめ」

「えっ、即答?!」

「うん。即答」

「えー……恋人なのに!」

「何言ってもだめ」

 恋人になったからといって、何もかも急に変えていいわけじゃない。

 何より、今の自分が蒼真の隣で平然と眠れる気がしなかった。

 

 しばらく黙っていた蒼真が、布団の中からぽつりと言った。

「でも、手は繋いで寝たい」

「ソファとベッドで?」

「届かない?」

「届かない」

 ソファとベッドの間にはローテーブルがある。

 どう頑張っても、寝たまま手を繋げる距離じゃなかった。

 

 それでも蒼真は、簡単には引き下がらなかった。

「じゃあ、寝る前に少しだけ。お願い」

「……わかった。少しだけ」

 結局、俺はベッドの端に腰を下ろして、蒼真の手を握った。

 蒼真は満足そうに指を絡めてくる。

 

 少しして、手を繋いだまま蒼真が言う。

「ほんとにベッドで寝ない?」

 蒼真にそう言われると弱い……。蒼真もきっとそれを分かってて言ってる。

 これ以上ここにいたら断りきれなくなりそうで、切り上げることにした。

「寝ないよ。はい、おしまい」

「へへ……ありがと」

 そう言って、蒼真は目を閉じた。

 

 俺はソファに寝転がって、薄暗い部屋の中で天井を見上げる。


 色違いのマグカップ。

 色違いのルームウェア。

 まだ少しだけ甘く耳に残る、さっきの「大好き」の声。

 

 俺の部屋に蒼真のものが増えていくたび、蒼真がここに帰ってくる理由が増えていくみたいで、胸の奥が温かくなった。


 まどろみかけた頃、蒼真が小さく言う。

「漣」

「ん?」

「……おやすみ。大好き」


 暗がりの中で、その声だけがやけに近く聞こえた。


「……俺も。おやすみ」


 心が満たされていく感覚に、ゆっくり目を閉じる。


 今までと同じ部屋。

 でも、ここにあるものも、眠る前の静けさも、蒼真といる時の俺自身も、少しずつ変わっていく気がした。

 

 その変化が、どうしようもなく嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ