30話 はじめまして(蒼真)
漣に、「彼女ができた」と報告した数日後。
ついに今日の昼休み、漣に眞白さんを紹介することになった。
大学併設のカフェ。ガラス張りで、昼の光が床に淡く反射している。
入口の近くに、漣はもう来ていた。
静かに立っている横顔が、相変わらず綺麗……って、違う!
眞白さんが隣にいるのに、何考えてんだオレ。
今日は、漣に眞白さんを紹介する日。それだけ。余計なことは考えるな!
「おまたせ」と声をかけると、漣はこちらに気づいて顔を上げた。
「ああ」
いつも通りの声。
ついいつもの癖で、気づいたら漣の肩に自分の肩をくっつけていた。
「漣、時間作ってくれてありがとー」
「うん……」
硬い表情だし、短い返事。
緊張してる……よな。眞白さんとは初対面だし。
先に声をかけたのは眞白さんだった。
「初めまして。夜風 眞白です」
漣は一瞬だけ視線を落とし、すぐに顔を上げた。
「……篠宮 漣です」
そう言った漣の声は、落ち着いていた。
初対面の人と話すの苦手なはずなのに、笑ってくれてる。
漣のそういうところ、優しいなって思う。
眞白さんが漣に言った。
「蒼真くんからいつもお話聞いてます。……呼び方は『篠宮くん』でいい、のかな?」
「……はい」
眞白さんは「ありがとう」と微笑んで、自然に視線を俺に戻した。
***
カフェの店内は、学生の笑い声や、カップがソーサーに触れる音、ミルクを泡立てる機械の音でざわめいていた。
ドリンクを受け取って、三人でテーブルを囲んだ。
オレは眞白さんの隣に座って、漣はその向かい。
漣とカフェに来るときは、だいたい向かいだから、この位置が自然……だよな。
向かいの漣と目が合って、なんか不思議な気持ちになった。
きっと、親友と彼女と一緒にカフェに来るなんて初めてだからだ。
眞白さんに漣を紹介した。
「漣は幼馴染で、何でも話せる親友なんです!」
眞白さんが微笑む。
「ふふ。蒼真くん、篠宮くんの話たくさんしてくれるよね」
それから、小さい頃の話。漣の絵の話。
ほとんど一方的にオレが漣を紹介した。
たまに「それは言わなくていい」って漣に止められることもあったけど。
ふと実習の話が出たところで、眞白さんが言う。
「そう言えば、実習の最後の授業。蒼真くん、すごく良かったって言ってたよね?」
「あ、はい! 最後の最後で、やっと手応えがあったっていうか……」
そこからは、実習の話になった。
オレが話して、眞白さんが補足して、漣が静かに聞いてくれて……。
「漣! 眞白さんって、すごいんだよ! 言われた通りにやったら上手くいったんだ」
オレが勢いよく言うと、眞白さんが小さく笑った。
「そんな大げさに言わないで」
「いや、ほんとのことです……もう眞白さんに頼りっぱなしで……」
言いながら急に恥ずかしくなって、意味もなくカップの縁を指でなぞる。
「ほんと、眞白さんがいなかったらオレ、無理でした……!」
眞白さんが少し照れたように笑う。
「もう。そこまで言われると恥ずかしいな」
胸の奥が、くすぐったい。
漣は優しい笑顔で聞いてくれてた。
でも、オレの話に笑ったり相づちを打つタイミングが、いつもよりほんの少しだけ間がある気がした。気にしすぎ……だよな。
***
カフェを出た時、眞白さんが漣に言った。
「今日はありがとう。篠宮くんとお話できてよかった」
「こちらこそ……ありがとうございました」
漣は丁寧に返して、オレのほうを見る。
「……蒼真、ありがとう。蒼真が楽しそうで……よかった」
途中で言葉を選ぶみたいに、漣は一度だけ視線を逸らした。
笑顔がいつもと少し違うように思えて、胸がざわつく。
「えっ……あ、うん! ありがと!」
戸惑ったけど、あまり深く考えず返事をした。
手を振るオレに、漣は軽く手を上げて背を向けた。
その背中が見えなくなるまで見送ってしまった。
気にしないようにしても、胸のざわつきがなかなか消えなかった。
漣は緊張してただけ、だよな。……気にしすぎるのは良くないよな。
***
その日の夕方。
ゼミ終わりの廊下は、移動中の学生たちがざわついていた。
その流れのまま、彩花ちゃん、奏汰に、報告することにした。
「そういえばさ。オレ、眞白さんと付き合うことになった」
「「えッッ!?!? 」」
声大きい! 通りすがりの人が一斉にこっちを見た。
周りが一瞬静かになって、すぐにざわめきが戻る。
ふたりの反応が大きすぎて焦る……。
奏汰が真っ先に叫ぶ。
「まぁじかよー。オレ狙ってたのにー!」
思わず聞き返す。
「え、狙ってたの……?」
「当たり前だろ」
彩花ちゃんは顔を真っ青にして、両手で頭を抱えてた。なんで……?
「ま、ま……眞白さまと? 蒼真くん、眞白さまと……?」
「だ、大丈夫? 彩花ちゃん、めっちゃ顔色悪いけど」
「い、いや、大丈夫! お似合いだな〜って思ってー……はは」
大丈夫には見えなかった……けど。
奏汰がニヤニヤしながら聞いてくる。
「もう家行った?」
「お、おい! やめろよ! 行ってねえよ……!」
「どうだったか、ゼッッタイ教えろよ」
「奏汰、おまえさあ……」
奏汰と戯れていたら、隣で彩花ちゃんの肩が小さく震えた。
「どうしよう……」
次の瞬間、ぽろぽろと涙を流し始めた。訳がわからない。
「え、え?! なんで? ティッシュいる?!」
オレが鞄の中を探している横で、奏汰が真顔で言う。
「は? 彩花、蒼真のこと好きなん? 失恋?」
彩花ちゃんは泣きながら首を横に振る。
「これは……ちがくて……っ。ごめん。こっちの事情で……」
事情……とは? よく分からないまま声をかけてしまう。
「なんか、嫌な思いさせてたらごめんね」
彩花ちゃんは涙を拭いながら言う。
「眞白さんとのこと、他の人にも言った……?」
「漣に言ったよ! どうかした?」
そう言うと、彩花ちゃんはさらに涙が止まらなくなる。
「漣く……う、うぅ……うわぁぁぁん」
本当に、どうしたんだろ……。
その時、奏汰が思いついたように言った。
「……なるほど! 彩花も眞白ちゃん狙ってたか」
彩花ちゃんが、ぴたっと泣き止んで、急に背筋を伸ばした。
「そっ……か。私が眞白さまと付き合えばいいんだ!」
急展開についていけない……!
「えっ、えっ……何言ってんの?」
彩花ちゃんは急に元気になって、勢いよくオレのほうを見た。
「蒼真くんから眞白さまを奪うから!」
奏汰も続く。
「よっしゃ、オレも!」
「ほんとふたりとも何言ってんの? コワイんだけど!」
変な二人だな、って笑いながら、眞白さんに送るメッセージを考える。
『今日はありがとう』じゃ軽い……かな?
メッセージを打っては消して、また打ち直す。
スマホを見つめたまま、ずっと頬が緩んだままだった。




