表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の景色  作者: のゆ
29/35

28話 安心の正体 (蒼真)

 実習初日が終わった。

 帰宅してすぐベッドに倒れ込み、天井を見つめたまま大きく息を吐く。


 ……疲れた。というか精神的に削れた。

 中学校での実習は、去年の小学校での実習とはまるで違った。

 距離感も、視線も、言葉選びも――気遣うことばかりで、神経が張りっぱなしだった。


 上手くいかなかった場面ばかり、反芻してしまう。

 子どもたちは想像以上に元気で、授業は思った通りには進まなかった。

 説明は噛んでしまったし、黒板の字は途中で崩れてしまった。

 反省点ばかり浮かぶ。思い出すたび、胃の奥がきゅっと締め付けられる。


 ――その時、スマホが震えた。

 画面に表示された名前を見て、肩の力がすっと抜ける。

 

『おつかれさま』


 眞白(ましろ)さんからのメッセージだった。

 今日の朝、実習前にも『頑張ってね』とメッセージを送ってくれていた。

 朝は、その一言で少し救われた気がした。

 早く報告したくて、返事を打つ指が早くなる。


『なんとか初日終わりました! 正直ボロボロです』


 すぐに既読がついて、返信が届く。


『初日はきついよね』


 眞白さんも実習初日は同じだったのかな……。

 たった一言なのに、少し心が緩む。

 

 焦って授業が思うように進められなかったこと。

 子どもたちが授業に集中していないように思えたこと。

 今日の反省点を全部送ってしまった。


 少しして、また通知が来る。


蒼真(そうま)くん、がんばったね。報告ありがとう。反省点が見えてるなら大丈夫』

『まとめた資料、あとで送るね。今日はちゃんと休んで』


 胸の奥がじんわりと温かくなる。

「がんばったね」「大丈夫」って言ってもらえる安心感。


 気づけば、その日の出来事を一番に伝えたい相手が眞白さんになっていた。


 スマホを握ったまま、ふと思う。

 返信が来るまでの数分が、妙に長く感じる。

 こんなふうに、誰かの言葉を待つことなんてあったかな。

 既読がついた瞬間、ほっとしている自分に気づいて少し驚く。……いや、驚くというか怖かった。自分が、眞白さんの返事がないと落ち着けなくなってるみたいで。


 この人と話していると、落ち着く。

 認めてもらえると、嬉しくて仕方ない。

 もう少しだけ、話していたいと思ってしまう。


 ***


 実習開始後、初めての週末。

 眞白さんが会って報告を聞いてくれることになり、大学の最寄り駅の落ち着いたカフェに来た。

 大学以外の場所で、二人で会うのは初めてで少し緊張する。


 向かいに座る眞白さんが店内を見渡して言った。

「ここ、静かでいいね」

「はい! 眞白さん、こういうお店好きかなって……」

 眞白さんの仕草はどこか余裕があって、見ているだけで胸の奥のこわばりがほどける。

 

「好きだよ。考えて選んでくれたんだね。ありがと」

 眞白さんは微笑んで、コーヒーに口をつける。

 その一言で、顔が熱くなる。

「いや、そんな……」


 実習の報告をした。

 上手く回せなかった授業のこと。次にどうするか。

 話しながら、自分の声が少しずつ軽くなっていくのが分かった。


 眞白さんは否定しないし、急かさない。ちゃんと最後まで聞いてくれる。

 ……それだけで、救われる。ずっと張り詰めていた心が緩む気がした。


 ふと、眞白さんが言う。

「蒼真くんって、子ども目線で考えるの得意だよね。無理して明るくしなくても、今の蒼真くんのままでいいと思うよ」

「……そんなこと言われたの、初めてかも」

 胸の奥が、じわっと熱くなる。

 こんなに褒められたことがなくて、照れる。


 眞白さんの視線から、目を逸らせない。


 やっぱり、眞白さんの声を聞くと安心する。

 もう少し一緒にいたいな……。


 ***

 

 カフェを出たあと、駅前まで一緒に歩いた。

 夕方の駅前は人の流れが絶えない。

 ロータリーの前で足を止めた。


 別れ際に、眞白さんが言う。

「今日はありがとう。また実習が終わった頃に話そっか」

「はい! ぜひ、お願いします!」

「ふふ。あと一週間、無理しすぎないでね」


 この時間が終わるのが惜しい、と思った。

 来週まで会えないのは寂しい……かも。このまま終わらせたくない。

 気づけば、口が勝手に動いていた。


「あの……! 眞白さんって、好きな人……いるんですか」


 眞白さんは少しだけ瞬きをして、考える素振りをしてから微笑んだ。

「気になる人は、いるかもね」


「どんな人……なんですか?」


「がんばり屋さんで、夢に向かって真っ直ぐで……私の目を、ちゃんと見てくれる人」


 優しい微笑みで見つめられて、心臓がどくんと鳴る。


 それって……オレのこと、って思っちゃっていいのかな。

 期待していいのか分からない――でも今言わなきゃって思った。


「オレ……眞白さんのことが好きです!」


 沈黙。

 自分の鼓動だけがうるさい。

 眞白さんは、すぐには返事をしなかった。

 少しだけ首を傾げてこちらを見る。


「……そっか」

 やわらかい声。続けて眞白さんは言う。

「……嬉しい。でも、よく考えて」

「え……?」

「今、実習中だよ。毎日いっぱいいっぱいで、感情も揺れやすい時期」


 その言葉に、どきっとする。


「今は、安心したくて私に寄りかかってるだけかもしれないよ」


 そう……なのかな。そうじゃない、はず。

 だって、眞白さんのことをもっと知りたいと思ってる。

 

 眞白さんは続けた。

「実習が終わった後も、同じ気持ちでいられる?」

 試されてる、のかもしれない。

 でも、それ以上に前向きに考えてくれているようにも見えた。

 それに、実習後も自分の気持ちが変わるとは思えなかった。

「……それでも、好きだと思います」


 眞白さんは、しばらくこちらを見つめた後、ふっと笑う。

「じゃあ……実習が終わったらもう一度聞かせてほしいな」

 微笑んでいても、その目は静かだった。

「その時も蒼真くんが同じ気持ちだったら、ちゃんと答えさせて」

「はい!」

 即答していた。

 条件を出されたはずなのに、約束みたいに思えて少し嬉しかった。不安より期待の方が大きい自分がいる。


「またね」

 そう言って、眞白さんは軽く手を振る。背中が人波に紛れていく。

 遠ざかっていく背中を見ながら思った。

 勢いで言ってしまったけれど、この気持ちは変わらない。

 きっと、眞白さんもオレのこと……。

 そう信じて、駅のホームへ向かった。


 ――この気持ちが『好き』なんだと、疑いもせずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ