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隣の景色  作者: のゆ
2/12

1話 当たり前の距離

 ――六月、雨。


 今日の授業が終わり、大学の校舎を出ようとしたその時だった――。

 俺(篠宮 漣(しのみや れん))は、校舎の軒下に立つ見慣れた人物を見つけて足を止めた。

 

 無造作にセットされた茶髪。人懐っこそうな横顔。

 傘はなく、スマホを持って空を見上げるその姿。

 それだけで相手が誰か分かる。


 ――またか。

 

 ため息は、もう癖になっていた。


「……蒼真(そうま)


 名前を呼ぶと、蒼真の背中がぴくりと動き、勢いよく振り返った。


「漣……! ねえ聞いて。傘忘れた」


 まるで大事件のような口ぶりだ。

 俺は呆れたように目を細める。


「……何回目だよ」

「え? でもさ、今日は持ってたんだよ? 家出る前までは!」

「それを“忘れた”って言うんだよ」


 冷めた声音で返すと、蒼真はふざけた様子であざとく上目遣いをして返してきた。


「漣くん♡ いっしょに帰ろ??」


「……(はい)れよ」


 傘を傾けると、蒼真が嬉しそうに中へ入ってくる。

 当然のように距離を詰め、肩が触れ、歩調が揃う。


「ありがとー! いやー、助かった!」

 

 蒼真は無邪気に笑う。

 そんな何気ない仕草に胸の奥が微かに軋む。

 

 小学四年生の時の、あの雨の日と同じ構図。

 あれから十年以上経った。

 それでも、この距離だけは変わらない。

 

 ***


 駅までの道、他愛ない会話が続く。

 

「そういえばさ、今日は芸術学部(そっち)どうだった?」

「普通」

「普通って言う割に、顔疲れてる気がするんだけど」

「……気のせい」

「いや、眠そうだし明らかに疲れてる顔だろ?! また展示用の作品描いてるの? 」

「まぁ、それもあるけど。今は普通に元気」

「そっか。それならいいけど……って言うとでも思ったか?!」

 

 蒼真はそう言って、俺の顔を覗き込もうとする。……近い。

 

 去年、作品制作に没頭しすぎて倒れた。

 それ以来、蒼真は過保護なくらい俺の体調を気にする。

 何かに集中すると、すべてを疎かにしてしまう自分が悪いのだけど……。

 

「……いいから、前見て歩け」

「あ、またそうやって話反らす!」


 そう言いながら、蒼真は歩幅を合わせてくる。

 傘の中、二人分の体温が混ざる。


 ***

 

 駅に着いたところで声を掛ける。

 

「……蒼真」

「ん?」

「次は、傘持って来いよ」

「りょーかい!」


 即答だった。

 信用できない。

 それが可笑しくて小さく笑った。


 ――出会った頃から、こうして並んで歩いているうちに、俺にとって蒼真の存在は当たり前で「特別」になってしまった。


 「特別」だと気づいたのは高校二年生の時だった。

 学校で毎日のように会っているはずなのに、そばに居ない時は蒼真の姿を探すようになってしまった。蒼真が誰かといると、こっちを向いて欲しいと思うようになってしまった、傲慢な自分に気づいた。

 でも、この気持ちをはっきり言葉にしたらきっと関係は壊れてしまう。

 だから自分の中で抑え込むことに決めた。

 

 この距離がいいんだ、と自分に言い聞かせて――。

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