9話 変わらない距離
あっという間に夏休みが明けてしまった。
久しぶりに訪れた大学の食堂。
昼どきの食堂は相変わらず騒がしくて、あちこちから笑い声や話し声が混ざり合う。
俺(篠宮 漣)の向かいの席に座る蒼真は、いつもと変わらず楽しそうに話しかけてくる。
――思えば、夏休みはほとんど蒼真に会えなかったな。
俺は、夏休みの間ずっとアトリエと家の往復だったから。
蒼真と連絡は取っていたけど顔を合わせるのは久しぶりだ。
「……漣」
「なに」
呼ばれて顔を上げると、蒼真が少しだけ眉を寄せていた。
「顔」
そう言って、蒼真が身を乗り出す。
反射的に身構える間もなく、頬に触れられた。
「絵の具、ついてる」
指先で、そっと拭われる。
――近い。
一瞬何が起こったのか分からず驚いたが、されるがままで動けなかった。
「ありがと……自分で取るから」
なんだか気まずくて視線を逸らす。
蒼真はティッシュを取って、もう一度、ちゃんと拭こうとする。
「……じっとしてて」
――その時、横からわざとらしく大きな声が飛んできた。
「ハイハイ、また始まったー!」
俺と蒼真は同時に声のほうを見た。
蒼真の友人、奏汰だった。
奏汰がニヤニヤしながら大げさに言う。
「お前ら、ホント距離感バグりすぎ! カップルかと思ったわ」
「違うから! 親友ですー。なー?漣」
蒼真がそう言って小さく笑ったから、俺もつられて誤魔化すように小さく笑った。
***
奏汰が去ったあと、蒼真が言う。
「ついに明日から教育実習だよ。その前に、漣に会えてよかったー」
そう言われて、正直胸がいっぱいになった。
ありきたりな言葉しか返せなかったけれど……。
「……応援してる」
「四週間も漣に会えないよー。耐えられるかなぁ」
「え、激重彼女か?」
「たしかに。今の発言は重くてキモかった……!」
「ふふっ……でも、耐えられなくなったらいつでも連絡して」
「うん! めちゃくちゃ連絡する!」
冗談めかして返したのは照れ隠しだった。
会えないことを、蒼真が寂しいと思ってくれている。それが、思っていた以上に嬉しかった。
そんなこと正直に言えるはずもなく、いつもみたいに軽く流してしまう。
胸の奥がすこしだけ、きゅっとした。




