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第八十四話(カイル歴506年:13歳)ヨル

私は夢をみているのだろうか。



一年で、大暴落から大暴騰に推移した、穀物の投機に失敗した父が、多大な借金を背負ってしまったのは、今では遠い昔のような気がする。


返済のため、エストの街で身を堕としてしまった私は、新たに娼館が建設されるという町に送られた。



新しいこの町は驚くことばかりだった。

同じ年頃の女性達が活躍し、いきいきと働いている。


行政府でも、商品取引所でも、受付所でも斡旋所でも、施療院でも、中心になって活躍しているのは同年代の女性たちだった。


そんな、光に満ちた場所に戻れるなら戻りたい。

所詮は儚い夢、何度もそう思っては諦めた。


私には決して戻れない、明るい希望に満ちた世界。



私はこの世界に入った時、苗字も名前も捨てた。


『ヨル』、それはこれから新しい世界で生きていく自分に、覚悟を決めた自分に付けた新しい名前。

これからは、夜の世界だけを生きていく自分に。


私から見れば、まばゆいばかりの光の世界、どんなに願っても決して叶わない、そう思った世界に、こんな私を連れ戻してあげる。


そう言ってくれる人がいた。凄く嬉しかった。



嬉しくてつい、ずっと隠していた本当の気持ちを言ってしまった。


でも、もう汚れてしまった私は、あの方の手を取る事はできない。

尊敬するお方の名誉を傷つけてしまう。


そう、私にはもう十分だ。

尊いお方がこうして私に手を差し伸べてくれた。

この喜びだけで生きていこう。


改めてその覚悟を決めた。



俺は久しぶりに長い夢を見た。


正確には、【前回の歴史】で生きた自身の回想、それに近い夢だった。

そして、夢の中で俺の最後の瞬間、ある忘れていた記憶がよみがえり、そこで目が覚めた。



「ヨルさん、貴方だったんですね……」



俺は一人、寝室で呟いた。


俺の最後の瞬間、祈りを捧げてくれた勇気ある女性のひとり、あの時は名前を思い出さなかったが、今は、それがはっきりと分かる。


父親が破産し、全てを失った商家の娘で、行政府で引き取り、ミザリーさんの配下で活躍した女性。

それが彼女、ヨルティアだった。


【前回の歴史】では、娼館に行くこともなく、今の時点では、まだ父の商店も無事だったはずだ。

【今回の世界】で俺が改変した歴史は、彼女の父、そして彼女自身の運命も変えてしまっていた。


それを知ったからには、なんとしても、彼女を救いたい、重力魔法士の件は、二の次だ。

俺はそう決断し、彼女を救う手立てを、各方面に打診した。



「今回ばかりは、私は反対です」



「彼女には感謝しています。それでも今回の事は、お名に傷がつきます」



「彼女の勇気と人となりは申し分ないと思います。

ただ身請けするということは、世間では、彼女を側妾に迎える、そう判断されてしまいます」



今回の件、アン、ミザリーさん、クレアの全員に大反対された。


全員が彼女に問題があるのではない、娼婦という立場と、引き取るには、『身請け』という形式を取らなくてはならないこと、それを問題にしていた。



一度、ミザリーさんは、行政府を通じ、彼女を引き取りたい旨、娼館に打診したそうだ。



「ご領主さまが身請けされるならまだしも、こちらも商売なんでね」



行政府の要望は、娼館側に『非常識』と一蹴されたらしい。



若年の領主が、娼館から身請けする。

そうなれば俺の名誉を傷付ける。

ソリス新男爵として、後ろ指を指される原因となりえる。

いや絶対そうなると彼女たちは思った。



そういった醜聞は、本家である子爵家にも波及することになるかも知れない。

今、俺を引き留める事が出来なければ、エストの街の父と母、二人に合わせる顔がない。


そう言って猛反対し、彼女達は一歩も引かなかった。



いつも頼りになる、常に俺の味方。

そう思っていた、最も信頼する3人に猛反対され、実際、俺は進退窮まっていた。



真実を打ち明ける事ができれば、どれほど楽になるだろうか?

だが、そんな事を言って信じて貰えるだろうか?

この先、俺はずっとこのまま秘密を抱え、ひとり戦って行かなければならないのか?



クランの件以降、メンタル的にも、いつの間にか俺はいっぱいいっぱいになっていた。



「助けが欲しい……、真実を共有できる仲間が欲しい……」



心からそう思った。



『タクヒール、あなたが色々考えてやったこと、そうであれば私は全てを許すつもりです。

変に気を遣わなくていいのよ。次からはなんでも話してくださいね』



ふと、エストの街で母が言った言葉を思い出した。

俺は早速、母宛に手紙を出していた。



『折り入って相談したい事があります、近いうちにエストの街へ向かうので、お時間をください』



要旨はこんな感じで、できる限り簡潔に記したつもりだが、若干は文章に泣き言も入っていたかも知れない。



「タクヒールさまっ! クリスさまがっ、クリスさまがお見えになっています!」



ミザリーさんが慌てて駆け込んできた。


手紙を送って数日後、なんと母はテイグーンの町に来ていた!


予想もしなかった知らせを受け、俺は大慌てで、母を迎えに出た。

母は俺からの手紙を受けたその日に、エストの街を発ったそうだ。


そんな事になるとは、考えてもいなかった俺が、突然の母の来訪を知ったのは、母がテイグーン視察という名目の観光を十分満喫した、夕暮れになってからだった。


知らせを聞き、慌てて飛び出した時、母は中央広場で俺を待っていた。



「テイグーンの町、凄くいい所ね。住んでいる人は皆んな笑顔だし、活気も凄いし、町はきちんと区画が整理されて綺麗。何より女性たちが、生き生きと働いているのが良いわ。タクヒール自慢の町だけあるわね」



どうやら街は母に合格点を貰えたようだ。

上機嫌で話す母に、



「母上、わざわざお越しいただきありがとうございます。

お知らせいただければ途中までお迎えにいきましたのに」



「だって……」



母が俺の苦手な(いや、好きだから弱点である)、可愛い困り顔を作る。



「初めてタクヒールから、私だけに折り入って相談って、嬉しくなって居てもたってもいられなかったの」



32歳に見えないあざと可愛いさで、母は舌を出して照れ笑いした。



その後、母を案内しつつ領主館分館へと向かった。

辺境騎士団支部を作るため、大規模に移築や改築、増築を行っている第二区画を抜け、第一区画に入った所で母は立ち止まった。



「この町、防御もしっかりしているのね。エストの街とは比べ物にならないわ」



「はい、まだ多くが建設中ですが……、防衛には一番気を遣ってます。

この内堀と城壁を越えると、現在建設中の迎賓館、その奥に領主館分館があります。

まだまだ質素な居館なのでご不便をおかけしますが、寝所やお部屋は既に整えてあります」



領主館分館には、念のため家族それぞれの部屋も用意してある。

そして多くないが来賓用の客室もある。



「母上には一度お休みいただいて……」


「それよりも早くタクヒールの相談事を聞かせて、ずっと楽しみにしてたの」



と言われ、部屋に入るなり早速、母に今回の経緯を説明した。



「母上も報告書でご存知とは思いますが、テイグーンの娼館でヨルという名の女性がいます」


「あ、ミザリーの演説を助けた勇気ある子ね」



「はい、彼女の行動に感謝し、そして直接会った印象も良かったので、行政府に迎えたいと思っているのですが、私が最も信頼する3人が猛反対していて……」



俺は彼女を取り巻く経緯について説明した。


彼女は父親の借金で娼館に居るため、引き取るには身請けが必要なこと

娼館側は『領主に身請された』実績を望んでおり、行政府の引き取り打診を断っていること

彼女を迎えることを、アン、ミザリー、クレアが、俺の名に傷がつくと強く反対していること



「そうねぇ、それは困ったお話ね。相談はそれだけ?」


「あ、いえ、もっと大事なことがあります」



俺は決心した話を伝えた。



「今まで黙っていたのですが、私には不思議な力があるようです。

魔法士適性のある人物が、私には何故か何となく分かってしまうんです。

そして、なんとなくですが……、この先に起こるかもしれない、大きな災いについても……」



「貴方の【固有スキル】みたいな感じかな?」



「私もそう思ってます。勿論、全てが確実ではないのですが……、ただ、そんなスキルがあるとすれば、政治的にかなり危険だと思い、ずっと黙ってました」



「そうねぇ、やっぱり、目を付けられると問題ね」



「はい、ずっと恐れてました。

ソリス子爵家を守るための行動が、逆に危険にするのではないかと。

なので、自分ひとりで黙って事を進めて来ました。

でも、黙っていても、結果として私の行動は不自然で、周囲には誤解を生むと思います。

今回の彼女についても、3人には事情を伝えることもできず……」



それに加えて少し補足した。


ヨルには重力魔法士としての適性がある、そんな兆候を感じていること。

王国でも今は皆無の、超レアスキルを持つ彼女を囲い込み、活躍の場を与えたいこと。

大前提として、彼女の魔法士適性に関係なく、彼女の勇気と行動に感謝し配下としたいことを。



「そうね、やっぱり……、そうだったのね」



母は納得した顔で続けた。



「ソリス子爵家だけに、いえ貴方だけに、これだけの数の魔法士、どう考えても不自然とは思っていました。そして、貴方が幼いころから行ってきた、提案の数々も……」



「今まで黙っていて申し訳ありません。

もういっぱいいっぱいで、どうして良いか分からず、母上に相談しました。


私の中に、実はもう一人の私がいて、知らない知識や、未来のことが断片的に見えるんです。

ソリス家の、家族の、そして私自身の悲しい未来が……

それを何とか回避したくて、頑張ったつもりなんですが、色々行き詰ってしまって……」



「もう悪い子っ、私に黙って一人で気を遣って……」



俺は母に抱きしめられた。

なんか、すごく安心できた。



「クリシアが聖魔法士になったと聞いた時、ほぼ、何かある事は確信してました。後は私に任せなさい」



「ご迷惑ではありませんか?」



「タクヒールは幼いころからどこか大人びていて、甘えてくることもなく、私は寂しかったのですよ」



うん、このあざと可愛い表情と言葉、ほんと母は30過ぎとは思えないくらい、とても可愛い。

【前回の歴史】では何とも思わなかった事も、ニシダの意識が加わってからは、特にそう感じる様になった。



「明日の昼食後に、アンとミザリー、クレアを連れて私のところにいらっしゃい。

貴方は傍らにいるだけで大丈夫です」



そう言うと母は真剣な目でこちらに向き直った。



「貴方が一番信頼しているのは、心を許せると思うのは、その3人で間違いないかしら?」



「はい、レイモンドさんやヴァイス団長も、違う意味で一番信頼していますが、わたしの事を誰よりも理解してくれているのはその3人です」



「魔法士適性の件を伝えても大丈夫なぐらいに? 貴方の全てを知られても大丈夫なくらいに?」



「はい! 構いません。彼女たちが私を見る目が変わってしまう。それは怖いですが……」



「女性としても……、彼女たちは好き?」



「多分……、そうだと思います。今回初めて、彼女たちに猛反対されて、凄くショックでした」



そう言って俺は付け加えた。



「あ、大事な事を忘れてました。一番の中の一番はもちろん母上です」



「もう、そういう所が子供っぽくないのですよ」



俺をたしなめた筈の母の顔は、何故か嬉しそうだった。



「そしてこれは大事なこと!」



母は真面目な顔に表情を戻した。



「あなたは、この先3人を、(男として)ずっと守っていける? その自信はある?」



「はい、私はこの先も3人を、大切に(仲間として)ずっと守って行きます」



「もうひとつ、たとえ全てがうまく行っても、ヨルさんを見る周囲の目は、当分変わらないでしょう。

彼女はこれまで以上の、苦労や心無い言葉に悩まされることもあるでしょう。

タクヒール、貴方は何があっても、彼女をちゃんと守ってあげること! これは絶対ですっ」



そして母は俺の手を取って更に聞いた。



「これらのこと、わたくしに誓って約束できますか?」



「はい、勿論です。

大事な仲間たちの一人として、私はひとりの男(領主)として、何があっても彼女を守ります!」



「わかったわ、後は任せなさい。もう、貴方もちゃんと男の子なのねっ! 可愛いっ!」



そう言って母は、俺を強く抱きしめてくれた。


うん?

俺、何か違った意味の言葉……、言ってしまったかな?

ご覧いただきありがとうございます。

ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。毎回励みになります。

また誤字のご指摘もありがとうございます。

こちらでの御礼で失礼いたします。


これからもどうぞ宜しくお願いいたします。


<追記>

七十話~まで毎日投稿が継続できました。

このまま年内は継続投稿を目指して頑張りたいと思います。


日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。

今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
あー、総堀埋められちゃったね。。。
[気になった点]>私はひとりの男(領主)として、何があっても彼女を守ります! これはおかしい。少なくとも現代日本人であるニシダの感覚では「ひとりの男」とは”身分や立場を離れ、権力を背景としないただの男…
コミックより検索して安易に飛んで来てしまった自分が悪いのですがハーレム物だったのですね。 ちょこちょこ気持ち悪いなと感じる部分がありつつも読み進めてたけど時間の無駄だった、あーショックだ
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