第四百五十四話(カイル歴516年:23歳)物騒な新婚旅行② サラームの夜
王都フェアリーから国王らが外交使節を伴ってサラームを訪れた夜、街は大いに賑わっていた。
何故なら彼らには四つの慶事が一気に訪れたからだ。
・フェアラート国王と、実質的な領主であるウエストライツ魔境公国の公王が揃って街を訪れたこと
・ここ最近は魔境から出没し住民たちを悩ましていた魔物の大規模討伐が行われたこと
・最強と呼び声の高い魔物で討伐不可能とまで言われたクリムトが、一気に五体も狩られたこと
・訪れた国王の成婚を祝い、街全体で酒と食事の無料振る舞いが総督府の命で実施されたこと
これらの慶事により、街の盛り上がりはかつてないものとなり、各所で祝いの盃が交わされていた。
とある街の一角にある酒場でも……。
「それにしてもサラームも大きく変わったよな? これも公王陛下が反乱軍から街を開放してくれたことが始まりだよな?」
「ああ、それに街を思いっきりよく譲り渡してくれた国王陛下にも感謝、だよな?」
「ははは、公王陛下と国王陛下に! そしてお妃様に感謝を込めて改めて乾杯だ!」
「「「おうよ、公王陛下と国王陛下とお妃様に乾杯!」」」
盃を交わした後も、彼らの賞賛と飲みっぷりは止まらなかった。
乾杯に続き新たな男たちも会話に加わる。
「俺は代理総督府もよくやっていると思うぜ。なんせサラームは他の街から羨ましがられる『マツヤマ』方式の街だからな」
「おうよ、悪人共も皆、逃げるように出て行っちまったし、皆の暮らしぶりも随分良くなったからな」
「今じゃ街の女たちは皆、代理総督府や受付所への就職しようと目指しているらしく、圧倒的な一番人気だって言うぜ」
「俺も……、誰でも代理総督府に入れた時に手を挙げておくべきだったか?」
「ははは、違げぇねぇな。ともあれ……、マツヤマに乾杯!」
「「「おうよ、マツヤマに乾杯!」」」
「……」
俺は周囲のテーブルで交わされる声に少し気恥ずかしくなっていた。
それにしても『マツヤマ』って……、使い方が間違っていないか? あれは捕虜の扱いに関して俺が始めた独自の施策であって、内政には一切関係ないし。
もっとも、帝国やスーラ公国でも勝手に言葉が独り歩きして進化し、いつの間にか降伏の合図になってしまっているが……。
ただこれは、実際に日露戦争でも降伏を示す言葉として使われたと聞いたことがあるし、あながち独り歩きと言えない偶然の一致もあるけどさ。
そんな風に考え込んでいると、いきなり背後から背中を叩かれた。
「ははは、民たちは我が友の施策に満足して感謝しているのだ。そのように困り顔でなくとも良かろう?」
「そうですわ、今日は無事に討伐を終えた祝賀会ですよ。幸いなことに各国で一体ずつクリムトも確保できたのですもの」
いや……、そうじゃない。
本当はホドホドで帰還するつもりだったんだよ。三体目が狩れてもう十分と思って帰路に就こうとした際、運悪く四体目が襲ってきたからさ。
そうなると五体目まで行かないと配分に困るじゃん!
公妃になったばかりの『じゃじゃ馬』もテンション爆上げだったし、途中で帰るとも言えなかったし。
「我らも初めて魔境での狩りを経験し、非常に参考になったぞ。タクヒール殿の軍は常に命の危険と隣り合わせの研鑽を積まれてきた、だからこそ突出して強いと確信できたことだしな」
「そうですね、魔法士の運用と連携も非常に参考になりました。それに公妃殿下の弓の腕にも驚きましたよ」
確かにそれは正しい。正しいのだけどね……。
ウチには魔物より怖い鬼がいるのだよ。精強な理由の半分以上は団長のお陰だと思う。
それと今回、ヨルティアは敢えて重力魔法を制限していたけど、ユーカは全開で行ったからね。風魔法と合体させた彼女の弓は驚くべき命中率と威力を見せていたし。
「私共も入手不可能とまで言われたクリムトの鱗が一体分丸ごと手に入ったのです。これも公王陛下とクラージュさまに感謝ですわっ」
だよね……。今や女王となったアリシア殿下は内政を担っており、商人たちの手綱を握ることは常に心を砕いているのだろう。
彼らとの取引で圧倒的優位に立てる材料が手に入ったことで、喜びも一入なのだろう。
「さぁ、新たな酒をお持ちしましたぞ!」
「……」
いやさ、国王が自ら酒を……、しかも樽ごと運んでくるってどうなんよ?
俺以外のお歴々は当然のこととして酒を注いでもらっているけどさ。
本来なら有り得ない話なんだからさ。
「帝都では皇帝自ら、フェアリーでは公国の国王自ら酒を給仕されていたので、私もそれに倣って……」
クラージュ王は倣わなくて良いんだよ?
本人はむしろ当然のことのように喜んでやっているけどさ。
「ははは、どうやら我が友は一番の常識人を自称しているようだな? だが……、我らの中で最も常識から外れている自覚はないようだぞ?」
「ははは、なかなか酷い言われようですね」
「違うぞ、私は我が友を褒めたつもりだぞ? この中では最も平素から身分に囚われず振る舞い、分け隔てなく領民たちと接して来たのは、何を隠そう公王自身ではないか?」
何となく……、クリューゲル王の言いたいことは分かる。分かるんだけどさ。
俺は元々身体に染み付いた庶民の血が流れているし、しかもこの世界では王族でも何でもないからね。
「俺は皆さまと違い生まれながらの王族でもなく、本来なら爵位も持たない辺境男爵の次男ですよ。
そもそもが皆さまとは生きる世界が違っていたのですから」
そう、俺は自分と家族、仲間たちを守っている過程で、たまたま成り上がった者に過ぎない。
なので今も場違い感に苛まれているんだからね。
「それは違うぞ。ここに居る我らは全て、本来なら一国の頂点とはほど遠い位置に居た者たちばかりだ。
仮に王族であっても、本来であれば飼い殺しの立場で何の実権すら持っておらんよ」
「そうだな、クリューゲル王の仰る通り、我らがそれぞれ一国の頂点に立てたのは全て『誰か』のお陰だからな。そういう意味では出自はともかく、我らよりも最も権威の高い存在ではないか?」
ちっ、そんな見方もあるか。
確かに俺が関与したことで公国の内乱は終結し、帝国は絶体絶命の窮地を切り抜けたし、三国は統一されて周辺国の草刈り場となる運命を逃れた。
ただそれらは全て、自分のためにやったことで自衛手段の延長に過ぎないからな。
「それにしても……、ちょっと問題ですわね」
ん? そもそも問題児の新婦が何を言っているんだ?
それともこの会話の流れに何か不安な点でも見出したのか?
「私も今やフェアラート公国の者となりました。そうなるとカイル王国だけは今後、同盟国の中で二歩も三歩も出遅れてしまいますもの」
そう言うことか!
確かに今まではクラリス殿下がカイル王国の第一王女として俺たちの輪に加わっていた。
なので現カイル国王は姿を見せなかったし、次代の王位を担う第一王子はまだ学園に就学する年齢にも達していないからな。
「私も王国への置き土産として、この問題を何かをしなくてはと思いましたの」
となると俺は、カイル王国の人間としての顔も使い分けないといけないのか?
なんか……、余計なことに引きずりそうなフラグが立った気がするが、気のせいだよね?
そんな俺の思いとは裏腹に、数年前にクリューゲル王とクラリス殿下が回った酒場を梯子し、サラームでの酒宴は夜が白み始めるまで続いた。
もちろんこの時に俺が感じた『嫌な予感』は、後日になって見事に巻き込まれる悩ましい話となるのだが、この時点では当面の課題、もう一つの魔境での狩りについて俺の頭は一杯一杯だった。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
ふと気付けば……、この投稿で遂に五百投稿となっていました。
ずっと以前、五百投稿までにはエンディング……、などと書いていた気がしますが、特別篇などの追加もあっていつの間にか超えてしまいました。
とはいえ、今はもう物語のラストと向き合いつつ投稿を進めています。今の時点では年末か年明け早々、そんな感じにはなると思いますが、ストーリーが膨らんでしまった場合はもう少し伸びるかもしれません。
どうかあともう少し、お付き合いいただけると幸いです。
次回は04/27『物騒な新婚旅行③』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




