第四百四十八話(カイル歴516年:23歳)華燭の典① 新たな国境
春になったある日、友邦国にて催される華燭の典の招待を受けた俺たちは、軍馬を連ねて一路フェアラート公国へと旅立った。
この前段として、俺たちに合流するためクサナギを訪れたのは、グリフォニア帝国から『特使』の任を受けたジークハルトと同行する騎兵が八百騎、リュート・ヴィレ=カイン王国からは国賓として招待されたクラージュ王とアリシア王妃、それに同行する騎兵が三百騎だ。
ただ彼らにはクサナギで合流した兵たちもいた。
俺の指定した魔境での事前訓練を受けるため、アイギスに派遣されていた者たちが二百騎ずつ、それらを含めるとグリフォニア帝国は一千騎、リュート・ヴィレ=カイン王国は五百騎になっていた。
因みに二カ国の兵に対して魔境での訓練を指導した団長曰く……。
「其々が祖国の面子を背負って参加した最精鋭らしく、脱落者は皆無で『しごき甲斐』がありましたよ。
とは言え、最初は鼻っ柱をへし折られて意気消沈していましたが、最後には誰もが良い面構えになりましたよ」
なるほど……、皆さま大変だったろうね。
思わず俺は合掌しそうになった。
鬼(団長)の嬉しそうな様子から察すると、二ヶ月の間は容赦なくしごかれたのだろう。
俺も15才の折、学園に旅立つ前に受けた団長の特別訓練で、半年間は嫌と言うほどあの地獄を経験したからね。
誰一人として脱落者が出なかっただけでも褒めてあげたいぐらいだ。
因みに魔境公国としては、魔境騎士団の精鋭から一千騎と特火兵団から五百騎を今回の旅に動員している。
事前の打ち合わせではカイル王国からは護衛が二千五百騎と非戦闘員の随員が五百人ほど同行するらしく、内訳はゴウラス騎士団長が率いる王都騎士団の護衛が各軍団から五百名ずつ、『特使』である兄のハストブルグ辺境公が一千騎を率いるらしい。
彼らはカイラールからサラーム経由でフェアリーに向かうので俺たちとは現地合流だ。
※
強行軍で向かう必要もないのでクサナギを出ると魔境公国領の西端で一泊し、翌日はここ最近になってやっと整備できたばかりの街道を進んだ。
そして……、午後の早いうちに帝国領(ドゥルール伯爵領)とフェアラート公国との国境に辿り着いた。
俺にとってこの経路を辿るのは三度目なんだけどね。
一度目は、帝国南部遠征の際にただ通過しただけ。
二度目は、国境整備の建設現場を視察するため。
三度目は、今回、俺自身が国境を通過する立場として。
「タクヒールさま、お待ちしておりました。
何とか皆さまがご滞在いただける施設の工事は間に合いました。ここからは私がご案内させていただきます」
そう言って国境に入る手前で俺たちを迎えてくれたのは、この日に備えて特命を受けて現地に入り、突貫工事を現場指揮していたエランだ。
俺だけならまだしも、今回の移動はお忍びとはいえ帝国の皇帝や国王クラスを随伴している。
そうなると国境の街道もそれなりに体裁を整える必要があるし、休息や宿泊できる施設も用意しなければならないからね。
「エランには苦労を掛けて申し訳ないね。何はともあれ、宿が間に合って良かったよ」
「いえいえ、面白いアイデアもいただきましたし、僕も現地での工事に携われて毎日が充実していましたので」
そう言って笑顔で応じたエランに対し、俺は改めて頭を下げた。
そうは言っても大変だったと思うし、エランの頬は心なしか痩せこけて見えたし。
「シグル、悪いけど伝令に走ってもらえるかな?
エランの成果を関係各位にも披露したいので、説明を兼ねて最前列にお越しいただくように、と。
後続のジークハルト殿と護衛隊長(皇帝)、クラージュ王やドゥルール伯爵にも声を掛けてきてくれないか?」
この際だからここから先は道すがら、彼らにこの国境地帯の説明をしておきたい。それがエランの頑張りに対する一番の褒美だと思うし。
そして……、全員が集まった時点で先ずは俺が口火を切った。
「皆さま遠路お疲れ様でした。これより今夜の宿営地にご案内致しますが、道すがら我が国が建設を請け負った新たな交易路、及び国境の関門についてご説明させていただきます」
「なんと、この先の間道に宿営地とな? それは面白いな」
「ふふふ、公王陛下が主導される工事の差配を見ること、これも僕の楽しみのひとつでしたからね。期待してますよ」
「はい、我らも是非参考にさせていただきたいと思います」
「移動の途中でも新たな見聞ができるなんて、とても楽しみですわっ」
ってかさ、護衛隊長である筈の人が一番前に出て来てどうするんですか?
まぁ、皇帝から興味を持ってもらえるのはありがたい話だけどさ。一言も発せず黙って一番後ろから付いてくるドゥルール伯爵の方がよっぽど護衛隊長らしいよ。
それとクラージュ王、あまり参考にはならないと思うけどね。
なんせ基礎工事はメアリーとサシャが思い切った魔法士の大量投入を行い、通常ならあり得ない規模と時間の掛かる工事を一気に推し進めた結果だし……。
人足だけでも最大で一万人、常時五千人を数ヶ月に渡って投入していたからね。
そう言う意味であの二人は、相変わらず『やる時』は容赦がないんだよね。
「国境の関門は帝国側と公国側にそれぞれ設ける予定で工事を進めています。
現在は入口、帝国側が間も無く完成する予定ですが、完成後には出口となる公国側で仕上げの工事を始めます」
入口と出口部分、両側に設ける関門は大山脈の断崖が迫り出し、谷間が二百メル程度に狭まった場所で工事を進めている。
それなら天然の要害として崖を利用でき、工事部分もかなり省略できるからね。
「なんとなくこれはラセツ……、いや、イザナミと呼ばれた魔境公国の関門に似ていますね?」
うん、ジークハルトの言葉は言い得て妙な感じだ。
関門の形状や規模から言えばラセツに似ているし、中身はイザナミの要素が含まれている。
大山脈の切れ目にあるこの国境地帯全体を俯瞰して見れば、構造的にはカイル王国と帝国との元国境、今のイザナミによく似ているからだ。
構造的には共に、国境を抜ける谷間の両端にある出口を関門で塞いだ形になるからね。
まぁ、谷の広さはイザナミの方が長く、両端の関門を結ぶ回廊部分は此方の方が長い。
ここに手をつける前の事前視察のとき、俺は灌木が生い茂る荒地の無機質な景色を見て、何となく三国遠征の前に通過したイザナミの賑わいを思い出していた。
今回の国境街道建設にあたって、その時の思いを基本設計に反映させている。
「仰る通り両側の関門は我らに建設経験のある、テイグーン山西側のラセツ関門の設計を流用したものです。そうすれば一から図面を起こす手間も省けますので」
ラセツ関門はかつて、第一皇子の軍勢に対してゴーマン伯爵(当時)が立てこもり、十倍近い第一皇子軍の猛攻を耐え抜いた実績もある建築物だ。
ただ、ラセツ関門の内部に設けていた虎口などの特殊な防御機能は受け継がせていないし、更に言えば、穴となる急所を敢えて作ってある。
万が一敵対する勢力に関門を奪われた際、そこを攻めて奪還できるように……。
帝国側の穴は帝国に、公国側の穴は公国に存在を伝える予定だけど、双方とも反対側の関門にある穴については知らせない。
『奪っても所有する側は奪還できる弱点を知っている』
この事実を双方が認識すれば十分な話だ。
今は問題ないが次世代以降も友好関係が継続しているとは限らないからね。
「元より国境に伸びていた間道は、大山脈の谷間を縫ったように細長く曲がりくねって伸び、道も悪く馬車は通過できないものでした。
ですが今は新しく生まれ変わり、加えてちょっと面白い試みを試しておりますので……」
帝国側の関門を抜けた先は、およそ十数キルに渡って道の悪い細い間道が伸びていた。
そこで俺は……。
・まず最初に谷間を削って一気に道幅を拡張する
・拡張段階でできる限り直線に近い形で整える
・削った岩石や土砂を利用して高低差を均す
・街道部分を踏み固め、平らな石で舗装する
・中間地点にたまたまあった少し開けた空間を拡張する
・その空間に新らしい街を建設する
これらを一気にやってのけた。
もちろん大量の地魔法士と、一万人の人足を投入した力技で為せたもので、通常なら何年掛かるか分からない規模の工事だけどね。
基本的に関門と関門を結ぶ回廊は、イザナミの関門で見た賑わいをイメージして落とし込んだが、中にある町は今回の目玉とも言うべきオリジナルの発想だ。
「今夜ご逗留いただく宿は関門と関門の間に挟まれた場所、そこに新たに建設を進めている街となります」
「なんと! 国境と国境の間に街をか!」
「ははは、やっぱり面白いや」
「いやはや、我らでは思いつかないことです」
「私、公王陛下が築かれた街を早く見てみたいですわ」
「まぁ……、これは当事者たる両陛下の了承が前提ですが、この街はいずれの国からも税の掛からない『特区』として商人たちを保護すれば、一気に栄えるかと……」
もちろんこれには裏がある。
この地を二国の国外、どの国の支配も受けない街とできれば、誰でも交易の拠点を設けることができる。
もちろん俺たちも……。
それにドゥルール伯爵領は『特区』出入口として大きく発展できるしさ。
これでローザも自身のために大領を蹴った伯爵に対し、気に病むことも無くなるだろう。
俺の話を聞いたジークハルトはニヤニヤ笑っているが、俺の思惑を見透かされたか?
「ははは、これが完成すれば長年の想いを叶えるために、大きな利を捨てた伯爵が、実は一番大きな利を得ることにもなり兼ねんな。
美しい奥方と豊かな領地を共に得た、稀に見る果報者となるか」
護衛隊長(皇帝)がそう言って大きく笑うと、当のドゥルール伯爵は赤面していたが、同時に俺に対し深く頭を下げた。
俺の思いも通じたかな?
「差し出がましい話で恐縮ですが、そうなれば私たちも交易拠点を設けることは可能でしょうか?
もしそうであれば両陛下には是非お願いさせていただきたく……」
アリシア王妃も早速目を付けたようだな。
これもかつてカイン王国を牛耳っていた商人たちを抑える大きな機会と捉えているのだろう。
「隊長(陛下)、僕も早速ケンプルナ商会の拠点を設立したいと思います! 公王陛下に遅れを取る訳には行きませんし」
ははは、やっぱりバレていたか。
俺だって投資した資本は回収したいしさ。
この世界の不完全な地図での目算だけど、サラームを経由した交易より、新たな国境を経由した方が三分の一から四分の一程度の行程で、フェアリーから交易品を輸送できるからね。
「俺は構わんが……、後はクリューゲル王の了解次第だろう。もっとも彼なら『友たちと互いに共存できるとは喜ばしいことだ』と言って快諾してくれるだろうけどな」
うん、新皇帝も分かっているな。
実は内緒でクリューゲル陛下には既に話を通しており、同じような言葉の返事で快諾を貰っている。
新年の宴の際にフレイム侯爵を通じて打診し、後に送られてきた『姫たちの誕生祝い』と共に了解した旨の返答をもらっていた。
やっぱ、根回しって大事だからね。
そんな話を進めているなか、俺たちは今夜の宿となる逗留場所、今も建設が進められている街に到着した。
計画では外壁と内壁がある二重構造のはずで、高さ二十メルはどの外壁が周囲二キル四方の街を囲っていた。
ここからはエランに案内をお願いした。
縄張りだけしか見ていない俺は、今は中がどうなっているか全くわからないからね。
「国境の回廊を抜ける街道に真っ直ぐ繋がっているのが、街の南門と北門になります。
まだ街は建設途上で、何かとご不便をお掛けする点はどうかご容赦ください。取り急ぎ皆さまに滞在いただく場所は用意が整っており、これよりご案内させていただきます」
そう言って南門をくぐると、もう一つの門である北門まで一直線に街路が伸びており、ちょうど街の中央部分から東側を仕切るように内壁が伸びていた。
なるほどな、二キル四方の正方形を分断するように南北二キル、東西一キルの内壁が巡らされている訳か?
「外壁と内壁に挟まれた部分である『外部区画』は、将来的には交易商人たちの倉庫と商店、安価な宿泊施設や飲食店、酒場や露店が立ち並ぶ予定です」
まぁ……、今は暫定で設けた作業人足の宿泊施設や飲食施設、生活物資を販売する簡易商店が並んでいるだけだけどね。
俺たちはエランの案内に従い内壁の中央部に設けられた門をくぐった。
すると、右側(南側)はまだ何もない空間が広がり、左側の一部だけに建物が立ち並んでいた。
「ここからが『内部区画』となります。
向かって左、北側に唯一完成している部分が、皆さまにご宿泊いただく施設となります。
今のところ作業人足や工事関係者は内部区画への立ち入りを禁じておりますので、皆さまの他には食事の用意や接遇の任を受けた者たちが居るだけです」
「なんと! ここでは野営を覚悟していたのだが……、宿やそこで働く者まで準備していたのか?」
ふふふ、この辺りは『おもてなし』の基本だからね。
それにさ、まさか帝国の皇帝を野営させる訳にもいかないでしょう。
「随伴されている兵士の方々にも厩と天幕を用意しております。お食事などの説明は彼女たちから行わせていただきます」
そう言ったエランが指し示した先には、各国の旗を掲げた兵と共に、受付所の職員と思しき二十名の女性たちが立っていた。
「現時点でそれなりの規模を確保した宿は四箇所、そちらには護衛の方を含めて二百名の方がご逗留いただけます。それ以外の方々は、彼女たちの案内する先の天幕にどうぞ」
エランが合図すると案内役が一斉に動き出したが、俺には伝えておくべきことがあった。
「解散の前に皆さま、ここはまだ未完成の街です。なので街にはまだ何もありませんし、内壁の外側は警備の目も行き届かないので、絶対に外には出ないでくださいね。明日も日の出とともに出発しますので、今日は早めにゆっくりお休みください」
なんか……、言っているのことは修学旅行の引率みたいだな。
ただこの場合、言い聞かせているのが国家元首や重鎮というところが妙な話しだけどね。
ただ、明日も長距離移動になるし街は寝るだけの場所、『お出掛け』はフェアリーに着いてからにしてほしいからね。
ただ……、そう言ったのに夕食の後はお約束通りのメンバーが俺の宿泊地に押し掛け、この国境の構造や街割りについて、水の手をどう確保したのかなど根掘り葉掘り聞かれたのは言うまでもない。
もちろん全てを答える訳にはいかないけどさ。
「因みにどの国も支配しない街となると、この街の運営や警備、最低限必要な統治機構はどなたが管理されるのでしょうか?」
「……」
アリシア王妃の質問に俺は答えに詰まった。
自由都市とかの題目だけ挙げて、その点は深く考えていなかったな……。
二国で交代するとか、各国で持ち回りとか、そんな感じをゆるーく考えていたけどな。
どうする?
実務面では各国間の利害調整や拠点申請の受付とか町割の調整とか……、結構面倒くさいことも多々ありそうだしね。
「勿論このような面白き街を考えた者だろう」
「そうですね、それが道理です。よろしくお願いします」
「やはりそうですわよね。ご相談する際も心強いですわ」
「よ、よろしくお願いします」
「何なりとお申し付けください。お力になります」
あれ? 皆さん、何で俺に向かって話すんだ?
俺はそんなことやるとは一言も言ってないぞ?
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は03/16『華燭の典②』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




