第四百四十三話(カイル歴515年:22歳)新領地施策②
前半の打ち合わせでは、元カイル王国側の領地開発に関する方針が共有され、そちらは各担当者の提案通りに了承される運びとなった。
まぁ……、その全てが俺の想定した以上の進捗と、大風呂敷だったのは言うまでもないけど。
ミザリーたちは本気でやってのける気でいるからね。
「コホン、それではタクヒールさまの仰った方針の一番目、そして二番目も半分ほどが既に定まり、新領土を預かる私もうかうかとしていられませんね。
私からは新領土の状況を報告させていただきます」
そう言ったレイモンド自身は焦っている様子など一切なく、愛弟子の活躍振りに喜んでいる様子だった。
彼は壁面に飾ってあった、大幅に改まった魔境公国の地図を指し示しながら話し始めた。
正直言って今の魔境公国は、国土の広さだけならカイル王国に匹敵するまでのものになっている。
いつの間にか……。
だが、もちろん中身は全く追いついていない。
そもそもがカイル王国とグリフォニア帝国の最辺境であった場所だし、新たに得た四カ国の領土もそれぞれの最辺境と言って差し支えない場所だ。
そのため支える貴族の数や人口も、王国に比べると極端に少ない。
プラス志向で考えれば、開発できる余地に溢れた広大な土地、フロンティアともいえるのだけどね。
「先ずは食料増産を進めるうえで、新領土で最もカギになるのがクサナギと旧国境を結ぶイズモ地区です。
ここは戦時中も受け入れた避難民の仕事先として、遠征後は捕虜(現在は派遣人足)を中心とした人足によって開墾が大々的に進められました。
そのため域内の耕作可能地は、牧場としている休耕地を除き大部分が開墾済みか着手中です。
ですが……、これでは全く足りません」
確かにな。このイズモと名付けた半径二十キルの半円状の土地は、魔境公国の成立当初から灌漑水路を縦横に巡らせ、開発に手を付けていた場所だ。
ここ数か月の間に避難民や捕虜などの人足を大量投入することによって、大規模な二次開発が進行している。
物凄い概算だが土地全体をメートル法に換算して半円の面積は(20km×20km×π)/2=628平方km。
そのうち開墾可能な農地が半分とすれば約300平方km、それは3万haとなる。
それではこの世界の収穫率で換算すると、まだまだ増加した人口を賄えるには程遠いらしい。
・転向した者たちを含め増加した兵力
・一万人もの派遣人足(元捕虜)
・帝国側や王国側からの移住者
ただでさえ人口は増えているにもかかわらず、四か国の侵攻によって荒らされた元帝国領にある農地や村は未だ復興の途上にある。
レイモンドの指摘通りこれでは必要量に全く足らない。
膨大と言って差し支えないぐらいに増えた人口を支えるだけでも、ここの何倍もの耕作地が必要になってくる。
「次段階として、クサナギより元帝国領だった土地に手を入れていく必要があります。
ひとつ、既存の農地に手を入れて収穫率を上げること。
ひとつ、大規模な耕作地を新たに開墾すること。
この二点を軸に動き始めております」
「レイモンド、具体的には?」
「先ずは足元から固めていくべき、そう考えております。
策の一つは、既存の耕作地に対し、土壌改善を含めた肥料や牡蠣殻などの提供、用水路の設置や支援金の整備、必要であれば支援策として軍や魔法士の投入などの施策を発表し、手を挙げた村から順次農地の拡張と収穫の効率化を図ります」
うん、これはテイグーンから始まり俺たちが今までやってきたことの流れだな。
牡蠣殻についても今はフェアラート公国を通じ、交易品として継続的に入ってくるし、北のモーデル辺境公からも交易商人が訪れてくるようになっている。
今回の会議では、その一環として俺がスカウトした元ウロス王国の子爵、ヴィリレも正式に魔境公国に移り住んで来たからね。
「ヴィリレ、依頼していた蠣殻の調達について状況はどうだい?」
「はい、沿岸部での蠣殻収集と商品化は、現在大きく棲み分けが出来つつあります。先ずはフェアラート公国ですが、魔境公国の他にもカイル王国の西部辺境を中心に引き合いが来ており、今後は其方に軸足を置いてくると思われます。
この先でフェアラート公国と帝国を結ぶ国境の街道が整備されれば、帝国にも販路を広げると思われます」
ははは、蠣殻のことを知っているダレク兄さんは、早速新しい領地で活用している訳か?
帝国は……、以前に当時の第三皇子やジークハルトに俺が話したもんな?
「モーデル辺境公も然り、今は魔境公国が主な取引先ですが、カイル王国内、特に東部辺境から引き合いを受けているようで、今後は其方との取引が中心となるようシフトしていくでしょう」
うん、ハミッシュ辺境公のところも、ずっと以前から文官が研修に来ていたし、テイグーンでの例を知っているからね。
特に旧イストリア皇王国の新領土は、『手を入れないと限られた農作物しか栽培出来ない』と言っていたしな。
本腰を入れて動き出そうとしているのか?
「あれ? そうなると俺たちはヤバイんじゃね?」
「ご安心くださいませ。私の方でウロス王国側やピエット通商連合の各国に手を延ばしております。
先程申し上げた『棲み分け』はそう言った意味でになります。なのでどうかご安心ください。
これからも魔境公国は最も多くの蠣殻を、最も安価で買い集めることができるでしょう」
ははは、これが彼の『手土産』と言う訳か?
しかも各方面と調整して販路の交通整理までやってのけた上で。
「ありがとう、やはり期待通りだね。こらからも存分に力を振える場を用意するから、よろしく頼むね」
農政面では他にもテイグーン一帯でやってきたこと、収穫時に軍を投入したり、耕耘に地魔法士を投入することも然り。
レイモンドが言った幾通りもの支援策が発表されれば、内政面で人心の安定を図ることもできる。
「もうひとつの策は、クサナギの関所より先の旧帝国領、こちらの川の流域に大規模耕作地を十か所ほど設けるべく、開墾事業を進めます。
これは将来的にイズモと等しく屯田兵が管理する一大耕作地とします。
開発の初期段階は魔法士の力を借りた力業になりますが、急務として一気に推し進めたいと考えています。
差し迫った他の案件もありますので、農地開発はこの辺りを第一段階とします」
ハハハ、この膨大な事業が第一段階か。
これまで国防に投入していたエネルギーを、一気に内政に転化させればできそうな気がするな。
「農地に関する基本方針にご裁可いただけたら、次に建設事業の報告に移ってもよろしいでしょうか?」
「うん、その辺りは全てレイモンドの基本方針を是としたい。大変な事業だと思うけど、引き続き采配を任せるので思うがままに手腕を振るってほしい」
俺がそう言うとレイモンドは笑みを浮かべて頷いた。
悪く言えば丸投げと言われそうだが、逆に頼って全権を与えた方が、彼にとっては喜ばしいことなのだ。
「ありがとうございます。では次に、魔境公国として推進する建設事業ですが、以下のように計画を立てております。こちらがその概要となります」
そう言ってレイモンドもまた、用意していた書面を配り始めた。
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新領土建設事業計画
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①組織体系
農地開発と並行して建設事業を実施するため、内務卿の下部組織に各地の開発状況を管理統括する国土開発局を設け、その局長としてエランを充て大臣職と同等の権限を持たせる。
この組織には以下の管理官を配置し、配下の統括官を束ねるものとする。
局長(全体統括兼新領土の開発を管理):エラン
次長(主に旧領土の開発を管理) :メアリー
同上(主に新領土の開発を管理) :サシャ
都市開発管理官(新領土の開発を管理):カーリーン
同上 (旧領土の開発を管理):ライラ
農地開発官管理官(農地開発を管理) :アストール
開発事業輸送管理官(工事輸送を管理):カウル
国土開発局は、平時において上記の者以外で魔境公国が独自で抱える地魔法士十名と水魔法士十名、時空魔法士二名を管理下に置き、指揮運用できるものとする。
※時空魔法士であるバルトと地魔法士であるマスルールは別命があるため、国土開発局の所属に含まれない。
また、学園などから常時確保された地魔法士と水魔法士、および時空魔法士も全てこの指揮下となる。
②開発実施手段
各地の開発に従事する魔法士は国土開発局の局長と次長が協議し、都度配分を調整するものとする。
同様に以下の人足を指揮下に置くものとする。
派遣人足 一万名(派遣期間は三年)
新領土人足 二万名(開発状況に応じ規模は変更)
旧領土人足 四千人(現地雇用で確保済)
③実施項目(旧領については割愛)
農地開発
・新規開墾地開発(旧帝国領)
・既存の各農村への支援(旧帝国領)
都市開発
・イズモ地区一帯
建設事業
・イズモ一帯を囲う外壁の再整備
・魔境復活予定地の外壁構築事業
・二国間国境の街道整備事業
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うわっ、めっちゃ目白押しだな。
国土開発局の設立は事前に相談されていたから知っていたけど、人足の数も半端ないよな。
資金……、大丈夫だろうか?
「先ずは開発事業が多岐に渡り、これまでは旧領と新領土にて別軸で行われていたものを統合します。
これにより核となる魔法士を有機的に活用でき、各位には新たな権限を持ってもらいます」
そうだな、エランがいつの間にか大臣待遇だし、他の皆も統括官から管理官にワンランク上がっている。
特にメアリーとサシャは次席待遇だから副大臣クラスか……。凄いな。
「人足についても同様です。前段の発表で旧領土でも独自に人足を確保していましたが、予算面で開発局が面倒を見ます。なお戦後賠償として派遣されている一万名の人足は、主に新領土で動いてもらいます。
また、旧帝国領では侵攻を受けて畑や家を失った者たちを人足として臨時雇用していますが、これもある程度の開発に目途がつけば、随時代替農地を用意して数を減じていき、最終的には派遣人足だけで賄う予定です」
それで二万人か……、ちょっと安心したよ。
そもそも二万の人足の俸給だけでも膨大で、蓄えが無ければ僅か数年で国庫が破綻するからね。
「ちなみにイズモ地区の都市開発ってどういうことかな?」
「はい、正直申し上げてクサナギは立地上、これ以上の住民を受け入れることは不可能です。
最終的には王城と行政府に駐留軍、それに主要商店の本店と義倉などの各種倉庫、主に来賓用の宿屋や指定された飲食店と工房を残し、一般商店を始めとし領民向けの宿屋や飲食店、居住エリアや大量生産拠点なども全て街の外に移設します」
なるほどね……。あくまでも統治機能だけを持つ街にするってことかな?
それがイズモ地区全体の都市開発に繋がると?
「イズモとテルミラ間の街道は十分な広さを確保しており、街道に沿った部分は敢えて農地開発を行っておりません。今回の都市開発により、この街道沿いに領民の居住地や一般商店、関連施設を展開します。
言ってみれば外周を防壁に囲まれたイズモ地区自体が、ひとつの巨大な街となる訳です」
「!!!」
いや……、それはとてつもなく凄い話だよ?
半円とはいえ、直径二十キルの都市なんて聞いたことがないし……。
「公都クサナギを内包するイズモの街は、タクヒールさまの王城に相応しいものになるかと」
驚く俺に対しレイモンドはあくまでも平常運転のままだけどさ。
それで防衛のため設置した、イズモを取り囲む外壁の再整備に繋がる分けだね?
「同様に同盟国との取り決めである建設工事も進めて参ります。
先ずは帝国とフェアラート公国の国境整備を進め、それに目途が付けば魔境復活予定地を囲む外壁を張り巡らせます。我々の想定ではそれなりの規模になると思いますが……」
そうだな、この辺りはまだ手探りでなぁなぁな話しかしていなかったな。
俺も必ずできると言い切る自信はないし。
「復活予定地の最終的な規模は、それなりのモノになる予定だ。東西は以前からあった新領土の西端を起点に、新たに傭兵団所領となった北側を抜けてドゥルール伯爵領までまたがる長さ、およそ三十キルになると思う。
南北は新領土と旧王国領を分け隔つ大山脈の、帝国側の裾野から南に五キルぐらいかな」
大山脈に向かって「かすがい』状に構築する防壁だけでも、総延長は四十キルの外壁なんだよな。
余りにも規模が大きすぎて引くぐらいだけどさ、既にイズモ外周を巡る約63キルの外壁を建設した実績もあるしね。
「もちろん最初は小さなエリア、東西五キル南北五キル程度の実験エリアを作り、様子を見るけどね。
なおこの開発に限っては帝国から開発費が支払われるので、予算的な負担はないのが救いかな」
そう、これはあくまでも帝国からの依頼だ。
彼らは長年の夢として魔境、いや、魔境の恵みともいえる魔石や魔物素材を欲していた。
ジークハルトは密かに帝国内で魔法士の獲得も進めており、そのためのものでもある。
「それでは今のタクヒールさまのお言葉も含めて、今後の計画に盛り込むということでよろしいでしょうか?」
「そうだね。二国間の国境整備については、俺たちにも利益のあることなので早急に整備を進めてもらえるとありがたい。強いて言えばそれだけかな」
「では私から議題にあった最後の一点、新たな領土に赴任される両辺境伯と、ご子息の成人まで采配を振るわれるゴーマン侯爵への支援策について議論したいと思います」
レイモンドの言葉を受けて、クリシアとユーカは頭を下げたあと姿勢を正した。
正直言って今の時点では、この部分だけは丸投げできないんだよね。
そもそもアレクシスは独自の兵や文官、家臣団を抱えていない。
なので広大な領地を得たとしても、いちから家臣を集めなくてはならない。
ゴーマン侯爵の場合、本領から兵や文官を派遣するにしろ、そもそも新たな子爵領は規模が大きい。
そこを統治するとなると大規模な補充も必要だし、『にわか』の家臣たちでは不安も尽きない。
ファルムス辺境伯も同様だ。元はといえば男爵規模の領地と兵力しか抱えていなかった。
あの当時と比べると軽く十倍以上の領地を得たことになるからね。
「先ずはアレクシスに送る有能な文官を、レイモンドからも何人か見繕ってあげてほしい。
もちろん本人の希望が最優先だけど、待遇についてはクリシアを含めて相談してくれるかな?
兵についてはこちらでも検討するよ」
「お心遣いありがとうございます。お父さまからも兵五百、官吏を十名ほど送っていただけるとの言葉をいただいていますが、まだまだ足りず不安に思っていたところでした」
「まずクレアにお願いしたいのだけど、イシュタルで養成した受付所から百人程度と自警団から二百名程度、本人たちの希望を確認のうえでアレクシスの元に送れるか、向こうに人を遣って確認してみてくれるかな?」
「はい、今は向こうで私の代わりにカミラ統括官が指揮に当たってくれているので、彼女を通じて募ってみます」
「ありがとう、アレクシスが率いる兵としてイストリア皇王国の出身者から千名を組織し、特火兵団三千名のうち、一千名を辺境伯軍として預けたいと思う。これでソリス侯爵の兵と合わせて二千五百名と自警団が二百名、これでなんとか統治できるかな?」
「はい! 特火兵団まで回していただけるのであれば是非!」
妹を慮る父には負けてられないからね。
落ち着いたらクリシアも内務卿付きの職を離れ、アレクシスの元に行くことになるし。
三国遠征で俺たちが新たに得たロングボウ兵の捕虜は総数で一千名。これまで彼らをグレンに預けていたが、結果として全員が移住を決めており、家族もクラージュ王の配慮で南四軍に住まう者は魔境公国に移住してきている。
そもそもロングボウ兵だった移住者は……、帝国との最終決戦前に二千名、北部戦線で投降した者たちが三千名、合計で五千名いたからね。
これまではそのうちから三千名を専業として特火兵団に、二千名は屯田兵としていた。
なので今回はアレクシスに譲った数を、屯田兵や三国遠征時の捕虜から補充し定数を保つようにしする予定だ。
「あとは指揮官クラスの人材だけど、既にラファールの了解を得てレイムにも話をしているからね。
レイムには旧来の百名の部下と共に派遣されるイストリア皇王国兵九百名を率いる隊長として、アレクシスを補佐してもらう」
ずっと潜入任務をやり遂げたレイムに報いるため、俺は彼を将として取り立てることにしていた。
「次にファルムス辺境伯とゴーマン子爵領の兵力支援だけど、ユーカは何か聞いているかい?」
「はい、当面は統治が安定するまで、父自らが兵一千名を率いて統治に当たる予定だと聞いております。
私もお手伝いできないかと聞いたのですが……。
『其方は既に公王の妻、ならば公王の為さる大事にのみ力を注ぐべきデアル!』と一喝されてしまいました……」
「ははは、義父上らしいな……。
俺からできる支援策として、旧ジャーク伯爵領と旧ヴィレ王国領、そして旧カイン王国領の三か所が接する場所に、マスルール率いる旅団を駐屯させようと思う。もちろん、統治が安定するまでの間だけどね」
マスルール率いる旅団は全て元帝国の者たちで構成されている。
なので彼らが傍で支援すれば、旧ジャーク伯爵領を治めるファルムス辺境伯も助かるはずだ。
もちろん旅団は三千名規模に増員して、それなりの即応戦力として存在感を放つ形にするけどね。
「それは……、大変嬉しいことです。きっと父も喜びます!」
「そうなればファルムス辺境伯も喜ばれるでしょう。しかも境界に駐屯であれば双方に面目が立つことにもなるでしょうな」
レイモンドの言う通りだな。
そこまで考えていた訳ではないけど、双方とも不安に思われて兵を派遣してもらったと、負い目を感じることもないだろう。
「では、文官については新たに採用を進め、此方からも何名か推薦できるように準備を進めておきましょう。
他にも随時対応することはあるでしょうが、これで支援策の基本方針を定めてよろしいでしょうか?」
レイモンドの言葉に俺は大きく頷いた。
あとは議題に上がった内容……、傍から見ると飛んでもない基本方針を黙々と遣り遂げるだけだ!
俺たちは一気に内政へと舵を切り始めていた。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は02/06『新たな年を祝う宴、繋がる未来(前編)』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




