◆2
失わないよう、奪われないよう、傷つかないよう。
そうする為に、守る方法はカンタンだった。
失うものなどなければいい。
奪われるものなんて最初から持ってなければ、なんにも、どこも、傷つかない。
――ほら、痛くない。
◇ ◆ ◇
あの日は赤い夕暮れが、残酷なほどに綺麗だった。
呼び出された屋上。またいつもの遊びだと思ってた。きっとすぐに、終わるって。
だけどその日は…いつもと違った。
『…傷ついた…?』
日向さんが訊いた。あたしはふるふると首を振る。
屋上は段々と、暗闇さえ失っていった。
『…だって、いちいち傷ついてたら、キリがないじゃない…これから先だってずっと、大人になったってきっと…苦しいことも辛いことも、たくさんある…それらすべてに傷ついて、立ち止まってたら…前に、進めない…大人になんかなれない…割り切って、ぜんぶ受け入れてやり過ごすのが、一番賢いじゃない…! だって…』
堀越恭子たちと、それからあまりよく顔は見えなかったけど、桜塚たちだったのだろう。数人男子もいた。
男子に殴られるのは苦手だった。痣がいつまでも残って、消えないから。
それからそこであの人と、八坂昴流とも初めて会ったんだ。
忘れもしない、最悪の出会いだった。
『だって誰も助けてはくれなかったじゃない…!』
捨ててしまいたかった。こんな、体。
せめて男に生まれてたら、ちょっとは楽だったのだろうか。それもおかしな話だけど。
哀しいのかもよくわからなかった。気がついたとき、あたしはひとりで。
頭上には星が瞬いてたし、月も綺麗だった。
どんな気持ちでも、どんなことが起こっても、変わらずこの世界は美しくて、あたしに起こる出来事になんて無関心だ。きっとこの世界にあたしが在ようが居なくなろうが、どうでもよいのだろう。
じゃあ、あたしがここにいる意味は?
あたしじゃなくてもいいのなら、誰か代わってくれたらいいのにと思った。
そんな最低なことを平気で思った。
―――誰か、
そしたら目の前に彼が現れた。
『――…月子ちゃん』
ああそうだあたしが。あたしが彼を、呼んだんだ。
ふと顔を上げると、そこは変わらず屋上だった。
だけど先ほどまでと違うのは、そこには“あたし”が居て、そしてあの人も、八坂昴流も居るってこと。
その光景はまるで、あの日のよう。
夢でも、見ているのだろうか。
『さっきからずっと、きみを呼んでた。きみには聞こえなかったみたいだけど、ずっと。だけどついさっき、その呼び声も止んだ』
あたしは今、“ここ”に居る。ここがどこかもわからないけれど。だけどこれが夢ではないのなら。
『きみが決してやらなかったこと…できなかったことを、陽太はやろうとしているみたいだよ』




