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ひとりぼっちの勇者たち  作者: 長月イチカ
ベッドの下の嘘吐き
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32/53

◆9


 いつからだろう。

 朔夜が、弦たちが、あたしを名前で呼び始めたのは。


 朔夜は…覚えてない。本当にいつの間にか、だった。

 でも弦たちはそう、覚えてる。お父さんのお葬式の後からだ。

 “お姉ちゃん”って、呼ばなくなったのは。


『……俺は…』

 それまであたしは“良いお姉ちゃん”であろうと必死だった。

 そうしないともう、家族の中に居られない気がしていたのかもしれない。

 必死に、取り繕って。だけど粗い縫い目はいつしか広がって。

『月子のこと“姉”だなんて思ったこと…1度もない』

 まるでドラマか小説みたいなセリフが、朔夜の口から零れて落ちた。

 だけどそれは現実で、そしてそれは、当然の報いだった。


◇ ◆ ◇


「…は、ダレかと思ったら…ひきこもりの陽太クンじゃん」

 保健室のドアの鍵を後ろ手に押さえながら、3人の男達と向かい合う。じりじりと距離を詰めるにつれて、一番最初にそれはそれは楽しそうに笑い出したのが、先頭に居た人物、桜塚健太だった。

 いじめっこのリーダー。この学園の問題児たちのボス。

 こうして明るい場所でまともに顔を見るのは初めてだ。クラスメイトとはいえ、ほとんど教室には来ない。

 堀越恭子といい、獲物を眼前に認識すると、なんて愉しそうな顔をするのだろう。それはもう、人ではないみたいだった。

「うわ、マジだ」

「うっそ、昼間は学校に来られないんじゃなかったけ」

「やべー、こうして顔まともに見んの久しぶりなんですケド。いっつも夜だもんなぁ」

「なんだよ、昼間出歩けないなんて、ウソじゃん」

「はは、こうしてみると昔とは別人な」

 体の芯から、冷えていく。哀しいくらいにこの体は、本能に忠実だ。

 心臓は鼓膜のすぐ隣りにあった。体の感覚はまるで無く。右手首だけがじくじくと痛んだ。

 もし今この手に刃物があったとしても目の前の彼らではなく、きっとこの右手首に突き刺さるんだろう。

「つーか、さっき明らかにダレか居たよな、もしかして逃がしたの? お前が?」

「恭子たちのオモチャじゃねーの、いいのかよ健太」

 ぎゅ、と。できる限りの力で扉の鍵を押さえる。もうそれほどの力は、この体に残っていなかったけれど。

「いーよ別に。恭子たちもそろそろ戻ってくんだろ、あっちには別に興味ない」

 目の前の桜塚健太の瞳には、しっかりとあたししか、鈴木陽太の姿しか映っていない。どうしてそこまで彼に、こだわるんだろう。

「さんっざん人のこと無視しておいて、こんなとこで会うなんて、運命だなぁ、まるで」

 桜塚健太が笑った顔のまま、その長い脚を振りかぶる。やけにゆっくりとした動作に見えた。だけど不思議と体はその先を予測したいたらしく、無意識に身構えているのがわかった。

 瞬後、腹に彼の脚がめりこむ。鈍い大きな音と共に。

「…ぐ…ぅ…!」

「なぁ、そう思うだろ…?」

 続けて、2発、3発と。ほぼ同じ場所に蹴りこまれる。重く鈍く激しい音が、何度も何度も保健室内に響き渡った。

 まるでサッカーボールを蹴っているよう。彼はとても愉しそうに笑っている。血を浴びながら、まるで子供みたいに。

 それはそうだ。彼にしたらただ、遊んでいるだけなのだから。

「はは、容赦ねー。まぁお前が悪い、メールも電話も無視すんだもん。俺たち、オトモダチっしょ?」

「そうそう、健太がいっちばーん、傷ついてたんだぜ? 手加減できないほどにな。…せいぜい、死なないでくれよ? まださぁ」

 後ろでふたりはぎゃははと下品に笑っている。類は友を呼ぶって、ホントなんだな。

 でも、そうね。最後の一部分だけは、同感だわ。

「なんでここに居んのか知らねぇけど…今こうして居るってことは、これからもっと、遊んでくれるってことだろ?」

 無邪鬼にわらう。悪魔が嗤う。

 あたしなら、彼じゃなくてあたしがこの体に居る時なら、痛みは少しでも和らぐかもと、そんな自惚れたことを思っていた。やっぱりそんなこと、ないんだなぁ。ごめんね、ちゃんと、守ってあげれなくて。やっぱり…痛いや。

 腕を掴まれ、近くにあったベッドに投げ捨てられる。死んでも扉の前から動くまいと思っていたけれど、彼らは特に扉の向こうには興味がないようで、ほっとした。

 桜塚健太が馬乗りになって、血まみれの胸倉を掴んだ。振りかざす拳。死んだみたいに無抵抗の体。きっと“彼”は今まで一度だって、抵抗したことがないんだろう。指1本動かせない。

 主人の命令をきかない体。まぁあたしは本当の主人ではないんだから、当たり前なのかもしれないけれど。

「…もう…いいでしょう…」

 血を吐きながら、なんとかそう、口にした。喉元まで湧き上がった胃液で口の中がピリピリする。

 拳がぴたりと眼前で止まった。歪む視界には、桜塚健太が映っている。その顔から笑みは消えていた。

 こんな状況でしゃべりかけられるのが初めてなのか、物珍しげに見下ろしている。

 あたしは振り絞る声で、続けた。

「10年、以上も…人生を、奪ったんだから…もう、十分でしょう…新しいオモチャなら、さっきの子を、あげるから…」

 桜塚健太が怪訝そうな顔をしている。ちゃんと彼のふりをして言わなくちゃと思ったけど、思った以上に余裕はなかった。

「…もう…彼を…ぼく、を……解放してあげて…」

 彼には、死なないでほしい。たとえ彼が死にたいと思っていたとしても。

 だって彼、弱いから。このままじゃ本当に、彼の心がぺしゃんこになってしまうから。流石にそれは、胸が痛むから。


 そしてできればもう二度と、傷つかないで、いてほしい。

 ずっと、ずっと。



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