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ひとりぼっちの勇者たち  作者: 長月イチカ
月夜のほとりの泣虫
16/53

◆1


 濃紺のセーラー服に袖を通して、赤いスカーフをきつく結ぶ。

 少しクセのある髪を耳元で結って、左手に腕時計をつけて。

 それから鏡の前で、しばらく自分と向き合う。


 スイッチみたいだと思う。

 毎朝学校に行く前の儀式のようなもので、カチリと切り替える為のもの。

 気持ちを、体を、心を。

 そうすればあたしは大丈夫。

 何があっても、どんなことがあっても、絶対。


「いってきます」


 自分に言い聞かせて。


◇ ◆ ◇


 しばらく家族共用の携帯を、あたしが持つことになった。

 朔夜の一声からで、あたしは今まで通り当番制でいいって言ったのだけれど、持っていかないならあたし専用のを買うと言い出したので、大人しく持つことにした。

 よっぽどあの人のことが心配らしい。そんな心配するほどでもないのに。

『なんかあったら絶対俺に言えよ』

 朝家を出るときも、そう念を押された。いつもあたしが家を出る時間はまだ寝てる朔夜が、珍しく起きてると思ったら。

 何かなんて、あるわけないのに。わざわざ言うようなことなんて、起こるわけない。

 何があっても、どんなことがあっても。あたしにとってはそれが普通で、日常なのだから。


 でも携帯を持てたのはある意味良かった。朝一番で、彼からメールが届いていたからだ。この携帯が家族共用であたし以外の人が見るかもしれないってことは、彼の頭に無かったのかわからないけれど、状況報告のメールが、1通だけ。

『風邪をひきました。ごめんなさい』

 どうして“ごめんなさい”なのか分からない。彼はいつもそう。どうしてすぐ謝るんだろう。彼自身が悪いわけでもないのに。

 風邪をひいてしまったのだって、もしかしたら昨日“彼の体”にムリをさせたからかもしれない。あたしが彼になっていた時、ムリヤリごはんを詰め込んでしまったし、ハードな買い物にもつき合わせてしまったし、ついでに彼の体の筋肉痛もあたしの所為だろう。彼の体に負担をかけている半分の原因は間違いなくあたしだ。

 ここ数日の無茶のせいで風邪をひいてしまったとしたら、半分はあたしが悪いに決まってる。なのにどうして、すべて自分が悪いとでもいうように、謝るのだろう。

 何より昨日、一度は逃げたはずの彼が、あんなムリをしてまで戻ってきたこと。吐くほどこわい思いをすると、彼自身が解っていたはずなのに、戻ってきたこと。それが一番、理解できなかった。


 彼には『お大事に』と一言だけ返しておいた。

 でもなんとなくだけれど彼が風邪でダウンしているということは、少なくとも彼の食事の際の逃避癖は、今日は収まる気がした。

 ようはこの入れ替わりが彼の気持ち次第なのだとしたら、今はそれどころじゃないだろう。1日寝ていてくれれば、ある意味平和で良いのに。その方がお互いの為にも、良い気がした。

『ぼくの弱さと狡さがすべての元凶なんだ』

 昨日の彼の言葉を思い出す。

 あたしは、逃げることが悪いことだとは思わない。狡いことだとも思わない。弱いことだとしても、それは彼の責じゃない。逃げられるのなら、逃げた方が良いに決まっている。この世界の理不尽に、押し潰されてしまう前に。


 教室の中に、彼の席は無い。正しく言うと本当に無いのはあたしの席で、不登校の彼の席を勝手に拝借しているのだ。あたしが。

 他のクラスメイト同様、あたし自身も彼と知り合うまでは、彼という存在をいない者としていた。

 形だけ揃えられた教室で、見た目だけ並べられた席で、彼は存在すらしていなくて。

 あたしの席がある日無くなったので、空いていた彼の席をあたしが貰ったのだ。

 あたしも教室から彼を消したひとりだ。でもそれを、彼と知り合うまであたしは、なんとも思っていなかった。教室は、そういう場所だった。

 教室内であたしが標的になるのは、“彼女達”の気分次第だった。

 彼女達…堀越恭子を含む主に3人は、まともに授業を受けたことがない。

 ちなみに桜塚健太達もそう。学校には来てるみたいだけれど、いつの間にか校外に遊びに行ってしまうし、戻って来ない日も多い。時折ふらっと教室に来て、思い出したように遊んでいく。思いつきで呼び出され、憂さ晴らしに殴っていく。あたしへの行為は彼女達にとって、本当にただの暇つぶしなのだ。

物を隠したり捨てたりと同じくらいの気安さで、カッターを押し当てたりタバコを押し当てたりする。幼稚なものから陰険なものまで、みんな変わらない。同レベル。

 あたしの態度が気に入らないと、この学校に入学してから今に至るまでそれは続き、もはや彼女達の日常と化した遊び。

 誰も咎めない。誰も何も思わない。

 それが日常だったから。


 教室にあたしが入っても、誰も何も反応を示さない。教師ですらあたしの存在を透明化している。あたしも一言も発しない。ただクラスに混じって授業を聞いているだけ。学校はあたしにとってそれだけの場所だ。

 あたしがこの教室で誰かと関わり合うことなんて、きっと無いだろう。彼女達の遊び以外に。

 教室のクラスメイト達は、本当はあたしに学校に来て欲しくないと思っている。

 クラスの厄介者でしかないから。こんなくだらないことに巻き込まれたら、困るから。

 その気持ちも分かるから、クラスメイト達を責めるつもりは微塵もなかった。それに、誰とも関わらなくて良いのは、正直楽だった。人間関係を築くのを得意としないあたしにとっては好都合だった。黙って受け入れていれば、やがて終わる。


 これは罰なのだと思った。彼の存在を消したあたしの、過去に自分が犯した行為への。

 巡り廻った、罰なのだ。



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