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研究所の奥で鳴り響く重苦しい警鐘に呼応するように、石造りの廊下のあちこちから怒号と無数の足音が反響し始めた。
「完全にバレたわね!」
リーナが実験室の扉から素早く顔を覗かせ、即座に身を引っ込める。
「かなり来るわよ。十人以上……さっきみたいに静かに片付けるのは無理そうね」
「ルナ、あとどれくらいかかる!?」
俺が振り返ると、ルナは床に膝をつき、分解した外装の奥にある古い制御盤と必死に睨み合っていた。額にはびっしりと冷や汗が浮かんでいる。
「安全に切り離す手順は、かなり絞り込めました! でも、さっきの人が言った『止めたら駄目』っていう警告の理由を確認しないまま操作するのは危険すぎます!」
寝台へ目を向ける。
三人の浅い呼吸はまだ続いている。だが、その顔色は土気色を通り越して青ざめ、苦悶の表情を浮かべていた。
「分かった。ルナはそのまま原因を調べてくれ」
俺はウォーハンマーを肩に担ぎ、部屋の出口へ向かって歩き出した。
「ここは俺たちが食い止める」
「ソウマさん、でも肩の傷がまだ!」
「戦わないで済む状況じゃないだろ。任せろ」
「そうだけど……!」
「大丈夫よ」
心配するルナの前に、リーナがすっと割って入った。短剣を両手に構え、不敵な笑みを浮かべる。
「こいつ一人にいい格好させる気はないから」
レイカも俺の隣へと歩み寄り、右手にキィンと冷たい冷気を集め始めた。
「当然よ。あの三人を無事に連れて帰るまで、こんな薄暗い地下で負けるつもりはないわ」
「……お願いします!」
ルナは迷いを断ち切るように力強く頷き、再び装置の内部へと視線を戻した。
俺たちは実験室の外、狭い一本道の廊下へと出る。
通路の先、薄暗い曲がり角から、武器を手にした兵士たちが次々と姿を現した。
「いたぞ!」
「侵入者だ! 実験室の前にいる!」
「殺すな、生け捕りにしろ!」
「来るわよ!」
兵士たちが一斉に抜刀し、地響きを立てて突進してくる。
一本道の狭い通路。正面から力押しで相手をする必要は毛頭ない。
俺はクリップボードから【瓦礫】を選択する。
「ペースト!」
通路の中央、兵士たちの目の前に、大量の瓦礫をまとめて出現させた。
ドガガガッ!
突如として目の前を塞いだ石の障壁に、突進していた先頭の兵士たちが慌てて足を止める。
「な、何だこれは!? 壁が急に……!?」
「回り込め! 瓦礫を登れ!」
「道なんかないわよ!」
瓦礫の隙間を無理やりよじ登ろうとした兵士めがけて、リーナが影のように飛び込んだ。
振り下ろされかけた剣の軌道より早く懐へ滑り込み、男の腕を払いながら、短剣の柄頭を顎先へと容赦なく叩き込む。
鈍い音が響き、兵士が白目を剥いて転がり落ちた。
別の男が横から槍を突き出してくる。
「リーナ、右!」
「見えてる!」
リーナが身を沈めた瞬間、その頭上すれすれを青白い氷の礫が唸りを上げて通過した。
「ぐあっ!?」
レイカの放った氷魔法が、男の槍を持つ腕へ瞬時に凍りつき、その動きを完全に封じる。
「今よ!」
「おう!」
俺は瓦礫を乗り越え、ウォーハンマーの柄を男の鳩尾へ真っ直ぐに打ち込んだ。
肺の中の空気を吐き出すような呻き声と共に、男がその場へ崩れ落ちる。
「殺すなよ! 余計な恨みを買うと後が面倒だ!」
「分かってるわよ!」
「言われなくても手加減してるわ!」
背後から同行していた二人の衛兵も加わり、瓦礫の狭間を完全に封鎖するように陣形を組んだ。
この地形なら、数の暴力をそのままぶつけられることはない。
だが、通路の奥から響く足音は一向に途切れる気配がなかった。
「次が来るわ!」
リーナの警告と同時に、新たな私兵たちが角から雪崩れ込んでくる。
「ったく、何人雇い入れてるんだよ、このラプラス商会は……!」
俺はウォーハンマーを構え直した。
左肩の奥がズキリと疼く。神殿での治療とアミュレットのおかげで最悪の激痛は去ったが、完治にはまだ程遠い。
先ほどのコピーとペーストで、回復しかけていたMPもまた削られている。
無駄なスキルの乱発はできない。できる限り自分の体と、仲間たちとの連携でこの通路を死守しなければならない。
「ソウマ!」
レイカの鋭い声が響いた。
視線を向ける。
実験室の少し手前にある脇道から、灰色のローブを着た男が飛び出してきた。
その腕には、抱えきれないほどの分厚い書類の束が握りしめられている。
こちらの姿を見るなり顔色を変え、そのまま反対側の通路へ逃げようとした。
「研究員だ!」
「あいつ、何か重要な証拠を持ってるわ!」
リーナが振り返る。
だが、目の前では私兵たちが瓦礫を越えようとしている。
「リーナはそのまま前を頼む!」
「じゃあ、あいつはどうするのよ!」
研究員が脇道の奥へと逃げ込もうとした、その瞬間だった。
「コピまる、あの人を止めて!」
実験室の中から、ルナの声が飛んだ。
「ピッ!」
俺たちの足元を、小さな影が弾丸のように駆け抜けていく。
「コピまる!」
コピまるは実験室の入口から脇道へ飛び込み、逃げる研究員の進路へ回り込んだ。そのまま両足へ向かって勢いよく体当たりする。
「うわっ!?」
不意を突かれた男が派手に転倒し、抱えていた書類の束が廊下にバサバサと散らばった。
「ナイスだ、コピまる!」
「ピピッ!」
すぐ近くにいた衛兵の一人が前線から数歩だけ下がり、立ち上がろうとした研究員を脇道の壁際へ押さえ込んだ。
もう一人の衛兵とリーナ、レイカが瓦礫の前を守り続ける。
「痛っ! や、やめろ、放せ!」
「暴れるな!」
「貴様ら、こんなことをしてタダで済むと――」
「それ、こっちの台詞だ」
俺は前線の様子を確認しながら、散らばった書類の数枚を拾い上げた。
「おい。あいつらに何をしていた? 正直に吐け」
「……知らん。私はただの雇われだ」
「研究員が何も知らないはずがないだろ」
「私は末端の記録係だ! 実験の全体像までは――」
拘束していた衛兵が、逃げようとする男の腕をさらに強く捻り上げる。
「ぎゃああああっ! 分かった、話す! 話すから腕を折らないでくれ!」
俺は男から視線を外し、拾い集めた書類へと目を落とした。
紙面には、難解な魔法陣の幾何学図面や、魔力の波形を示す細かい数値がびっしりと書き込まれている。
だが、その中に何度も、嫌なほど繰り返されている単語があった。
『召喚個体』
人間を、生きている人間を、まるで実験材料のように『個体』と呼称している。
それだけで胸の奥がドロドロとした怒りで満ちていく。
別の羊皮紙をめくる。
そこには、捕らえられている三人分と思われる測定記録がまとめられていた。
個人名などなく、冷淡な識別番号。そして、その横には彼らが持つ固有スキルの簡単な概要が記されていた。
土や石の形を僅かに変える技能。
植物の成長をほんの少し早める技能。
水面の揺れを抑える技能。
どれも、魔物との戦闘には到底使えない、日常の些細な現象を起こすだけの能力ばかりだった。




