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宿の部屋に戻るなり、ベッドに倒れ込んだ。
泥のように重い体。廃坑ダンジョンでの戦いが、どれほど神経をすり減らしたかを物語っている。
だが、ポケットの中の報酬袋の重みが、確かな達成感を伝えてきた。銀貨3枚と銅貨65枚。これで少しはマシな装備も買えるかもしれない。
今はただ、休みたい。瞼が自然に落ちてきて、俺は深い眠りに引きずり込まれた。
どれくらい眠っただろうか。次に目を覚ました時、窓の外はすでに明るくなっていた。丸一日近く眠っていたらしい。
体を起こすと、驚くほど軽い。疲労は完全に抜け、MPも全快していた。これなら今日も動ける。
まずは、今回の探索で酷使した装備の手入れからだ。
ショートソードを取り出し、布で丁寧に磨く。ロックイーターの硬い甲羅と打ち合ったが、幸い刃こぼれはなさそうだ。安物だが、まだまだ使える。
レザーチェストプレートの泥汚れを落とし、革用の油を薄く塗り込む。これも重要な相棒だ。
ピッケルとロープも点検。特に問題はない。
こうした作業をしていると、自然と気持ちが落ち着き、次への意欲が湧いてくる。
次に、頭の中のクリップボードを確認する。
【クリップボード】
石ころ
瓦礫
粗末な木の弓
ゴブリンの槍
硬い岩盤データ
燃焼中の松明先端
ロックイーターの移動パターン
ピッケル
魔鉱石(低品質)
(空き)
ロックイーターの移動パターンはもう不要だろう。削除。
《クリップボード容量:8 / 10》
魔鉱石(低品質)……これはどうしたものか。低品質でも数が集まれば、何か別のものと組み合わせれば価値が出るかもしれない。今は消さずに残しておこう。
燃焼中の松明先端も、威力は低いが、いざという時の着火には使えるかもしれない。これも保留。
スキルでコピーできるデータ容量には限りがある。無駄なデータは消していかないと。
(もっとこのスキルを使いこなせるようになれば、容量自体も増やせたりするんだろうか)
さて、これからどうするか。
廃坑ダンジョンの地図作成依頼はまだ途中だ。だが、アンデッドや奇妙な音の話を聞くと、今の装備とスキルで深部に挑むのは少し不安が残る。
他のEランク依頼を探すか? あるいは、スキル屋やMPポーションの情報を本格的に集めるか?
「よし、まずは情報収集だな」
俺は宿を出て、冒険者ギルドへ向かった。
ギルドは朝から多くの冒険者で賑わっていた。
「エマさん、おはようございます」
「あら、ソウマさん! もう体は大丈夫なんですか?」
エマさんは俺の顔を見るなり、心配そうな声をかける。
「はい、おかげさまで。それで、廃坑ダンジョンのことで何か新しい情報は?」
「そうですね……昨日ソウマさんが報告してくださった後、深部へ向かった斥候の方が戻られて、『やはりアンデッドが複数体徘徊していた』と報告がありました。それに、『奇妙な音は坑道のさらに奥、おそらく未発見の空洞から聞こえるようだ』とも」
「未発見の空洞……」
ますます厄介そうだ。
「他に何か面白そうなEランク依頼はありますか?」
掲示板を見ながら尋ねる。護衛、別の小規模ダンジョンの調査、特定の魔物討伐……。色々あるな。
「あ、そうだソウマさん。ちょうど今朝、新しい指名依頼が一つ……あら?」
エマさんが何か言いかけた時、聞き覚えのある声がした。
「ちょっと、エマさん! 例の依頼、あたしが受けるって言ったでしょ!」
声の主はリーナだった。彼女も依頼を探しに来ていたらしい。
「あら、リーナさん。ごめんなさい、ちょうど今ソウマさんも依頼を探していて……」
「ふん、あんたもいたの、ソウマ」
リーナは俺を一瞥する。
「まあ、いいわ。あたしが先に唾つけといたから。横取りしないでよね」
相変わらずの口ぶりだが、どこかからかうような響きもある。
「別に横取りするつもりはないさ。どんな依頼なんだ?」
「隣町の薬師からの依頼よ。『森に自生する希少な薬草の採取』。簡単な仕事だけど、足元見られて報酬は安いのよね。まあ、急ぎで小金が必要だったから仕方ないけど」
「薬草採取か……」
地味だが、そういう依頼もあるのか。
「あんたこそ、次は何するのよ? まさか、また一人でダンジョンに潜るつもり?」
「まあ、それも考えてるが……少し情報収集もしたいと思ってな。スキル屋とか、ポーションとか」
「スキル屋ねぇ……あんたみたいな変なスキル持ってると、色々大変そうね」
リーナは少し同情するような目つきになった。
「まあ、頑張んなさいよ。死なない程度にね」
そう言い残し、リーナは依頼票を受け取って颯爽とギルドを出て行った。
エマさんとリーナのおかげで、少し情報が集まった。指名依頼というのもあるのか。
俺はエマさんに礼を言い、ギルドを出た。夕食にはまだ少し早いが、情報収集の定番、酒場へ行ってみることにした。
酒場「赤髭亭」の扉を開けると、昼間からエールを呷る冒険者たちの陽気な声と、肉の焼ける匂いが漂ってきた。カウンター席に座り、簡単な食事と水を注文する。
周囲の会話に耳を澄ませる。
「……だからよぉ、あのゴブリンキングの棍棒はすごかったって!」
「最近、街道筋に妙な魔獣が出るらしいぜ。気をつけな」
「聞いたか? 西の港町の方で、凄腕のスキル使いが現れたって噂……」
「MPポーション? あんなもん、貴族か高ランク冒険者しか買えねえよ」
色々な噂話が飛び交っている。その中で、気になる会話が聞こえてきた。
「……で、その『影の市場』ってのが、本当に隣の大陸にあるのかねぇ?」
「ああ、確かな筋からの情報だ。あらゆる珍しい品、非合法な物まで手に入るらしい。もちろん、腕利きの『スキル屋』もいるとかなんとか……」
「隣の大陸!? 行くだけでも一苦労じゃねえか!」
隣の大陸……影の市場……スキル屋。
(街のスキル屋とは違う、本当に特殊なスキルについて詳しい人間への手掛かりかもしれない)
もちろん、噂の域を出ないし、隣の大陸なんて今の俺が行ける場所ではない。だが、目標が見えた気がした。
よし、決めた。
隣の大陸は遠すぎる。だが、いつかそこへ行くために、今は足元を固める必要がある。
実力をつけ、金を稼ぎ、装備を整える。
そのためには……。
「廃坑ダンジョンの完全攻略。まずはこれだな」
地図作成依頼を完了させ、さらに深部を探る。アンデッド対策をして、あの「奇妙な音」の正体も突き止めたい。Eランク冒険者として、一度受けた依頼は最後までやり遂げたい。
俺は食事を終え、酒場を出た。




