83 万全に向けて
初日とは異なり、切り傷や打撲、他者の火炎がかすって火傷した騎士たちがいて、皆を治療して昼食をとり、必要な者たちに癒しの魔力を流したあと、エルーシアも休息で馬車に引きこもった。
仮眠する騎士たちやベナット、魔力切れで昏睡するジェイの寝袋が並ぶ中、ルークは相棒に近寄るが、夜更かししたからか、屈んで寝ている――運動もさせてないので、拗ねているのかも知れない。
そのまま囲いに腰を下ろして隣の馬車を見つめ、自身を殺したと悩む、昨夜のエルーシアとの会話について考えを巡らせるが、答えには辿り着けず、大きくため息をこぼす。
他言しないと告げたのだ、クロードにも報告はできない。
「ルークさんもカードに加わりませんか……なんだか疲れてますね。慣れない環境のせいですか?」
「いや、環境は整いすぎてるくらいだ」
ロズに声をかけられ、冬に過ごしたベラトリでの日々を思い出す。あの生活に比べたら、疲れなんて感じない。
粗末な小屋で、用意されるのはスープとパンだけの質素な食事。休暇で村や町に繰り出して食料を買っても、盗難にあうだけ。同じ依頼で集まった冒険者たちは自国の出が多く、半獣人だと蔑まれて声をかけられることもない。が、魔物が現れたら、先陣を切るように野次が飛ぶ。
返した言葉の意味を問われて、そのままに説明すると、ロズの眉が下がった――困らせたかったわけではないが、気にかけてくれる気持ちがありがたく思える。
気軽に声をかけ、気軽に誘い合い、気軽に時を過ごす。友と呼べる存在になっている。カードゲームを教えてくれたのもロズだ。
「ロズが誘ってくれたんだ、気晴らしに参加するか」
テーブルに移動し、ほかの起きている騎士たちに加わってカードゲームをしていると、クロードも辺境伯への報告から戻り、皆より遅い昼食をとりながら、連絡板であれこれと知の副隊長とやり取りを始めた。
「いつも何かを同時にこなしてるように見えるが、クロードは休んでいるのか?」
「この連絡が終われば、私も休息をとりますよ……ベナットもジェイも寝袋なので、仮眠はとりませんけどね」
「じゃあ、隊長もカードをしますか」
「カードよりリバーシのほうが好みですが、たまには参加しましょうかね」
外から攻撃魔法の弾ける音や大勢が走り去る足音、飛び交う指示など雑多な音が聞こえるが、小屋の中は穏やかに時間が過ぎていく。
夕食の下ごしらえを始めた音、カードを配る音、寝袋からかすかに届く寝息――そして、雑談の声。
「昨日みたいな飛び込みもなく、今日はゆっくり休めそうだな」
「明日に備えなきゃいけないからな」
「やっぱり、最終日は激戦ですか?」
「明日は午前と午後で二回、癒しの魔力を放ちますからね。エルーシアも補充した魔力まで使い切りますから、気は抜けないですよ」
「補充した魔力って、なんのことだ?」
雑談の中から生まれた疑問をルークが尋ね、なんでもないことのようにクロードは説明する。
左腕のブレスレットの水晶玉は、体内魔力が十分あるとき、魔力を吸い込んで留めてくれる魔道具だと――加工する際に魔力を覚えさせるので、他者には使えない、使用者限定の魔力のバッテリーである。
「魔力量が少ないデルミーラ様のためにエルーシアが開発しましたが、滅多に咲かない世界樹の花が原料なので、二人の神子の分しか現存しません」
「他国の神子様も、持ってないんでしょうか?」
「他国の世界樹が花を咲かせるのは、もっと稀ですからね。花は保存方法も見つかっていない、当日限りの素材ですから、送ることも無理です。カトリーナ様の分も製作したいと言ってましたが、一昨年は咲かず、昨年はつぼみもつけなかったみたいです」
「出発前に、今年はつぼみがあるって話してましたよね?咲いたら隊長の分をつくるんですか」
騎士の一人の問いに、クロードは首を振って否定し、膨らんだ寝袋へと視線を向ける。大柄なジェイが潜り込んだ寝袋である。
威力のある火炎で厄介な飛ぶ魔物を討伐し、エルーシアの護衛に大きく貢献しているが、制御が下手でよく魔力切れを起こすのだ。次の補充水晶の主となる。
初めて空に打ち上げたジェイの火炎を見たとき、クロードはその威力に驚き、エルーシアの騎士隊に推薦しようと決めた。
打ち上げた者を確認するため学校内を走り抜けると、エルーシアが事件に巻き込まれているのに肝を冷やしたが、並んで立つ二人を見て確信した。これで二度目だ、ジェイは護衛をするためにつながっていると――当時は、制御が下手だとは思わず、自身が隊長になって育てるとも思っていなかったが。
最後の密談のとき、デルミーラはらしくもなく、ぽろりと失言した。世界樹の回避したい悪夢が終わりを迎えるとの安堵からだろうが、愛しい人の言葉だ、クロードは聞き逃さない。
夕焼けの夜空がどんなお告げを意味するのかは読めないが、世界樹が回避したくて足掻く悪夢が残っているのなら、不測の事態に備えて万全に固めたい。
最強の騎士、ベナットの腕は守られた。制御はまだ下手なままだが、火をまとう剣を手に入れたジェイは頼もしい騎士へと成長した。補充水晶を手に入れれば、より頼もしくなる。知の副隊長も信念は固い。ほかにも、不安を払拭するための準備は進めている。
足りないのは、揺れる土台に立ち続けるエルーシアに、寄り添い支える確固たる者だった。が、それも手に入った。
問題は山積みだが、夢のお告げと異なり、先の読める問題なら対処方法は幾らでもある。あとは価値観を矯正しながら育てるのみだ――学ぶ意欲はあり、知識の吸収もいい。ともにいるロズの影響か、質問も増えてきた。
荒んだ生き方のはずだが、実直で他者へ受け入れられる人格を持ち、差別されない環境に慣れてきたのか、相棒以外にも気遣いを見せるようになっている。
「半獣人だからではなく、ルーク個人の特性ですかね。成長が早くて助かりますよ」
「あ?なんのことだ」
ブレスレットが魔道具なら、いつも着けている指輪もそうなのかと考えながらカードをめくっていたルークは、唐突な話題に片眉を下げ、クロードは口角を上げた。
「魔力ですよ。ほかの成長も期待しています」
※ ※ ※ ※
夕食後、クロードの頼みでエルーシアは回復薬を飲み干し、再び馬車へと引きこもった――明日の任務のためではなく、その後に備えてである。
馬車の扉が閉められるのと同時に、表から呼び出しの声が聞こえ、騎士の一人がテーブルから離れて応対で外に出るが、暫くして一人の部隊長を連れて戻ってきた。
「休息中のところ、邪魔をしてすみません。ロズワルドに一言だけ声をかけたかったもので」
「あっ、部隊長。配備先を離れて大丈夫なんですか」
所属する部隊の隊長の登場に、ロズはテーブルを離れて駆け寄った。王都への派遣を指示した上司である。
部隊長は、中央で癒し手が任務から離れ、激戦区の癒し手を補充するために、配備先から一人送り届けにきただけだと説明した。ガリーナが抜けた穴埋めであり、最終日の前に人員配置の調整をしているのだ。
「すぐに戻るんだが、ロズが補充隊員になったと報告を受けているからな。ちょっと無事を確認できればと思って寄ったが、正規隊員に誘われてるらしいじゃないか、よかったな」
「学ぶことは山ほどあるって聞いてますが、頑張ります」
「魔法が苦手だから剣技を磨かせたくて派遣を決めたが、さすがに俺を飛び越えた出世をするとは思わなかったぞ」
危険な任務中、互いの無事に笑顔を浮かべる二人に近寄り、クロードは顔を引き締めた。
部隊長より幾つも年下だが、王城勤務の騎士隊隊長である。立場は上だが背を正して敬意を込め、自己紹介を述べて握手を求めるように手を差し出す。
「部隊長のもと、ロズワルドは素直で教えがいのある騎士に育ちました。自慢できる騎士隊の一員になるよう、指導を引き継ぎます。彼を任せてもらえますか」
「仲間のために身を捨てる強さを持っています。すでに自慢できる騎士ですが、より自信につながるよう指導お願いします」
握手を交わして、ロズに頑張れと激励の声をかけ、部隊長が小屋をあとにし――魔力切れから目覚めたばかりのジェイは、笑顔を浮かべて、ロズが振り返るのを待っていた。
「仲間のためにロズは何をしたんだ?飯を食べながら、聞かせてもらおうか」
テーブルに引きずられて戻り、ほかの騎士からもせがまれるが、食事中に聞く話ではないとロズは断りを入れる。だが、ジェイは逃さない。仲間とは多くを分かち合いたくて、話すように促す。
皆に見つめられ、これは逃げられないと悟ったロズは、コーヒーを飲み干して重い口を開いた。
「雪原狼に仲間が足を噛まれたんです。剣で胴を斬りつけて討伐しましたが、消滅しながらも暴れて、足が食いちぎられそうになって……阻止するのに必死で、慌てて手で無理やりこじ開けました」
「げっ、恐ろしい話だな」
「それで手を怪我したのか」
「狼の魔物の歯に、素手で挑んだのか」
「助けたなら、武勇伝じゃないのか?なんで黙ってたんだ」
ルークの疑問にロズは眉を下げて答える。訓練生とはいえ、騎士の心である剣を放り投げ、挙げ句の果てに踏んで折ったのだとか。
ジェイは口角を上げ、可愛い自慢の後輩だとロズの背中を叩いた。
「片膝ついて剣で陛下に忠誠を誓うからか?気にすんな、仲間を守るためだろ。剣はいつか折れるし、刃こぼれもするんだ。剣を手放しても、片膝ついた忠誠心は変わらないだろ。なら、仲間を救ったんだって自慢しろ」
ルークも一度、腰に下げた剣を放り投げたことがあり、あれは騎士にとって反省すべきことだったのかと、思いを巡らせる――エルーシアの開発した剣だ。もう雑には扱わない。
※ ※ ※ ※
作戦最終日。三日目ともなると、亡国ベテルの奥地からも魔物が集まり、激戦区である国境の壁の中央地帯は、あちこちで土埃が舞い、第三の騎士たちは剣を振り上げて走りまわり、攻撃魔法を放ち、討伐に奮闘していた。
それでも討ち漏らしや突破する魔物もおり、ルークは堀を飛び越えて壁を駆け上がった跳躍の狐が毒を吐く前に斬り裂き、小型の蜥蜴や蠍を払うように斬り、急降下してきた突き烏は叩き斬ると、壁上と小屋の屋根である足場を駆けまわる。
ベナットは一日目と同じく突き進んできた大牙猪を石槍を投げて討伐し、長い爪を振り上げて堀の中からよじ登ろうとする、背に縞模様のある大熊も二投の石槍で消滅させた――この三日間で、向かってくる大型の魔物討伐はベナットにまわるようになった。
ルークではまだ、距離を保っての討伐が難しいからだ。壁上から下りずに剣で討伐することは難しい。
空で群れる魔物の飛来も増え、ジェイの魔力温存のため、大型が上空に現れると、これもベナットが落とし、下にいる騎士隊の者たちに討伐を任せた。
風の向きによるものだろうが、アルニラム側の魔物の出現はだいぶ減って討ち漏らしも少なく、エルーシアの背後にまわれなくても背中を守ろうと、小屋のまわりで配置につく皆も剣を構えて、落ちるのを待った。
クロードも剣を振り、中型や小型の単体が飛来すると火炎で弾き、指示を飛ばして時折懐中時計を取り出し――ちょうど二時間経ったとき、エルーシアの肩を叩いて笛を吹く。
午前の作戦終了であり、このあとクルルはエルーシアを抱き上げるはずだが、ピルピル鳴いて黒い仮面を左右に振り、マントをはためかせて壁上から飛び下りた。
「ダメ、クルル戻って!」
エルーシアは手を伸ばして呼び戻そうとするが、クルルは土埃が舞う亡国ベテルの地を駆けていく。
突然の出来事に茫然とするが、魔物の襲撃は続いているのだ。このまま佇むわけにはいかない。
クロードが抱え、小屋へ戻ると指示を出し、ベナットが警戒しながら階段に足を向け――不安げにベテルの地を見つめるエルーシアの顔を、ルークが覗き込んだ。
「連れ戻してくる」
一言残して壁上から飛び下りると、ルークは剣を片手に深緑色のマントを追う。
設定小話/ロズの経歴
訓練生の二年間→各部隊を転々とし、騎士たちから指導されるが、怪我で一年近く無駄になっている
新人騎士の二年間→所属が決まり、部隊長のもとで国境警備
騎士三年目→派遣が決まり、冬に王都へ移り、遠征直前に補充隊員に選ばれた
慣れない土地、初めての任務、心細い中でできた新しい友、正規隊員に誘われ……ばたばたとした一年になりそうです




