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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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83/331

83 万全に向けて

 初日とは異なり、切り傷や打撲、他者の火炎がかすって火傷(やけど)した騎士たちがいて、皆を治療して昼食をとり、必要な者たちに癒しの魔力を流したあと、エルーシアも休息で馬車に引きこもった。

 仮眠する騎士たちやベナット、魔力切れで昏睡するジェイの寝袋が並ぶ中、ルークは相棒に近寄るが、夜更(よふ)かししたからか、(かが)んで寝ている――運動もさせてないので、()ねているのかも知れない。


 そのまま囲いに腰を下ろして隣の馬車を見つめ、自身を殺したと悩む、昨夜のエルーシアとの会話について考えを巡らせるが、答えには辿(たど)り着けず、大きくため息をこぼす。

 他言しないと告げたのだ、クロードにも報告はできない。


「ルークさんもカードに加わりませんか……なんだか疲れてますね。慣れない環境のせいですか?」

「いや、環境は整いすぎてるくらいだ」


 ロズに声をかけられ、冬に過ごしたベラトリでの日々を思い出す。あの生活に比べたら、疲れなんて感じない。

 粗末な小屋で、用意されるのはスープとパンだけの質素な食事。休暇で村や町に繰り出して食料を買っても、盗難にあうだけ。同じ依頼で集まった冒険者たちは自国の出が多く、半獣人だと(さげす)まれて声をかけられることもない。が、魔物が現れたら、先陣を切るように野次が飛ぶ。


 返した言葉の意味を問われて、そのままに説明すると、ロズの眉が下がった――困らせたかったわけではないが、気にかけてくれる気持ちがありがたく思える。

 気軽に声をかけ、気軽に誘い合い、気軽に時を過ごす。友と呼べる存在になっている。カードゲームを教えてくれたのもロズだ。


「ロズが誘ってくれたんだ、気晴らしに参加するか」


 テーブルに移動し、ほかの起きている騎士たちに加わってカードゲームをしていると、クロードも辺境伯への報告から戻り、皆より遅い昼食をとりながら、連絡板であれこれと知の副隊長とやり取りを始めた。


「いつも何かを同時にこなしてるように見えるが、クロードは休んでいるのか?」

「この連絡が終われば、私も休息をとりますよ……ベナットもジェイも寝袋なので、仮眠はとりませんけどね」

「じゃあ、隊長もカードをしますか」

「カードよりリバーシのほうが好みですが、たまには参加しましょうかね」


 外から攻撃魔法の弾ける音や大勢が走り去る足音、飛び交う指示など雑多な音が聞こえるが、小屋の中は穏やかに時間が過ぎていく。

 夕食の下ごしらえを始めた音、カードを配る音、寝袋からかすかに届く寝息――そして、雑談の声。


「昨日みたいな飛び込みもなく、今日はゆっくり休めそうだな」

「明日に備えなきゃいけないからな」

「やっぱり、最終日は激戦ですか?」

「明日は午前と午後で二回、癒しの魔力を放ちますからね。エルーシアも補充した魔力まで使い切りますから、気は抜けないですよ」

「補充した魔力って、なんのことだ?」


 雑談の中から生まれた疑問をルークが(たず)ね、なんでもないことのようにクロードは説明する。

 左腕のブレスレットの水晶玉は、体内魔力が十分あるとき、魔力を吸い込んで(とど)めてくれる魔道具だと――加工する際に魔力を覚えさせるので、他者には使えない、使用者限定の魔力のバッテリーである。


「魔力量が少ないデルミーラ様のためにエルーシアが開発しましたが、滅多に咲かない世界樹の花が原料なので、二人の神子の分しか現存しません」

「他国の神子様も、持ってないんでしょうか?」

「他国の世界樹が花を咲かせるのは、もっと(まれ)ですからね。花は保存方法も見つかっていない、当日限りの素材ですから、送ることも無理です。カトリーナ様の分も製作したいと言ってましたが、一昨年は咲かず、昨年はつぼみもつけなかったみたいです」

「出発前に、今年はつぼみがあるって話してましたよね?咲いたら隊長の分をつくるんですか」


 騎士の一人の問いに、クロードは首を振って否定し、膨らんだ寝袋へと視線を向ける。大柄なジェイが潜り込んだ寝袋である。

 威力のある火炎で厄介な飛ぶ魔物を討伐し、エルーシアの護衛に大きく貢献しているが、制御が下手でよく魔力切れを起こすのだ。次の補充水晶の主となる。


 初めて空に打ち上げたジェイの火炎を見たとき、クロードはその威力に驚き、エルーシアの騎士隊に推薦しようと決めた。

 打ち上げた者を確認するため学校内を走り抜けると、エルーシアが事件に巻き込まれているのに肝を冷やしたが、並んで立つ二人を見て確信した。これで二度目だ、ジェイは護衛をするためにつながっていると――当時は、制御が下手だとは思わず、自身が隊長になって育てるとも思っていなかったが。

 

 最後の密談のとき、デルミーラはらしくもなく、ぽろりと失言した。世界樹の回避したい悪夢が終わりを迎えるとの安堵(あんど)からだろうが、愛しい人の言葉だ、クロードは聞き逃さない。

 夕焼けの夜空がどんなお告げを意味するのかは読めないが、世界樹が回避したくて足掻(あが)く悪夢が残っているのなら、不測の事態に備えて万全に固めたい。


 最強の騎士、ベナットの腕は守られた。制御はまだ下手なままだが、火をまとう剣を手に入れたジェイは頼もしい騎士へと成長した。補充水晶を手に入れれば、より頼もしくなる。知の副隊長も信念は固い。ほかにも、不安を払拭(ふっしょく)するための準備は進めている。

 足りないのは、揺れる土台に立ち続けるエルーシアに、寄り添い支える確固たる者だった。が、それも手に入った。


 問題は山積みだが、夢のお告げと異なり、先の読める問題なら対処方法は(いく)らでもある。あとは価値観を矯正しながら育てるのみだ――学ぶ意欲はあり、知識の吸収もいい。ともにいるロズの影響か、質問も増えてきた。

 (すさ)んだ生き方のはずだが、実直で他者へ受け入れられる人格を持ち、差別されない環境に慣れてきたのか、相棒以外にも気遣いを見せるようになっている。


「半獣人だからではなく、ルーク個人の特性ですかね。成長が早くて助かりますよ」

「あ?なんのことだ」


 ブレスレットが魔道具なら、いつも着けている指輪もそうなのかと考えながらカードをめくっていたルークは、唐突な話題に片眉を下げ、クロードは口角を上げた。


「魔力ですよ。ほかの成長も期待しています」


 ※ ※ ※ ※


 夕食後、クロードの頼みでエルーシアは回復薬を飲み干し、再び馬車へと引きこもった――明日の任務のためではなく、その後に備えてである。

 馬車の扉が閉められるのと同時に、表から呼び出しの声が聞こえ、騎士の一人がテーブルから離れて応対で外に出るが、(しばら)くして一人の部隊長を連れて戻ってきた。


「休息中のところ、邪魔をしてすみません。ロズワルドに一言だけ声をかけたかったもので」

「あっ、部隊長。配備先を離れて大丈夫なんですか」


 所属する部隊の隊長の登場に、ロズはテーブルを離れて駆け寄った。王都への派遣を指示した上司である。

 部隊長は、中央で癒し手が任務から離れ、激戦区の癒し手を補充するために、配備先から一人送り届けにきただけだと説明した。ガリーナが抜けた穴埋めであり、最終日の前に人員配置の調整をしているのだ。


「すぐに戻るんだが、ロズが補充隊員になったと報告を受けているからな。ちょっと無事を確認できればと思って寄ったが、正規隊員に誘われてるらしいじゃないか、よかったな」

「学ぶことは山ほどあるって聞いてますが、頑張ります」

「魔法が苦手だから剣技を磨かせたくて派遣を決めたが、さすがに俺を飛び越えた出世をするとは思わなかったぞ」


 危険な任務中、互いの無事に笑顔を浮かべる二人に近寄り、クロードは顔を引き締めた。

 部隊長より幾つも年下だが、王城勤務の騎士隊隊長である。立場は上だが背を正して敬意を込め、自己紹介を述べて握手を求めるように手を差し出す。


「部隊長のもと、ロズワルドは素直で教えがいのある騎士に育ちました。自慢できる騎士隊の一員になるよう、指導を引き継ぎます。彼を任せてもらえますか」

「仲間のために身を捨てる強さを持っています。すでに自慢できる騎士ですが、より自信につながるよう指導お願いします」


 握手を交わして、ロズに頑張れと激励の声をかけ、部隊長が小屋をあとにし――魔力切れから目覚めたばかりのジェイは、笑顔を浮かべて、ロズが振り返るのを待っていた。


「仲間のためにロズは何をしたんだ?飯を食べながら、聞かせてもらおうか」


 テーブルに引きずられて戻り、ほかの騎士からもせがまれるが、食事中に聞く話ではないとロズは断りを入れる。だが、ジェイは逃さない。仲間とは多くを分かち合いたくて、話すように(うなが)す。

 皆に見つめられ、これは逃げられないと悟ったロズは、コーヒーを飲み干して重い口を開いた。


雪原狼(せつげんおおかみ)に仲間が足を噛まれたんです。剣で胴を斬りつけて討伐しましたが、消滅しながらも暴れて、足が食いちぎられそうになって……阻止するのに必死で、慌てて手で無理やりこじ開けました」

「げっ、恐ろしい話だな」

「それで手を怪我したのか」

「狼の魔物の歯に、素手で挑んだのか」

「助けたなら、武勇伝じゃないのか?なんで黙ってたんだ」


 ルークの疑問にロズは眉を下げて答える。訓練生とはいえ、騎士の心である剣を放り投げ、挙げ句の果てに踏んで折ったのだとか。

 ジェイは口角を上げ、可愛い自慢の後輩だとロズの背中を叩いた。


「片膝ついて剣で陛下に忠誠を誓うからか?気にすんな、仲間を守るためだろ。剣はいつか折れるし、刃こぼれもするんだ。剣を手放しても、片膝ついた忠誠心は変わらないだろ。なら、仲間を救ったんだって自慢しろ」


 ルークも一度、腰に下げた剣を放り投げたことがあり、あれは騎士にとって反省すべきことだったのかと、思いを巡らせる――エルーシアの開発した剣だ。もう雑には扱わない。


 ※ ※ ※ ※


 作戦最終日。三日目ともなると、亡国ベテルの奥地からも魔物が集まり、激戦区である国境の壁の中央地帯は、あちこちで土埃が舞い、第三の騎士たちは剣を振り上げて走りまわり、攻撃魔法を放ち、討伐に奮闘していた。

 それでも討ち漏らしや突破する魔物もおり、ルークは堀を飛び越えて壁を駆け上がった跳躍(ちょうやく)の狐が毒を吐く前に斬り裂き、小型の蜥蜴(とかげ)(さそり)を払うように斬り、急降下してきた突き(からす)は叩き斬ると、壁上(へきじょう)と小屋の屋根である足場を駆けまわる。


 ベナットは一日目と同じく突き進んできた大牙猪(おおきばいのしし)を石槍を投げて討伐し、長い爪を振り上げて堀の中からよじ登ろうとする、背に縞模様(しまもよう)のある大熊も二投の石槍で消滅させた――この三日間で、向かってくる大型の魔物討伐はベナットにまわるようになった。

 ルークではまだ、距離を保っての討伐が難しいからだ。壁上から下りずに剣で討伐することは難しい。


 空で群れる魔物の飛来も増え、ジェイの魔力温存のため、大型が上空に現れると、これもベナットが落とし、下にいる騎士隊の者たちに討伐を任せた。

 風の向きによるものだろうが、アルニラム側の魔物の出現はだいぶ減って討ち漏らしも少なく、エルーシアの背後にまわれなくても背中を守ろうと、小屋のまわりで配置につく皆も剣を構えて、落ちるのを待った。


 クロードも剣を振り、中型や小型の単体が飛来すると火炎で弾き、指示を飛ばして時折(ときおり)懐中時計を取り出し――ちょうど二時間経ったとき、エルーシアの肩を叩いて笛を吹く。

 午前の作戦終了であり、このあとクルルはエルーシアを抱き上げるはずだが、ピルピル鳴いて黒い仮面を左右に振り、マントをはためかせて壁上から飛び下りた。


「ダメ、クルル戻って!」


 エルーシアは手を伸ばして呼び戻そうとするが、クルルは土埃が舞う亡国ベテルの地を駆けていく。

 突然の出来事に茫然(ぼうぜん)とするが、魔物の襲撃は続いているのだ。このまま(たたず)むわけにはいかない。

 クロードが抱え、小屋へ戻ると指示を出し、ベナットが警戒しながら階段に足を向け――不安げにベテルの地を見つめるエルーシアの顔を、ルークが(のぞ)き込んだ。


「連れ戻してくる」


 一言残して壁上から飛び下りると、ルークは剣を片手に深緑色のマントを追う。


設定小話/ロズの経歴

訓練生の二年間→各部隊を転々とし、騎士たちから指導されるが、怪我で一年近く無駄になっている

新人騎士の二年間→所属が決まり、部隊長のもとで国境警備

騎士三年目→派遣が決まり、冬に王都へ移り、遠征直前に補充隊員に選ばれた


慣れない土地、初めての任務、心細い中でできた新しい友、正規隊員に誘われ……ばたばたとした一年になりそうです

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