08 曖昧な微笑み
解毒薬を飲ませたあと、癒しの魔力で回復力を上げた二人と、自らの戦闘ブーツを剣で貫いたため治療した騎士を箱小屋で休ませていた。
暫く経って、解毒の状態を診たくてクロードと一緒に訪れたら――討伐時に窮地を救った冒険者が、補充隊員から暴力を受けている最中だった。
寝袋の上に座る彼の黒髪は乱れ、しかめる顔は頬が赤く、口もとから血がにじんで痛々しい。
少し前まで閉じていた黒い瞳は強い拒否感を放っているが、こんな扱いを受ければ当然だろう。
「護衛騎士の勝手と非礼を謝罪いたします。話したいことがあるのですが……先に頬の治療をしてもいいですか?」
彼は目を見開くがすぐに細めて、寝袋の上で黒く長い尻尾をぱしんと振った。不愉快だとの意思表示に見える。
「獣くずれだが、治療してもらえるのか」
先ほどの、補充隊員の侮辱の言葉である――獣の耳と尻尾を持つ獣人を獣風情と呼び、粗暴だと差別する者がいる。そして、片親が獣人の半獣人にも嫌悪感を抱き、獣くずれと侮辱して蔑む者もいる。
彼は獣の耳ではないが尻尾があり、一目で半獣人と分かる特徴がある。助けた相手に侮辱されて暴力を受けるなんて、非情で胸が苦しく詰まっていくが、表情には出さないように気をつける。今の彼には同情も哀れみも同じ、加害者側にそんな権利はない。
「紹介せずに申し訳ありません。エルーシアと申しますが、私の護衛騎士には獣人もいますし、彼の子は半獣人です。人種で治療を拒否することも、優先することもありません。失礼な言葉にお詫びします」
頭を下げると、遅れて髪が流れる――神子になって間もないころ、簡単に頭を下げるべきではない、弱さを見せるなと叱られた。でも、理由なく傷つけたのだ、一人の人間として心から謝りたい。
クロードも隣から、続けて頭を下げたのが視界に入る。付き合ってくれることに感謝する。
「護衛騎士隊、隊長のクロードウィッグです。事情があり、今回の遠征に参加していませんが、副隊長は獣人です。部下の非礼を詫びます、治療を受けてください」
「ルークだ、頼む」
短く告げる彼の頬に右手をそっと添えて、切れたであろう口の中も治るように、魔法の発動で呟く。
無理に起こされたからか、怪我を治しても顔色が悪いので、癒しの魔力も体に少し流して鎮痛も促す。
「眠りの毒の解毒は処置していますが、体調はどうですか?」
「今のでマシになった。癒し手に治療してもらった事はなかったから……すまない」
彼は表情ないままに、ただ首を振って答える。感情は読めないが、不快感は和らいだだろうか。
「ベラトリで治療拒否でもされましたか?」
クロードが間を置かずに問うと彼は頷き、寝袋の上に落ちていた冒険者のギルドカードを拾って、そのまま渡してきた。
出身がベラトリ王国と記載されている――大陸北東にある隣国、色々と問題を抱えているが治療拒否までとは思っていなかった。クロードは何か知っているのか、あとで確認が必要かも知れない。
「リゲルでは無茶な額を請求されたから、回復薬だけでなんとか治した」
ギルドカードを返すと、目を伏せて左腕をさするが、大怪我をして回復薬だけで治療したのなら、傷痕が残ったか。大陸南東の隣国、リゲル共和国も問題ありである。
無意識にため息をついて左肩をさすってしまい、クロードがこちらを見て渋い顔をしたあと、彼に向き直った。気をつけなくてはいけない。
「この国でも何かありましたか?あれば騎士として見過ごせません、教えていただけますか」
「いや、とくに何もないな。東街道を利用するくらいで長居はしないし、大怪我するほどの魔物も少ない。治療院に寄っても予備の薬を買うだけだ」
神子は治療院ギルドに在籍している。お飾り気味だけど責任者の一人であり、即答された言葉に少し胸を撫で下ろす。
尋問ではなく、討伐時の状況確認をしたいとクロードが望み、承諾した彼とやり取りをしていると、騎士の一人が箱小屋を訪ね、夕食ができたと報告した。
食欲はあるか尋ねると、口角を少し上げ、空腹だとお腹を撫でて尻尾がしなやかに揺れる。少しは気を許してくれたか。
クロードに目配せすると、話しかけながら立ち上がった。
「それでは、ルークさんの分は持ってくるよう伝えます。あと、問題なければ今夜はここで休んでください。明日の朝食時に、討伐の報酬について相談します」
彼は軽く頷き、返事をもらったクロードは入り口に向かう――ここに来る前、聞きたいことがあるから、彼が起きたら二人にしてほしいとお願いした。だから、掛け布の前で待機するのだろう。小声なら聞き取れない距離だから。
一人残ったのを見て訝しげな顔をしているが、意を決して質問する。
「ルークさんが倒れて、治療で触れたときに気づいたんですが、特殊な魔力を帯びた魔道具か何かをお持ちですか?」
肩がぴくりと動き、顔が強張った。しなやかに揺れていた尻尾は、素早く背後に隠れる。
この質問は、また不愉快な気持ちにさせるものだったようで、胸の奥がちくりと痛くなる。
「言っている、意味が分からないが?」
「癒しによく似た魔力が、薄く膜を張るように体を包んでいるんです。心当たりはありませんか?」
彼は胸もとで拳を握り、無言で首を振る。先ほどと同じように拒否感を放つ黒い瞳は力強い、何を聞いても拒絶されるだろう。
個人的なものか、隠していることか。距離を縮めてから質問すべきだったかも知れないけど、冒険者であり、明日の朝には別れる人――胸がちくちく痛い。これ以上は恩人を不愉快にさせたくないから、少し微笑んで見せる。
「どのような品か知りたかったのですが、心当たりがないのなら私の勘違いですね。お休みになりたいところ時間をいただき、ありがとうございます」
勘違いではない。倒れたときも、さっきの治療でも感じた魔力。体に流れるわけでなく、治療をするわけでもない、ただ優しく包む不思議な魔力。
でも、これ以上は聞けない。彼が何を癒し、何に守られているのか――視線を背中に感じながら、クロードと箱小屋をあとにする。
日が落ち、空には傾いた細い月が一つしかない。暗い夜のはずだけどランタンを幾つも設置しているため、見上げても星の瞬きは少ない。
箱小屋の隣に歩を進め、馬車の扉をあけたとき、気になっていたのか、クロードが尋ねてきた。
「二人で、何を話していたんですか?」
「個人的なことなので内緒ですよ」
クロードがいたずらっ子のような笑顔を浮かべる――内緒ですか、妬けますねと。
二人になると砕けた雰囲気になり、居心地のよさで肩から力が抜ける。タラップに留まり、神子としての表情を消す。長い付き合いがあるから、取り繕いは無駄、見破られる。
「確認したかったことは?」
「失敗したわ。でも、神子だからって無理に聞くなんてしたくないから……」
堂々と構えろ。強く出ろ。神子の行動一つで周囲は安心し、逆に不安も煽られる。だから偉ぶれ――いつも副隊長に指摘されるが、貴族でなく、庶民で孤児の立場と心では偉ぶれない。
夢で見る、今世とは異なる前世の価値観にも、弱い心は揺さぶられ、ますます偉ぶるなんてできなくなった。
曖昧に微笑んで感情を表に出さず、考えを巡らせて、神子らしく振る舞うだけ。理不尽な命令なんてできないし、したくもない。
「では、リゲル共和国との国境の街まで護衛を依頼しましょうか。彼も立ち寄る予定の街で、補充した騎士が三人抜けますから、互いに都合はいいですよ。数日ですが時間をかければ機会はまたできます」
タラップに立っているので、頭一つ分背の高いクロードの顔がいつもより近く、よく通る声もすぐ側から聞こえる。
「冒険者を遠征に参加させるの?問題になるでしょ」
「問題なんて、書類を数枚書けばなんとでもなります。彼は高ランクで討伐に慣れ、魔物の知識もありますから、指示に従わない騎士より頼もしいですよ」
返事の催促か、クロードは栗色の目を細めて覗き込んでくる。ギルドカードでランクの確認もしてたとは、さすがである。
情報の詰まったカードからベラトリの文字しか見ていなかったのは、学びが足りないか。親しくもないのに個人情報をじろじろ見ては失礼だと思ってしまった。
「クロード隊長も、とっても頼もしいですよ。いつもありがとう。でも、彼に無理強いはしないでね」
「あなたに隊長なんて呼ばれると照れますね、約束します。時間がもっと必要なら、王都までの護衛も依頼しますよ。問題はすべて引き受けますから甘えてください。あなたの望みを叶えると、約束しましたから」
クロードは前髪をかきあげて空を見上げると、背を向け、デルミーラが去ってから伸ばし始めたポニーテールを揺らしながら馬車をあとにした。
※ ※ ※ ※
馬車に積んだ本は医学書や薬草学、魔物図鑑や地形図と多種で量も多いが、無限には積めないので厳選している。
その厳選した本の中、知りたい記述がないのは読み込んでいるので知っているが、手がかりはないかと探しながら食事をする。
先人の転生者たちが夢からの記憶で残した多種多様な知識の中には、レシピも含まれ、地球の料理も多く再現されて普及している。
今夜は干し鱈とジャガイモとトマトを煮込んだ、バカラオスープ。どこの料理かは知らないけど、ピリ辛の美味しいスープを一口すすり、本のページをめくる――行儀は悪いが、遠征中は調べ物をする時間は少ない。
スープの染みをつくらないよう気をつけてページをめくる手を休め、扉脇に掛けた連絡板にも視線を向ける。だが、書かれた文字に変化はない。
三国の神子に癒しの魔力の魔道具の有無を質問し、二国の神子から返事はきたが、情報はなかった――残る一国からの返事を待っている。
この連絡板は、友人と研究して開発した、遠隔地と筆記で通信ができる黒板である。
遠隔地との連絡が、手紙のやり取りで止まっていた今世。前世のメールや電話を再現したくて、エルフの魔法文字の解読や、魔石との組み合わせを色々と試し、数年の試行錯誤の末にできた魔道具。
一メートル四方の黒板に、特殊インクで魔法文字を周囲に書き、四分割してできる四枚の黒板。形を整えて銀素材の枠をつけ、連動させるために同じく四分割した魔石を嵌め込むと完成。
一枚に文字を書けば、残り三枚にも同時に文字が浮かび、筆記でやり取りができる。
連絡先は三件のみで、個別の内緒の連絡には向かず、持ち運びにも不便な大きさ――まだまだ改良は必要に思えるのに、画期的な魔道具だと歓迎された。
共同開発をしていた友人が遠隔地に越して改良もできず、完成から一年以上経った今では、性能に不満を残したままだが工房が量産して、各国の主要機関や各ギルドで利用されている。
返事を待って連絡板を眺めても、情報が掴めるわけではない。次から次へと本を取り出して調べ物を続け――扉がノックされた。あけるとクルルが立っている。
討伐後に崖を駆け上がって姿を消し、珍しく単独行動をとっていたのだ。
無事に戻ってきたことに安堵して招き入れ、扉を閉めたと同時に、連絡板に新しい文字が浮かび上がった。
流れるような筆跡で、神子のお守りのことかしらと。
設定小話
獣人の耳や尻尾は猫をイメージしてます
半獣人は、どちらか片方を持ってます




