09 護衛依頼
冒険者は移動が多くて朝が早い、深酒でもしない限り寝過ごさないルークは、明け方に目を覚ました。
寝袋に包まれた数人の騎士の寝息と、箱小屋の外から作業する物音が聞こえる中、借りていた寝袋を丸めながら、昨夜、耳が拾った話し声を思い出してため息をつく。
獣人ほどではないが、人より耳の聞こえがいい。それで拾った、神子と隊長の会話。
すべて聞こえたわけではないが、国境まで護衛を依頼する気なのは理解できた。
首から下げた物について話す気はなく、勘繰られたり詮索されるのは不愉快。だが、だからといって、神子からの正式な依頼を断れるかは別。
ため息とともに、独り言がこぼれる――断る口実は依頼されたときに考えるかと。
問題を先送りにして小屋から出るが、それは別の問題もあるからだ。森に相棒を残したままなのだ。魔物も獣も蹴倒すから問題ないが、一晩置き去りはさすがに心細いだろうと、早朝に迎えにいくと決めていた。
野営地から離れることを伝えるべきか、目についた騎士に近寄って話しかける。
「すまない、少しいいか」
「もう、起きて大丈夫なんですか?」
バケツを持った騎士は立ち止まり、声をかけたのが誰か気づいて驚きから目を見開いた。
なんのことかと少し考え、眠りの毒が思い当たる。
「眠りの毒なら解毒してもらって、十分な睡眠もとれたから問題ない」
「もう一人は目覚めたあとも具合が悪くて、町から呼んだ馬車で怪我人と一緒に送られたんです。体力の違いでしょうか」
「まともに吸えば三日は寝るから、解毒で目覚めただけマシだろ」
辛子色の髪を短く整えた騎士は、大事なくてよかったと紺色の目を細めて人懐っこく笑う。
無邪気な様子はかなり年下に見えるが、戦い慣れた者のように手に幾つもの古傷がある――もう少し年は近いかも知れないと、今年二十五になるルークは頭に過らせる。
「ルークさんに暴行した騎士は馬車に同行したので、もういないですよ。半獣人を気にする者はほかにいません……すいませんでした」
神子の告げた付き添いの意味を理解し、目の前の騎士からも嫌悪は感じとれず、不思議な感覚に尻尾がふるりと揺れる。
「いや、大した怪我じゃなかった。治療もしてもらったから気にしないでくれ」
「お詫びの気持ちを込めて、鎧馬のお世話をしているんです。会いますか?」
相棒がなぜここにいるのか、迎えが待てずに勝手にきたのか。いや、なぜ鎧馬の主だとバレているのか。
不可解なことに眉間にシワを寄せていると、白くて短い棒状の何かが大量に入った、バケツの中を見せられる。
「これ、馬たちの朝食に加えるように言われて、持っていく途中なんです」
「それは?」
「トウモロコシの芯です。馬たちの好物ですよ」
雪山桃とどっちが好みか、腰ベルトに下げたサイドポーチを撫でる。迎えにいく問題は解決したが、疑問が幾つも増えていく。
馬の繋ぎ場まで連れ立ち、騎士はロズワルドと名乗った。
「気軽にロズって呼んでください。一番下っ端の補充隊員なので、皆そう呼んでます」
「補充?」
「今回の遠征で欠員が出たんです。神子様の遠征に加わるなんて、補充でも光栄ですよ」
騎士に光栄に思われる尊い神子様。大事に大事にされる、自身とは真逆な存在に苛立ちを覚える。
鮮やかな赤い蹄を持つ朱の馬が列するはずれで、相棒は桶に用意された飼い葉を食べていたが、近寄る姿に気づくと、ブルルルと小さく嘶いて再会を喜んだ。
森を離れたのは怪我でもしたかと思い確認するが、そんな様子は見られない――言いつけどおりか、バケツの中身を順番よく飼い葉の上に投げ入れながら、ロズはちらちらと鎧馬を見ている。
「自分、鎧馬なんて初めて見ました。さっきまで人が近寄ると歯を剥いて怒ってたのに……獣人や半獣人には懐くんですか?」
「いや、生まれたばかりのを拾ったら懐かれた。怪我してたから、大型の魔物に襲われてはぐれたか、親が殺られたかだろ」
「あぁ。魔力があると生き物も襲われるから、狙われたんですね」
鎧馬は頭から尻までの背中側に硬い鱗状の皮膚を持ち、魔力も多くて気性が荒々しい。だから、それなりの魔物じゃないと太刀打ちもできない。
何事もなかったかのように飼い葉に追加されたトウモロコシの芯も食べている。なぜだか知らないが、ずいぶん警戒心も緩んでいるようだ。
「こいつは、いつからここに?」
「昨夜、クルルさんが連れてきました」
ロズに尋ねながらサイドポーチから雪山桃を取り出すと、相棒は目を輝かせて手もとを見つめるが、朱の馬は気にしてない。鎧馬の好みか。
一つずつ手のひらに乗せ、相棒に食わせながら、質問を追加してみる――人を寄せつけない相棒が、素直についてくるはずがないのだ。
「クルルって奴は何者だ」
「神子様の護衛です。騎士じゃないので、深緑色のマントを羽織ってますよ」
「大柄の槍使いの奴か。そういえば、なぜこいつがオレの馬だ――」
「あっ、クルルさんですよ」
ロズの視線の先を追うと、馬車から出てきた神子と、続いてタラップを踏む素性の知れない大柄の男がいる。
視線に気づいたのか、ふいっと真っ黒の仮面がこっちを向き、神子の顔のすぐ横で何かをささやき、二人で近づき――口を開いたのは、冷たく微笑む神子だった。
「おはようございます。体調はいかがですか」
「お陰さまで」
「………」
クルルとやらが、大柄の体を前屈みにして雪山桃を見ている。表面を布で覆った仮面では視線も分からないが、たぶん仮面の向こう側から凝視している。
「食うか?」
欲しいのだろうと声をかけてみると、待っていたかのように直後に仮面がぶんぶん縦に動き、マントがわさわさと揺れ、冷めた表情しか見せなかった神子が目を見開いて慌て出した。
「ちょっ、クルル。すみません。クルル落ちついて……一つ頂いてもいいですか」
無言で採集木箱を差し出すと、神子は一つ手に取り、恥ずかしそうに目を伏せて礼を告げ、マントを引っ張って三軒並ぶ箱小屋の真ん中へと消えていった。
早起きしたが、相棒がここにいるなら時間はあいた。ロズを手伝って馬の世話をするが、疑問が頭を巡る――相棒は、なぜ、あんな奇妙な奴についてきたのか。
朝食の時間だとロズに誘われ、真ん中の箱小屋に入ると、簡素なテーブルが二台配置され、手前のテーブルには深鍋が二つと、煮豆や厚切りベーコン、炒めた肉野菜などを盛った大皿とパンが並び、奥のテーブルは隊長が占領し、書類を広げて書き物をしていた。
神子と不可解な大男の姿は見当たらない。
あいた場所では三人の騎士が木箱に腰掛け、積んだ木箱をテーブル代わりに食事を始めている。
こっちに気づいた隊長が、片手を上げた。
「おはようございます。話がありますので、ルークさんはこちらで食べてください」
頷いたあと、ロズを倣ってパンと料理を皿に盛り、深鍋からスープをよそう。スープは昨夜のスープとコーンスープの二種類あるが、おかわりが自由と聞き、昨夜のスープを選んでコーンスープは二杯目に決める。
隊長は広げた書類を束ねながら、ロズに声をかけた。
「食事前にすみませんが、コーヒーと、ルークさんの飲み物をお願いします」
「はい。ルークさんは、コーヒーとレモン水とミルクの、どれがいいですか」
コーヒーを頼んで、ため息をつく。昨夜も思ったが、遠征食なのに飯屋と遜色ない品だ。むしろ質や味から一段上か――朝食も美味そうで、コーヒーも久々だ。
至れり尽くせりな環境で、依頼が断りにくい条件ばかりが増えていく。
隊長に向かい、椅子代わりの木箱に腰掛けると、手もとの書類から顔を上げた――書類の確認をするので食事を進めてくださいと。
遠慮なくと返し、まずスープを口にする。魚と芋とトマトのスープ、少し辛くて美味い。以前似たようなスープを飯屋で飲んだが、こっちのほうが好みで食が進む。
一つ思い出したことがあって隊長を見ると、視線に気づいたようで目が合ったので、ちょうどいいと尋ねる。
「相棒……鎧馬の世話、感謝する。ところで、なぜあれがオレの馬だと分かったんだ?」
答えたのは、カップを二つ持って背後から現れたロズだった。
「隊長は凄いですよ。鞍のサドルバッグと、ルークさんのサイドポーチの革が同じ細工だからって、すぐに気づいたんです」
「馬具が趣味なので気づいただけですよ。ルークさんの荷物は荷馬車で預かってますので、あとで確認してください」
そう告げると、隊長はカップを受け取って視線を書類に戻し、ロズは食事中の騎士たちに手を振りながらそっちに向かった。
食事を再開し、依頼を断る口実を探すが、いい言葉は浮かばない――目ざとい隊長相手では、下手な断り文句では通用しそうにない。考えを巡らせながら食べていると、皿の脇に書類を差し出される。
「緊急契約書を用意しました。食後に相談しますので、確認願います」
緊急契約書は、出先でギルドを通さずに直接依頼されたとき、あとからギルドに提出する書類だ。
とくに提出の義務はない――ギルドに手数料を取られないから儲けになると喜ぶ冒険者もいるが、問題が起こったときに不提出だとギルドは関与しない。
緊急時の依頼は動揺が多く、落ち着いた頃合いに文句を言い出す依頼者も多いから、高ランクになるほど提出率はいいが、普通は冒険者がギルドで書く――依頼者側が用意するとは手際がいい。あとは請負人の名を書けば提出できる完璧な書類で、報酬金額も申し分ない。
記載項目を全部確認して、食事を終え、空になった皿をテーブル脇に寄せる。
「問題ない、これで提出させてもらう。報酬はギルドの口座に入れてくれ」
隊長は頷くと、小さな革袋を差し出した。
「斑大蝙蝠の魔核三つ、確認してください」
「討伐したのは二匹だ、もう一匹はクルルって奴だろ」
「ルークさんの情報がなければ、クルルも討伐できませんでした。情報料と、討伐した牙鼠の分の魔核と思ってください」
太っ腹な申し出を受け、革袋をサイドポーチに仕舞うが、油断のない栗色の瞳が真っすぐに見ている。
「改めて、リゲル共和国との国境の街まで護衛を依頼したいと考えています。こちらの緊急契約書の確認を願います。不満な点があれば考慮します」
コーヒーを飲みながら、追加で目の前に並べられる数枚の書類に目を通す――新たな緊急契約書、遠征予定ルート、護衛内容に報酬の取り決め。
「ずいぶん寄り道するな。街に直行じゃないのか?」
「春の遠征は、瘴気を祓うのが目的です。東街道から分岐した街道も通り、瘴気溜まりがあれば予定ルートからもはずれます。あの崖も、瘴気溜まりを祓うために寄った場所です」
目的を考えれば納得のルートと日程と、護衛依頼としては破格の待遇。問題は、聞かれたくない、知られたくないことがあるだけ。数日なら、やりこなせば誤魔化せるか。
ふと、神子の冷たい表情と、慌てて恥ずかしそうにした表情が頭を過る。魔物に囲まれて逃げもせず、あのときはどんな表情だったのか――胸もとがざわつく。
「もしほかに依頼の予定があるなら――」
「いや、予定はない。この依頼、引き請けた」
幾つか考えていた断り文句よりも、先に口から出たのは、なぜか承諾の言葉。
設定小話
鎧馬の皮膚は、アルマジロをイメージしてます
馬なので丸まることはないですが、硬いです




