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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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20 侯爵の画策

 連絡板でのやり取りを続けて、クロードがまとう不穏な空気が消えると、食事を終えた騎士たちは席を離れた。


「隊長、何か指示はありますか」

「いいえ。予定どおり、皆は余暇に入って問題ありませんよ」


 その言葉を聞いてぽそぽそと相談し、別館から出る者、割り振られた寝室や浴室に向かう者と分かれ、副料理長と雑務員たちは片付けを始め、ルークとロズは娯楽室へと向かった。

 無人の娯楽室は、背の低い棚が壁に沿って並び、座り心地のよさそうなソファや、細かい彫りの入ったサイドテーブルがあちこちに配置されている。カーテンをあければ、テラスにつながる大きな窓から月夜の庭も楽しめるだろう。


「薬を盛られたのに、取り調べはあっちに任せるのか」

「管轄が違いますからね」


 ソファに腰掛けたルークを残して、棚を物色しながら、ロズは騎士団の務めについて手短に説明することにした。長居の経験がない他国の冒険者なら、知らない情報だろうとの考えでだ。


「第一騎士団は、王族の護衛や王城警備が主な任務なんです。で、第二は王都の治安維持。第三は、地方都市である国境の街と町に支部があって、王国内の治安を守ってるんですよ」

「護衛騎士たちは第一か?」

「護衛騎士隊は、第一と第二から選ばれた騎士の特別任務です。自分は北西の第三で国境警備の所属だから……運がいいんです。あっ、ありましたよ」

「なんだ、それは」

「リバーシです」


 笑顔のロズが手にかかげる物が何か分からず、片眉を下げたルークに、ルールは簡単だと遊び方を教えているとき、連絡板を手にしたクロードが入室した。


「おや、二人だけですか」

「三人の先輩方は飲みに出ました。あとの三人は早めに休むそうです」

「それで、若い二人はゲームですか」

「ルークさんと最後の夜ですからね。飲みながら遊びます」

「最後ね……私のことは気にしないで遊んでください」


 クロードは少し離れた場所でサイドテーブルに連絡板をのせると、ソファに深く腰掛けて目を閉じ、二人は食堂から持ち出したワインを飲みつつリバーシを始めた。

 ロズが二勝し、手にする酒をワインから棚にあったウイスキーに変えたところで、表のベルが鳴り、扉に向かおうとしたロズをクロードが制し、連絡板を持って娯楽室をあとにした――


 ※ ※ ※ ※


 ――就きたい職業があった。とくに憧れていたわけではなく、自立できると考えて目指していた。

 恋愛気質な母親に振りまわされる生活から、抜け出したかったから。


 母子家庭で裕福ではなかったから、大学受験のときは塾に通うこともなく、毎日のように図書館に足を運んだ。

 この日も、友人と図書館で待ち合わせをして、一区切りついたところで週末のバイト先である近くのファミレスで夕食をとって――



 丸みを帯びた青い月が空の高くで輝く夜中、馬車の寝台ではないところでエルーシアは目を覚ました。体調が思わしくないときや不安定な気持ちのときは、追い打ちをかけるように前世の夢をよく見る。

 起きた途端に顔もおぼろげになった友人との、他愛もない夕食風景。互いの参考書を見せ合っていた。


 心が乱されるような夢じゃないことに安堵(あんど)して、夢で気づいたことをサイドテーブルにあるメモに書きとめる。

 幼いころの記憶がおぼろげになるように、夢に見る記憶もおぼろげになることが多いから、忘れたくないことはメモに残すようにしている。


 ペンを置くと渇いた(のど)のひりつく違和感に気づき、催淫薬入りのスープを飲んだことを思い出し、痛い喉でため息をつく。

 ワインだけなら大ごとにする気はなかったが、ローストにかかったソースとスープを口にして諦めた。さらにスープを薦めるなんて、悪意しか感じない。


 神子として敬う反面、庶民として無下にも扱う。矛盾と理不尽な価値観に嫌気が差す。

 寝ていた体をそのままに、顔を上げてこちらを見るつぶらな瞳の主を()でる。


「お水をもらってくるだけだから、クルルは寝てて」


 二つ並んだ枕の一つで丸くなるクルルを残して、部屋を出て階段を下りると、玄関ホールの方から話し声が聞こえてくる。クロードが誰かと立ち話をしているが、別館に入らないということは騎士隊の者ではない。

 シワのついた服を見られるのは避けるべきと判断して、(しばら)く階段下で待機し、扉の閉まる音が響いて顔を(のぞ)かせる。


「どうしたんですか?」

「喉が渇いただけよ。あと、お風呂にも入りたいの」


 こちらに気づいて小走りに近づいたクロードに答えると、詫びるような顔になった。

 しかし急なことだ、泊まる予定ではなかった寝室だから準備が足りなくても仕方がない、色々と振りまわして申し訳なく思う。


「食堂の明かりは消しましたし……人の目がありますから、脱衣室で待っててください。必要な品を持っていきます」

「青い取っ手の鞄をお願い」


 浴室への廊下を進み、脱衣室の鏡に映る姿を見て、クロード以外に見られなかったことに感謝する。結ったままの髪はくしゃくしゃで、顔が青白い。夜中に会うと驚かせてしまいそうだ。

 ノックの音で扉をあけると、クロードが水差しとグラスののったトレイ、それと鞄を手にして立っているので、礼を伝えて受け取る。


「あとで娯楽室に寄ってもらえますか?報告があるので」

「もう遅い時間でしょ、クロードは休まなくて大丈夫なの?」

「明日から二日間休みになりますのでご心配なく」


 入浴後に向かうと約束して、扉を閉める。


 ※ ※ ※ ※


 エルーシアが身支度を整えて娯楽室に入ると、クロードは連絡板でやり取りをして、ルークとロズがリバーシを楽しんでいた。


「あっ、神子様……もう起きて、その、大丈夫なんですか?」

「薬には耐性があるので大丈夫です」


 心配をかけたくない気持ちからエルーシアは簡単に伝えて、クロードの側に寄るが、少し待つように告げられるので、そのまま近くのソファに座り、身を乗り出して連絡板を覗き込んだ。

 見覚えのある三人分の筆跡、こんな遅い時間まで副隊長二人と事件の相談中の様子で、本当に皆に苦労ばかりかけていると眉が下がる。


「あぁ、覚えたてなのに、なんで強いんですか」


 飲んだ薬の種類を考えると、深追いは避けたほうがいいはずだ。ロズはリバーシの勝負に意識を向けたようで、(あご)に手を添えながら次の手を悩む。

 ゲームの進みで石を返していたルークは、グラスを傾けたが、何を考えているのか読めない無表情なまま、視線とともにエルーシアへ疑問を投げた。


「耐性って、つけれるものなのか」

「幼いころに薬や毒を色々飲んで、慣らしたんです」

「エルーシアは猛毒以外は効きませんし、味も香りも覚えてますよ」

「そんな恐ろしい生き物みたいに言わないでください。外傷を与える毒も効きますよ」


 なんでもないことのように二人が説明し、リバーシをする二人は理解が追いつかずに眉間にシワを寄せた。


「幼いころに飲んだ?」

「神子様が、なんでそんな危ないことを……」

「誰かに盛られるほうが危ないですから、デルミーラのもとで慣らしたんです」


 肩をすくめてエルーシアが説明を続けていると、クロードは連絡板をぱたりとサイドテーブルに置く。


「報告いいですか?」

「はい、お願いします」

「自分たちは席をはずしましょうか」


 大事な報告のはずである。いないほうがいいだろうとロズは判断したが、クロードは手で制して二人もこのまま残るよう告げてから、隊長らしい真剣な顔をエルーシアに向ける。


「先ほど、支部隊長から報告がありました。侯爵は神子を嫁に迎えて、ほかの貴族より優位に立とうと画策していたようです。治療院で会談したとき、騎士たちの余暇を狙ってあの補充隊員に接触して、私たちの情報を聞き出し、その後も一度、接触があったそうです」


 正規隊員は厳しい縛りがあるので、手の内に引き込むのは難しい。大した情報は持っていないが、今回はあえて補充隊員を狙って接触したか。

 漏洩を(とが)められたら騎士の地位を失う恐れもあるのに、なぜ手中に落ちたのか。何かの弱みを掴まれたか、脅されたか、権力で押さえつけられたか、色々な考えが頭を巡る。


「どんな事情で侯爵についたのかしら」

「侯爵家の分家と、妹の結婚話を持ちかけられたようです。詳細の確認はこれからですが、彼の家は没落気味ですから、この機会に飛びついたのでしょう」


 思わずエルーシアはため息をこぼす。ため息の多い一日のようだ。いや、そろそろ日付が変わって一日は終わっているはずだ。

 娯楽室は時を気にせずくつろぐ場所。掛け時計はなく、懐中時計も手もとにないから確認はできないが。


「侯爵に恩が売れ、妹さんがいい家に嫁ぐのね……あの人たちにとって、私の意思は関係ないわけね」

「計画を進めるにあたり、王都への連絡を妨害するため連絡板を割ったと証言したようです。近場の町の支部にも手がまわっている可能性もありますね。修理したあとは機会がなくて諦めたようですが……彼らは、私たち二人が恋仲だと勘違いして、あなたを口説くより薬の使用を決めたそうです」


 予想してなかった言葉に、エルーシアはルークたちもいるのに神子の表情を維持できず、顔がきょとんとなる。クロードも予想外だったのだろう、苦笑いをしている。


「なんで、そんな勘違いをしたの」

「違うんですか」

「「えっ?」」


 驚いた二人が声のもとを向くと、ロズもびっくりした顔で口をあけている――いつも一緒だから恋人だと思っていたとのこと。

 本人を前にして言いにくいことだからか、ルークも視線をはずし、壁を向きながらぽそりと口にする。


「神子と護衛隊長は幼馴染で、()()()()と噂で聞いたことがある」

「幼馴染はデルミーラ様とアイン隊長ですよ……二人の神子がいたから、噂も尾ひれがつくだけでなく混ざりましたか」


 クロードは不本意だと前髪をわしゃわしゃかいて天井を見上げ、落胆から大きなため息を出した。

 かける声が分からなくてエルーシアが慰めるように肩を撫でると、寂しそうに少し笑ってから、姿勢を正して言葉を続ける――噂話を考えるより報告を優先するのだろう。


「それから、陛下が侯爵の蟄居(ちっきょ)を決めました。取り潰しではなく、代替わりを命じると。ただし、次の代は一族の中から陛下自らが指名するそうです」

「少し横暴すぎない?」

「三年前、公爵家は取り潰しになりましたから、寛大な措置です。神子に危害を加える者に力を与えるわけにはいきません」

「そうですか」

「あと、問題が残ります。あなたを侯爵の嫁にと手をまわしていた者がどれだけいたのか、まだ掴めていません。補充隊員に選ばれていた者は信用できませんし、侯爵が領主である、この地での追加は危険です」


 クロードはルークに顔を向け、エルーシアからは表情の確認はできないが、続ける言葉は声を明るく変えた。


「なので、ルークに護衛継続を依頼しましょう」


 言葉の意味を理解すると同時、考えるより先に口が動く。ダメよと――ルークの戦いぶりは見ているはずなのにだ。この返事は意外で、クロードも顔を戻すと同時に、なぜ反対なのか(たず)ねる。

 三人からの視線を感じて居心地が悪いが、説明しなくては納得もしないだろう。エルーシアは小さく息を吐いて、言葉を選ぶ。


「浅はかな考えから、深く、ルークを傷つけました。護衛を続けるのは、難しいと思います」

「なんのことだ」


 ルークは眉間にシワを寄せて困惑の表情を見せる。本気で分からないのだ、傷つけられた覚えがない。だが、一昨日の晩のことを思い出す。

 絶望の暗闇の中、最後にエルーシアが何を話したかは覚えていないが、廊下の明かりを受ける淡い色の髪を揺らしながら、ふらふらと出ていく背中は見ていた。あの背中は、攻撃をしたあとの背中ではなく、後悔を背負っているように見えた。


「気づかなかったことを思い知らされただけだ。お陰で色々と考えた、感謝する」

「それでは、護衛継続に問題は?」

「こっちも助かる」

「自分も助かります」

「だそうです。エルーシア、どうしますか」


 話を進める三人に見つめられ、言葉はこれしか出てこない――問題がなければ、よろしくお願いますと。


設定小話

飲みに出た三人の騎士は独身

さっさと寝た三人は既婚者です

彼らの名前は考えていません


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