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10 マントと仮面の下

視点が混ざってます

これからも視点は混ざり、交差していきます


 馬車の中で朝食をとりながら、エルーシアは思案していた――隣で体を小さく丸め、雪山桃(ゆきやまもも)を嬉しそうに食べている、クルルについてである。

 この異質な風貌(ふうぼう)により、悲鳴をあげられたり武器を向けられたりして、その都度ショックを受けて落ち込んで食欲を失い、人見知りするようになった。


 今回の遠征は見知った者ばかりではないので、始終フード付きマントと仮面で外見を隠しているが、春の日差しの中、マントを羽織(はお)ったままだと体調は気になり、仮面をつけたままだと食事に困る。

 それで、そろそろ取るように言い聞かせようと思っていた。しかしその矢先に、冒険者ルークに護衛を依頼することにしたのだ。


 初対面の彼にも人見知りを起こすかと思い、正体をさらすのは先送りにすべきかとも考えたが、雪山桃をねだる始末。

 仲良くなった鎧馬(よろいうま)の主だからか、これまで会う機会の少なかった半獣人だからかは分からないが、警戒しないのなら幸い。


 ほかにも神子のお守りや、遠征について考えたいことは山積みである。悩みの種は一つでも減らしておきたい。

 食事を終えたらクルルを説得しようと決めたエルーシアは、ベーコンを挟んだパンを口にした。


 ※ ※ ※ ※


 箱小屋(はこごや)をあとにした一行(いっこう)は、東街道を道なりに南へ進行した。今日はこのまま進み、街道沿いの村に一泊する予定だ。

 町ほどの規模はないが人の行き来があり、そこそこ大きな村で、教会に併設した治療院のままでは不足が生じてきたので、教会の隣に治療院を新設し、王都から癒し手も派遣したのだ。


 神子は癒し手の中から選ばれるため、治療院ギルドに所属する癒し手たちの最上位の立場である。また、神子は世界樹を癒しながら、世界樹から素材を採取できる唯一の存在でもある。世界樹の素材は多くの薬や魔道具の原料となり、自然治癒力を上げる回復薬も、世界樹の葉がなければ作れない。

 そのような理由から治療院ギルドの責任者の一人として名を連ね、新設した治療院の視察も、遠征ルートに組み込まれた。



 暖かな風が吹く中、御者台に座るエルーシアは、ちらちらと馬車に並走する鎧馬に乗るルークの姿を確認する。

 護衛依頼を快諾したとクロードから聞いて胸を()で下ろしたが、なぜこんなにも気になるのかが分からない。包む不思議な魔力は気になるが、この世界は解明されてないことが多く、すべてを気にはしていられないのに。


 差別の対象とされる半獣人だからか、不愉快な思いをさせたからか、ほかにも何か気になる理由があったか――考える中、ルークと目が合い、さりげなく視線をはずす。

 今朝の慌てふためいた振る舞いを思い出して、気恥ずかしさに包まれ、平常心を保つために息を深く吐き、意識を世界樹のマナと瘴気に向ける。


 漂う瘴気は薄いが、手のひらを上に向けて、鼻歌を口ずさむ。街道近くで魔物が発生しないように、周囲の地形に瘴気溜まりができないように、皆が安心して暮らせるように。

 頬を緩めて、優しい気持ちで願いを込めて、癒しの魔力を大気に溶かす。


 ※ ※ ※ ※


 ルークは馬上で護衛として、周辺の警戒を続ける――護衛内容は神子を魔物から守ること。三食ついて宿や厩舎の支払いはなく、夜番もない。

 道中と野営地で魔物討伐するだけで、村や町に入れば自由行動もとれる。


 報酬もいい好条件の依頼だが、不愉快な詮索(せんさく)がついてくる。ちらちらと馬車から飛んでくる視線に苛立(いらだ)ち始め、尻尾が揺れて(くら)に当たり、ぱしぱし音が鳴る。

 目が合うと、不自然に()らされる。胸もとに下げた物が気になるのだろうと、ため息が出そうになるが、のみ込んだ――不思議な旋律(メロディ)を耳が拾ったからだ。


 風に乗る優しい声。耳から入ると体内に広がり、何かが温かく染み込む。馬車に視線を向けると、先ほどまでの冷たい表情(かお)ではなく、声と同じく優しい微笑みを浮かべて鼻歌を口ずさむ神子がいる。

 周囲の騎士たちを確認するが誰も気にしていない様子で、怪訝(けげん)な気持ちで自然と胸もとで(こぶし)を握る。


 ※ ※ ※ ※


 街道沿いの草原で昼休憩をとることにした一行。馬を草原に放した騎士たちは、雑務員が配る竹カゴの弁当を手に持ち、思い思いの場所で昼食にかぶりつく。

 エルーシアは早々にクルルと一緒に馬車の中に消え、ルークは春の新芽で柔らかい草の上に腰を下ろし、竹カゴをあけた。中はクルミパンと揚げた肉団子や茹で野菜が詰められ、肉団子を一つ口に放り込んだとき、後ろから声をかけられた――ロズだ。


「もう一人の雑用員が配ってましたよ。茹で卵も食べますか?」


 ルークが(うなず)くと隣に腰を下ろし、竹カゴの上に器用に乗せた卵を一つ渡し、数日の同行を喜んでいる様子でよろしくと告げる。

 だが、ルークは応えられない――口に入れた肉団子から溶けたチーズがあふれ、初めての味に驚いていた。


「エルーシアの案で、今日の肉団子はチーズ入りですよ」


 二人が声の主を見上げると、すぐ側にクロードが立っている。ここで一緒に昼食をとるつもりか、竹カゴを手に腰を下ろし、ルークに話したいことがあると口にする。

 嫌な詮索が始まるのかとルークは身構えるが、続く言葉は違った。


「これまでは恩人として接しましたが、討伐などで咄嗟(とっさ)の時もありますから、互いに呼び捨てで気を使わずに話したいのですが、いかがですか」


 ルークは安堵(あんど)して提案を受け入れ、クロードと軽く握手を交わし、三人で雑談しながら食を進める。


「チーズが入るだけで違う料理みたいに変わりますね。神子様は、料理もするんですか?」

「料理自体はしませんが、発想が豊かで、新レシピの参考のために王城の副料理長が同行しているのですよ」

「王城……だから飯が美味(うま)いのか」

「副料理長に伝えておきます。喜びますよ」


 本当は前世で食した料理を教えているが、転生者であることは一部の者だけの秘密なので、クロードは上手く説明する。

 素朴な質問を口にし、返ってくる言葉に耳を傾け、弁当を食べながら春の景色を(なが)め、下草を()む鎧馬も視界に入り、ロズは別の質問も口にする。


「まだ聞いてませんでしたが、ルークさんの馬はなんて名ですか?」

「ないな。()いて言えば、相棒だ」


 鎧馬は、気性が荒くて懐かない生き物。成長すれば勝手に離れるだろうと考え、おいとかこいつとか、とくに名をつけずに適当に呼んでいた――誤算は、大きくなっても側にいること。

 それをルークが、怪訝な顔つきで見つめる二人に説明すると、残念そうにクロードはため息をついた。


「もう相棒で覚えてしまって、名付けの改めはできませんね」


 何を思っているのか、鎧馬よりも向こう側、遠くを眺めながら、最後の肉団子を口に放り込んだ。


 ※ ※ ※ ※


 西に傾く陽光が夜の(とばり)を呼ぶころ、一行は目的の村に到着し、借り切りにしている宿に直行した。

 治療院の視察とギルド職員たちとの会談は、翌日の午前の予定で、昼食後の出立となる。


 宿の食堂で、ルークと騎士たちは村の料理で腹を満たしたが、クロードの指示でそのまま待機していた。

 今夜は村での宿泊、野営とは違い夜番も少ないので、非番の者は二杯までのエールを解禁されて、ルークの同行を歓迎しながら飲んでいたが、さほど待たずに、個室でエルーシアと夕食をとっていたクロードが食堂にやってきた。


「国境の街までは新たな補充はせず、この人数で遠征を続けると決まりました。皆、数日ですが頼みますよ。ルークも頼りにしています。それと、補充隊員の二人とルークに、クルルを紹介することにしました。ですが、その前に伝えておくことがあります」


 クロードから続く言葉は、驚かず、大声を出さないよう気を張り、決して攻撃しないようにとの注意――正規隊員の皆がにやりと笑い、補充隊員とルークに注目する。

 ルークの向かいで、このよく分からない雰囲気に、ロズは不安そうな顔をまわりの騎士たちに見せた。


「何なんですか?」

「何なんだろうな」


 ロズの隣の騎士はいたずらっ子のように口角を上げて肩を軽く叩く。もう一人の補充隊員は、別のテーブルで強張(こわば)った顔をしている。

 奇妙な大男の素性を知ることができるのかと、ルークはクルルの行動を思い返した。相棒を手懐け、雪山桃に興奮し、神子に付き従う仮面の大男――なぜか胸もとがちりりと刺激され、そこで拳を握る。


 エルーシアがクルルと一緒に食堂に現れると、クロードは念を押すように騎士たちを見まわす。

 クルルを紹介しますと告げ、エルーシアが真っ黒な仮面に手をかけたとき、マントがふわりと落ちた。が、そこには誰もいない――仮面とマントを残し、大男は皆の前から姿を消した。


 多くの者がぼう然とする中、小さな音を響かせる何かがテーブルを駆け、ルークの目の前にある酒のつまみの皿に駆け寄った。黄褐色(おうかっしょく)の毛に覆われた小さな生き物で、ふさふさの尻尾は、先に向かって鮮やかな紅色へと変わっている。

 エルーシアは仮面を手に、視線を小さな生き物に向けて説明する。


「私の使い魔です。クルルは紅栗鼠(べにりす)の使い魔なんです」


 知らなかった三人はもちろんだが、クルルの素性を知っているはずの騎士の中にも、目を見開く者がいる。

 手のひらサイズのクルルを見るのは初めてのようだ。だが言いつけを守り、誰も声を発しない。


「ダメ。それは塩がついてるからダメよ」


 クルルが皿にあるナッツに前脚を伸ばし、エルーシアが注意するとピルピル鳴いて側に戻り、手のひらサイズから大男サイズへと、その身を容易に変えた。


「「「!」」」


 二メートル近い栗鼠。耳がある分、さらに大きく見える――魔物でないのは(ひたい)を見れば一目瞭然だが、驚いて大声をあげるのも、攻撃したくなるのも納得の風貌で、皆が声を殺すためにか、息をのんだ。

 床に落ちたマントをクロードが拾って渡すと、爪を器用に使って羽織(はお)り、エルーシアは隣から見上げて落ち込んだ様子がないのを確認したあと、補充隊員やルークに顔を向けた。


「人の言葉は話せませんが理解はしているので、動作を真似(まね)たり、鳴き声でやり取りして意思の疎通(コミュニケーション)は可能です。傷つきやすい性格なので気をつけ――」


 エルーシアが説明をしているとピルルル鳴いて言葉を(さえぎ)り、マントから出たままの尻尾をふるふる揺らした。

 大きな体で、小さな生き物と同じ仕草をするのが気になったのか、ロズが恐る恐る質問をする。


「今のは、よろしく……とか、でしょうか?」

「そうだと思います、嬉しいときに尻尾が揺れます。ですが人見知りするので、馴れないうちは気軽に触れないようにしてください」


 エルーシアの説明では足りないと判断したか、クロードは遠くを眺めながら、食堂にいる皆に補足する。


「警戒しているときはキュルキュル鳴いて、怒っているときは……クルルと鳴きます。気をつけてください」


 ルークは、昼食時のクロードのため息の、本当の理由を知った気がした。


設定小話

クルルが雪山桃1個で満足したのは、手のひらサイズで食べていたからです


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