第十二片 『国王』
通りを歩いていると、周りを行きかう人々や店の人に何度か声をかけられた。皆着物を着ている。
「ハクちゃん、元気?」
「はい、元気ですよ! 今度お野菜買いに行きますね、おばさん」
「ハクちゃん、いい魚が手に入ったんだけど、どうだい?」
「あ~、じゃあ明日買います、おじさん!」
「ハクっ」「ハクちゃん」「よう、ハクちゃん」「ハクお姉ちゃん」「ワンッ」
……最後のはまあ置いておくとして。
「お前って、この町の人気者なのか?」
「ハクは王都のアイドルってとこだな」
何故か本人ではなく、蓮が胸を張って答えた。
ユキはその答えが不服なのか、蓮に抗議している。
「ほう、そうなのか」
「冬さんまで! 誤解ですよ!」
誤解と言われても、あの反応からしたらアイドルという説明がしっくりくるのだから仕方ない。
なんてことを言っているうちに、城門前まで来ていた。高さが三メートル超はあろうという両開きの木の門の双方に、門番が棍棒を持って立っている。
傘を頭にかぶって甲冑を身にまとっている。まるで足軽のようだな。
ユキが片方に近づいて行って何かを話すと、門番はすっと左に避けた。門番の後ろには、人一人がようやく入れるかどうかというほどの小さな扉が取り付けられていた。
そこを開き、中へと入っていくユキ。続く蓮。
「さあ、冬さんも早く」
ユキに急かされて、俺も屈んでそこを通った。俺が通ったことを確認したのか、門番は扉を静かに閉めた。
城の敷地に入ると、ユキは「このまま国王様に会いましょう」と軽く言ってのけた。
「そんなに軽く行っていいもんなのか?」と聞くと、「これが本来の目的ですから。王の方は待ちくたびれてるくらいだと思いますよ」と返された。
玄関らしきところで靴を脱ぎ、今度は城の廊下を歩いていく。
途中、白髪オールバックの剣士に睨みを利かされたが、俺が最後尾のため、誰もそのことに気付いていなかった。
階段をいくつか上がり一分ほど歩くと、槍を携えた兵士が両脇に立っている木の引き戸の前に来た。
おそらくは、この先に国王様がいるんだろう。
ユキが片方に話を付けると、そいつが引き戸の奥へと言葉を放った。
「国王様、来ました」
「……通せ」
向こうから、男の声がする。ユキが俺の方に向いて、一度頷いた。俺も首肯する。
行く、ってことだな。
「……開けてください」
ユキの声に兵士たちが反応し、引き戸を完全に開け放った。
外から射しこまれる陽光に、広い部屋にしきつめられた幾枚もの畳が照らされている。
その部屋の最奥。緑の長羽織が印象的な男が、一段高くなった畳の上で、肘掛けに右腕を乗せて鎮座していた。
「待っていたよ。君が冬君だね」
低くて聞きやすい声。短めの、緑がかった黒髪は自然と後ろになびいている。
微笑むと、ほうれい線が濃くなった。
「さあ、中に入ってくるといい」
「は、はい」
返事を求められている気がして、恐れながら応える。
「そう緊張するな。もう少し気楽にしていいよ」
「そうだぞ冬。そんなガッチガチじゃダメダメだ」
……なぜ今日会ったばかりのお前にそんなことを馴れ馴れしく言われないといけないんだ。しかし、肩に力が入りすぎていることも事実。
「……ふう」
一度息を吐く。深く吸い込み、もう一度吐く。
「さあ、座り給え」
「はい」
左からユキ、俺、蓮の順で並び正座する。
「さて。それじゃあ、話をしよう」