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泡沫の天  作者: 桜音袮
10/11

第九 沈む真紅

「――――――!!!」

突如、視界が横転した。

さすがに後ろから刺されるのはごめんだと思って慌てて起き上がる。

視界に広がった背中に亜葵は息をのんだ。

右肩を庇うように手で押さえて立つのは・・・・・零央。

「零央、お前・・・っ」

麻痺薬の解毒剤は飲ませたが、血が止まっていない。

血相を変えて怒鳴りつけようとした亜葵は、零央から広がる剣呑な気配にそっと口をつぐんだ。

零央は先ほど蹴り飛ばした葉景が起き上がるのを見ながら憎々しげに唸る。

「その薄汚い手で亜葵に触んな・・・・!!」

「え」

亜葵は虚をつかれて目を瞬いた。

服についた土を払っていた葉景も驚きを顔に浮かべる。

葉景はまじまじと零央を見ると、ぽつりと呟いた。

「零央、お前、・・・・・そっちのケがあるのか?」

「はあ!?」

零央の殺気がぶわりと膨れ上がる。

燃え上がる瞳にさすがの葉景も一歩足を退いた。

「ふざ、けんな・・・!」

零央は右肩から手を離すと背中に伸ばした。

重い音をたてて大剣が引き抜かれる。

零央は片手に大剣を持ち、驚くほど身軽に駆けた。

まっすぐ葉景に振り下ろす。

零央の上からの一撃は受け止めた葉景の剣をいとも簡単に叩き折った。

「!」

葉景が強い驚きの色を目に浮かべ、大きく飛び退いた。

「・・・・・零央!」

葉景を追い詰めようとする零央を制す。

「何だ?」

零央は苛立つように亜葵を見た。

「・・・何か・・・」

亜葵は周りを見渡した。

「・・・よく分かったな」

零央と亜葵は勢いよく葉景を振り返った。

葉景は笑みを浮かべていた。

「そろそろ、出払っていた“処刑人”たちが帰ってくる時間だ」

言葉が終わらないうちに、人影があらわれる。

十人ほどの“処刑人”。

零央、亜葵、翔和をのぞく全員がそこにそろっていた。

零央と亜葵を囲むように並ぶ。

葉景の笑みから、ふたりに向けられた武器を見ないでも状況は把握できた。

全員、葉景の手駒だ。

零央は舌打ちをした。

「いつの間に・・・っ」

葉景が凪いだ声で言葉をつむぐ。

「もう一度聞こう、亜葵。零央も。私と一緒に王を討たないか?そうしたらオッドアイは解放されるぞ。私にオッドアイを殺人者にする趣味はない」

「・・・・・」

零央は無言で大剣を構えなおした。亜葵も短剣の柄を握りなおす。

葉景が嘆息する。

「・・・残念だ」

次の瞬間、ふたりに降り注いだ短剣を零央の一薙ぎがはじきかえした。

近距離戦には無類の強さを誇る零央の射程内にわざわざ入る義務はないというわけか。

しかし、これでは剣を不得手とする亜葵が危ない。

「てめぇら・・・!」

零央の燃え上がる双眸に射抜かれた“処刑人”は怯えたように肩を震わしたが、それでも二投目を投げるために構えた。

零央の怒りが頂点に達するのが亜葵には予想できた。

肩をすくめる。

どことなく傍観の構えを見せた亜葵の耳に、聞きなれた声がすべりこむ。

「おお、怖い怖い。零央様、相変わらずだね」

零央と亜葵ははじかれるように振り返った。瞬時に構えるふたりに向かって、声の主は両手をあげてみせた。

「あ、あたし、こっち側だから」

そういって器用に片目をつぶって見せたのは“血瞳”紅一点、序列三位の(なぎ)()である。

「凪叉・・・」

「あ、やだな。役立たずとか言わないでよ、亜葵様?ちゃんと・・・」

風を切る音が聞こえた。

「・・・やれるからさ」

ほら、と指さす先を見ると、

「凪叉・・・お前!」

葉景が右目の眼帯をおさえていた。眼帯の紐を投げた短剣で切ったようだった。

「ふふ。翔和に飛び具を教えたのはあたしだからね」

「裏切ったのか・・・!」

凪叉が薄い唇をめくるように皮肉気な笑みを浮かべた。

「やだなあ、もともとそっち側じゃないよ、葉景様」

葉景の手がゆっくりと眼帯を離れる。

―――()()()()()()()

「・・・・!」

零央が息をのむ。亜葵も信じられない思いでそれを見た。

左――翡翠色。

右――深緋色。

まぎれもない、オッドアイ。

零央と亜葵は愕然とした。葉景についてきた“処刑人”たちも知らなかったらしく、円を描くように動揺が広まっていく。

「まさか・・・・!」

凪叉がふん、と鼻を鳴らし、一歩前に踏み出した。

「さあ、葉景様。あたしたちと同じオッドアイのくせにあたしたちを騙した理由を教えてよ。間近でオッドアイを見ていたから苦しみが分かる、私にはオッドアイを解放する力がある、だから共に来い――そんな嘘くさい話を真面目に語った理由は?」

凪叉はこれ以上馬鹿らしいことはない、というように葉景を嘲笑する。

葉景は黙したまますっと腕をあげた。

「・・・っ凪叉!」

零央の慌てた声に首をかしげ、凪叉はふわりと舞うように右にずれた。

「・・・大丈夫だよ、零央様。()()()()()()()()()()

凪叉は得意げに笑うと、葉景を見据えた。

「残念だけど、葉景様、あたしに飛び具は無理だよ」

葉景は不可思議な者でも見たかのような表情を顔に浮かべ、ついで微笑んだ。

凪叉が驚いたように声を詰まらせる。

「な・・・に、笑ってんのさ」

葉景は可笑しそうにくつくつとひとしきり笑い、少年のように澄んだ瞳を向けた。

「その心意気に免じて、私の本当の目的を教えてあげよう」

眼帯をおさえる癖は眼帯が取れてもなくならなかったのか、葉景はそっと右目に手をやった。

「私の本当の目的は、オッドアイの解放でも国家転覆でもなく、・・・お伽噺の馬鹿な王の血を根絶やしにすることだ」

「・・・・・・・は?」

零央と亜葵と凪叉は呆けた。

「え・・・ちょっ、待って・・・え」

凪叉が動揺を全面に出す。

「お伽噺の王の・・・血?」

「お伽噺はお伽噺です。今の王は関係ないはずだ」

「冷静だな、亜葵。だが、」

葉景は憐れむような視線を三人に向けた。

「まぎれもない事実だ。お伽噺は実話」

「な・・・なにを根拠にそんな話が出てくんの?」

凪叉が弱々しく食って掛かる。

葉景は一瞬、凄絶な憎しみの色を瞳に浮かべた。

憎しみ、怒り、悲しみ、慟哭、怨恨。

その激しさに凪叉が立ちすくむ。

「・・・何故なら、死刑になった“罪人”は、私の父だからだ」

「!」

息を呑んだのは誰だったか。


 『ある日、王様の前に、ひとりの罪人が連れてこられます』

 『その罪人は、左目が若草色で、右目が燃えるような赤色でした』

 『罪人はまもなく、死刑になりました』


葉景の双眸が苛烈さを増す。口調がぞんざいなものに変わる。

「父が王に進言しなければ、愚かな王はその呆れるほど狭い視界でしか世界を見ることができず、オッドアイの子供は救われなかった。父の犠牲は尊い。なのに、あのお伽噺は何だ?オッドアイの子供を称えあげ、世界を知った王を誉めている。私から言わせれば、あの王など所詮父に会わなければ愚王のままで世界を見ようともしなかっただろう。父は殺された、あの愚かな王に!真実を見ようともしなかった王に!父はオッドアイを救うために犠牲になった。けれどお伽噺はさも王がオッドアイに手を差し伸べたかのように書かれている。結局父の犠牲は忘れ去られる。そんな犠牲になんの意味がある?父はいらない犠牲だった」

葉景は零央と亜葵を見た。

「お前たちが愛した彼女も、いらない犠牲だったとは思わないか?」

「!」

「あの女、樹理の従妹だったか?従妹同士でいらない犠牲となったわけか。哀れだな。樹理という犠牲によってあの女が“血瞳”の真実を知り、あの女の犠牲によって“血瞳”は終わりを迎えた。昔も今も、犠牲によって歴史は動く。だが、その犠牲は人々の記憶から消えてなくなる。いらない犠牲は、人々の記憶にも必要とされない」

零央よりも深く濃い緋色が苛立たしげに宙をさまよう。

「・・・どうせなら、最初の犠牲を作った王の血ごと、すべて消したらいいと思った」

葉景はふっと息をつくと、目を伏せた。

次に目をあげたときは、葉景の顔にはいつもの笑みが浮かんでいた。

「お前たちも大切な人が犠牲となり、歴史を動かした。その尊い犠牲を、愚かな人々は記憶から消し去る。腹立たしいと思うだろう」

葉景の声が低くなり、軽やかさと甘やかさがふわりと寄り添う。

「零央、亜葵。最後にもう一度聞く。私と一緒に王を討たないか?犠牲者の関係者が王を討つことで、犠牲者は人々の記憶に刻まれる」

零央は目をそっと伏せた。

「零央」

亜葵は零央の握られた拳にそっと手をかぶせた。

零央が拳をそっと開いて、亜葵の手を二度叩く。

零央はまっすぐ葉景を見つめた。

「・・・あんたの言う通りかもな」

葉景が目を瞬き、笑みを深くした。

「ならば・・・」

零央の手が亜葵の手に触れる。亜葵の肩に力が入った。

「けど、あんたにはついていかない」

葉景の顔から笑みが消える。

「美天はそんなこと望んでいない。そして、俺たちは美天の望みにしか従わない」

亜葵が横で賛同するように小さく頷いた。

「・・・美天の望みは、俺たちが解放されることだ。“血瞳”から、」

零央が右足を後ろにずらす。

「――あんたから!」

「凪叉!」

亜葵は叫んだ。凪叉が戸惑いながらも滑らかに腕を交差させる。

放たれたのは三本、両肩を狙った二本は見事に突き刺さるも、心臓を狙った一本ははじかれる。

「亜葵」

葉景が眉根を寄せながらそれを抜くのを見ながら、零央が細長い剣を背中から抜いて亜葵に渡した。

「亜葵、これでも振り回しとけ」

葉景が冷然とした声で命じる。

「・・・やれ」

零央は大剣を片手に構えると、近くの“処刑人”が固まる場所へ大きく踏み込んだ。

一薙ぎでまず二人を峰で打ち、昏倒させる。

凪叉が長針で的確に零央を援護しながら、飛んでくる武器を手当たり次第に地へ落とす。

「零央様・・・っ」

零央と葉景を見比べ迷うように足を鈍らせた“処刑人”に無感動な視線を向け、零央は峰で殴る。

「命までは奪わない。感謝しろ」

殴るより刺す方が後々楽なのだが、葉景の絶対的な力に屈した“処刑人”には憐憫のような感情しかないので、とりあえずひとまとめに殴りまくる。

亜葵と凪叉の唖然としたような視線は無視した。

「・・・・・・」

凪叉の長針の麻痺薬に倒れ伏した“処刑人”と、零央の大剣で殴り倒された“処刑人”。

三人をのぞく“処刑人”全員があっけなく倒れた。

亜葵は別な意味で顔をひきつらせた。

(こんなに弱かったっけ、“血瞳”)

序列一位、二位、三位とその他との間に圧倒的な差があるのは明らかだった。

自分についてきた“処刑人”が地に伏しているのを見ても平然と構える葉景に零央は切っ先を向けた。

葉景が嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。音もなく剣が抜かれ、逆手に構えられる。

大きく湾曲し、切っ先の幅が根元よりさらに太い曲刀を体の前で構え、葉景は子供のように笑んだ。

その表情が瞬く間に豹変する。

「・・・楽しませろよ?零央」

「調子に乗るな!」

高く澄み、それでいて耳障りな金属音が響いた。二人とも大振りな剣を軽々と扱い打ち合っている。

亜葵は唇を噛んだ。

「・・・凪叉」

「ん?」

「そこらへんに転がっている“処刑人”起こして、今のうちに遠い所へ。きっと彼らには葉景様についていく意思はもうない」

「・・・逃げろってこと?」

「そう」

凪叉は黙り込んだ。探るように零央と葉景の打ち合いを見る。

それから、亜葵の深刻な表情を見た。

一拍おいて破顔する。

「いーよ。足手まといは早々に退散しとかなくちゃね」

「ごめん、凪叉」

「別に、自分の実力は分かってるからへーき。それより亜葵様、ちゃんと零央様を援護してよね」

「ああ」

「じゃ、ここらでさよなら。大丈夫、飛び具が得意なやつは逃げ足が速いんだよ」

亜葵は苦笑した。

「凪叉、・・・・・さっきは有難う、助かった」

凪叉が口端を吊り上げる。そして軽く頭をさげるとさっと身をひるがえして“処刑人”をまとめ始めた。

起きない者は手荒に引きずって、すぐに十数人の“処刑人”たちの姿は消えた。

亜葵は視線を二人に戻す。そして、目を細めた。

(零央が押され始めてる・・・か?)

今すぐに助けに行きたいが、亜葵の剣の腕では助勢どころか零央の重荷になるだけだろう。

(くそ)

悔しさに、歯噛みする。

そんな亜葵の気配を感じ取り、零央は叫んだ。

「亜葵、そのままでいろ!」

首に迫る切っ先をしゃがんで避け、腰を落として回し蹴りを叩きこむ。

踏ん張っているようには見えない葉景の足は、それでも多少ぐらつくだけだった。

「ちっ」

汗が目に入り、視界がぼやける。

「・・・ぐ・・・」

零央の腹に強烈な蹴りが叩き込まれた。

思わずたたらを踏む。服に深い切れ込みが入った。

(靴底に隠し刃か)

次に迫ってくるだろう切っ先を見極めようと零央は目をこらした。

「―――っ・・・ぐぁ・・・!」

刹那、視界が真っ白に染まり、脳天を突き抜けるような衝撃が襲う。

満足な受け身もとれず、零央の体は地面に叩きつけられる。

一瞬、息が詰まった。

零央は喘ぐように口を開くと、葉景を睨み付ける。

「・・・陰湿だな」

血が止まりかけていた肩に、葉景の剣が再度埋まっていた。

切っ先の幅は太く、傷口が押し広げられる痛みに零央は顔をしかめた。

葉景は片頬だけで笑うと、剣に力をこめる。

「一瞬だけで逝かせるのはつまらない」

「・・・・・っつ」

零央はかろうじて叫びをこらえると、顔をゆがめた。

(本格的にやばい)

いったい何本の剣を腰に差しているんだと零央は忌々しく思ったが、葉景は今度は切っ先が薄く鋭く尖った細身の剣を抜き、零央の顎をすくうように押し当てる。

「・・・きれいな目だな、零央」

どこか恍惚とした表情で微笑む。

「オッドアイは美しい。人ならざる者の、美しさ」

鋭い切っ先が喉に食い込む。

「美しく散れ。お前の目のように、緋色に染め上げてやる」

葉景の目が輝きを帯びる。零央の肩に刺さったままの剣に、体重がかかる。

「―――――!!!」

零央が声にならない絶叫をあげた。

葉景は満足そうに笑う。

「・・・・ぐ・・ぁ・・・」

「零央!!!」

喘鳴を繰り返す零央の姿に、亜葵の瞳が憎しみに染まる。

「葉景・・・・お前!」

「お前に何ができる、亜葵?お前は無力、お前は非力。お前は結局ここから逃げるだろう、零央を捨てて。()()()()()()()()()()()()()!」

「!」

亜葵の目が凍った。緩慢に零央へ向けられる。

零央は喘ぎながら亜葵を見つめた。

「聞くな・・・聞くな亜葵!自我を保て!」

「臆病者のお前は、最期まで自己保身に走るだろう」

「うるさい!」

零央が怒鳴る。また痛みが走り、その顔が苦痛にゆがむ。

「亜葵、よく聞け。・・・お前、逃げろ」

亜葵はゆっくり目を見開いた。

「お前だけでも、逃げろ。美天の願いをかなえるんだ」

亜葵は長い時間をかけて、瞬いた。

凍り付いていた瞳が和らぎ、唇に苦笑が浮かぶ。

「亜葵・・・?」

亜葵の変化に零央が怪訝な顔をする。

「・・・零央、俺がお前にひとりで逃げろって言ったとき、お前、こんな気持ちだったのか?」

「は?」

「悪いが、あのときのお前と全く同じ気持ちだ。・・・ふざけるな」

「!」

「ひとりで逃げて美天に申し開きができるか」

「亜葵・・・」

「お前、俺に美天に殴られろって言ってるの?」

「・・・悪い」

「はい、よくできました」

葉景が零央の肩から一息に剣を抜く。零央が呻いた。

「とんだ茶番だ、亜葵。興がさめた」

「黙れ」

亜葵の双眸が苛烈に輝いた。

「ずいぶんと零央をいたぶってくれたじゃないか」

「・・・・お前たち、そろってあっちのケでもあるのか、本当に」

亜葵が無言で葉景を睨み据える。

葉景はなだめるように微笑んだ。

「どうする気だ、亜葵。お前は剣では私に勝てない」

「だったら、」

亜葵は懐に手を突っ込んだ。

「俺は俺の戦い方をするだけだ」

亜葵は手に当たったものを片っ端から葉景に投げつけた。

葉景が余裕の表情でそれを迎えうつ。

「・・・!?」

その表情が掻き消える。代わりに憎々しげな表情が浮かんだ。

「亜葵、貴様・・・」

「びしょ濡れだね、残念」

「姑息な手を・・・!」

「姑息?俺はただ毒薬入りの瓶を投げただけ。それを自分の頭上でことごとく剣で叩き割ったのはあんただろ。自業自得だ」

亜葵の人を食った答えに葉景の瞳が燃え上がった。

地を蹴り、丸腰の亜葵に襲い掛かる。

「お前が先だ、亜葵!」

「亜葵!!」

憤怒をたぎらせた葉景と焦ったような零央の叫びが重なる。

零央は動けない。

亜葵はとっさに地面に転がると、散乱していた短剣を二本拾い葉景の剣を受け止めた。

重い一撃を亜葵の腕は支えきれず、じりじりと切っ先が迫ってくる。払わなかった零央の血糊が、亜葵の顔にぽたりと落ちた。

葉景に薬が効くまで、もたない。

冷や汗を浮かべた亜葵を、葉景は嘲笑うように見下ろした。

「・・・遊びは終わりだ」

そう言って、ちらりと、肩を押さえてうずくまり苦しそうにこちらを見る零央に視線を向ける。

「お前の仲間ももう諦めただろう」

葉景が軽く剣を左右に振ると、亜葵が握っていた短剣は簡単に向こうへはじかれた。

腹にぐっと足が乗せられ、動きが封じられる。肉が切れる感覚がした。

「・・・隠し刃か」

亜葵は吐き捨てた。

靴がのめりこみ、息がつまる。

それでも睨みあげた亜葵に、葉景は笑ってみせた。

いささかも曇りのない、無邪気な笑み。

人間の感情がすべて欠落した、残忍な屈託のない殺人者。

剣が、振り下ろされる。

視界が、真っ赤に染まった。

零央が、亜葵の名前を叫ぶ―――。

「亜葵――!!!!」

太陽が沈む。燃え尽きる。

視界が、真っ赤に染まった。


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