1 じいちゃんが死んだ
ドタドタ。おふくろが俺の聖地に勝手に足を踏み入れてくる。文句を言おうとしたら、おふくろの方が早かった。
「勘太、おじいちゃんが死んだって。すぐに行くから、早く支度しなさい。」
おじいちゃん?いま生きてるじいちゃん、ばあちゃんはひとりきりだ。ひとりきりだったじいちゃんが
「死んだー。」
ドタドタ。俺は階段を、駆け降りる。
「母さん、じいちゃんが死んだ~。」
「そうよ。お父さんは仕事の調整してから後でくるわ。喪服も持って行くのよ。長くなるかもしれないから、そのつもりでね。」
「えっ、俺も。」
「当たり前でしょ。お母さんは49日が終わるまであっちかもね。」
「そんなに!!」
「なんかねえ、遺言書を制作してたみたいなのよ。」
「じいちゃん、金持ちだったの。あんな山奥で。」
「知らないわよ。あそこに移ったのは、まだ最近だったから。飛行機、予約しないと。ああ~、もう、いつもあの人は突然何かするんだから。死ぬ時は突然じゃなくていいでしょうに。やっぱり、今年帰って顔を見とけばよかった。…グズ……。グズ……。」
母さんは鼻をグズグズしながら、忙しく荷物やら、どっかに電話をかけている。幸い、仕事は先月辞めていて、今は自由に動ける。
「あっ、俺もバイト先に連絡しないと。」
俺は日吉勘太。大学は卒業したものの、そのまま就職したものの、長く続かなかった。仕事が嫌というわけでも、同僚にいじめられたわけでもない。なんとなく、これじゃないなんて思ったら、仕事をやめていた。それからは、バイトで食いつないでいる。だから、決して、引きこもりではない。
兄貴がいるが、兄貴は順調に大学を卒業して、無難な会社に就職して、職場結婚をして、子供もいて、平凡な人生まっしぐらだ。
「あっ、兄貴は?」
「あの子も仕事の都合を付けて、葬儀には間に合うようにするそうよ。でも奥さんと子供達は小さいから、無理に参列しなくていいと伝えたわ。」
兄貴の子は2人目が、まだ一歳の誕生日も迎えていない。当然か。
「俺は父さん達と帰って来ていいんだよね。」
「何言ってるのよ。あんたは母さんの運転手よ。」
「はあ。」
「おじいちゃんちは車がないと生活できない場所でしょ。お母さんは免許を持ってないのよ。あっちではおじいちゃんちに泊まるんだから。」
「俺だって仕事が……。」
「コンビニのバイトでしょ。やめたっていくらでもあるわよ。こんな時こそ親孝行しなさい。忙しいんだから、無駄口叩いてないで早く支度して。」
俺の意志は無視だ。最近、あの店長の横暴が目立つようになってきたから、辞めるのにはいい理由だ。
店長に連絡したら、散々嫌味を言われた。仕方ないだろう、遠くの祖父が死んだんだ。他のバイト仲間には悪いが、きっぱり辞めてやった。清々したぜ。
下で、
「勘太、タースーツケースで行ってちょうだい。お父さんと私の礼服も入れてね。あっ、靴とかもよろしくー。」
勝手に親父の靴や自分の靴を持って来るおふくろだ。文句を言おうとしたが、目が真っ赤だ。言うのをやめた。そうだよ、母さんは実の父親が死んだんだ。それも死に目に会えなかったんだ。早く会いたいよな。
俺は黙ってスーツケースに言われたものを詰めた。スーツケースの片方が両親の荷物で埋まった。俺の荷物は、スマホの充電器・着替え三着・礼服一式・暇つぶしのゲーム機だ。タブレットも入れた。あとは通帳も。大して入っていないが、コンビニの給料はちゃんと記帳しないとだ。
スーツケースの半分も埋まっていない。だからパジャマとか適当に放り込んだ。
「勘太、タクシー来たわよ。」
スーツケースを閉めたタイミングで、おふくろの声が聞えた。
タクシーに乗って、しばらくして思い出した。
「俺、歯ブラシ忘れた。」
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