第二話 孤独な領主様
第二話
「ぜんっぜん聞いてた話と違うわ……!?」
品のいい調度品がいくつか置かれた応接間で、私は一人ふかふかのソファに腰掛けていた。
ジルベール家の屋敷について1時間。つい先ほどまで、エリオット様に屋敷を案内してもらっていた。
手入れされた広いバラ園に、シンプルだけれど綺麗に掃除された食堂、そして数えきれない本がある書斎。
カーター家と全然違う。でもそれ以上に驚いたのは、エリオット様の態度だ。
『クラリス嬢はバラが好きだろう? 毎朝持っていくよう使用人に伝えておくよ』
『今夜は君が好きな料理にしようか。いちごのタルトとジビエのローストはどうだろう?』
『君は本が好きだろう? 欲しい本があれば言ってくれ。すぐに取り寄せよう』
手が触れ合いそうなほどの距離で、甘い声でささやかれた言葉の数々。その全てがぴたりと私の好みと一致していた。
なんで初対面なのに、私の好きなもの全部知ってるのかしら? しかも凄く甘やかそうとしてくるのだけれど。あれかしら、凄く年下の妻だから気を遣っているとか? というかそもそも、あの方は本当に当主なのかしら。
驚くことばかり続いたせいで、結局何も聞けていない。聞いていた話だと当主様は40過ぎ。でもエリオット様ではどう見たって若すぎる。
訳がわからないわ。
美しい模様の入ったティーカップを手に取り、中身を一口飲む。ふわりと香るベルガモットと、ほのかな甘みが私のことを癒してくれた。
……紅茶の淹れ方と砂糖の量まで完璧ね。ますます訳がわからないわ。
大きく吐かれた息に重なるように、トントンと控えめに扉がなる。
「クラリス嬢、入ってもいいか?」
「え、あ、はい、どうぞ」
自分の家なのだし、勝手に入ればいいのに。律儀な人ね。
私の返事を聞いた後、ガチャリと扉が開く。入ってきたエリオット様は私を見てわずかに眉根を寄せた。
「お茶を飲んでいる最中にすまないな。口に合っただろうか?」
「えぇ、とても。お砂糖の量もフレーバーもとても気に入りましたわ。実家の屋敷でお茶を入れているメイドを連れてきたのかと錯覚するくらいには」
「それは良かった。君がこの屋敷に来て不便しないよう、色々と準備したかいがあった」
エリオット様は向かいのソファに腰掛け、柔らかな微笑みを浮かべる。
「準備、ですか。私が婚約の話を聞いてからまだ1ヶ月しかたっていないのですが、もしやもっと前から話が出ていたのですか?」
「いいや。ただ、君の話はフェリクス王子から聞いていたからね。元々知っていたことが多かっただけだ」
「フェリクス王子から?」
なんであの元婚約者の名前がここで出てくるのかしら。
私の視線を受けて、エリオット様は肩をすくめる。
「フェリクス王子とは同じクラスだからな。色々話す機会も多い」
「同じクラス……!? 当主様は、私より年を重ねたお子様がいると聞いていたのですが……?」
「40すぎ? あぁ、父のことだな。先日、貴族位を継承したばかりだから、知らないものもまだ多いのだろう」
「えぇ!?」
淑女らしからぬ声が出て、私は咄嗟に口を手で覆った。
爵位を継承するということは、自分より上位の継承者が全員亡くなっているということだ。つまり、エリオット様のお父様とお兄様2人が亡くなられたということだ。それも隣国であるエーディン王国の社交界に話が来ていないほど、直近に。
そうなると先程のエリオット様の態度にも合点がいく。身内を3人も亡くしたばかりの時に舞い込んできた婚約話。きっとエリオット様は『家を再興するために、この結婚を成功させなければならない』と、そう思って準備されていたのだわ。
私は静かに席を立ち、エリオット様の隣に腰掛ける。そしてそのまま彼の右手を両手で包むように優しくとった。
「エリオット様、私にできることがあればなんでも言ってくださいませ。カーター家では自領の財政や貿易にも携わっておりました。微力ですが、きっとお役に立てると思います」
彼の冷たい手をぎゅっと握り、美しい濃紺の瞳を覗き込む。悲しそうに揺れるその瞳に、胸がぎゅっと締め付けられた。
「私にお任せください、エリオット様」
エリオット様はしばしぽかんと口を開けた後、ふわりと、口元を綻ばせた。
「……あぁ、ありがとう、クラリス。君が俺の婚約者になってくれて本当に良かった」
その眼差しは、もう揺れてはいなかった。
彼は満足そうな笑みを浮かべ、そっと私の頬に左手を置く。
「これから末長く、共にこの領土を守ってくれ」
酷く甘く、熱を帯びたエリオット様の声が、二人だけの応接間にじわりと溶けていった。




