♪19楽章 全国大会の夜と永遠の別れ
全国大会の前日。秀麟は希良凛を呼び出し、告白することができた。
「希良凛先輩、僕と…付き合ってください!」
「…わ、私…好きって感情が分からないの。でも良いなら……」
秀麟は希良凛を恋人にすることができた。
その翌日。全国大会での審査発表の直後だった。
突如、瑠璃と雄成と澪子が、茂華へと帰ると言う。それはまさに青天の霹靂。
希良凛たちが戸惑う間にも、瑠璃は雄成たちに連れられて、タクシーで去ってしまう。
「瑠璃先輩…」
希良凜は不安そうに、そのタクシーを見送った。
「大丈夫です。きっと…」
そんな彼女の手を、秀麟は強く握った。
「…うん」
先輩がいなくなって不安、希良凛は秀麟の手を、強く握り返していた。
3年生も、不安の絶頂だった。
「瑠璃…、矢野、澪子ちゃん…」
凪咲が3人の心中を想像する。『あの時』みたいに胸が押しつぶされそうだ。
「…凪咲ちゃん」
美心乃は優しく肩に手を置く。
「…うん」
『はーい!』
そんな部員たちへ笠松は声を掛ける。
「はい!ホテルに帰りますよ!」
しかし部員はまとめ上げられない。皆、雄成の母の余命を知っているからだ。
「鈴衛さん」
そんな笠松がひとりの少女へ声をかける。
「はい!」
それは鈴衛音織。吹部の副部長だ。
「…矢野くんの代わりに、指示をお願いしたいの。いい?」
「お任せください」
それから音織の動きは早かった。一斉に点呼を取り、バスへと部員を詰め込んでいく。
「詳しい話しは、先生がバスの中でするから、早く皆は乗って!」
「は、はい…」
音織は強い声で、部員たちをまとめ上げる。
「…鈴衛さん」
凪咲もバスの中へ入った部員へのケアをする。まずは不安そうな部員たちを、安心させなければならない。
「…鈴衛先輩!何かお手伝いは?」
すると1年生の中畑みるくが話し掛ける。彼女は最後までバスへの乗車を待っていた。
「みるくちゃん…、ありがとう。でも、今はバスに乗ってくれる?」
「はい!」
こうして全員をバスへと乗り込ませた。
結局、部員たちだが全員が極度の疲労で、眠り込んでしまったようだ。
(…まったくっ)
本来、バスの中で寝るということは、あってはならない事だが、今日ばかりは笠松も目を瞑った。
全国大会会場から、バスで20分ほど走らせれば、ホテルに到着した。
「全員いますね?ホテルに入ったら、このあとについて話すので、ロビーで人の邪魔にならない所に集合してください」
『はい!』
笠松の声に、皆が返事をする。
そして各々、部屋で荷物を下ろした。
「やばい、寝てしまいました…」
「ホント。今日はよく眠れるかと思ったのに…、今寝ちゃったから台無し」
秀麟と希良凛は、完全に目が覚めてしまったようだ。
お互いに違う部屋に入り、ふたりきりでロビーへと向かう。ロビーは数人の宿泊客がいたが、笠松に指示された列に並ばされる。
数分もしないうちに、部員全員が列へ並んだ。
「はい。今日は夕飯が終わったら、自由行動とします。でも10時には消灯です」
『はい!!』
やったぁ、何人かが『自由行動』と聞いて、テンションが上がっている。先ほど、バスで寝たからか、皆の元気も元に戻っていた。
「あー、食った食ったーっ」
「良かったですね…」
希良凛と秀麟は夕食の直後、ホテルの中庭を歩いていた。ここは昨日、秀麟が希良凛に告白した場所だ。
「やっぱり、この噴水、すごく綺麗ですよね?」
「うん。すごく」
秀麟は希良凛の横顔を見る。瞳は光に煌めいていた。やはり可愛らしくて仕方ない。
「…まさか、昨日は告白される…だなんて思わなかったなぁ」
「そ、そうなんだ…」
希良凛の突然の言葉に、秀麟は少し戸惑った。瑠璃の助言ありきだったが、成功して良かったな、と思っている。
「…瑠璃先輩、大丈夫かな?」
しばらく綺麗な景色を歩いていると、希良凛が不安そうに言った。
「…瑠璃お姉さん…、矢野部長に連れられましたもんね…」
「でも、分かる気がする。先輩がいなきゃ、誰も全国を本気で目指さなかったし…」
そうだ。希良凛の言う通りだ。最初、本当は雄成のワガママと思ったに違いない。それでも、皆は団結して目指した。
その結果、歴の強豪である神平中学校を打ち破り、全国大会へ…ここへ来ることができたのだ。秀麟も全国を目指さなければ、きっと希良凛と今こうして、ここにいる、なんてことは無かっただろう。
「そうですね…」
秀麟もそれをただ噛み締めた。
その時だった。
「あ、希良凛ー!もしかして…末次くんが彼氏!?」
「あ、桜!そうだよー」
希良凛は、親友の蓮巳桜へと歩み寄る。邪魔を怒らないのは優しすぎか。
「…なーるほど。後輩かぁ。なら、占いしてあげる」
「えぇー…」
希良凛は嫌そうな…というより、興味有りげな反応だった。桜の占いに付き合うか、秀麟には、そう思うだけの余裕があった。
「…はい、ここにトランプがあります」
桜は常に携帯しているトランプを、希良凛と秀麟へと差し出す。
「…スペードとハートしか撒いてません」
そう言って、丸テーブルの上にあるトランプを指さす。
「今回は偶然性で占う『卜』をやってもらいます」
その言葉と同時に、ふたりへ合図をする。
「今からハートの数を付き合える時間、スペードを会えない時間とします。ふたりそれぞれで、適当に奇数枚を引いてください」
「秀麟くん、やってみよ」
「うん!」
ふたりは手当たり次第、トランプを引いてみる。
希良凛は7枚、秀麟は5枚引いた。桜はそれを見て、他のトランプを全てケースへ片付けた。
「…はい!では、お互いのトランプを混ぜてから、ひっくり返してください」
そう言われるがままに、ふたりはトランプを全て表へと返した。
「…おぉ、ハートの方が多い」
「ええ。ならば、ふたりは相性もよく、長く続きやすい、ということですね」
「やったぁ!」
「…ですね」
希良凛と秀麟は、それで喜んでいた。
※ 蓮巳桜は特別な訓練を受けてます。
占いに一区切りがついた時だった。ふたりの女の子が歩み寄ってきた。
「指原さんたち、女子部屋で枕投げやるんだが、来るか?」
それは音織だった。その隣にはみるくもいた。
「行ってきてよ」
秀麟が、希良凛の背中を押す。丁度遊びたかった希良凛は、それを聞いて、桜と共に部屋内へ戻った。
(…ふぅ)
秀麟はトランプの話しを思い出す。ハートとスペードの差は、約1枚であった。占いといえど、少しばかり不安な気持ちになった。
部屋に戻ると、既に何人かの女子が、枕を投げ合っていた。きゃーきゃーと騒いでいるが、部屋の外まで聞こえていない範囲だ。
「あ、希良凛ちゃん!枕投げやろ!」
「海咲、うん!」
希良凛も容赦なく、枕を投げつける。それは空中で弧を描き、海咲の額に墜落した。
「…いってー!よくも!」
「ふふっ!」
希良凛は速攻、しゃがみこんだ。すると枕が頭を掠める。それは真後ろにいた音織へ当たった。
「な!海咲!よかもやってくれたのー!」
「ひッ、鈴衛先輩!?」
こうして、学年関係なく戦争のように、枕投げが始まってしまった。
――この時、瑠璃のことなど、全く希良凛の頭にはなかった…。
枕投げは消灯時間ギリギリまで続いた。笠松が見回りに来る時間には、音織の管理で隠蔽された。
起きたのは、早朝の6時前だった。まだ日の光をたっぷり浴びれない時間だ。
「……はっ!瑠璃先輩…!?」
起きるなり、瑠璃のことが気になった。彼女はリュックへと手を伸ばす。
「…待って…らんない…」
希良凛が、リュックの奥から取り出したもの。それはスマホだった。ずっと電源を切って、隠していたのだ。
彼女はスマホの電源を起動すると、窓際へと移動して電話をかける。一応、出るかなと予想した彼女だが、それはあっさりと当たった。
『…も、もしもし?さっちゃん?』
「あ、瑠璃先輩。朝早くにごめんなさい」
『いいよ。どうしたの?うまくやってる?』
瑠璃の声からは完全に力が抜けていた。
「…はい。えっと……瑠璃先輩の方は?」
希良凛は、やっとの思いで訊ねる。
『雄成のお母さんが……亡くなった…』
すると恐れていた返答が、耳を無慈悲に突き抜けた。
「…そ、そうなんですか」
(…余命が…来ちゃったんだ…)
『うん』
瑠璃の声は優しかった。そして今までにないほど弱かった。すると足踏みのような振動音が聴こえた。
一方の瑠璃は、病院の一室で寝かせてもらっていた。雄成は霊安室に行ったきり、姿が見えていない。
「…雄成のお母さん、すごく…優しそうに話してくれた。最後、雄成に頑張ってって言ってたの」
『…そうなんですね』
スピーカーから聴こえる希良凛の声。それは戸惑いからか、硬いものだった。
「…雄成がトランペットを続けてられたのも…お母さんのお陰だったんだって。きっと…雄成は…お母さんに安心させたかったんだよね…」
すると瑠璃の声が上擦る。肉親だった雄成の方が辛いはずなのに、こちらまで辛くなる。
「……もうひとりでも大丈夫だって…」
「…瑠璃」
その時、不意に後ろから声が聴こえてきた。
「…雄成?」
「瑠璃。本当にありがとう」
雄成は、ただ小さい声でそう言った。彼は先ほどまで、泣いていたのか目元が真っ赤だ。
どれだけ彼は辛いんだろう。そう考えるとまた嗚咽が飛び出しそうだった。
「…最初な、あの最初の…部活動見学で…全員の音を聴いてみたんだ…。そしたら、みんな上手くてな…」
雄成は優しい声で言う。
「…これなら…全国に行ける。やれば…絶対にどんな壁も越えられる…そう思ったんだ」
「…そうだったんだ」
「期待しすぎた結果、君に怒られたが…、それはそれで嬉しかった。それが…未熟な俺を変えてくれたから」
「…雄成」
雄成は最初から、誰よりも早く、全国大会まで出場できる可能性を、見出していたらしい。
「…雄成、これからどうするの?」
「これから?悲しいが何も変わらない。元々…知り合いの家に引き取ってもらってるからな」
「そうじゃないよ。トランペット」
すると雄成は目元に浮かべた涙を流した。
「…続けるさ。プロになるまで、この命が尽きるまでな」
静かにそう言って彼は、寝ている澪子を見つめる。起こさないようにする為なのか、彼は無言で部屋を出た。
それと同時、シャッター越しに、朝の陽光が彼女を差す。
(すごいよ。雄成……)
誰かが悲しみに暮れても、朝は必ず来る。
それは…今、改めて知らされた―――。
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