第20話
日曜日はつばさと千尋の二人っきりの練習になった。
「つーちゃん、昨日はごめんなさい。元木君にも昨日、あやまりの電話をしたから」
千尋はつばさと会うと開口一番に昨日のことを謝った。
意地っ張りの千尋がこんなに素直に謝るということは、流石に悪いことをしたと思ったのだろう。
それに千尋の行動が、元木がもう一度大好きな野球をやる切っ掛けになったのを聞いたつばさは、千尋を責める気を無くしていた。
「元木君は許してくれたんでしょう。昨日、彼に話を聞いたよ」
「うん……」
元気なく答える千尋の背中を、気合いを入れるようにつばさが叩いた。
「もう、元気出してよ。それより、今日はどうする?」
そんなつばさの行動に、千尋は元気を取り戻したように今日の予定を話し始めた。
今日は飛んでいるつばさを、千尋が一緒に飛びながら撮影するというものだった。
チラシだけだとインパクトが低い。千尋のアイデアは、つばさのテクニカルの練習動画を撮影して、そのQRコードをチラシに貼り、アピールすると言うものだった。
昨日から続く元木の一件でもやもやとした気持ちを吹き飛ばすように、つばさはセスナから飛び出すと、眼下に世界が広がる。強烈な風が体を支えてくれるのを感じると、全身を広げて滑空に入り、視界に千尋を捉えた。
ヘルメットにカメラを装着しており、その映像はヘルメット内のモニターで確認できるようになっている。
つばさは事前に千尋と打ち合わせをしたように、まずは上半身を起こしてバク転をした。すると、何の不純のない空が一瞬で流れて、再び地上が見える。とすぐに、全身を水平にして飛行体勢に戻った。
次に頭を少し下げて、風を切り加速すると一気に自分のお腹を見るようにして、前転する。そして、右旋回、左旋回をした後に、一気に急降下しながら身体をねじり、昨日、千尋が元木をビビらせたコークスクリューを行った。
そして、最後に8の字を描くように飛行して見せて、バラシュートを開く。
その様子を千尋は余すことなくカメラに収めながら、ついて来ていた。
「どうだった?」
つばさは、後から着陸した千尋に話しかけた。千尋の指示で飛行していたつばさだが、自分の演技の映像は転送されていないため、カメラにどのように写っているのか気になっていた。
「バッチリよ。映像は家で音楽を付けてプロモーション風に編集しておくわよ」
そして、この日の練習は、つばさの飛行を撮影して終わったのである。
~*~*~
次の日、前日に言ったように千尋が編集した動画のQRコードを印刷した勧誘のチラシを持って、二人は校門に立っていた。
「チラシにはウィングスーツの動画のアドレスがあります。入部に関係なくても結構です。動画見るためだけでも結構なので、チラシを受け取ってください」
結果から言うと、千尋の作戦は上手く当たった。先週に比べてチラシを受け取ってくれる人が断然多くなったのだった。みんな、刺激に飢えている。ちょっとでも面白そうな動画なら見てくれる人は多い。
すると、先週とは打って変わってどんどんチラシを持って行く人々の中に、差し出したチラシを掴んで、じっとつばさを見つめている女の子がいた。長い黒髪はふわりとウェーブを描きつつ腰まで伸びていて、頭の後ろつけられた大きなリボンが前からでも見える。おとなしそうな顔つきなのは、大きな瞳がちょっとたれているからだろうか。それでいてどこか品がある可愛いその子はしばらく、つばさを見ていた。
その様子はチラシに興味があると言うよりも、つばさ自身に興味があるような様子だった。
「どうかした?」
しかし、つばさが首をかしげて声をかけると、女の子は黙って頭を下げると小走りで校舎に入ってしまった。
どこかで見た気がするその姿に気にはなったが、生徒はどんどんやって来て、チラシ配りに没頭してしまった。
そんな中、ある生徒を見てつばさは思わず、声を上げた。
「あ! 元木君」
その声に千尋の肩がビクッと跳ねたのが、つばさは目の端にとらえた。
千尋も元木の事が気になっていたのだろう。
二人とも、元木がまた、逃げてしまうのではないかと心配したのだが、元木はゆっくりとつばさの方に近づいて来た。
「よう、空野、おはよう」
元木がそう言って挨拶をすると、千尋が二人の側にやってきて、その真っ黒なお下げを振り下ろして頭を下げた。
「元木君、この間はごめんなさい」
「飛鳥、おはよう。電話でも言ったけど、その件はもういいよ。俺も色々と、ごめんな」
「元木君……」
元木の言葉に、千尋は恐る恐る頭を上げた。
これで二人のわだかまりは時間と共に薄れるだろうと、つばさは少しホッとする。クラスメイトとして、いつまでもわだかまりを持っているのはつばさの望むところではなかった。
それは千尋も同じ気持ちらしく、晴れ晴れとした顔で、ある疑問を投げかけた。
「ありがとう。でも、元木君、その頭どうしたの?」
見れば元木の頭は坊主頭になっている。昔の野球少年は坊主頭だったって言うのはアニメやドラマで見たことがあったが、今時、そんな人はいない。そのため、千尋は不思議そうな顔をしていた。
「すっきりしただろう。まあ、色々と反省した証だよ。昨日、先輩達も笑っていたけど変かな?」
先輩達が笑っていたってことは、野球部に行ったのだろう。喧嘩をして野球部を辞めたと言っていたので、その時の事を反省していることを示すために、自主的に坊主にしたということで間違いないだろう。そんな気持ちの入った坊主頭を、つばさは好ましく感じる。
「似合っているよ。ボクはそっちの方がすっきりして好きだな。それで、野球部には戻れたの?」
つばさは笑顔で質問すると、元木はニッと笑い、親指を立てた。
「良かったね。もう、喧嘩なんてしないでよ」
「ああ、分かっている。また、喧嘩したら、今度は空野が一緒に飛んで、喝を入れてくれよ。それより、チラシ配るのを手伝うよ」
元木はそう言って、つばさからチラシの一部を受け取ると一緒に配り始めた。
つばさがチラシ配りをし始めて少し離れると、千尋は元木に耳打ちをした。
「つーちゃんが言った『好き』って元木君に対してじゃないから、勘違いしないでね」
千尋は元木に釘を刺すよう言う。すると、元木はその言葉の意味を理解して、なんとなく恥ずかしくなった。
「馬鹿野郎。そんなの分かっているよ。安心しろ、そんな勘違いなんてしないから、そんな事より、チラシ配るぞ」
そう言って元木は自分の顔が火照るのを感じながら、千尋から離れてチラシを配り始めたのだった。




