第21話
そして、二時間目が終わった頃にはチラシの効果はどうやら抜群だったようで、休み時間に動画を見た同級生が続々とつばさと千尋に声をかけてきた。
そして、それは昼休みにピークを迎え、教室の外から遠巻きにつばさたちを見ている人達が出るほどだった。それは同じ中等部だけでなく、高等部の人達も見に来るほどだった。その中に、今朝、つばさをじっと見ていた女の子の姿を見つけた。
なんとなく気になって、つばさが声をかけようと近づこうとすると、その女の子は髪をなびかせながら、背を向けてどこかに行ってしまった。
そして、放課後、チラシの効果を感じながら、期待を持ってつばさたちは入部希望者を待った。
ところが、教室は波が引くように人がいなくなってしまっていた。結局、あれほど集まった人だかりも、ほとんどが、各々、部活見学に行く部活が決まっていたり、すでに入部を決めたりしている子たちだったようだ。
元木も野球部に行き、田所もバレー部に行ってしまった。
結局、先週と同じように、教室はつばさと千尋のふたりっきりになり、不安になったつばさは尋ねた。
「今日は誰か来てくれるよね」
「まあ、やることはやって、みんな興味を持ってくれただろうけど、入部してくれるかは別問題って割り切らないと厳しいわよ。それよりも、他の手も考えましょう」
「他の手って?」
つばさにそんなアイデアが浮かぶわけもなく、千尋に聞き直した。
先週のチラシ配りは、貰ってくれる人が少なかったが、今日は動画が見られるようにして、チラシを受け取ってくれる人は増えた。そのチラシを受け取ってくれた人が入部をしたくなるような工夫。そんな手があるのだろうか? 具体的な手が浮かばないつばさに千尋はひとつの提案をする。
「例えば、元ハンググライダー部の人を勧誘してみるとか。ハンググライダー部に入っていたなら、飛ぶことに抵抗はないと思うのよ。動画を見た人の中で、元ハンググライダー部の人を探して、勧誘したらどうかな?」
「確かに、良い手かも知れないけど、どうやってそんな人を特定するの?」
「後藤先生に言えば、ハンググライダー部を辞めた人くらい分かるでしょう。動画へのアクセスに関しても、どうせ、生徒なら学校支給のタブレットからアクセスしていると思うのよね。だったら、私たちの動画にアクセスしたかどうかなんてすぐ分かるから、そのふたつを合わせれば、簡単に絞り込めるわよ」
そう言って、千尋はつばさにタブレットを見せてくれた。
そこには表ソフトで人の名前と学年、クラス、学生番号、そしてアクセス回数が書かれている。
つばさがそれを見ていると、表の一番下に名前が増えた。
「もしかして、これって?」
「そうよ、あの動画にアクセスした人の情報を自動で表にしているの。あとはハンググライダーを辞めた人がわかれば簡単よ」
千尋の大きな丸眼鏡がキラリと光った。
日曜日に動画を撮ろうと言いだした時から、千尋はこの方法を考えていたのだろう。そうでなければあまりにも準備が良すぎる。それこそ、このソフト自体、動画撮影前から準備していたに違いない。
そこまで、準備が出来ているならば、すぐに桜子先生に確認を取った方がいいとつばさは思った。
「今日ってハンググライダー部って休みだよね。じゃあ、桜子先生はまだ職員室にいるんじゃない?」
「まあ、そうなんだけど……やっぱり、今日も誰も来ないかな?」
「来ないかもね。どう思う? チーちゃんは」
学校の裏山から、カラスがカーカー鳴いているのが寂しく聞こえる。その上、グランドからは野球部なのかサッカー部なのかわからないが、元気いっぱいの声が聞こえてくるのが、余計につばさと千尋の気持ちを寂しくした。
「やっぱり、つーちゃんもそう思う? 仕方が無いよね。じゃあ、職員室に行ってみようか。その前に桜子先生が帰ってしまわないように、先にメール打っとくね。『今から職員室に行きます』って」
千尋がメールを打つと、つばさたちは鞄を持って、教室の扉を勢いよく開けた。
「きゃ!」
「え!?」
その時、つばさが教室から出ようとして、女の子にぶつかった。
職員室へ急ごうとしていたつばさは立ち止まれずに、女の子を押し倒す形になって倒れる。つばさは慌てて立ち上がると、女の子に手を差し伸べた。
「ごめん! 大丈夫!?」
「はい、大丈夫ですわ。ちょっと驚いただけですので……」
立ち上がった女の子のスカートについた埃を払いながら、怪我をしていないか確認したつばさは、どうやら女の子が言ったように尻餅をついただけのようで安心し、改めてその顔を見る。
すると、つばさは気がついた。彼女が朝のチラシ配りの時、つばさをじっと見ていたおとなしそうな品のある女の子であることに。
入部希望者だろうか。つばさは、女の子を逃がすまいと早口で尋ねた。
「どうして、こんな時間に他のクラスの教室に? もしかして、入部希望者? 朝、チラシを受け取ってくれたよね。初心者、大歓迎だよ。名前は? 何年生? 今まで何かスポーツはやったことはある?」
女の子は同じクラスではない。千尋から言われてから、つばさはクラスメイトの名前と顔を積極的に覚えようとしていたので、それはすぐにわかった。
それに、もしもこんな可愛い子がクラスメイトならば、忘れる訳がない。であれば、こんな時間にこんな所にいるって言うことは、つばさや千尋に用事があるに違いない。
つばさは直感した。
これは入部希望者だ。チーちゃんもそう思ったのだろう。
そう思って、千尋を見ると、大きな丸眼鏡の奥の瞳が狩りを始めた肉食獣のそれになっていた。
そうこうしていると、女の子は、しどろもどろに答える。
「え、あ、あのう。私……、え、違うのです。そうではなくて」
上手く自分の考えが言葉に出来ていないようだった。
小学校にもこういう子はいた。こういう子には、黙って、にっこりと笑いかけて、じっと話し始めるのを待つしかない事を、つばさは知っていた。
「落ち着いて。ゆっくりでいいから。ボク、ちゃんと待っているから」
「あ、はい……」
女の子はつばさの言葉に、ゆっくりと呼吸を整えると意を決するように言った。
「あ、ありがとうございました!」
つばさがそう言うと、女の子から思わぬ言葉が飛び出した。
その言葉に、思わずつばさは声を上げた。
「え!? 何が?」
「助けていただいて、ありがとうございました!」
そう言って頭を下げた女の子に、つばさは驚きを隠せなかった。
助けていただいて? ボク、何かしたっけ?
美少女からの突然のお礼。その真剣な態度に、つばさはますます混乱して、考えがあらぬ方向へと迷子になっていく。
まさか、この子、元木君の彼女で、野球部を辞めてやさぐれて困っていたのを、野球部に復帰させた事に感謝しているって事かな? 元木君、ああ見えて、可愛い彼女と付き合っているんだ。すごいな。でも、あれってチーちゃんの意地悪が、たまたま良い方向に転んだだけで、感謝されるようなことじゃないよね。
そう考えたつばさは言葉を選びながら、答えた。
「い、いや~、元木君が野球部に戻れてよかったですね。でも、あれはボクらが感謝されるようなことじゃないですよ」
「元木君? 誰ですの、その方は?」




