第二十二話:ポンコツ返上!
祭りの夜が終わり、空にふたつの月が静かに浮かんでいた。
淡い青をたたえる大きな月と、すこしだけ赤みがかった小さな月――レギオンの夜空にだけ存在する、架空の天体たち。
その月明かりが、ようやく色づき始めた地平を、銀のベールのように照らしていた。
つい数時間前まで、仮装の群れと音楽に包まれていた中央広場。
今やそこに、誰の姿もない。
色とりどりの飾りは、気づかぬうちに撤去されていた。
かぼちゃランタンも、吊るされた紙の飾りも、美味しそうな匂いの屋台も――何もかも、まるで最初から存在しなかったかのように。
広場の真ん中に、わずかに黒く残る灰だけが、あの大きな焚火が確かにあった証だった。
風がひと吹きすれば、灰は舞い、空へと溶けて消えていく。
その様は、夢の終わりにふさわしい静けさを湛えていた。
やがて、レギオンに朝が来る。
けれど、それは単なるいつもの朝ではなかった。
ここから始まるのは、確かな意志と共に進む、目覚めの物語だった。
焚火の名残が風にさらわれた頃、ダイは一人、広場の片隅に佇んでいた。
彼の胸には、再び火が灯っていた。今度こそ消させないという、激しく、確かな決意だ。
――取り戻す。自分の身体も、アキコの身体も。
彼は、“星結びの短冊”に言葉を綴る。昨夜に感じたこと、そして今の覚悟を。
それは静かで、だが強い叫びだった。
通知音が鳴る。
うとうとしていたリカは目を覚まし、短冊の文面を見た瞬間、背筋がぴんと伸びた。
すぐにいつものチャットでみんなに呼びかける。
夜型の二人は朝でも元気だ。
『ちょ、え? ちょ、ちょっと待って? ダイくんだけじゃなく、シャルちゃんも人間だったってこと!? え、えぐくない!? 何それめっちゃ重くない!?』
《マジかよ……そりゃ、俺の体重より重いわ》
弾道計算くんは、ポテチの袋を手に呆然と呟いた。
《でもさ、今って取り戻すにしても、圧倒的に情報が足りないよな?》
《綿密な意見交換がしたいが……現状、ダイと意思を交わす手段は(短冊)。
シャルと繋がるには(問い合わせフォーム)の偽装。
まるで伝書鳩のやり取りだ。非効率で、鈍重で、そして――脆い。》
《何か他にいい方法はないものか……》
『電話とか?☆彡 あっ、ダイくんの声って何系?イケボ?』
リカは吹き出しそうになるのをこらえながら、真顔に戻る。
その表情は、かつて“天才プログラマー”と呼ばれた本来の姿だった。
「よし。レギオンの防壁システムは完璧だけど、内部協力者がいれば何とかなる。――私に任せて。ここにみんなを連れてくるよ」
弾道計算くんのポテチが、ぽとりと膝の上に落ちた。
こうして、リカの“本気”が、静かに動き出した――。
ヘアバンドで気を引き締めて、ディスプレイの前に再び座る。
モニタには、コードエディタ。手元には専用のネットワークマップ。
準備が整ったところで、シャルに連絡する。
「シャル。……入口を作って」
それだけ。
シャルはすぐに理解し、行動を起こす。――レギオンの管理端末に忍び込み、セキュリティの緩い階層に静かに穴を穿つ。
バックドア設置完了。システムログには、何も残らない。
リカの指が動き出す。
キーを叩く音だけが、部屋に響く。
疑似認証をバイパスし、セッション暗号にはダミーを構築。
仮想MACアドレスをランダムに変化させながら、指定ポートへアクセス。
システムは抵抗しない。気づかない。
――侵入、成功。
ダイとシャルの存在するエリアに、外部から細い糸が刺し込まれる。
それはやがて、一本の通信線へと変わる。
そして画面の隅、チャットルームに新しい通知が浮かぶ。
《DAI》:接続しました。
《SHAL》:接続しました。
小さな革命軍が、ここに結成された。




