第19話
前話のあらすじ:紅川と天宮、混戦から脱出する
「はあ...はあ...ここまで来れば流石に、あそこにいた奴らから追撃を受けることはないだろ」
両手を膝の上に置き、前かがみの状態で肩で大きく呼吸をしながら、紅川は天宮にそう伝えた。
「ここからざっと見える範囲には特に誰もいないし、こっちに飛んで来る魔法も今のところないってことは、そういうことなんだろうな...まあ、気は抜けないけど」
自分たちが走ってきた方向を重点的に周囲を確認しながら、天宮もまた紅川の問いかけに対してそう答えた。
「...ああ、俺たちの認識外からの攻撃の可能性が完全に消えたって確証がない限り、油断はしないほうがいいな」
「鎖藤がもうやられてる...ってのなら、こんなこと考えなくていいんだろうけど、さっきの話から考える限り、やられてない確率の方が高そうだもんな...それはそうとお前の方は大丈夫なのか?この移動とその前の戦闘とかで相当消耗してるだろ」
呼吸の乱れはだいぶ落ち着いてきていたものの、その額から未だにいくつもの汗が滴り落ちている紅川の姿を見た天宮は、体力面と精神面の両方で紅川が限界に近づきつつあるのではないかと気にしていた。
自分たちの周りに展開されていた紅川の防御魔法は、紅川が魔力の供給を中断したことにより現在は解除されていたが、あの乱戦の中からここに至るまでの間、2人は外部から攻撃を受けることはなかった。
これは、ここに来るまでの間に他の生徒の攻撃が紅川と天宮のところに飛んでこなかった...ということではない。
実際、周囲からの攻撃は先ほどと同様かそれ以上に2人目がけて飛んできていたのだが、竜巻による防壁を貫通するほどの威力を持った攻撃がなく、ダメージを受けることがなかった、というだけのことである。
つまり、それだけ強度のある防御魔法がこれまで展開され続けていたということでもあり、紅川の魔力消費量が先ほどとは比較できない量であろうことは、天宮でも容易に想像できたのだ。
「フィールドが小さくなったってことは演習の残り時間はあと少しってことだろ?それを想定したら、あのタイミングで多少の無茶しても後にはそれほど影響ないはずだ...少し休めばまた動けるだろうし」
額の汗を拭いながら天宮の心配にそう答える紅川であったが、6対2での戦闘時に見せた多様な魔法に加え、今回の乱戦の際に使用した魔法によって魔力残量が限界に近付きつつあることは本人が一番感じていた。
しかし演習の残り時間があと少しということもあり、紅川はここでリタイアをすることなく、最後まで戦い切ろうと考えていた。
「お前がそう言うんだったら、これ以上あーだこーだ言うつもりはないけど、最後の最後にガス欠になって足引っ張るようだったら、その時は置いてくからな」
「お前の底なし体力と比べられても困るんだが、もしそうなった時は構わず置いてってくれ...そもそもここでお前と仲良く試合終了なんてお断りだわ」
「それは俺も同感だ。もし本当にそんな状況になるんだったら、隣にいるのはむさ苦しい野郎じゃなくて彼女がいいしな」
「ん?...お前、彼女いたっけ?」
「『もしも』の話だ。しかしまあ先生たちも、縮小先をこんなところに指定してくるなんて、本当に悪趣味だよな...やるんだったら前半から同じことをやってくれればいいのに」
「前半から同じことをやったら、今のお前みたいに戦闘そっちのけで次の縮小先をとにかく気にするような生徒が後半組の中から結構出てくるかもしれないってのを考慮したってことだろ?」
「あー、それはありそうだわ...さっきの場所にいた奴らの中にも『いままで隠れてました』って感じの奴がチラホラいたもんな」
「まあ、隠れるってのも一応、戦う上での技術の一つではあるんだろうけど、この演習で隠れ続けてたらそいつの実力が十分に測定できない可能性があるってことはわかった上でやらないと意味がないんだよな」
「そういや最初の説明で、最後まで残ること以外に大事なことが2個くらいある...みたいなことを何かしゃべってたような気がするな。ただ、それがどんな内容だったのかは全く思い出せねぇ」
紅川の指摘に対して、天宮は右手を顎に添え、眉間にしわを寄せながら何とか答えを絞り上げようとするも一向に答えが出てこない。
「残り2つは『どう戦ったか』と『魔法の使い方』だ」
「おう、それだ」
「全く、自分の成績に関係することくらいはちゃんと覚えとけよ。それとさっきの戦闘...ってか乱戦の状況なんだが、もしかしたらその『どう戦ったか』ってのを評価するために意図的に作り出されたものだったのかもしれん」
「意図的にって...どういうことだ?」
「これはあくまでも俺の推測だけど、俺たちが将来、あれと同じ状況に実戦で遭遇した場合に、そこからどうやって抜け出すのか、切り抜けるのかみたいなところを見たかったんじゃないかって思ったんだ」
「おいおい、実戦なんていつの話だよ...実戦形式の演習はもそもこれが初めてだし、それに俺たちは高校生だぞ?魔法大学に行くかどうかもまだ決まってないのに、いきなり実戦を考えた行動をとらせるなんてちょっと飛躍しすぎじゃないか?」
「でも、そう考えたほうが、どうして先生たちがあんな人が集中する可能性の高い場所を縮小先として指定してきたのかってことが納得しやすいんだよ。敵といきなり遭遇した場合にどう対処するのか、逆にそういった危険のあるポイントを事前に見つけてどうやって回避するのか、それもある意味『戦い方』だろ?」
「そりゃ、そうかもしれないけどな...」
「それと、そういった悪い状況を考えておかなきゃならないくらい、世の中の情勢が悪化しはじめている...ってことも影響しているんじゃないか?たしかに俺たちは高校生だけど、魔法が使える以上、一般の人たちに比べたら戦闘力はあるわけだから、そう言ったときは戦力として期待されるだろうからな」
「...そう言われると確かに説得力があるな。ここ最近、欧米とかではテロが増えてるし、日本でもテロにまで発展してないってだけで何だかんだデモが起きてるもんな」
最初は否定的な見解を示していたものの、紅川の話を聞くうちに「そうなのかもしれない」という思いを天宮も持ちはじめた。
「国内でまだテロが起きてないのは、日本が他の国に比べて治安が良くて、戦争に直接関与するような出来事が起こっていないってこともあるんだろうな...まあ、俺たちの見えてないところで警察とかが取締ったりして、テロとかを未然に防いでいるって話もあるのかもしれないけど」
「要するに『薄氷の上に成り立っている平和』ってことか」
「筆記の成績が若干残念な割に、結構小難しい言葉も使えるんだな」
「おい紅川、その言葉はすげー失礼だぞ。俺だって多少勉強くらいはしてるさ」
「その勉強の成果が筆記試験の点数に現れないと意味ないっての。大学に行きたいってのなら...ちょっと待て、周囲に誰かいる」
今回の試験の意図についてやり取りを行っている最中、紅川は周囲に展開した探索魔法に反応があったことに気づき、会話を中断した。
「どっちだ」
「さっき走ってきた方向から少し東のあたりだ。数は恐らく...1人だな」
「さっきの戦闘エリアから少し離れたところに1人でいるってことは、鎖藤の可能性が高そうだな」
「ああ、俺もその可能性が高いと思っている」
「...ん?何かさっき、青い光っぽいのが西に向かって林の中を通って行ったように見えたな」
「そんなのがよく見えたな...ただ、それが本当だとしたら、恐らくそれはあいつがあの戦闘エリアの奴らを狙撃しているってことなんだろ」
天宮が目にした情報と探知魔法にかかった反応から、紅川は鎖藤が行っている行動を予測する。
「ここでこっちからあっちに仕掛けるか?」
「そうしよう。あいつが狙撃を終わらせたところをドンピシャで狙って攻撃するってのが一番理想なんだろうけど、それを待ってる間に逆にこっちが攻撃受けたりしたら話にならないからな」
「お前の回復が間に合ってないってのなら、とりあえず俺一人で突っ込んで後からお前が追っかけてくるってのもあるが」
「いや、ここは2人で一気に仕掛けた方がいい。お互いの死角をカバーできるし、あっちの攻撃を分散できる」
「いけるか?」
「完全に...は回復してないけど、動くことはできるから問題ない。それに、さっきも言ったけどもう最後だしな」
「よし、それじゃあ30秒後に一気に行くぞ。こっちの急襲に驚くあいつの顔が楽しみだ」
「あんまり気を抜くなよ?」
「大丈夫だ、問題ない」
そういって2人は太一がいるであろう方向に向かって走り出した。
第19話を更新しました。
演習も残り1話で終了する予定ですが、ちょっと長くなったら分割するかもしれません...
太一に挑む紅川と天宮のコンビの結果はどうなるのか、こうご期待です。
これからも引き続きよろしくお願いいたします。
P.S.第18話も少し修正しました。