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第十話 切り裂く刃


 ルナは、サニィの背の高さに合わせて屈むと、サニィの右の手を自分の手で包みこんだ。


「ルナ、様?」

「魔法行使一回分の魔力だ。ここぞというときに、俺を助けてほしい」


 ルナは探るように手を動かすと、サニィの頭にポンと手を置き、撫でてから立ち上がった。待ちくたびれたように、ロックは取り巻きだった者の死体を踏みつけながら歩いてくる。


「そろそろ、いいかな?」

「いや、まだだ」


 ルナはそう返答すると、黒の翼をふわりと広げた。翼は室内を埋め尽くさんとするほどに広がり、エルフの少女たちを包みこんで、ルナの後ろへと持って行った。


「何のつもりだい?」

「こいつらが欲しいのなら、俺を殺してからだ。ロック・シャスター、俺は貴様を殺して、彼女たちを守る」


 ロックは両の手を水平に開いて、嗤った。


「いいね、そういうの。賭け事は私も大好きなんだ」


 空中に描かれる無数の魔法式。ロックが、ぱちんと指を鳴らす。


「幻実を、消却せよ」


 魔法を消しさる氷の槍が、展開され、射出される。ルナは体感温度の変化と、空気の変遷を感じ取り、構える。炎の揺らぎが分散されるのを確認する。見えぬ瞳で見極め、己へと接近する炎の中心を、黒鉄の刀で叩き落とす。通過した氷槍を、翼を形状変化させて、突き刺し、壊す。


「大変だね、守るものがあるってのは」

「そうだな。貴様を殺すことよりかは難儀かもしれん」


 ロックは、優男の表情を崩し、口角を釣り上げる。

 グチグチグチグチという奇怪な音を立てながら、ロックは蹲った。背中から、音とは予想のつかないほどに美しい、ホワイトブルーの翼が顕現する。


「やはり、貴様も使えるのか」

「私も進化済みだからね。何だい? 嫉妬でもしたのかい?」

「いや――、」


 ルナは羽根をさらに広げ、刀を鞘に戻し、抜刀体勢に構える。


「安心したよ。進化してこの程度なら、そう時間はかからなそうだからな」








         ◇







 ロックは驚愕という感情で満ちていた。

 とある理由から、ロックは恐怖という感情は湧かなくなっていたのだが、目前の現実は到底容認できるものではなかった。


 ロックが接近しながら氷の槍、刃、柱をルナに撃ちこむ。しかし、ルナは、それらを華麗に刀で斬り、羽根で退けると、またロックと一定の距離を取る。まるで、ロックを弄んでいるかのように。


 だが、真に不可解なのはルナの驚異的な反応速度ではない。そもそも、ルナという男は魔法を使わぬ代わりに、体内の魔力操作で一時的、または一点的に魔力を集め、強化することに特化している。ゆえに、そこに進化による膂力、魔力の増強、翼という新たな器官があれば、これくらいのことはやってのけるだう。


それこそを、最高の薬で乗り越えてこそ、最高の皮肉であると思っていたのだ。

 しかし、そんな暇もなければ、そんな場面すら与えて貰えなかったのだ。

 ルナはロックの魔法を退けると、ロックから一定の距離を置くのだ。剣で攻撃せず、翼を細長く、鋭い刃のような形状に変化させ、それでロックの心臓を貫こうとするような、そんな攻撃をしてくる。


 最初は、圧倒したつもりになり、遊んでいるのかとも思ったが、ありえるわけがなかった。そもそも、ルナという男は真っ当に仕事を遂行する。遊ぶ、という行為に、何のメリットもなかった。これまでの彼であれば、間違いなく剣でロックの首を飛ばそうと動いていただろう。むしろ、彼の戦いに時間をかけるような動きは、確実に目的を成し遂げるための、合理的な行為であるように思えた。


 そういえば……、さっきの彼、こちらに来てすぐの彼の行動も、おかしかったような……。


「試して、みようか」


 ロックは呟き、剣を構え駆けた。ルナは即座に反応し、翼で対抗する。六枚刃で襲い来る羽根を避け、必中だと悟ったものは魔剣で防いで進んだ。魔剣はぐしゃりという音を立てて粉砕された。


 ルナは再び距離を取ろうとする。ロックは後方、右方左方と囲むように氷の格子で檻を創ると、ルナの前へと躍り出た。


 ロックはありったけの魔力を込めて、また意識をとぎ澄ませ、針のような大きさの、数千の氷を放った。ルナは、全て避けきることはできなかったが、そのほとんどを回避した。


 ロックはルナへと肉薄する。魔法を撃つような間合いではない。ロックは、魔力の何もこもっていない、ともすれば、一般人でも、武術に多少の心得のあるものであるならば回避可能な速さで、ルナの顔面へと拳を撃ちつけた。


 その拳は、拍子抜けするほど簡単に、ルナの仮面を叩き割って、顔面を撃ち抜いた。


 ルナがよろめく。その隙をロックは見逃さない。有効な攻撃手段が分かったのだ。止まる訳も無い。ルナが離脱しようとするのを格子で食い止め、振ろうとする剣を持つ右腕、自爆魔法式のある胸、それぞれを殴る。釘打ちの要領で、撃ちこんだ瞬間に、式句も不必要なほどに弱い氷を撃ちこみ、地面へと固定させた。


「貴様、なぜ?」

「自爆魔法式に気付いていないとでも思ってたのかい? 君のも中々みたいだけど、エルフの魔力探知能力を舐めないでほしいものだね」


 ロックは同じ要領で他の部位も地面に固定していく。そのたびに無数の打撃を身体中に与える。分かったことが二つあった。一つは首、頭などの致命傷と成り得る個所には、防護魔法式が描かれているという点だ。つまり、「魔法を無効化する」という能力をもった氷で、永久的に殺し続けるなんてことはできないというわけだ。串刺しにしたときのように、巨大な氷の槍で貫通させれば、破ることはできるだろうが、それほどの高威力の魔法では、逃げる隙を与えてしまうので、建設的な戦い方ではないだろう。


 もう一つ、分かったこと。


それは、この攻撃を彼が回避できないという事実に起因するものであった。


「……君、目が見えていないだろう」


 ロックは、光の映らぬルナの瞳を見てから、そう呟いた。






       ◇







 ロックの告げた言葉は、サニィの不安を確定させるような、逃れようもない現実であった。


「そん、な……」


 おかしいとはおもったのだ。ただの懸念であってほしい。そう願ったが、その不安は見事に的中した。

 まず、ルナが現れたときから、いつもとは違っていた。いつもの合理的な殺しであれば、的確に取り巻き達の首を切り落としていったであろう。しかし、彼は首は誰のものも奪わず、身体の中心を裂くようであった。


 この時点では、違和感を覚えるだけであった。しかし、次の行為で、その違和感は不安へと変わっていったのだ。


 サニィを撫でてくれたとき。彼は、探るような動作をしていたのだ。サニィの背の高さに合うように屈んでくれる動作、手を包んでくれた動き、それらは平常と変わらぬものであった。しかし、頭を撫でようとしたとき、彼は明らかに、その箇所を掴みとれていなかった。


 ロックとの戦闘でもそうだ。魔力の伴った攻撃は避けたり、防いだりとできたが、魔力がまるでないような攻撃は、避ける動作すらしなかった。


 攻撃を防ぎ続ける動きは、もしかしたら、目の見えない彼が、確実に敵を倒すために、魔力切れを狙っていたのかもしれない。


 たった数十メートル先で戦うルナを見ながら、サニィは歯噛みする。形勢は逆転していた。馬乗りになったロックは固定するための氷は撃ち終えたのか、ルナの再生速度が間に合わないほどの殴打の連撃を喰らわせていた。的確に急所と顔面を撃つ動きは、行為とは反対に美しささえも見出せた。おそらく、ロックというエルフの男は、かつての北軍の軍人だったのだろう。よく見れば、纏う服も、軍服のようであった。


 戦いは、ルナの精神力とロックの体力の戦いであった。ロックは、ルナが戦意を失ったと分かれば、隙のできるような、高威力の氷で永久拘束するつもりなのだろう。


元軍人であっただろうロックの体力は底をつくようには見えない。対して、人の精神力、この場合は戦意と言うのだろうが、それはあまり信用ならないものであった。いくら精神的に強い者であったとしても、五分も殴られ続ければ心は折れる。いや、ただ殴られるだけであれば、そうならない者もいるのかもしれない。しかし、その一方的な攻撃が、単純な殴打ではなく、的確な箇所に、骨を折るほどの高威力をもっていたら、例外なくそう長くは持たないだろう。


ルナは、精神力で言うのなら、驚異的な、狂気を纏ったほどの強靭さを持っている。だが、その攻撃が、半ば永久的に続けられるならば、心が折れてしまってもおかしくはない。ルナは、確かに人間であるのだから。


「一体、私はどうすれば……」


 右腕には、託された魔力があった。ルナに、ここぞというときに助けてほしいと言われ、譲渡された魔力。使えるのは一度きりであろう。


 額にある、赤く輝く石に触れる。普段は認識阻害で隠しているそれは、魔籠石ではない。ルナの持つ魔剣『烏狩』と同じ、悪魔の宿る宝具。名を、『赫大蛇(かくおろち)』。


 悲痛の声を漏らす主人を見る。鼻の骨が折れ、おびただしい量の血液が流れている。顔を逸らすことは、許されない。私は……私が、彼を助けなければならないのだから。


 赤の宝石に触れ、思わず願う。


「私に、ルナ様を助けられる力があるのなら……、他は、何も必要ありません。あなたが悪魔だというのなら、私の一切をあなたに委ねます。だから、ルナ様を……あの人を助けるための力を寄こして、『赫大蛇』!」


 サニィの声に反応するように、宝石は赤く光り、点滅する。サニィの視界は、ぐにゃりぐにゃりと曲がっていき、渦を巻く。ぱたりと倒れた少女を、他のエルフたちはただ眺めることしかできなかった。







        ◇






 ルナは、痛みで飛んでいきそうな意識を無理やり繋ぎ止めて、打開策を模索していた。


 はっきり言って、状況は芳しくなかった。


 魔力の伴った攻撃であれば、視覚が無くとも対処できた。炎の揺らぎを心眼で視認して、避けるなり、斬り伏せるなりすればよかったのだ。しかし、魔法でなく、さらに、意図的に魔力を無くした攻撃であるならば、ルナに回避する手段などなかった。


 目に見えず、痛み以外感じることのできない、不可避の殴打がルナを削り続けた。骨を砕かれ、いくら血を流そうとも、戦わねばという意志は変わらずあった。しかし、問題は意識の方だ。精神がどうというよりも、痛みが限度を超えれば、意識は、人間的な機能として閉ざされてしまう。目が見えないことも、その問題に拍車をかけていた。自分が今、意識がないのか、あるのか、その境界すらも怪しくなってくる。


 心の目で追っている炎の形さえ、視認できなくなってきた。元々、曇りガラスのようにくもっていた視界が、黒く塗りつぶされていく。


 そんなとき、どさり、という誰かが倒れる音がした。


 まさかロックではあるまい。で、あれば誰か。もしや、サニィではないだろうか。不安が一気に込み上げてきた。ここに来てから見た彼女の炎は、輝きはしていたものの、弱々しかった。ルナのために力を使おうとして、何かしら不味いことが起こったのではないか。ルナの頭の中を、答えのない懸念だけが、渦巻いていた。見えぬはずの瞳を、「彼女を救わねば」という一心で抉じ開ける。




 その時、ルナの瞳を埋め尽くしたのは、鮮明な赤の光であった。




 それは希望、信頼の光。

 あなたのために。

 あなたの力に。

 あなたと共に。

 そんな彼女の意志を感じることのできる、優しくも鮮烈な感情の光。


 その光が晴れる。ルナの思考は、一瞬完全に停止していた。


 そこには形が……色彩が、確かに在ったのだ。


 背中の翼で魔力を爆発させる。それが立ち上がるよりも早く、刀を振るためのリーチと、固定された氷を弾く役割を担ってくれた。


「――――なっ!?」


 ロックは一瞬、ほんの一瞬だけ、意識がサニィの放った光に向いていたようだ。この局面、逃す訳にはいかない。


 黒鉄の魔剣、『烏狩』を抜刀しながら居合いの要領で振り抜いた。

 空気、時間をも切り裂く刃は、コンマの世界で、ロック・シャスターの首元へと到達した。


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