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船長と私。  作者: 御影 優一
誇り高き緑の騎士
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出航―兆し―






縄橋子を下りて、慌てた様子のガンダルシアの少年が、藍色のローブを翻して殺し損ねたあの騎士団長へ走り寄る。

ぐっと意識を集中させて、その少年の持つ魔術の資質を探る。

相手の胸の奥、魂の内包する秘めたる想いの形を。

蛇の瞳が好奇心に細められる。

(―――さぁ、貴方は何者でしょうか?)

手でなぞるのと同じように、水鏡に手を翳す。

水盆の中には藍色の道衣に似合った、青い宝飾が指と耳に輝く。

(ほう・・・、これは、これは、あの少年、やはり賢者だったとは―――。)

蛇は品だめしながら感嘆の声を内心上げた。

導師の位を授与された際、会ったどの賢者達よりもあの少年は、私の本質を見抜いて、

逆に私がその薄い緑の瞳に魅せられそうになった。

(もっと、もっと、もっとだ、よくあの少年を視せろ。)

意識を焦がす歓喜に、打ち震える。

こんな高揚感が纏う心持は何時振りだろうか。

だが水鏡に映る波紋で、その少年が纏う魔術師特有の気配が窺えない。

道理である、あちらの少年の方が私より優れている。

ニーズヘルグはと息を吐きだし、少し思考を沈めようと水盆から離れる。

どっかりと座り心地のよい椅子に腰かけた。

(なにより、あの少年は他の賢者達とは明らかに違う、何かが潜んでいる・・・。)

しかしその何かが、わからない。

ただ漠然とした抗いようも無い、壁を感じさせる。あの少年には。

(そもそも、容姿は町の最下層でどこにでも居そうな、貧相な子供だった。威厳も何も感じられない・・・そう、あの少年の纏う雰囲気は、普通、いやどちらかと言えば、気弱な感じが強い。)

寧ろ、あの少年の周囲に居た、仮面を被る青年と黒真珠の首領である青年、亜麻色の特徴的な青年や、金髪の騒がしい青年達の魂の方が異色な気配が強い。

(その所為で私はいままでその存在に気が付かなったと?)

ニーズヘルグは水盆を見つめながら、唇をゆるく噛む。ぐにゃりと口元が上がる。

この国には密かに己が張った結界がある。

自分より上位のチカラを持つ者を、直ぐに知らせるようになっている代物だ。

(それなのに・・・気が付かない? 私が? この導師の私が???)

四大属性を持つ導師より上位である賢者。

たしか、現在、賢者の位を授するのは、ガンダルシア王、魔術協会の三賢者、それと同等のチカラを持つのがエルハラ教の法王の四人である筈だったのに。

予測不可能な未知との対面。

だからこそ、全くこの世はこれだから飽きが来ない。


未知なるもの、この世の真理、易く例えば“命”。

どこからきて、どこへゆくのか・・・

誰も証明できない領域、それでこそ創造神の領域と言える。

その領域を、私は自らの手で解明し、我がものとして体現したい。

「おもしろい!実に面白い!しばらく、しばらくぶりに、私の知的好奇心が疼き、満足に足るモノに出逢えましたよ・・・っ」

心から狂喜した蛇の笑い声が響く、その様子をずっと部屋の隅で眺めていた男がようやっと沈黙から口を出した。

「それはようございましたな、ニーズヘルグ様。それより、こちらの男共の始末はどういたしましょうか?」

男は赤い鼻を擦りながら、床に転がっている黒フードの暗殺者二人を見降ろす。

当然、その床には血痕がいくつか落ちていた。

蛇はちらり、床を一瞥すれば、

「そうですねぇ、あの品のなさそうな騎士団長を殺し損ねたのは遺憾に思いますが・・・まぁ、あの少年の情報を持って帰って来たのは、重畳。」

椅子の背に気を緩め座り直すと、蛇の導師は実に優雅に微笑む。

そうして懐から取り出した小袋を掲げた。

「それでは・・・」

「えぇ、殺さずに褒美を授けてやりなさい、“アーチャー”」

「ひへへ、承りまして」

毒蛇の牙の魔導師が薄く嗤う。

その様子に赤帽子にも似た赤い鼻を持つ男が、恭しく小袋を受け取れば、もはや虫の息であった暗殺者達の男は今度こそ絶望に打ちひしがれた。

赤鼻の男が袋から紫色の粉を掴み手の平一杯に乗せ、そして暗殺をしくじった男二人の口に容赦なく運び、水を浴びせるよう飲まされる。

そうすれば、身体の骨が軋み、血液が沸騰する。

眼の前が真っ赤に染まり皮膚が裂け、人間ではない叫びが忽ち部屋に轟いた―――・・・。



「しかし、あの賢者の少年も移動魔法陣の真の通路への謎が解けませんでしたか。」

「良かったではないですか、あの部屋は我ら同朋と貴方様の研究室がある場所でしょうに、あの場で将校どもに踏み込まれれば、御地位が危なかったですよ」

「それもそうなのですが・・・ふぅ」

人よりも永く生きられる“褒美”をくれてやった者達の変貌を、冷めた眼で眺めながら導師は残念そうに溜息を吐いた。

赤帽子と呼ばれる男は、仕える魔導師が本気で残念そうなのを窺って、眉を寄せた。

この上司たる魔導師は、知的好奇心に駆られ興奮すれば、周囲や己の事でさえ盲目になりうる困った癖がある。

こちらにも目的があるのだ、それを忘れて貰っては困る。なるべく怒らせないよう、諌めないと・・・と思いを巡らせオドオドと窘めつつ口を開く。

「それに誰も真の合言葉が『パンツノシミ』だなんて思いもよりませんって」

ポロリと出た、アーチャーの言葉に導師は眼を見開いた。

「はぁ?今なんと言いましたかアーチャー、私の研究所に繋がる鍵に、そんな下品な言葉使うはずないでしょう!おいたが過ぎると貴様の姦しい舌を抜きますよ?」

しまった、逆効果だった!!

慌ててアーチャーはぺこりと頭を下げると、仕立てにでながら様子を窺うようにする。

「も、もうしわけございません!!しかし・・・派遣執行員の間で小耳にはさんだものですから、ならどんな意味合いを含んだ言葉だったのでしょう。卑しい私の頭脳では察しがたいので知識を授けていただきたいのですが」

ちらっと片目で導師を見上げると、ニーズヘルグは気をよくしたのか、これまた打って変わって得意げに口角を上げた。

「いいでしょう、なぜ彼等が低俗な言葉を持ち揚げたのかは理解しがたいですが・・・、あれは私の金庫の暗証数字を神魔文字に当てた、ただそれだけです」

「それだけでございますか・・・?」

「それだけです」

訊き返せば、キッパリと断言される真実。

あぁ・・・なるほどパンツノシミ、要するに『82043』ですか。

王宮で派遣執行員共が、移動できるの場所はあの場だけではないだろうと、躍起になって探して、神魔文字解読に躍起になっていたのに。どうしても訳せど、パンツノシミになって、足止め程度の罠かとさえ検証されたのに。

寧ろ吾輩も頭の回転の良い上司だからと、ワザとに低俗な単語を使ったのかと思っていたのに。なんだ只の天然か。

「・・・・・・。」

今後は吾輩、この人のことをキチンと観ておかないと。

思わぬ天然思考で、自分達が執行員共に足元すくわれそうだ。

アーチャーは何も言えず、妙な間だけが数秒その場に落ちたが、魔導師は気にした様子も無かったらしい。

「それにしても、失敗作のゴミ捨場に設けた数々の罠を突破されるとは。あの少年を抜きにしても海の黒真珠、侮れませんね」

「ブッラクパール、あの死にぞこないのユージンが、海軍大佐を誑かして、まだ世を這いずりまわるか・・・ひへへ」

不意に出た黒真珠の言葉に、アーチャーは薄暗い嗤いを漏らす。仲間の下らない馴れ合いが過ぎる、あの腑抜けの老いぼれユージンが生きていたのは計算外だったが、奴の倅もろとも始末出来たのにはすっきりとしたものだ。

「おや?死にぞこないにしたのは、貴方でしょうアーチャー?」

「それもそうでした、随分昔の事なので忘れておりましたわ」

至極楽しそうに微笑む導師に、アーチャーは鼻で笑い合う。

「しかし、目障りでしょう?ニーズヘルグ様、黒真珠は吾輩めが直々に潰しにかかりましょうか」

もちろんあの少年は残して、とアーチャーが手を擦り合わせる。

「いいえ、その必要はありませんよ。もう次の追手は差し向けてありますから、寧ろジワジワと締め付けるように苦しめ、追い詰めてからの方がいいでしょう。追手を退けたとしても、また次に強い物を差し向ければいい話です。そして・・・自分達が敵にした相手に後悔の念を抱き、絶望する。それこそ最高の悦びにして攻撃ですよ」

すくっと魔導師ニーズヘルグは椅子から立ち上がると、変わり果てた暗殺者達の元へ脚を寄せる。

そこにはもう紫色の肌を晒し不気味な蝙蝠翼を広げた―――、

そう“魔物”しかいなかった。


「さぁ次の追手は、役にたたない死にぞこないの失敗作ではありませんよ。」


セシル達が離れた陸地、マライト国の地下の奥底にて、―――今まさに。

世界を飲みつくさんとする大蛇の嬉々たる咆哮が木霊した。











「被服に、薬に、包帯・・・よし、これで全部」

買い出しメモを見ながら、紙袋の中身を確認しセシルは頷く。

その日は良く晴れた空。

(元)騎士団長エドワードが船に乗り込んできて、出航準備にブッラクパール海賊団は皆それぞれ、慌ただしく荷物運搬と買い出しに追われていた。

かくいう外出禁止令の罰を解かれたセシルも例にもれず、その時はアルバの港で買い出しに来ている。

「あとはここの大通りを真直ぐに通るだけ・・・」

モーリスから頼まれた買い物を済ませたセシルは、モーリスとリオン、副船長、三人と待ち合わせていた町の広場に足を運んでいた。

僕が方向音痴だからって、一番分かり易い広場に待ち合わせにしてくれたのは有難いだけど。うぅ~なんか、自分が情けない様な気がする・・・。

そんな事を思って歩いていれば、前方から何やら人が集まっているのが見えてきた。

(なんだろう・・・あの人混み?)

首を傾げ、わっと人々の湧く歓声や豪胆の声に、セシルは体を無意識に向ける。

「芝居?」

セシルは人混みの合間に見える舞台に眼を止めた。

即席に作り上げられた赤いビロードの天幕、その横に旅芸人の荷馬車が停まっている。

(何の芝居だろう・・・)

ちょっとした好奇心に、勝手に体が動いた。

「行くぞ!」

「ふふ・・・低俗な人間が!!焼き殺してくれる!」

人だかりの合間を縫って前に行く勇気はなく、セシルは通りの端によって遠目に離れて芝居の様子を窺う。

赤い天幕の入口は大きく広げられ、観客を魅了する劇中が繰り広げられているようだ。

「私が相手だっ北の魔王!」

「羽虫ごとき人間がこの我に勝ると言うか。なんと愚かよ、そこな若造その魂、瞬きの間に散らしてくれよう」

黒装束の黒髪の若い男と、魔術師風情のかかった、けれども体格のいい醜い面を被った老人がそれぞれ剣を手に対峙している場面。

この芝居は――・・・この物語は・・・

「母なる緑なせる大地よ、灰に成れ、貴様と共に塵に帰るがよい!」

「させるかっ魔王よ!塵になるはオマエだ!」

セシルは『北の魔王』の単語に一瞬、息が詰まった。


それは中央戦争を舞台にした―――有名な英雄譚だ。

ざわざわと胸の奥が落ち着かない。

自分じゃない何かが、心の奥で騒いで、身体が強張った。

訳のわからない恐怖心に包まれているのに、逃げだしたい筈なのに、

その足と視線は劇から離せなかった。


黒衣が翻り、剣が舞う、斬り込む刃の音が次々と響く。

演出らしい、作り物の炎を薙いで踏み込んでくる。

その(さま)に。

何故かセシルは既知感に見舞われる。


――――・―――――、ちがう、もっとあのヒトの一撃は鋭利だった。

あんな鈍刃じゃない、それにあのヒトは、僕にそんな事言わない。

もっと、迷って、迷ったあげく言葉を飲み込んでいた。


まどろっこしい、いっそ斬り捨ててしまえばいいものを・・・。

何回、討ち合いをするつもりだよ。

もう、魔物達も撤退し始めている、援軍がこちらに来るのも後ちょっと。


相対していた“黒いひと”彼は意を決したのだろう、黒い刃を振りかざした。

やっと、やっと、これで終る。終れる。


藍色の空、が、きれい・・・


何とも言えない、例えようも無い、満ち足りた感情と共に、哀切さと、憔悴。

「あんなの、あのヒトじゃない。」

自然と口に着いた言葉に、えっとセシルは驚く。

ふと浮かんだ感情と言葉に、戸惑う。

何故、そんな言葉と感情が脳を、胸を掠めて行ったのかはわからない。

だいたい、あのヒトとは誰の事なのか。

自分で吐いた言葉には、該当する人物の影が浮かんではこない。

「・・・・・・。」

自分が北の魔王の魂を持っているから、あんな気持ちになったのかな?

それにしては、殺される相手にやたら親しげな感情だったような気もするけど・・・。


魔王を殺した相手、英雄・・・て、たしか黒き翼だっけ。

セシルは再び視線を上げて芝居の『英雄』を見つめ、ぼんやりと御伽物語の文章を思い出す。

中央戦争の英雄、黒き翼。

魔術と剣術を備え持ち北の魔王を打倒した、北の流れの戦士。

その容姿は北の民族特有の、戦闘能力に優れた体躯に黒髪に黒い瞳に白磁の肌。


『ネルシャ。』


そこまで本の内容を引っ張り出して、セシルは口をポカッと開けた。

なぜならある人物の姿がセシルの瞼の裏によぎったからだ。

「なんで、船長が」

ぽつりと吐き出す言葉に、セシルは眼を瞬かせた。

あ、そういえば、船長も北の民だった。忘れていた。

本の内容とあまりに似ていたから、身近な人物を思い出してしまったんだ。

きっと、そうだ。

北の魔王が僕で、船長がかの英雄ならば、それはどんな滑稽な話なんだろう。

前世の敵同士が四六時中傍に居るとか、居心地悪いだけだ。お互いに。

「・・・まさか、ね」

これは気の所為だ、僕の考えすぎ・・・考えすぎ・・・きっと。

ぎゅっと買い物袋を抱きしめる。

セシルは眼を瞑ってその場を離れた。

騒ぐ心を振りきれば、脚は自然と動く。

何故か動悸がする心に蓋をして、己の眼を盲目にしながら―――――。











『船長と私。』第三章 誇り高き緑の騎士―――――了。


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