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船長と私。  作者: 御影 優一
誇り高き緑の騎士
45/50

出航―分かつ道を生きる友へ―

月の無い夜。


クロウはいつも通り一人、部屋の中で机に向っていた。

昼間に訪れた派遣執行員から渡された、マライト少将から直々の依頼書を眺める。


『派遣執行員極秘ギルド 王国の一員 深淵の魔術師殿へ、

マライト国民、エドワード・グリモスを教団事件関与の重要証人として、五体満足に無事に魔術協会に引き渡せ。―――マライト 陸軍大将 ニコラス・コルベリー』


カサカサの乾いた紙の質感を一指し指でなぞり、クロウはあの食えない将校が書いた書面を確かめる。

案の定、書面には小さな針で、故意に穴を空けた跡があり、クロウはランプの仄かな灯りにその書面を翳した。


『マライト国内、魔術協会内にも密通者あり、油断ならない状況。

今回の事件にて、協会側共に軍側の証拠品が紛失される事態が起こった。

ジェーダイト国に滞在している執行局長に身柄を託したく。

貴方の腕を見込みエドワードを頼む、急ぎマライトから遠ざけて欲しい。

ゴーゴン家主催のサロンに出入りしていた貴族に、最近、失踪する者が数あり。』


小さな穴で丁寧に記された文字に、クロウは溜息を吐きたくなる。

将校でもなくとも事情を話せば、やがて誰かが“こうなること”など軽く予想できていた。

(―――あぁ。面倒な。)

クロウはあの口の軽いお調子者共を、今後どう絞めてやろうか、などと物騒な計画を立てつつ椅子にのけぞった。しかしまぁ、あの金眼の男には参る。

いったいどうして、己が派遣執行員の陰で認めたギルドの者だと看破したのか。


魔術協会執行部でも極秘中の極秘、隠密の部隊としてある組織。

それがギルド・王国(マルクト)だ。

それを立ち上げたのは他でもない、あの胡散臭いキツネ眼鏡局長で、現在構成員は深淵の魔術師であるクロウと傀儡の魔術師ペルソナ、(本人にはまだ伝えてないが強制加入させた何も知らない)深藍の魔術師セシルの四人。

ごくごく少数の構成員のギルドに、依頼は各国の要人の厄介な内容だけ。

隠密部隊とも言われるギルドの名を、そもそも魔術がからっきしダメだと言っていた一般軍人が耳にするなど無い筈なのだが。


誰が垂れ込んだのやら。

――――・・・何となく、予想できるのが疲れる。


頭痛がしそうになって、思わず額に手を当てた。

そんな時に、部屋の外で馴染の気配が降りて、ふと意識をそちらに向ける。

コンコンと控えめなノックの音が響いて暫く。

声を掛けない扉の外の存在に、溜息を吐きながらクロウが先に口を開いた。

「・・・なんだ。用事だろ。入れ。」

(エへへ~、クロウ、今夜ここで寝てイイ?)

ぶっきらぼうな声に、ひょっこりと扉から、道化の仮面を被った幼馴染が顔を出す。

クロウはふぅーっと溜息を吐きながら、腰に手を当てる。

「どうせ、俺が駄目だと言っても寝るだろうが。好きにしろ。」

と言う間には、もう仮面の幼馴染はクロウの寝台に潜り込んでいた。

(わ~、クロウの布団入るの久しブリ~)

もぞもぞと布団を捲り勝手に潜り込んだペルソナを横目に、クロウは静かに机に向って手紙を束ねる。

「今日の昼。ギルド関係で仕事が入った。」

(ウン、知ってるよ。護衛デショ、ヨカッタネ、これで航海出来るねー)

何の脈絡もなく落とされた言葉に、ペルソナは布団から顔を出して頷く。

「マライトも協会も。もしかしたらエルハラ教会にも、根が深く張り込んでいるらしい。」

(ソッカ・・・)

クロウが簡潔に伝えれば、ペルソナも静かに応える。


あの地下墓地から生還してこちら、妙に部屋に籠りがちになっているのを、クロウは知っていた。ペルソナがそうなるときは、決まって幼少期の切捨てた過去が関わっている時である。他者の精神と自己精神の境界線が曖昧になりがちな故に、自己精神に支障をきたしやすい特殊な気質の持ち主である彼女は、普段は一人を好むが、何の詮索もしない他者には興味のないクロウの気質が逆に心地良いのか。

普通の幸せと言うモノに縁遠く、人には理解しがたい気質を持ってい居る分、そう言う意味でクロウとペルソナの関係性は互いに居心地がよかった。

それとも幼少期、一緒に過ごし散々喧嘩したのもあるのか、この仮面を被り他者との距離を測る幼馴染は、気心の知れているクロウには不安定になると幼い頃のように自分のベッドに潜り込んでくる。

どうしようもない心の中にある、暗い底のない漠然とした不安や恐怖心。

それ等に飲み込まれそうになると、そんな時は決まって二人は他愛無い話をして夜を過ごす事が多かった。

―――まぁ、それも最近まではとんと無かったが。


幼い修行時代の記憶へ耽りながらも、単調にペンを走らせ、クロウが海域調査の結果を纏め上げると、ポツンと沈んだ声が心に落ちる。

(ねェ、クロウ―――セシルは強いネ。)

視線だけ向ければ、ペルソナは布団を頭からすっぽりかぶって座り、こちらを観ていた。

(私はまだ過去に囚われて、脅えルダケシカできなかったヨ)

地下での事を言っているのだと、直感で分かる。

「さぁ。それはどだろうか。アイツだって、あの地下での出来事では気張り過ぎていたと、俺は思うが?」

羽ペンをクルリと回し、フンと鼻で笑う。

(デモあの子は、逃げなかったヨ)

「・・・だから心配は尽きない。」

固い声音に、クロウは溜息交じりに言いきった。

セシルを想う。

何でもかんでも、背負い込んでしまって、いつか自分自身の首を絞めないか心配だ。

ローグルの店に向かう際、セシルから『守る』と言う言葉を聞いた時、どこか危機感を感じた。父親を殺してしまったと思い込んでいる分、自己犠牲が強い節があるセシルの事だ、地下牢での事件にしろ、自分を顧みないで誰かを守ろうとしそうで怖い。


そんな思考がよぎって、クロウは無意識に眉間に皺を寄せていたらしい、ペルソナが皺のを数えて笑い出した。

(プッ。クスクス・・・ヒトの事言えないノニネ)

ペルソナが皮肉って言えば、クロウは真面目な顔して一瞬遠い眼をする。

「どこかで“逃げ”が無いと。追い詰められ過ぎた者は、壊れるからな。」

まるでそれは“壊れた事がある”言い方だ。

密かにペルソナは肩を竦めるが、深く追及はしない。それがお互いのスタンスだ。

クロウは一息吐くと、今度は椅子を引いて立ち上がる。薄明りに照らされる表情は、しかめっ面で、腰に手を当て仮面の奥を睨み付けている。

「逃げとして、オマエはもう寝ろ。あれから眠れてないんだろ。」

(アハハ~バレテた?)

「バレてないとでも。」

間延びしてワザとらしく頭を掻くペルソナに、クロウは意地悪そうに口角を上げる。

この幼馴染は、出逢った頃からカビや埃っぽい薄暗い地下や狭い部屋を極端に嫌う。

それが記憶のない彼女の、心の傷の断片。

眠れない日が続いて隈が出来ているのを、仮面で隠していたのも全てお見通しだった。


クロウに言われて、またもペルソナは布団にもぐり横になってっ丸くなる。

布団の中で仮面を外して枕元にそっと置くと、眼を瞑れば静かな暗闇だけがあった。

ただその暗闇は独りに感じる押し潰されそうな闇ではなく・・・。

シャーロットの暗闇には、ただ恐いモノを隠していてくれるような闇に、静かに佇むクロウの姿が映っていた。

その常闇にシャーロットは声を振り絞る。

「・・・・・・・クロウ」

「あ?」

押し殺した声に、クロウは書面から顔を上げる。引き攣って震える声は、鈴音を転がす普段とは打って変わって。クロウには珍しいと思った。

「教会にいた、あのセシルをずっと視てた魔導師」

「ニーズヘルグか。」

ボソリとクロウが応え、あの血生臭い魔導師の名を上げる。

するとシャーロットの纏う、遮断した過去の空気が一変して決壊した。

「あの声、と、眼・・・私、知ってる、たぶん」

沈むたどたどしい声と告白に、クロウは眼を見張ってシャーロットの方へ振り向く。

「ずっと、忘れてたけど、・・・・・・あの声と眼、聴いて、観て、どうしようもないぐらい、恐いと思うのと一緒に、知ってるって、言葉がでてきて」

心が訴える。過去もまったく思い出せないでいたのに。

あの時、教会にいたあの魔導師の姿と声。

それだけを目に、耳に、しただけで、仮面の奥に隠した恐怖が体中を駆け巡り、どうしようもなく溢れ出したのを――――。


ぎゅっと眼を瞑り、シャーロットはさらに布団の中で丸くなる。少しはみ出た指は、強く布団を掴み過ぎていて白くなっていた。

クロウはそんな様子を見つめ、ゆっくり近寄って寝台の縁に腰かける。

そして布団からはみ出た、青光りする短い黒髪に手を伸ばす。

「きっと私は・・・クロウやお父さんに逢う前に、少なからず、アイツの所に居たんだと、思う。記憶は思い出せないけど・・・」

「そうか。」

静かに応える声に、シャーロットの涙交じりの嗚咽が返ってくる。

今迄の付き合いの中で、この幼馴染が過去を自ら話すこと無かった。

過去の事で残った物は、彼女の唯一の名前。それだけだった。

それ以外の事は、どんなに喧嘩しても、同じように修行して、寝食を共に過ごしていても。

クロウが思うにそれは、過去を無かった事にしたから話せないものだと思っていたが、そうではなかったのだと、今更に痛感する。

無かった事にしたんじゃない。

無かった事にしたかった程、これは苦しかったのだ――――。

声なき絶叫が響いて布団が動く。クロウは髪を梳いてそのままの流れで布団を退けると、暫くシャーロットの頭を撫で続けた。それに伴って、布団の中から声なき嗚咽g漏れて、永い間その声なき声は止まる事が無かった・・・。




嗚咽がしばらく静かになれば、クロウは息を吐いて空を見つめる。

「もう寝ろ。急く事はない。」

「うん、ねぇクロウ」

ひとしきり泣いたのだろう、布団の中で。

鼻声のくぐもった声が、クロウの背に掛けられる。

「なんだ。」

振り向けば、シャーロットの腫れた眼と眼がかち合う。

水膜に覆われたダークブルーの瞳は、どこかスッキリとしていて晴れていた。

「セシルはきっとあの魔導師の本質的な部分、視抜いてるね」

その瞳を見て、もう大丈夫だ、と感じクロウは寝台から腰を浮かす。

「あぁ。無意識に騎士団長を庇うよう、前に立っていたしな。」

軽く目を伏せると、凪いだ気配が部屋に漂っていることに意識を向ける。

机に向って足を延ばし、再び椅子に座って羽根ペンを取った。

「ふぁわわ、眠くなってきちゃった・・・」

「さっさと寝ろ。俺はまだやる事がある、気が散る。」

まだ書類を纏め終わっていない、と暗に揶揄するようトントンとペン先の音を発てる。

ひとしきり吐き出して疲れている筈だ。

今なら過去の夢さえ見ないで、ぐっすり眠れるだろう。

「ふぇ~い、お休み~」

そんなクロウの思惑も知ってか知らずか、布団の山が動いて返事が返る。

布団の山は先ほどとは打って変わって、穏やかに上下して、次第に静かな寝息が聞こえて来ていた。

ふぅ。まったく・・・やっと寝るか。クロウが内心の思えば、またも布団からニョッキリと少女めいた悪戯っ子の微笑が出てきて―――・・・

「あ、そうそう!ギルドの事、ニコラス君に詳しく伝えといたから~」

「やはりオマエか!!」

小憎たらしい種明かしが投げかけられる。

ぐわぁあああ~っコイツ。シャーロット。

この小悪魔ぁああ~~~~~~っ。

今すぐにでも布団を簀巻きにして廊下に転がしてやろーか!!

そんなクロウが心の中で絶叫を上げる頃、早朝三時半過ぎ。


瞬間、クロウの持っていた羽ペンの先が可哀想な音を上げて、ぼっきり折れたのだった。






『―――マライト国アルバ地区 エドワード・グリモス 海賊と密約を交わした容疑により、審議を探るべく一年間の騎士階級剥奪を通告する。―――』



「●×◇%&*@#!?~~~~~~っな、なんじゃこりゃぁああああ」


突き付けられた書状に、エドワードの雄叫びが狭い個室に充満した。

「何って、陛下から承った騎士剥奪の通達?」

最大級の疑問に尽かさず応えたのは、キョトンとした表情で、耳に指を突っ込む珍しい金眼の男。エドワードの幼馴染にして軍人、ニコラス・コルベリーその人である。


部屋の主、ローグルはその耳障りな大声に不機嫌に鼻を鳴らして、部屋を出て行った。

そんなローグルの存在さえ気が付かず、否そんな余裕さえないのだろう。

自分がどうして見知らぬ部屋に寝かされているのかさえ、理由が分からぬまま。

眼を開けて見慣れぬ天井に、ぬっと翳された騎士剥奪の書状、そして脳みそが豆腐な男の姿を見た途端、エドワードの生温い意識は一気に覚醒。

ただ突き付けられた現実に、衝動のままエドワードは寝かされていたベッドから飛び起き、ニコラスの軍服を引っ掴んだ。

「いつ、誰がっ、どうやって、賊共と手を組んだってぇ~んだ!!あぁ?!濡れ衣だろ俺はあんな手芸屋のまわしモンみたいな海賊の首領と仲良くなった覚えはねぇーよ!!寧ろ仲いいのはオメーだろぉーがよ!!ニコラスてんめぇっつ」

「まぁまぁ、短気は損気だよエドワード♪こぉの怒りん坊さん」

ガクガクと服を掴み揺さ振るが、ニコラスは一向に笑顔を絶やさない。天の使いかと見まごう微笑みを湛えているが、その面構えに騙されてはいけない。

眼前に立つこの天の御使いの正体は、実は腹黒く人間を奈落へと引き込む悪魔なのだ。

げんに今、エドワードはあらぬ罪を着せられそうになっている。

この戦時下から永い付き合いの友、ニコラス(悪魔)に。

「誰が怒らせていると思ってんだ・・・ニコラスゥこの悪魔めがぁ!!」

ブルブルと怒りに震えが止まらない。

町を守るが騎士の誇り、憧れ願いようやく騎士になった、それを少なからず傷つけられた事に恨み言を言いたい。いや、言う。絶対ぇ言う。

だが天使の分厚い皮を被った悪魔には、そんなもの、まるで効果が無かったのだ。

「フッ。エドワード、君ってば自分の状況まるで分っていない様だね~、いいかい君は今ここでコレを受け取った時点で騎士ではない、ただの無職の一般市民だよ。一般市民が国に仕える将校にそんな口聞いていいのかな?不敬罪で連行しちゃうぞ★」

そう言って鼻で笑い、ウインクしてみせるのだから。

「ぐっ!!」

息が詰まって、エドワードはビシリと固まる。

手にぐしゃぐしゃにされた書状の感触と、言われた意味に二の句が告げない。

口をパクパクさせる親友を見つめ、その様子をひとしきり楽しんだニコラスは、にっこりとほほ笑む。肩を竦めて、やれやれ・・・沸点が低いんだから、と口を開いた。

「さてと、冗談はここまでにして、そろそろ本題を話すよエドワード」

「なぁ。オメーは一々俺を精神的に突き落とさないと気が済まないのかよ。」



「・・・今回の地下牢の件での体験と、君が神魔教団に襲われた件で、暫く君は身をマライトでなく安全が保障できる場所に置いた方がいいと思ってね。私が思っていたより、邪教信者は危険人物が背景に潜んでいるし、今回マライト国内で起った事件で魔術協会からの報告を受けて、陛下は大層危機感を募らせていらっしゃった。」

狭い小ざっぱりした部屋の一室で、クロウに気絶させられ、安全な場所であるこの店に匿われた流れと共に、ニコラスはこれまでのエドワードに降りかかった事情と、クロウ達の事も全て説明した。沸点が低い割に大変物分かりがよく、聡いエドワードは事情を聞くとすんなりと頷いて納得し、話を真剣に聞きに入る。

「そりゃまー、まさか王都のそれも、神聖なエルハラ教会の大聖堂の真下に奴等のアジトがあればな・・・」

聖なる家は実は魔窟でしたとか、洒落にならない。

寝台に腰かけ、気の抜けた声音で頭を掻くエドワード。

その親友の様子を眺め、ニコラスは金の瞳を窓の外に向けた。

「それで陛下も今回の事で直に、事件の状況を聞きたいと当事者の私が呼び出されてね。二人きりで海の黒真珠の動向や、地下墓地での魔物退治も、君が命を狙われたけれど稀代の魔術師に助けられた事も詳しく話したよ。」

「それで陛下はなんて?」

「正直、私もクロウさんと同じ意見でね。いくらなんでも派遣執行員が各国に散らばっても邪教信者の動きは迅速に掴めないだろうって事で、それで白羽の矢が当ったのが君。」

「俺?」

ピッと指をさされた自分に、エドワードは首を捻った。何とも嫌そうな表情付きで。

無意識に自分に降りかかる厄介事に感付いたのだろう、ニコラスは友人の野性的勘に腹の内で大爆笑をかましていた。

「エドワード、君は現在進行形で邪教信者に命を狙われている、だから私は敢えて君を野に放す。クロウさんには悪い話だけど、彼はまぁ元々悪役だから君を黒真珠の仲間として船に乗せても問題ない。彼等なら君を道中守ってくれるだろう、そして君はマライトからジェーダイトに渡り、ガンダルシア王の親書を各国に渡す為に渡り歩いている魔術協会派遣執行員局長のもとに行くんだ一年間。神魔教団を誘き寄せ易くする餌としてね。」

大笑いを噛み殺してそう伝えれば、エドワードは予想通り眼を見開いて、

「はぁ!?ちょっと待て、なんだそのキラーパスな任務?!」

またもニコラスの軍服を引っ掴んで揺さ振った。

やばい、騎士剥奪も死活問題だが、この任務はもっと死活問題な気がする!!

エドワードは眼に見えぬ焦りと、非常に嫌な予感が胸を支配される。冷汗が額に流れた。

「大丈夫、航海なら心配ないよ。私から魔術協会を通して、クロウさんに依頼として話は通しとくから~♪エドワード暫くの間だけ海賊生活楽しんでおいでよ♪♪♪」

「じょ、冗談じゃねぇよ!!なんで俺があの海賊と仲良く船に乗らにゃならんっ!囮になるつったて、ジェーダイトまでは別の船や街道伝いでもどうとでも」

「エドワード、解ってないねぇ~・・・これ、アレイスター様の勅令。」

ハイ、勅書だよ~とニコラスにしっかり勅書を握らされたエドワード。そこには、しっかりマライト国現国王、アレイスター・カイト・マライト十三世の印と直筆が。

「・・・・・・・。」

なんで? とか疑問は浮かぶが、もはや言葉も出ない。

反抗すらできない。

心の芯がベッキリ折れる音を、エドワードは何処かで聞いたような気がする。

「あ、それとエドワード。君は一応一般市民ってことになってるけど、裏では私の隠密偵って事になるから。今日から以て君は私の部下だよ。」

「あ~・・・そう」

もう勝手にしてくれ、エドワードはゲンナリと肩を落とした。そこに追い打ちをかけるが如く、ニコラスは嫌味たっぷりの笑顔が向けられる。

「あ!そうそう今回の件で私、二つ飛びで出世してね♪コルベリー大将になったから!」

大将になったから、大将になったから、大将になったから・・・

エドワードの脳内にニコラスの最後の台詞が木霊する。

騎士団長から転落、騎士階級剥奪・無職。

かたや悪友は少将から出世して二傑飛びで大将。

「不公平だぁああああああああああ」

あぁ、無情なり。

その日、エドワードの虚しい絶叫と、ニコラス大将の愉快な笑い声が響き渡ったのだった。




「それは大変だったな。」

「まぁな・・・おかげさまでな。」

太陽が垂直に上る少し前。黒い船と最強を誇る海賊団、ブッラクパール号の甲板。

事情を聞いたクロウの、ただのエドワードにかける言葉は、その一言に限られた。

傍に居て事情を聞いていたセシルも、気の毒にエドワードさん・・・と、心の内で十字を切る。

昨日の騒動に今日の朝の話だ、きっと自宅にも帰れず碌に仕度できなかったのだろう。

セシルがまじまじと見れば、ニコラスが用意したらしいトランク一つに、ヨレヨレの無難な白いシャツにズボン、色つき眼鏡、それとサンダルという、あのヤクザ雰囲気醸し出すエドワードにしては、何処にでもいる近所のおじさんスタイル。

うん、普通だ。

あの派手ながらものシャツに、金のネックレスとかなくて、ホントに普通だよ。

でもなんだろう?

エドワードさん普通過ぎて・・・違和感が拭えない。

セシルは失礼な感想を抱いて思わず俯く。


そんなセシルを余所にクロウは訥々、エドワードに今後の事を話し始めていた。

他の仲間達には聞こえぬ様、密かにギルド王国(マルクト)の仕事内容と契約の説明を取り交わす。

「一応。依頼として受けているからな。身の安全は保障する。」

無表情に言いきる黒衣の海賊の、なんと頼もしいこと。身の危険に晒されている者なら、誰でも安心してしまいそうになる。

―――が。エドワードには今一つ、この海賊船の生活に安心できない要因があった。

「それはありがてぇけど、訊いていいか」

「なんだ?」

ごくりと、つばを飲み込んで尋ねれば、黒衣の海賊には無表情で首を傾げられる。

「あの、あの、あの、だなぁっ」

エドワードが言わんとしていることを、雰囲気で察したセシルは普段より憐れみが混じる、死んだ魚の様な眼で気まずそうに唇をかむ。

エドワードは極限に眉を眉間に皺を寄せて、盛大な屈辱感に全身をブルブルと震わせて、憤りの全てぶちまけた。

同時にビッと素早い動きで、一指し指がマストの方へ向けられる。

「あのタレ幕は何だぁ――――――――っ!!?」

エドワードが叫び頭を抱える頭上。そこには見事な歓迎タレ幕が―――・・・

『エドワード入団おめでとう★ようこそブラックパールへ』

デカデカと書かれ、快晴の空にマストからまさしく“ソレ”は棚引いていた。


騎士を剥奪されて、尚且つ神魔教団に追われる身で、ジェーダイト国にいる派遣執行員局長に会わないとはいけないのは分かっている。

その為に、一番安全圏な海賊を隠れ蓑に、護衛されるのも、なんとか腹を据えて屈辱に耐えて覚悟は決めて来た。

決めて来た、筈なんだが・・・・これは、これは明らかに違う!

俺は一言も、一言も、一言も。

オメェーらの仲間になるって言った覚えはねぇえええええええ!!!!!!

エドワード胸の内は、腹の底から絶賛絶叫中だった。

「イェーイ★エドワード~ブッラクパール仲間入りおめでとう!!」

「歓迎するぜ!」

「これでオマエも本当のヤクザになれたなっ」

「オメデトー♪」

ドンパフパフ~、パンパカパーンと、クラッカーや太鼓の音が甲板を埋め尽くす。

その後にひとしきり、ブラックパールの船員から花束やら握手やら歌やら、過剰な歓迎にもみくちゃにされてエドワードは真っ白になる。

「なんで、俺が・・・なんで、俺がっ」

クラッカーのテーピングがエドワードに頭に引っ掛かかって哀愁がより際立った。

「ンフッ、いい男ならアタシ大歓迎!ん~むちゅっ」

最終的に放心状態になったエドワードに、トドメとばかりに料理長から熱いほっぺにチュー(と言う名の呪い)の洗礼を受けて悲惨さが滲み出ている。

「・・・・・・。」

ガックリと、その場に膝を吐くエドワード。

セシルとクロウから見れば、最早それは弱ったカナブンの生殺しにしか見えない。

哀愁さ漂う光景だった。

「エ、エドワードさん・・・大丈夫です・か?」

自分で言っていてなんだが、決して大丈夫ではないだろう。だが今のセシルには、そんな気休め程度の言葉がしか見つからなかった。

「おい。ヤクザ騎士団長・・・。」

クロウが元気出せと肩に手を伸ばせば、

「・・・ふっ、ふふふふふふふ、あ、は、はは・・・アハハハハハハハハハハッ!!」

狂ったようにエドワードが奇声にも似た声で高笑いし出した。

『ついに壊れた!』

セシルとクロウは同時に、ズザザザっとエドワードの背から飛び退く。

それ程エドワードの放つ気配は異様であった。

ゆらゆらと、幽鬼のようにエドワードは立ち上がる。

その途端、ぼっとエドワードの全身から赤い闘志が包み陽炎が舞う。

「上等だぁニコラスっ!!あの悪の総帥めぇ~~~っ俺は意地でも生きてここマライトに帰って来てやるからなァ――――――――覚悟しとけぇ!ケェ~ケケケッ!!!」

最早人間でないような声音で天を仰いで叫ぶエドワード。

その時、セシルとクロウは彼の背と頭に、蝙蝠の大きな羽と赤く捩じれた角、そして永く伸びた赤い舌が視えた様な気がした。(否、確実に視えた。)

「ひぇええ!超怖いよぅ!!」

「・・・。」

凄まじい恨み念波に竦み上がるセシルと、思わず無言で身構えたクロウ。

不穏な気配にクロウは無言で、セシルの腕を取ってから双方頷く。

阿吽の呼吸で二人は船尾楼甲板へ避難した。

「さてぇー・・・つーわけでだ」

エドワードが不穏な笑顔(但し眼は笑っていない)で、ゆらりと振り返る。

その瞬間、百戦錬磨のブッラクパール海賊団の仲間全員が、エドワードから一歩引いた。

「オメェー等にも、散々世話んなるだろうからなァ~・・・ここで俺もいっちょ自己紹介させてもうぜぇ~・・・この騎士団で鍛えた拳でなァ!!!」

気分はもうヤケだ。

言うや否や、重そうなトランクを両腕で掲げ、エドワードはルーヴィッヒ等海賊団の仲間達の方にぶん投げた。

「う、うおおっ」

「ぶへ!!」

ぶんっと放り投げらたトランクを寸での所で航海士は身をかがめてかわす。

すると背後にいたルシュカにブチ当るが、そんなのお構いなし、ルーヴィッヒは這うように甲板を走り抜けた。

「に、逃げろぉ~~~~~~~☆」

「うぉおおおおおっ」

「きゃぁ~~~」

航海士の避難命令が飛ぶ。

エドワードの剣幕に蜘蛛の子を散らす様に海賊達は逃げ回った。

「待ちやがれゴラァ―――ッ!!悪の総帥を滅ぼす呪術の贄にしてくれるわァ!!!」

ヤケクソにして八つ当たりな元・騎士団長の声が轟く。

「うわっ追いかけっこだ~♪」

リオンは嬉しそうに追いかけっこを楽しみ、

「ほほほっい♪儂も簡単にはつかまらないじょい~」

老人船長も手を叩いて笑いながら逃げ惑っている。

「Oh☆俺達はいつも船長に追いかけられてんだぜ☆韋駄天のルーヴィッヒとは俺の事だ☆さ、一緒に逃げようなハニ~☆☆☆」

「ヤダン、ダーリンカッコイイ~~~っ」

「待ちやがれゴラァ~~~っ」

「う、うおぉおおお~~バカップルが急接近中!お前等逃げろっ」

「ぎゃあーっ」

エドワードに追いかけられている航海士は、料理長と手を繋いで愛の逃避行としゃれ込んむ。それを見た水夫達と幹部達もバカップルの毒素に巻き込まれまいと縄を放り出して、甲板を走ってちょっとした騒ぎになっている。

ワーワー!ギャア!ギャア!と賑やかな声が甲板に広がり、海賊ブッラクパールにとってその日は実に長閑な昼だった。(一名、トランクの角に頭をぶつけて気を失って、倒れたままだが。)



「はぁ~あ、結局、エドワードさんを巻き込んじゃったね船長」

船尾楼甲板から下を見下ろしてセシルは、溜息交じりに隣の黒い存在を振り返る。

そんな黒衣の彼は長髪を風に靡かせながら、手すりに肩肘を突いてフンと鼻を鳴らす

「・・・あの将校。友の身を優先させるのはいいが。これで将校自身の味方が居なくなって大丈夫なのやら。依頼料、きちんと払ってくれりゃいいがな。後でマライトに戻ったら、首が繋がってなくてもうこの世には居ませんじゃ。ただ働きだぞ。」

「船長、それ洒落になりませんよ。」

なんて物騒な思考なの、縁起でもない。

セシルは物憂げな瞳で訴えるが、クロウには届かなかったらしい。いつもの事だ。

「何言ってんだセシル。ホントの事だろ。それにしても、また賑やかになるな。」

クロウのいつもの如く嫌そうな声音に、セシルは苦笑いを浮かべる。

視線を下へ戻せば、老人船長に締め上げられているエドワードの姿が見えた。

ギブギブ!と回された腕を叩いているエドワードに、老人船長は自身の大笑いで聞こえてない様だ。果たして大丈夫だろうか?

「あはは・・・、お爺ちゃん船長が嬉しそうだからいいんじゃない?」

「それもそうか。」

セシルの言葉にクロウも、手すりに頬ずえを付いて納得したのか、うむ、と頷く。

目下、二人の下では、老人船長がエドワードを締め上げたまま頬ずりをしていた。

当のエドワードの顔色は悪い。果たして本当に大丈夫だろうか?

「そうですって!・・・・・・たぶん」

「たぶんかよ?!」

不安が残る台詞に、思わず振り返るクロウ。

「それより、あれ見てください船長。大切な護衛対象がぐったりしてますよ、お爺ちゃんによって。」

遠い眼で見つめるセシルの視線の先には、遂に首が落ちた哀れなエドワードの姿が。

「あ。」

短いクロウの声が漏れる。

こんな調子で護衛だなんて大丈夫なんだろうか・・・。

セシルはふと息を大きく吸い込んで吐いた。


今迄、自分には関係も無いと思っていた人々。

その人々と関わって行く内に、いつの間にか息をするのが楽になったように思う。


自分と鏡のように似ていて、自信をくれた星屑の店主ローグル。

自分達が原因で、神魔教団に命を狙われる身になったエドワード(元)騎士団長。

友を案じて、独り立ち回ると決めたニコラス将校。

その神魔教団の手掛りは結局、何も掴めずじまいだったが、それでも何か、自分の中で大きく何かが始まった様な気がする。


焦らず、ゆっくりでいい、悩んで悩み抜いて、自分が良しとした応えを出そう。

このチカラがあって、良かったのか、探してみよう。

自分にできることを――――――。


ふとセシルが空を見上げれば、出稼ぎにでていた頃の空よりそれはもっと広く思えた。


密かにそんな思いに耽っていると、クロウの少々焦った声音が降りて、

「セシル。俺は爺さんを止めに入る。オマエはヤクザ騎士団長の回復を頼むぞ。」

セシルはギョッと眼を見張る。黒衣のロングコートがセシルの視界に舞う。

クロウは既に手すりから離れて、ロープで軽やかに甲板へ降り立つ瞬間だった。

その傍には気を失って、ぐったり倒れているエドワードとルシュカ。

他の仲間達も、うわぁああ大丈夫かぁ~っと叫んでオロオロしている。

「えっ?!わぁホントだ!!エドワードさん、気をしっかり~~~~~~っ」

セシルは大声を上げて、綱梯子を降りる為に急いで駈け出した。

せめて自分にできる事を、精一杯やろうと、心に刻み込んで・・・。






黒き真珠、海上の城、海賊船ブラックパール号。

次の進路は、西の大国ジェーダイトが守る海の楽園、南西の港町テルノバへ――――――。





『出航―分かつ道を生きる友へ―』

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