盲目王―セシリア―
『盲目王―セシリア―』
上品な住宅や店先が並ぶ道程も、セシルが憂鬱に外を眺める内に、徐々に街道からそれて、大きな邸宅が幾つも姿を見せて行く。
あわわ・・・だんだん、大きなお家が見えて来たよ。
胃が痛い、緊張してきた・・・なんだって僕が、御貴族様と一緒なの?
なんの拷問ですか、僕は庶民なんだってば!大きなお家は、場違い!場違いだよ!?
魔術師ローブ作るだけで、なんだってこんな緊張しなきゃならないの?!
助けて創造神エルハラーン様!!って、この言葉ももう言い飽きたよ!!
どうせ、助けてくれないんでしょ―――――――――っ
セシルは半泣きで馬車の外を眺め、かれこれ馬車に乗って三十分。セシルは、クロウを視界に入れない様にしていた。薄い水膜に覆われた瞳に映るは、荘厳な白煉瓦が豪邸を囲み、主の敷居を各々主表しているような貴族の邸宅。すっかり、茜色から藍色に染まって来た外の景色はその邸宅からの、ポツリポツリと仄明るく光る灯りを、美しく映えさせていた。
夕闇迫る舗装された道の外には、名も知れぬ白い花々が咲いて道を飾っている。
そんな道を突き進み、馬車に運ばれているセシルの視線の先。その先に今まで見た事も無い程の、巨大な白煉瓦の壁と銅柵が張り巡らされた邸宅が見え始めた。
ガタン――――ッ。
馬車の扉を閉める音が夕闇に響く。
胃痛と憂鬱に顔を青くするセシルは、呆然と眼前の豪邸を見上げ口を開ける。
「ここが、スペンサー卿。ミーティア様の御屋敷だ。」
クロウがセシルの手荷物と自身の旅行鞄を持ち、そうセシルに説明する。その二人の先には、白い煉瓦の落ち着いた群青の屋根が立派な御屋敷が、これまた美しく手入れされた広大な庭の先にそびえ建っていた。
「副船長さん・・・僕、もう、緊張で死にそうなんですけど。」
セシルは血の気が引いて真っ青だ。
「何言ってんだ。オマエ。別にこんなの只の建物だろ。オマエの家と一緒だろ?」
そんなセシルに、クロウは首を傾げ事もなげに言ってのける。この黒衣の副船長は、いつもどこかが、ズレているとセシルは思う。
「全然違いますよ、敷地と家の玄関の間に庭なんて、僕の家にありませんもん。」
「そうか?庭ならオマエの家にもあっただろ。あの家の裏手とか。」
不思議そうに言うクロウ。その表情は、いつだって無表情だ。
「副船長さん、あれは森と草原です。庭と一緒にしないでください。」
ぴしゃり、そう言いきってセシルは溜息を吐く。この暗黒の副船長には、貴族の手入れされた庭と、家の裏手に野放しにされた草原の区別がつかないらしい。何故わからないのか、世の不思議である。
そんな問答を繰り広げる二人に、鉄柵の豪奢な門前から秋の北風が吹き通った。
「っと。まぁ、話はこれぐらいにしといて。中に入るぞ。」
風が冷たくなってきた。とクロウは、鉄柵の門前に備え付けられた、呼び鈴の鐘を鳴らした。カラン、カランと鳴る鐘。セシルはその鐘の音に、逃げられない所まで来たと悟る。
「えぇー・・・」
これから来る緊張の始まりに、セシルは不満の声を零した。
「大丈夫だぞセシル。ミーティア様はそんな堅苦しいお人柄でもない。オマエは、いつも通りにしていればいいんだ。」
セシルの不安げな声を聴き、クロウはそう言って宥めた。だが、セシルとしては、そうは言われても、不安はぬぐいきれない訳で。
「そ、そんなこと言っても・・・僕は根っからのド庶民育ちなんですよ、粗相とかしないようにしないと・・・」
死んだ魚の様な眼で、セシルはクロウを見つめる。その言葉を派する際、若干セシルの体が緊張によって震えていた。そんなセシルを見つめ、クロウは溜息を吐くと、
「それなら、俺も一応庶民暮らしなんだが。まぁ。心配し過ぎだ。あの仮面を受け入れ、信頼を寄せる方だ。そんな、庶民の些細な粗相なんぞ、眼を瞑って下さると思うが。」
幼少時からよく、面倒を見て貰っていた師の母を思い浮かべた。
魔術師リーンハルト・アーベントロートの母、ミーティア・スペンサー卿。その人はガンダルシアの現国王、カシオペア族アレクシア女王即位以前から仕える、スペンサー家の当主と有名な貴族である。今は滅んだカルザノ族に長きに仕えていた、アーベントロート家と婚姻を結んだが、スペンサー家を継ぐ者も居なかった為に、齢七十の歳を経て、スペンサー家当主に再び着く事になったのだ。現在は年齢の事を考慮し、宮廷職務から離れ、穏やかに暮らす、上品にして大らかで聡明な婦人だ。尊師リーストが幼いペルソナを養子として向かい入れた時も、周囲の親族は反対の意見もある中、一番に手放しで喜んで迎えたのはミーティア様だった。クロウもその当時、その場に居たのでその時の事はよくよく覚えている。未だ人間に脅える、野生児同然だった幼馴染に対して、口がさない者達もいたが、ミーティア様は『そんな者達なんてほっときなさい!私はこの子を愛しているんですから!』と、大声で宣言してペルソナを抱きしめていた。野生児同然の(己を含め)ペルソナの成長を微笑んで、尊師を交え根気強くある一定のマナーを教えてくれたのだ。
そんなミーティア様である、だからこそ、大人しく普段から控えめなセシルが言うほど、心配する事も緊張する事もないと思うのだが・・・。
「そ、そんな事言われても、僕としては不安しかないんですけど」
クロウの想いを余所に、セシルは青い顔をして尚も緊張しているようである。
「いつも通りでいいと思うが。・・・あぁ、迎えが来たようだ。」
そんなやり取りをしている内に、門番をしていた使用人が、灯りを持ちこちらへ向かって来た。
「お待ちしておりましたクロウ様、セシル様、どうぞ中へご案内いたします。」
重そうな鉄の柵の扉を開け、深く一礼をする。そして使用人である男は、クロウ達の荷物を預かれば、もうすっかり夕闇に染まってしまった庭の先、邸宅へとセシル達へ案内した。
うぅ・・・大きなお屋敷。これって、もう家って言うか、お城だよ・・・ね?
案内されたスペンサー家の邸宅の玄関を見上げ、セシルはその広さと屋敷の大きさに、縮こまる。生まれてきて今迄、町の小さな家しか知らないセシルとしては、この眼前の白い貴族の上品な邸宅は、絵本でよく見る城にも似ていた。どうぞ・・・と使用人の男に、白い大きな玄関扉を開けられ、屋敷の中へ案内されセシルは、ますます不安と緊張、居心地の悪さを感じた。高価そうなアンティークの家具や、絨毯や絵画が並ぶ廊下。その屋敷の様相をキョロキョロと不安げに辺りを見渡していれば、落ち着いた抑揚のない声がセシルに落ちる。
「セシル。何してるんだ行くぞ。」
「え、あ、はい・・・」
慌ててセシルは、はぐれない様クロウの隣へ小走りに寄った。なんせこの屋敷は、迷いそうになるほど広いのだ。方向音痴のセシルは、まずクロウを見失えば、迷子になる事確実である。一方、クロウと言えば、慣れているのか普段通り、無表情に使用人に案内されるままに、セシルと共に客間へ足を向けていた。
「こちらです、奥様もすぐにお見えになりますので、中でお待ちください。お荷物はお部屋にお運びしておきます故、失礼いたします。」
そう言って使用人の男は、一礼すると客室から出て行った。
セシルが通された客室は、セシルの自宅のリビングを五倍ぐらい拡大した、滅茶苦茶広い部屋だった。
ぃ、いつも通りにしていいって副船長さんは言ってたけど。いつも通りって、どんなふうにしてたっけ僕。あぁ・・・なんか、息をするのさえも、おこがましい様な気がするよ。その客間の中央に、白いテーブルクロスが眩しいぐらいにセシルの眼に映る。
「とりあえず。座ったらどうだ。」
感情の読めない声が降りて、セシルは我に返った。
呆然と立ち尽くすセシルを余所に、クロウは余裕綽々と席に着いて、すぐさまメイドが客人へと茶を出し、出された紅茶を飲んでいる。そっか副船長さんは、アレでも貴族様だもんね・・・慣れていらしゃっる―――っていうか、高そうな椅子!?そこに座れと?僕がぁ?無理でしょ!!座ったら緊張で死にそうだよ!?セシルは心の中で叫ぶ。
口を開け閉め、泣きそうな顔をして立ち尽くすセシルに、クロウは呆れた顔をした。
「セシル・・・。心の声がダダ漏れだ。あと、椅子に座って死ぬって奴は、俺も見た事が無いぞ。」
白地の花模様をあしらったカップを片手に、やれやれまたか、と溜息を吐く。
「ひぃいいい!!また声が漏れてたっ!!い・いぃやぁ~・・・」
クロウの言葉に、セシルは鈍器に頭を打ち付けた様な衝撃が走り、羞恥に素早く客間の隅へ縮こまって座り込む。その移動速度は神業級。悲鳴と共にクロウの眼も追いつかない程、呆れるぐらい早かった。お茶を出し客間へ静かに待機していた、メイドもセシルの突拍子もない行動に、驚きの顔を隠せないでいる。そして次には、必死に笑う事を抑え込んでいる様子が、クロウにはありありと分かった。
どちらかと言うと、その今の行動の方が恥ずかしいのではないか?
クロウは未だ、涙目で縮こまるセシルへ、そう疑問を投げかける。もちろん心の中で。
そんな事を思うクロウの視界、テーブルクロスの下から、
「しょうがないよクロウ、だってセシルだもん」
と鈴を転がす声が上がった。
そのままクスクスと小さく笑う、その声の持ち主は、もちろんクロウのよく知る幼馴染のモノで。
「仮面じゃなかった、シャーロット。見てたんなら、もっと早く出てこいよ。見ろ、セシルがあんな事になってるぞ。」
「だって、セシルが面白かったもんだから~つい、ね♪」
不機嫌に眉間に皺を作り、クロウはテーブルクロスから顔を出すシャーロットを睨む。
その睨みには、幼馴染で慣れているのか、普段の作り物の声を出さず、テヘ♪と仮面を外したブラックパール海賊団の楽士が微笑んで返す。
そうしてシャーロットは、テーブルから這い出て、クロウへ片手を挙げ久しぶりと挨拶。
「オマエ・・・シャーロット。面白かったからって。ちったぁ助けろよ。」
始めからテーブルに潜んでいたらしい、幼馴染にクロウがそう言い放てば。
「え~~~クロウを?・・・・・・・・・・・・・・・・嫌だよ」
不満の声を上げ、たっぷり間を開けて、シャーロットは軽く拒否の意を述べる。
「キッパリ言いやがってシャーロット。コノヤロウ。」
幼馴染であり、鎖縁な関係にあるクロウは、何度目になるか、この時本当に思った。
幼馴染って、たまにぶっ殺したくなるな。―――――――と。
「そんなことより、クロウ。セシルあのままで良いの?」
まだ縮こまって泣いてるけど?とシャーロットは首を傾げ、クロウを軽蔑したような目で見る。
「あ。」
クロウは虚をつかれた声を出し、セシルの事を思い出した。すっかり、クロウはシャーロットの口車に乗せられ、セシルの存在に意識を離していたのだ。呆気にとられたクロウの表情を見てとり、シャーロットはワザとらしく大きく溜息を吐きつつ、
「あーあぁ、クロウがそんなんだから、セシルと仲良くできないんだよ~?ちゃんとフォローしなきゃ・・・セシル、大丈夫?私の事わかるぅ~???」
セシルの方へ向かい、セシルと同じ目線になるよう膝を折って座り込む。
そうして、セシルの灰色の髪を優しく撫でた。
「うぇ・・・あ、あれ?ペルソナさん?」
セシルも撫でられたことに、気が付いて混乱状態から解き放たれたらしい。
半泣き顔で、不思議そうに仮面を外した楽士を見上げた。
「いらっしゃい、セシル。ようこそ、私のお婆様のお家へ♪」
そう言って少女のふんわりとした微笑みと、優しいダークブルーの眼差しを向ける。シャーロットは、宥めるようにセシルの額を撫でた。
「ふ、ふぇえええん!ペ・ペルソナざんだぁ・・・うわぁ―――――ん!!」
感極まってそう叫びを上げるセシル。
セシルはその優しい声と雰囲気に緊張が解けたのか、ダークスーツの楽士に抱きついた。
「あらら・・・セシル、かなり参ってたのね~よーし、よしよし」
そのセシルを受け止めて、シャーロットは灰色の髪を撫でる。そのシャーロットの少女の顔は、とっても笑顔。花が咲いたような微笑みだが、固まって座っているクロウをちらっと見ると赤い舌を出し、泣きつくセシルを一層抱きしめた。
そう悪友であるクロウへ、思いっきり見せつけるように・・・・・・。
この時―――。クロウの心には、確実に幼馴染に対して、殺意にも似た何かが湧いた。
あの小悪魔ぁシャーロットッ・・・コノヤロウ。
計算か!計算なのかよっ?!その勝ち誇った笑みはっ
あ~~~~~、アイツ今すぐにでも一発殴りてぇっ!!
客間のクロウの周囲の温度は、クロウの心の憤怒共に、氷点下まで一気に下がった。
無表情に務めて控えていたメイドも、この寒さに一瞬身震いするほど。
だが、幼馴染であるシャーロットには、このクロウの怒りとか嫉妬の感情余波なんぞ、何のその。しれっと知らんふりを決め込んで、セシルに抱きついてあやしていた。
内心、もの凄くクロウに対して、大爆笑をしながら。
フフフン♪悔しかったら、信頼を勝ち取って見なさいな~♪
ま・今のままのクロウでは、無理だろうけどねー。
などと・・・少女の鈴を転がした大変可愛らしい声音が、クロウの脳に響いてくる。
その可愛らしい声の持ち主も、愛らしい少女そのものなのだが、クロウの眼には質の悪い黒い羽根と黒い尻尾が付いている様に視えた。故に小悪魔という表現がしっくりくる。
そんなクロウの傍では、彼の仮面を外した少女が、
「ほらほら、セシル泣かないで、私のお婆様はとっても優しいのよ?クロウよりセシルは常識があるから、貴族の礼儀作法なんて何も心配すること無いの」
とクロウに大変失礼な事を言って、セシルを宥めていた。
「ほぇ、ホント?」
だが、目下不安により混乱状態のセシルには、そんな失礼な発言を気にする余裕も無いのだろう。涙目で首を傾げ、しがみ付いていたシャーロットを見上げる。
「ほんと、ほんと♪」
シャーロットはウンウン、と頷いてセシルの頭を撫でた。
セシルはその言葉に、安心してホッとしたのか、少し体の震えも収まって落ち着きを取り戻した。セシルはなんだか、しがみ付いている自分が恥ずかしくなって、薄く恥ずかしそうに笑った。シャーロットもそんなセシルを見て、満面の笑みで微笑んで灰色の髪を撫でる。完全に二人っきりの世界・・・二人の背景にはお花畑が視えそうな雰囲気に、蚊帳の外に追い出されたクロウは、腹の底から煮えくり返るどす黒い想いが募った。
要するに、簡単に言えば嫉妬である。
「オイコラ、ちょっと待て。シャーロット。」
ガチャンとカップを置き、クロウは席を立つと、幼馴染を苦々しく睨み付けた。
「なぁに?クロウ・・・まさか、常識ありますって言うの?」
人差し指を頬に当てシャーロットはワザとらしく、コトリと首を傾げクロウへ振り向く。
それもクロウの内心も、何もかも見透かした上での質問だ。タチの悪い幼馴染である。
「あるだろ。俺も一応常識は持ち合わせている。」
クロウも律儀に返して苦々しく応える。
だがクロウの言葉を聞いた、シャーロットは至極真面目な顔で・・・。
「!?」
アンタ、本気で言ってのそれ?と言いたいのだろう。
言葉も出ない程だと言わんばかりの、衝撃の事実に打ちのめされた表情をクロウに向けた。しかも、それが作り物めいた可愛らしい少女の顔なので、いっそう悲壮感を誘う。
「オイ!なんでそんな、今まで見た事ない驚いた顔してんだ?!!」
クロウはその表情にたまらず、抗議の声を上げる。
すると、当の本人は未だに、腕の中に居るセシルに向き、
「だって、ねぇ?セシル」
物言いたげに同意を求めた。
「え?う、うん・・・。」
急に話を振られたセシルは、困ったように眉を寄せるも、おずおずと頷く。
この場合、クロウに常識は持ち合わせているのだろうが、いつもの日常の騒動の中の副船長を思い出し、こればかりはセシルは素直に否とは言えなかった・・・。
そのセシルの反応を見て、クロウはグッと息を詰めその場に固まる。そのクロウの立ち尽くす姿に、シャーロットはフフフンフ~♪を鼻で笑い、意地悪そうな笑顔。クロウがそれを見てとって、眉を不機嫌に寄せれば、もう客間は一触即発しそうな空気で一杯だ。
そんな空気の客間に、嬉しそうに笑う場違いな声が響く。
「ホホホッ~クロウとシャーロットは、相変わらず仲が良いのね」
泣き顔の少年を挟んで、可愛らしい少女の笑みと眉間に皺の凶悪な顔が、火花散っているにも関係なく。セシル達が通された反対側の扉から、白髪の緑の淡い瞳をした小柄な老女が、のんびりと構えて三人を見ていた。
「あ!お婆様♪」
その年老いた婦人を視界に入れれば、すぐさまシャーロットが嬉しそうに声を上げた。
あ、あの人が・・・ミーティア様?セシルはそのシャーロットの態度に、ここの屋敷の主である、ミーティア・スペンサー卿だという事が分かり、ビクッと体を強張らせる。そんなセシルの前へ、クロウは進み出て、クロウは深々と頭を垂れた。
「お久しぶりです。ミーティア様。壮健そうで何よりです、永い間挨拶にも伺えず失礼いたしました。」
相変わらず抑揚の無い声で挨拶を述べる青年に、老婦人は苦笑いを浮かべ、
「本当に相変わらずですねぇ、クロウ。いつもの不機嫌顔で、眉間に皺が残ってない?」
頭を上げた彼の眉間を人差し指で撫でつけた。
「そ、それは。」
珍しく狼狽えるクロウ。
さすがに、世話になっていた老婦人には、手は出せないらしい。どう返していいか分からず、困ったような顔をしている。そこへ尽かさず、幼馴染の容赦ない言葉が飛び出す。
「確実に残ってるよ、お婆様♪」
最早、お決まりと言いっていい。絶妙のタイミングな会話である。
「誰のせいだ。誰の。・・・ッと紹介します。こちらはセシル。」
尽かさずツッコミを入れ、クロウは今度はセシルの背に手を置いた。
そうして、かなり短くセシルを紹介する。
それに、急に話を触られたセシルは、ビクっと肩を跳ねるも、老婦人へ顔を向けて、
「お初におめもじ仕ります、セ、セシルです・・・。この度は、御屋敷にお招きいただき、恐縮の限りで・・・感謝の旨をお伝え申し上げます。」
おっかなびっくりが良い表現だと思われる程の声音で、挨拶をなんとか述べた。
そのまま、ぺこりっと頭を下げ、顔を上げる。
そのセシル状態に、シャーロットとクロウは苦笑いをして見守っていたが、挨拶を交わしていた老婦人の表情がみるみる涙ぐんでいく。
その老婦人を見て、二人とも怪訝に顔を見合わせた。
「えっと、僕、何か失礼を・・・」
セシルも、老婦人の悲痛な表情を受け取って、何か失礼な事をしたのかと慌てた。
だが、心当たりがない分、分からないのでクロウ達へ視線を向けるも、クロウ達も困惑した表情を浮かべている。よくよくセシルが周囲を見渡せば、傍に控えていたメイドも困惑気味だ。
え、・・・・僕、
本当に何柿に障る事しちゃった???
そう再度、思ったセシルの前。
その前から、老婦人がセシルの頬に手を伸ばし、まじまじとセシルを真剣に見つめる。
「ハルジオーラ・・・さま」
ぽつり、と老婦人の震えた声が零れた。
「・・・・・・え?」
刹那の間の小さな声。その声が発した名は、セシルが見知った者の名でもなく。
けれども、セシルの耳には確実に老婦人が発した言葉が聞こえてしまい。
ポカンと口を開け、疑問の声を発する。
その呆けたセシルの声に、我に返ったのか老婦人は慌てて、涙ぐんだ眼を瞬かせ、
「あぁ、いえ!申し訳ございません、少し貴方が私の知っている方に、そっくりだったものだから・・・ついね。申し遅れました、私はミーティア・スペンサー、シャーロットのお婆ちゃんなの♪堅苦しくしないで良いからヨロシクね、セシルさん」
いつものおっとりとした口調で、セシルにお辞儀を返した。
「そんなっ滅相もございません!こちらこそ、よろしくお願いしますミーティア様」
もうすっかり、先ほどの出来事など吹き飛んだかのように、セシルも言葉を発する。
礼儀正しくお辞儀をされ恐縮したセシルは慌てて、深々とお辞儀を返した。
そんなセシルに、老婦人ミーティアは優しく微笑む。そしてサラリと、セシルにとって爆弾発言を投下してきた。
「ミーティアお婆ちゃんでいいのよ、セシルさん」
「えぇええ?!」
セシルが予想もしなかった爆弾発言に、驚きの声を発する。
四苦八苦するセシルが、可愛いのか老婦人は、にこにこと嬉しそうに眺めている。
それを見守っていたクロウとシャーロットは、お互い顔を見合わせた。
セシルと老婦人には聞こえない様、心の結界を密かに張る。
そうして何でもない様に、二人の黒はセシルを見つめる。
(お婆様、セシルの顔と名前を見て聞いただけで、誰かを思い出したみたい)
ダークブルーの丸い瞳を、クロウへ向けつつセシルの方へ戻す。
(そうだな・・・。俺もあんなミーティア様を見るのは初めてだ。)
それに頷くように、黒い瞳が伏せられた。
(クロウ?なにか知ってるの、セシルの事に関して?)
(あぁ。偶然だが。少しな・・・。しかし、ハルジオーラという名前とどういう関係か・・・まだ、分からない。)
黒曜石の瞳を細め、クロウはセシルの血筋を思い出した。古い血の末裔であれば、何かしら、同じ貴族である者なら知っていそうではある。
(そう・・・。あとで、お婆様に訊いてみる必要ありそうだね)
クロウの心を読み取ってか、ダークブルーの瞳は、今度は自身の祖母に視線を向けた。
(そうだな。)
そう心の中で応えれば、クロウはコクリと静かに頷く。
ひとしきり、心の中での会話をし終えれば、執事がシャーロットの方へ寄って来た。
シャーロットが用件を聞けば、夕食の用意が整ったようだ。
「お婆様~一緒にご飯食べましょ?執事のゲルタさんが夕食の準備整いましたって」
シャーロットが、そう言って祖母へ声をかけ傍に寄って行く。
「そうね~じゃあ行きましょうか。クロウもシャーロットも揃うだなんって、久方ぶりで嬉しいわ♪それにセシルさんも、今日はいらっしゃるし、お婆ちゃん食が進みそうだわ」
頬に手を当て、綺麗に微笑む。するとセシルとシャーロットの手を取って、老婦人は次に部屋へ歩き出した。
「ワーイ♪ごはん!ごはん!」
「うぇえ?え?え?」
「ごはん♪ごはん♪お婆ちゃんは孫が来て嬉しい~い♪あっそれ、ごはん♪」
嬉々とした声と、引き攣った声を連れた、老婦人の足取りは軽い。
先ほどの悲痛な表情など、微塵も感じさせない程だ。
「・・・・・・・・・。」
クロウはその老婦人の様子に、眼を細め、跡を追うように歩き出した。
ふぅ、と息を小さく吐く老婦人は、目を伏せる。
「そう、セシルさんは凄いのね」
「うん、そうなのお婆様、初めからセシルは私とも心で会話できるのよ」
それに応える孫である少女は、セシルと出会ってからの事柄を、クロウを交え話した。
カチャリと銀のナイフが、高価そうな食器へ置いた音。豪華な食事が並ぶ白いテーブルは、燭台に煌々と照らされている。人払いがされているのだろう、暖炉が燃える温かい食堂には、使用人達が控える事も無く、この屋敷の主と孫、その友人達しか居ない。
「ミーティア様は、こちらではどうでした?」
クロウは一通りシャーロットの話が聴き終わると、今度は老婦人を案じる様に尋ねた。
そのクロウの言葉に、ミーティアは実に面白そうに微笑んで応えた。
「うーん、そうですねぇ。貴方達の破天荒ぶりはよく耳に届いておりますよ?何でも、最近は凄腕の魔術師を仲間に加えて、よりタチが悪くなったとか?かしらね~ホホホ」
ゴホ・・・ッ!
この言葉にセシルは飲んでいたワインを吹きそうになった。
凄腕の魔術師と仲間に加えてとは・・・推測したくはないが、自分の事を言っているのだと安易に解る。セシルは心の底から、どうして、僕は此処の海賊団に居るのぉ~?!仲間になってない!!仲間になるって一言も僕言ってないんですけど!!と悲嘆に暮れた。
しかも自分が仕出かした、船を(幼いリオンを)守る為の術発動により、戦艦をすでに沈ませているのも事実だ。故郷の国でも噂が浸透している事に、セシルはショックを受けて軽く眩暈がする。
しかし、この老婦人はいたって朗らかだった。
「王都にまで、名を轟かせるなんて・・・私は、面白おかしくってよく笑って過ごしてましてよ。」
おかげで十年分若返りましたよ?と、口元に手を添えて、上品に笑っていられるのだから。
だが、言葉には出さないだけで、その瞳は念を押す様に孫とその幼馴染を見つめている。
「あはは・・・お婆様、心配かけてごめんなさい。」
「・・・・・・同じく。」
ミーティアの緑の瞳に、心配しているんですからね?という意志が宿っている事を、受け取って、シャーロットとクロウは苦笑いで素直に謝っていおいた。
食事の手を止め、老婦人は孫とその友人二人から、先ほどから黙りこくっている、セシルを一瞥する。
「まぁでも、これで帰って来たウチの孫が、突然、仕立屋を呼ぶなんて理由が分かったわ。セシルさんの魔術師として、ローブを誂える為だったのね」
ガンダルシアに存在する五種族の内、ルピ族とカシオペア族の混血なのか、ルピ族に多く見られる灰色髪に、カシオペア族特有の淡緑の瞳。その容姿と“セシル”と言う名。
セシルを懐かしく愛おしい者を見る眼で見つめ、ミーティアはにっこりとほほ笑む。
長生きはしてみるものだと、そうして老婦人は内心呟いた。
「えぇ。カルセドニア村やガーネクロイツの町では、セシルに似合う物が無かったので。」
パンを千切る手を止め、クロウはミーティアにそう説明する。
「たしかにそうよねぇ。私が視たところによると、セシルさんは賢者の素質をもっているのでしょうし・・・。並みの道具じゃ耐えられそうにない物ばかりよね」
事も無げにそう言葉を吐く老婦人。それに、うんうん、と頷くシャーロット。
「へ?!わ、わかるんですか!!」
豪勢な食卓に、セシルは恐縮していたが、三人の会話に素っ頓狂な声を上げる。
淡い瞳を瞬けせ、老婦人を不思議そうに眺めた。
「えぇ、分かりますとも~、これでも私、若い頃は国の宮廷魔術師の総長を務めていましたもの。それにセシルさんが身に着けている、リングとピアス、これは隠者ローグルの最高傑作品、エルハラ教の法王やこの国の王が身に着ける物と同じ物よ?」
嫋やかに微笑み、さらりと言う事実。
それはセシルにとって、とんでもない単語のオンパレードだった。
「え、総長?!いやこれ?コレが?!えぇえええ~~~?!!」
セシルは仰天して、自身の身に着けていた指輪と老婦人を見比べる。
国の宮廷魔術師、元総長って・・・
王宮の魔術師を纏める役職で、え、じゃ・・・ミーティア様って、国のめちゃくちゃ偉い人?!っていうか、この僕が副船長さんに買って貰った、指輪とピアス――――――!!そんなすごい物なのっ?!法王様や王様と一緒!!!
この僕がぁっ?!たいした取り柄も無い平民、庶民、ド貧民の僕がぁ?!!
畏れ多いも程が、あ・り・す・ぎ・る―――――――――!!!!
誰か、嘘だと言ってよ!!
サァ――――――っと気の毒な程青ざめるセシル。
そのセシルは、指輪を見つめたまま、動揺の嵐と共に硬直したままだ。
セシルの怒涛の心の叫びを、全て聞いているベテラン魔術師三人は、苦笑いを浮かべた。
セシル・・・心の声が全て漏れているよ、と。
「セシル、知らなかったの?」
心と静まり返った中、先に口火を切ったのはシャーロットだった。
「知りませんでした。」
少女の声に気が付いて、無表情に声を発するセシル。その顔色には色が無い程、白い。
そしてその瞳は通常、死んだ魚の眼よりも酷い、虚ろな瞳である。
「まぁ。ローグルの事もその魔道具の事も、俺は面倒だから言ってなかったな。」
そんなセシルに、しれっと応えるのはクロウだった。
「そう言う事は、早く教えてくださいよ・・・副船長さん」
クロウの言葉に、恨みまがしく睨み、セシルはそう呟く。
セシルの不満気な視線を受け、クロウは素直に謝りセシルへ説明し出した。
「すまん。あの嫌味ジジイは、魔女と尊師の幼馴染でな。ここガンダルシアの王やエルハラ教の法王の装飾品もとい、魔術道具を手掛ける影の魔術師だ。表の顔は魔術道具を売る『星屑の壺』店主の緑眼鏡ローグルだが、王族などの魔術道具を製作する手と眼を持っている隠者だ。まぁ、簡潔に言えば王族専属・装飾師だな。あの嫌味ジジイ曰く。稼ぎが悪ぃから、アルバの町で店を営んでいるらしいぞ。」
ピッと長く形の良い人差し指を立て、セシルへ説明を終えるクロウ。
へぇ、そんな大事な事、面倒だからって僕に説明なしとは・・・なめてんのか、テメェ。
端正な容姿でさまになる仕草に、色々とセシルは今までの鬱憤が限界の頂点に来ていたようだ。若干、心の声の口調まで変わっているのは気のせいではない。
だが、セシル。ここは大人になれ。なんたって、今現在居る場は貴族様の御屋敷だと自身に言い聞かせ、セシルは言いたい事の九割も腹に押し込んで次の言葉を放った。
「ふ―――――ん、なんだか、世知辛い動機ですね」
セシル、クロウへ精一杯の譲歩の言葉である。
「あぁ。まぁ、あの嫌味ジジイは、王宮なんざ嫌ぇだからな。丁度いいらしいぞ。後、言い忘れていたんだが。セシル。そのピアスや指輪と杖はな・・・ローグルが一生にもう二度と作れまいと言った超一級品だ。オマエはかなりあの嫌味ジジイの、お眼鏡にかなった者だったと言う訳だ。」
クロウはセシルの冷ややかな視線を、ものともせずそう付け加える。
そうして隣に座る、セシルの灰色髪を宥める様に撫でた。撫でら立セシルと言えば、じと~っと不満一杯の眼ですごんでいた・・・。主にクロウに対して。
「あの偏屈お爺ちゃんに、気に入られてよかったね、セシル♪」
クロウが思いっきり、セシルに睨まれている状況に、シャーロットは上機嫌。
楽しそうにそう言い放った。
「実感がわかないけど。陛下と一緒だなんて、恐れ多いです。」
シャーロットの無邪気な声に、心が折れたのか、セシルはガックリと項垂れた。
そこへ、今まで話を聞いていた老婦人が実に楽しそうに、
「ホホホ、今この場に陛下がいらっしゃれば、セシルさん、貴方きっと陛下にも気に入られるでしょうね♪」
さらにセシルへ追打ちをかけて、爆弾発言を投下してきた。
この上品な老婦人、どこまでが本気なのか・・・。セシルには皆目、見当もつかない。
「えぇ―――――っと、それは・・・」
もごもごと、セシルが言い難そうに、口を開く。
とりあえず、自分が自国の国王とお揃いの物を身に着けている事ですら、おこがましいというか、畏れ多いのに、気に入られると言うのは、更に、もっと――――――――・・・
『緊張して死にそう、もしくは畏れ多くて死にそうだよ。』
見事に息ぴったり。同時にクロウとシャーロットが、セシルの心の声を読み、セシルの代わりにそのまま言い放った。
「なっ!なんで二人そろってそんな事言うんですかっ!!もうっ!」
先に言われて、セシルは驚きと憤慨に軽く二人を睨んだ。
「いやー。思いっきり心の声が聞えたんでな。」
「そうそう♪つい、うっかり~」
しれっと応える魔術師の先輩二人は、それぞれセシルを戯かっている。
セシルはその二人に、人で遊ばないでください!と抗議の声を上げた。この屋敷の女主であるミーティアは、可愛い孫と幼馴染に、新たに加わったガンダルシアの懐かしい少年を眺めて幸せに眼を細める。
「ホホホ、仲がいいのね~」
いつもより賑やかな食卓に、老婦人の声高らかな笑い声が響いた。
セシルにとって緊張続きだった夕食も終わり、今は広い美しい家具が並ぶ客人が泊まる部屋にセシルは佇んでいる。明日に仕立屋がこの屋敷に来て、寸法や布地を見るのだそうだ。クロウの説明によれば、魔術師のローブには、ある程度守護の刺繍が施されるのだそうで、どんな刺繍がよいかも、セシルに似合うものを選ぶのだそうだ。
セシルは部屋に備え付けられている、化粧台にある鏡に自身を映してまじまじと見る。
恥ずかしい話だが、貧相な体の自分自身が映っている。
この体の僕に、魔が惹かれる要素も、古代人並みな力が備わっているなんて、とてもじゃないが思えない。古代人はたぶん、自然な心を持ち合わせた純粋な人々だったのだろうが。
僕の場合、それとは違うと思う、僕のチカラは狂暴な心の現われだと思うし。
どう考えても、自分が賢者など思えない・・・。
ふと、セシルは鏡に映された、自身の耳元にある深い青に視線が行く。
隠者ローグルがセシルへ選んだ、雫型のピアスだ。
セシルはそれを撫で、左の中指に嵌めた銀の指輪の青にも視線を移す。
これ・・・僕が着けていていいの?
一瞬だけそんな思いを巡らし、セシルが指輪をはずそうとしたその時。
「え、なんで?!」
ぐっと力を入れているのにも拘らず、指輪が一向に外れない。
ぐいぐい、引っ張っても同じだった、指輪が肌にぴったりと引っ付いて離れない。
「な、なんで・・・?さっきまで少し緩んでいたのに」
夕食時に指輪は、指の間でずれるほどだったのが、今はぴったし肌に吸い付くように嵌っている。セシルは指がむくんだのかな?と手洗い用に洗面に立ち、石鹸を持って手を洗う。
だがしかし、指輪が外れる事はなく・・・むしろ、逆に指輪の輪の中が、微妙に熱く、熱を感じる。まるで指輪が、セシルから離れるか、と意志を持っているかのようだ。
セシルは何か空寒いものを感じ、試しに今度はピアスを外しにかかったが・・・。
「う、うそ・・・どうなってんの?!!」
ピアスの金具に手を駆けるも、指輪と同じく、金具のボルト部分が一向に外れない。
両方の耳のピアスを、弄ってみるもどれも同じだった。外れない・・・・・・・・・。
しかも、ピアスの穴の部分が、指輪と同じく熱を感じる。
「え、本当になんでコレ外れないの」
一人、ぼそりと呟くセシル。
そのセシルの脳内では、セシルは呪われた!指輪とピアスが外れない!とテロップが出る。
もしかして、手放すなって事?
指輪をまじまじと見つめ、セシルがそう心の中で呟けば、是と応える様に、指輪が一層熱くなった。
「・・・・・・えーっと、わかったよ。」
セシルはこの指輪を外す事を諦めた。一言、指輪に向ってそう言えば、指輪は今度はひんやりと冷たくなる。けれど、まだセシルの肌にぴったりと吸い付くよう、嵌っているあたり、手放されない様に抵抗されているらしい。ピアスも同様だ。
この指輪とピアス・・・意志を持ってるのかな?
なんだか、外れないって呪われてるみたいで、すごく怖いんですけど・・・。
部屋の天蓋付きベットに腰かけ、そのまま体をベッドへ横たえた。自分の左中指に、嵌っている指輪の深い青を翳してみる。その澄み切った深い青は、深海の様な濃い色をしていて、夕闇のも似ている。セシルにとって好きな色だった。
僕には勿体ないぐらい、綺麗な石。
何故ローグルさんは、これを僕に選んでくれたんだろう・・・。
最高傑作って言ってたけど、着けて欲しい人で、もっと大事な人がいると思う。
今度・・・ローグルさんに会う機会があれば、訊いてみよう・・・か・な。
段々瞼が落ちてきて、セシルは一つ欠伸を零す。
何だか、今日は緊張しっぱなしで疲れた・・・ふかふかの大きな寝台も心地いい。
瞼が重い・・・視界がぼやけて、このままベッドに寝ちゃ・着替えとかまだなのに・・・と思考が緩慢になってきた。
むむゥ・・・ねむい・・・。
最後脳裏にその言葉が浮かんだ、その直後セシルの思考は優しい闇に呑まれた。
セシルが転寝をしてしまったその頃。
クロウとシャーロットは、ミーティアの私室を訪れていた。
「二人が私のもとへ訊きに来たのは、セシルさんの事ね?」
椅子に腰かけて、ミーティアは翠の瞳を伏せる。その金髪が白髪になった老婦人の前には、
二人の黒が佇んでいた。
「えぇ。そうです。ミーティア様、すみません、率直に訊きます。貴女はセシル・シルビオーラ家をご存知ですか。」
抑揚の無い低い声。クロウが真摯に老婦人へ黒い視線を向け、率直に本題に入った。
「もちろん、知っていますよ、シルビオーラ家は先の内部戦争、ルピ族・カルザノ族の王家に仕える神官の家系です。」
クロウの言葉に、少し驚いたように、眼を瞬かせるミーティアは、懐かしい者を見る様に語りかけた。
「貴女は・・・セシルの血筋を知っているのですね。」
クロウは、やはり見知っていたのかと、内心納得する。まだ、何も知らないシャーロットは、ただじっとクロウの隣で、祖母と幼馴染の会話を聴くに徹する事にしたらしい。
ただ沈黙を以て、静かに佇んでいる。
クロウの視線を受け止め、ミーティアは先ほどまで夕食の席にいた、不思議なガンダルシアの少年を瞼に思い浮かべる。
少し逡巡し、老婦人は自身の記憶に残ろう、思い出の人とのお話を口を開けて話した。
「えぇそうねぇ・・・、何から話そうかしら。内部戦争が始まる頃まで、私はそのシルビオーラ家のお嬢様と、とても仲が良かったの、もう成人していらして、幼かった私は姉の様に慕っていたわ・・・。」
内部戦争とは大よそ七十年前、クロウ達が生まれる前のガンダルシアで起こった内部戦争である。歴史書では二大部族戦争と言われ、五部族の内、当時存続していたガンダルシアの二大部族。ルピ族とカシオペア族の戦争で、どちらかが優れた魔術師の一族かを競った末の戦争だった。
「そのお方が、セシルそっくりだったんですね。」
クロウが静かに問いかければ、老婦人が悲しそうに頷いた。
「当たりよクロウ。そのお嬢様の姿は、銀色の髪に青い眼、姿形はセシルさんとそっくり。初めね、私は貴方達にあの子を紹介された時、思わず見間違えたわ、ハルジオーラ様と瓜二つの姿だったんだもの」
ほぉっと息を吐いて、ミーティアは頬に手を添え。憂いを含んだ微笑みを向ける。
「ハルジオーラ様はルピ族の王に嫁いで、幸せそうでした。可愛い御子様も生まれて・・・」
その当時の頃を振り返っているのであろう。
老婦人ミーティア・スペンサーの瞳には、薄く水膜が張られていた。
「え?じゃぁ・・・セシルって王の卑属なの???」
祖母の思わぬ告白に、少し動揺しながら問いかけた。
しかし、その孫の問いに老婦人は首を振った。
「いいえ、それはおそらく違うわシャーロット。先の内部戦争で、ルピの王家は皆、嵐の日離れの島へ逃げようとしていた折、敵兵にも攻められ、そこへ運悪く強風に煽られて船が沈没してしまったのよ。生き残った王家の者も、皆捕えられ処刑されてね。だから、ルピ族王の子孫は途絶えたのよ」
スペンサー家は代々古くから、カシオペア族王家に仕える貴族だった。なので、シルビオーラ家とも交流があったものの、戦争が始めれば敵同士。当然、王家共々嵐の中、海へ沈み一族は死に絶えた。慕っていた姉のような存在の王妃も、海へ逝ってしまい。決して還ってはこなかった。
「じゃ・・セシルって」
眉を潜めるシャーロットは、祖母と幼馴染を見比べる。
クロウはシャーロットのダークブルーの瞳へ視線を向け、偶然知ったセシルの父親の日記の話を口にする。
「セシルは、おそらく嫁いだ方、ハルジオーラ様の親族か親戚筋の者だろうな。」
ふぅっと息を吐き、頷くクロウ。
「セシルの父親の日記には、父親の両親が貴族名を捨て、静かな町で暮らす事にしたそうだと記されていた。セシルの父親ルシオも、親の死に目に聞かされて初めて知ったらしい。セシルと言う名は、その昔に、シルビオーラ家が昔の王に下賜された名だそうだ。」
クロウは日記の内容を、思い起して静かに話した。その話にミーティアも頷いて、
「そうですよクロウ、だからハルジオーラ様の旧姓も、ハルジオーラ・セシル・シルビオーラ。その一昔前では、大貴族中の貴族・・・と言うより、豪族かしらね。ハルジオーラ家は、純血種を重んじる王族と対、五大種族の王族達の血が混じる事を許された混血種の家系。どんな種族の王でも常に支え、神事に携わる、特殊な血筋なの。」
クロウのセシルの血筋に対しての説明を付け加える。
「ミーティア様。貴女は。そのハルジオーラ様と瓜二つの容姿と、“セシル”と名乗った事で気が付いたのですね。アイツがシルビオーラ家の末裔だと。アイツの父親の日記には、アイツに王に下賜された名を贈る事にしたと、記されていました。」
「その通り、私はあのセシルさんが、セシルと名乗って気が付きました。けれど・・・」
優しくそう告げる老婦人は、言葉の最後に少し言い淀んだ。
ミーティアには、セシルに対して、まだ気にかかる事があったのだ。
「お婆様どうしたの?」
祖母の納得いかない顔色に、シャーロットは眉を寄せ、首を捻る。
「い、いぇねぇ・・・偶然かしら、セシルさんは、シルビーア家が賜った王の名前の由来。ニ百年前のスピノザ族の王。セシリア・ガンダルシア王にも似ていらっしゃるから・・・」
言い難そうにそう口にする老婦人に、今度はクロウも眉を顰めた。
「どういう事です。それは。」
「私もハルジオーラ様に似ていらっしゃると思うのだけれど、王宮の歴代の王の壁画を見ているとね・・・セシルさん、その王様と雰囲気っていうのかしら。魔術師達が描いてチカラを込め映した王にもそっくりで。あの子、賢者でしょう?生まれ変わりじゃないかしらと思ったのよ」
ミーティアは王宮にも度々足を運んでいるし、若い頃は宮使いの役職についていた。
ガンダルシアの王宮の奥、歴代の王の絵姿を壁画に、魔術師達が念を込め、まるで生きているかのように描く、葬礼宮がある。広大な廟の白い壁には、当時の王の即位姿が描かれていて、総長だったミーティアはよくその絵を眺めるのが好きだったのだ。
なので、よく覚えているのである――――歴代の王の姿を。
ルピ族の銀より灰の髪、カシオペア族より薄い、緑の瞳。
長く紺色の衣を纏い、白い花を持った立ち姿。
精霊召喚や隠れた真実を視る事に長けた一族、歴代の王の中でただ一人、盲目の王。
初代ガンダルシア・スピノザ族第五十八代国王――――――セシリア・ガンダルシア・・・。
ミーティアがそう語り終えると、辺りは水を打ったように静まった。
孫とその友人に驚いたように見つめられ、老婦人は困った顔で微笑む。
「え、えーっと、それは・・・・・・・クロウ、知ってた?」
「いや。初耳だ。」
思ってもみなかった老婦人の告白に、シャーロットとクロウは冷汗を流しつつ顔を見合わせる。
「隠者ローグルは、セシリア王の末裔でもあるでしょう?セシルさんの指輪とピアスは、あの偏屈ローグルが選んだ最高傑作だから、いろいろ、私もセシルさんの存在が不思議に思えてきちゃってねぇ」
考え深そうにミーティアも唸りながら、息を吐いた。
「・・・ま・まさかぁ~セシルが、そんな・・・こと・・・」
「無いって言いきれない。と言うのがアイツの恐い所だな。シャーロット。」
無駄に数多の過去世の記憶を、持ち合わせている二人である。
それは、いくらなんでも無い!・・・とは言いきれなかった。
偶然にしては、セシルの周りにはある特殊な血の人物や、名、由縁が集まり過ぎている気がする。なんだろうか・・・この因果の結果を突き付けられた気分は。
クロウがそう思うのと同時に、ある言葉が脳裏をかすめる。
全てに起こる事情。
視えざる者の認識は、偶然。視える者の認識は、必然。
其は魂の連綿にして、結果。
運命・因縁・宿命とはそういうものじゃよ―――――――クロウ。
育ての魔女が言っていた言葉。
クロウは眉間に皺を寄せ、育ての魔女の高笑いが木霊するのを、苦々しく振り払う。
そんなクロウの傍では、ミーティアが椅子から立ち上がり、話を纏めに架かっていた。
「まぁ!でも!今の世は温厚なアレクシア様です!こちらが騒ぎ立てて言わなきゃセシルさんが、危ない目に合う事も無いわよ!うん、そうよ!そうだわ!」
核心が無いので、そのまま真実の追求を辞める事にしたらしい。パンパンと手を叩いて、明るく振舞った。とりあえず、王室にシルビオーラ家の末裔だと知られれば、何をされるかわからないのは予想がつく。昔は王には欠かせぬ一族だったが、今は敵対して根絶やしにしたルピ族の王の腹心だったのだ。
危ない芽は摘んでおけ。とばかりにセシルが暗殺されかねない事態だけは防ぎたい。
「そ、そうですよねーお婆様」
明るく孫もそう頷いて応える。
「まぁ。セシルは王になるような野心家でもないしな。王室なんて縁遠い。こちらが黙っていれば、害はないだろ。」
クロウもセシルの性格を考え。このまま平和に暮らすには、その方が一番だと結論を出す。
「そうだねクロウ、あ~びっくりしたぁ」
「だからこの件に関しては。」
シャーロットはほっと息を吐き、クロウを見上げ視線を合わせる。
そうして、二人は同時に老婦人を見た。
『―――黙っておこう。』
重たい沈黙の後。
――――――三人三様同時に、そう結論を吐いた。
「そうよね、私の推測だもの~無かった事にしておくのが、いちば~ん♪」
「あは♪婆様ったら~フフンフ~♪」
疑惑を振り払うように、手を取って踊り出したシャーロットとミーティア卿。クロウは遠くに意識を飛ばしそれを眺める。
「シルビオーラ家の事も。セシルには黙っておくのが一番ですね。」
沈黙とは時に身を守る財産にもなるようだ。クロウはセシルの今後を考え、さらに口を閉ざす事にした。
「そうね、ここに住んでる貴族達も、おそらくはセシルさんの事なんて、たぶん気にも留めないと思うから、こちらが言わなければ大丈夫でしょう」
老婦人はホホホと笑い、孫の頭を撫でる。くるくるとダンスを踊った。
「フンフフフフフ~~~~~~~~♪」
「ホホホホホホホホホ――――――」
「ハハハハハハ・・・ハ。」
疑念が渦巻く老婦人の一室。
それを振り払うように、妙にカラ明るい笑い声が木霊した。そうでもしないと、この先やっていけないと言う様に。
滑らかな肌触り、鮮やかな色彩の森と表現してもいいだろう。
絹と木綿、ベルベットなどの多くの布地、刺繍の見本、採寸のメジャーが、大きな窓から日の光で照らされて眩しい。
朝食もセシルが緊張の中、難なく食べ終えた最中。
セシルには何故かは分からないが、妙にここの老婦人に気に入られているらしい。
セシルにとって友達であるシャーロットと同じく、大量の菓子やお茶の時間に誘われ、ぜひ両親にも会いたいと言われたり。セシルにとって、畏れ多い気にかけてもらいようで・・・緊張によりぶっ倒れそうになった。
セシルが一晩、スペンサー卿の屋敷に泊まった次の日、午前十時頃。
そうこうしている内、仕立屋が屋敷に着いていた。
「奥様、セシル様の礼服ローブには絹とベルベットの布地である、こちらが宜しいかと」
「セシルには、こっちがイインジャナイノ?お婆様」
「色は指輪とピアスに合わせるといいんじゃねーか。それか瞳の色とか。」
「そうね~守護刺繍はどれが似合うかしら」
ワイワイと色んな意見が飛び交う部屋の一室。
今まさにセシルは着せ替え人形よろしく、布地やあらかじめ用意されていたローブや外套に埋もれていたのだった。
「えーっと僕、あんまり服が重いと、ちょっと肩がこるので、軽いものがいいのですが・・・」
着せ替え人形状態に疲れ、セシルは重たい見本である外套を脱いだ。
「じゃ。普段着は絹と木綿がいいか。礼服はまぁ、ローブと外套をベルベットの、少し布地に重みと光沢のある物にして、社交界や魔術協会など公の場に出るに恥ずかしくないものにしたら丁度いいな。」
クロウはセシルの要望に応えて、あらかじめ仕立屋が用意していたローブや布地を、取り出して見せる。
「は、はぁ・・・そうですか」
クロウが所せましに、広げられた布地を持ち思案する様に、顎に手を置く姿。
その姿と広げられた布地の多さに、セシルは辟易しながら頷いた。こんなに多くの布地、やローブの型に、セシルはもう、何を選んでいいのかわからい。
そんな様子に気が付いたのか、
「セシル~好きな色アル?どうせ着るナラ、好きな色の方がイイヨ。ソノホウガ落ち着くし」
仕立屋が居る為、今日は梟の仮面を着けたペルソナが、セシルの肩に手を置いた。。
「え、ええっと、じゃ・・・」
そう言うと戸惑い気味に、セシルがクロウに差し出され広げられた布地の海を見渡す。
淡く光沢のある白や明るい鮮やかな赤など、眩しい色彩の集まり。
どれをとっても、セシルにとって普段では着ない色の物まであり、落ち着かない。
臙脂の色も好きだけど・・・服にはちょっと落ち着かないよね。
セシルは深い臙脂の布を見るが、首を捻る。
術を使い精神を集中するに、自分にとって一番、落ち着ける色の物が良いのだ。
どの色にしようと、セシルが緑色の布地を取り上げて、思案を巡らせれば。
濃い深い青の布地と、鮮やかな夕闇の布地が、セシルの薄緑の瞳に入った。
「あ、この紺色か藍色がいいです」
ポツリと、セシルはそう言葉を零す。
その何気ないセシルの言葉に、クロウは懐かしい姿が脳裏によぎり、眼を瞬かせた。
そのクロウの横では、老婦人が朗らかに微笑む。
「ホホホ、じゃぁ春用と冬用、普段着と礼服に、ローブは藍色の明るめにして、外套は濃く落ち着いた紺にしましょうか?」
「それがいいな。指輪とピアスの色と一緒だ。」
セシルが選んだ色に、老婦人とクロウ達は、満足そうに頷く。ローブと外套の布地が決まった事で、尽かさず仕立屋の老人が進み出てきた。
「セシル様、外套とローブの刺繍と装飾はどうしましょう?」
「あ、え・・・装飾はあまり凝らない方がいい・・です」
外套を胸元で留めるブローチやボタンなど、セシルに差し出された装飾品はどれも一級品。
セシルはそんな事を知らないが、大層高価なものである事だけは分かる。これ以上、高価なものなど、自分には不相応な気がして、セシルは控えめに応えた。
すると、仕立屋の老人は、ではなるべくシンプルに相応しい物にしましょう。と装飾箱の方へ足を向け下がった。そこへ入れ替わりに、クロウが守護刺繍の見本を持って現れる。
「刺繍はどうする。見本があるぞ?」
クロウが拡げた刺繍の見本をセシルはしげしげと見つめた。
王冠やコイン指輪など豪奢なモノから、動物を模したモノ、草花をモチーフにした紋章。他にも袖や襟などにも施すのだろう、縦に続く刺繍の見本がずらりと並んでいた。
ある程度、並みの魔術師がこの刺繍を身に着ければ、逆に刺繍のチカラに身が耐えきれなくて、体調を崩すだろう。
クロウはセシルには黙っていたが、この刺繍の全部が大昔から歴代の賢者が生み出し、己を守護する物として身に着けていた物ばかりなのだ。
そんな事も知らずセシルが、ウーンと唸って見つめる中。
比較的に控えめで好きなモチーフがあった。
「あの、この白い小さな花の刺繍がいいです。袖もこれにあった、この草蔓のもので・・・」ほかの刺繍を見ていても、グッと視線が白い花に引っ張られる感覚が、セシルにはある。
それはあらゆる刺繍の中でも、特に控えめでシンプルなもの。
清廉な百合でもなく、王者の風格に似た大輪の花でもない、小さな名も解らない白い花。その花は、セシルにとってどこか懐かしい物であった。
「そうか。オマエらしいな。」
「ホントにねー♪」
セシルがオズオズと指さした刺繍を見つめ、顔をお互い見合わせる。
クロウとペルソナも眼を細め、穏やかな表情を浮かべた。
「そうですか?」
どうして二人とも笑っているのに・・・そんな泣きそうで嬉しそうな顔をするの?
二人の魔術師の表情に、セシルはキョトンと首を捻った。
「では、この型のローブと外套で、少し寸法を測らせていただきます」
不思議に思うセシルの背後に、丁寧な言葉が降る。
そうして仕立屋のメジャーを構えた音に、セシルの疑問は容易く霧散したのだった。
「ふぅ・・・」
ホッとして息を吐く。
全ての採寸が終わり、セシルは用意されていた椅子に腰かけた。
「ふふっ♪セシル疲れタ?」
「お疲れさん。」
灰色の髪をウサギの人形越しに撫でるペルソナ、それと無表情にもセシルを労う言葉をかけるクロウ。
午前中に始ったのにも拘らず、時刻はもう昼の十二時を少し過ぎてしまっている。
二時間もずっと立ちっぱなしに慣れない採寸、セシルにしてはもう緊張し続けだった。
布地の色彩の海に、心なしか眼も疲れて、チカチカとする。
「すみません、慣れてなくて・・・。あの、ペルソナさん副船長さん、ありがとうございます。魔術ローブ・・・なんだか、普段着とか色々沢山になちゃって」
セシルの言葉を聞き、クロウとペルソナは顔を見合わせ微笑する。
「気にしないでセシル、コレハ、ワタシとクロウの免許皆伝祝いだから」
「俺等も尊師とババアにそうして貰って来たんだ。これは当り前の事で、オマエが気に病む事はない。」
ピッと人差し指を立て、そう宣言するクロウ。その横ではペルソナが人形の口をパクパク開けさせ、クロウの立てた指をバクリっと食べさせた。
「ソウソウ。これぐらいしないと、私達がお父さんに怒られちゃうヨ。ソンナ弟子に育てた覚えはナイッテネ。」
そう言う仮面の楽士は、クロウが人形をはぎ取ろうとしている手首を掴んでいる。
「あぁ。そうだな。ババアからは拳と、尊師からはハリセンが飛んでくるかもな。」
顔は無表情にそう言うクロウ。だがその手元はギリギリ・・・と音がするくらい、激しい幼馴染との攻防戦が繰り広げられている。
今にも『放せやこのボケ』、『放すと思うカ?ウスラバカがっ。』と、言葉の応酬が聞こえてきそうである。
「・・・・・そ、そうですか。」
アグレッシブな有名魔術師の話にセシルは、少し冷汗を掻いた。
そして、眼の前で繰り広げられる、二人の小競り合いの様な攻防にも。
このままだと、なんだかまた喧嘩をしそうな雰囲気だよね・・・。
「えーっと、とりあえず、二人とも止めてください。」
セシルの言葉も虚しく。セシルの言葉を合図に、クロウの腰にペルソナの回し蹴りが見事に入ったのだった。
他の海賊団からしてみれば、クロウに回し蹴りを入れるなんて、返り討ちが恐ろしくて出来やしないが、この幼馴染の仮面の楽士だけは別であるようだ。
只のじゃれ合い、だとばかりにクロウも本気で反撃せず、口喧嘩だけで留まるのだ。
セシルにしてみれば、そんな気安い友達が居る訳でもなく。どちらかと言うと友達と呼べる相手が、(隣のアンちゃんは別だが。)今まで居ないのでそんな二人の関係に、セシルは仄かに羨ましく思った。
「はぁ~スッキリしタ♪」
清々しいとばかりに、伸びをする楽士は、輝いて見える。
「テメッ・・・。仮面~何しやがる。」
傍ではクロウが腰を擦って、幼馴染を睨んでいた。
「ン?ストレス発散」
コテンっと首を傾げそう言うペルソナ。
そんな幼馴染の仕草に、頭にきたのだろう、クロウが思わず大声を上げる。
「もっと他に発散のしようがあるだろうがっ!」
だが、こんなクロウの苛立ちの声も、ペルソナには慣れっこだったようだ。
「きゃ~セシル!クロウが苛メルのぉ~」
そう言うなり、ササッと椅子に座ったセシルの背後に隠れる。
「え、えぇええ?!」
素っ頓狂な声を上げるセシル。オロオロと、椅子から腰を浮かして立ち上がった。
ペルソナとクロウに、板挟みになった状態のセシルは、立ち上がって何とかクロウの苛立ちを押さえようとする。
・・・・・・だが。
「オイコラ!逃げんな!!」
クロウが叫ぶ途端。
「副船長さん落ち着いて、ッてペルソナさぁあああん――――――――?!!」
クロウを宥めていたセシルの足が急に浮いたと認識したと同時。
セシルの意志関係なしに、物凄い速さで後退する。セシルが現状把握と自分の体を見れば、風術の浮遊術をかけられ、胴にはペルソナの腕がまわされて、運ばれているようだった。
「ふふふんふ~♪セシルワタシと逃げようネ~♪」
バタン!と扉を開け逃走する二人に、使用人達がギョッと眼を向けるのも、なんのその。
何故か心底面白そうに、仮面の楽士はセシルを抱えて、屋敷の中を疾走する。
そして、そんな二人を追う怒号が響く。
「ごらぁぁああ―――――ペルソナぁあああ」
眉間に皺を寄せた物凄い形相(セシル視点)のクロウが、これまた物凄い速さで追いかけて来た。その凄まじい形相を、セシルは目の当たりにして、
「うぎゃぁっ恐いようぅ!!」
思わず半泣きに叫んでしまった。これぞ条件反射。クロウはセシルに決して怒っている訳でないのは、分かり切っている事なのだが。恐いものは、コワイ。セシルの本能はあっさり涙腺を緩める。そして、胴にまわされたペルソナの腕に、恐怖によりしがみ付いた。
セシルが腕にしがみ付いたのを、尻目にペルソナはにっこり笑う。
「セシルしっかり掴んでテネ♪――――――疾走。」
「ひょ、ひょぇええええええええ」
仮面の楽士が風渡りの術を唱えるや、グンと視界が揺れてる。セシルが瞬きをすれば、たちまち屋敷の外へ出ていた。
なんで、こんな事になっちゃったの~?!とセシルは内心、後悔の悲鳴を上げる。
だが、クロウも風術は使えなくとも、それにも劣らない俊足の持ち主だった。
なので、すぐに追いつかれるのは必須事項で。
「待てゴラァ――――――――――!!ペルソナァ~~~~~~~~」
殺気は孕んでないものの、そ怒号は凄まじい。周りの家具がその声の振動で、若干震えているのをセシルは見逃さなかった。
(ひぃ!恐いぃいいいいい!!)
と、セシル心からの絶叫。
セシルはもう、その時点で、恐怖の臨界点を突破してしまった。クロウが長い廊下から、姿を現わす直後、悲鳴交じりに魔術を執行させる。
「いやぁ!来ないでぇっ―――加速!」
セシルを抱えていたペルソナが、今度はセシルの術によって自分の風渡りの術に上乗せに、加速度がついたのに眼を向く。
「へ、エェ!?セシル」
「あっ?!」
ペルソナとクロウがそれぞれ、驚きの声を上げれば。
仮面の楽士とガンダルシアの少年は、玄関から広大な庭を挟んで門まで、一瞬にして降り立った。その距離五百メートル少し。
『相変わらず、凄い。―――――って言うか、そんなに怖かったのか。』
何がとは言わずもなが・・・。
喧嘩していたのにも拘らず、ペルソナとクロウは心の中で同時にそう思った。
セシルならば、術の威力などコントロールするのは容易い。
なので、本気で怖くて逃げたかったのだろう・・・。
初級の風術にしても、セシルの念じるチカラは桁が違うのか、平均の威力より何倍も違う。
音速の速さで、門まで二人は風を渡り着地したのである。
そんな事を考え唖然とするも、すぐにペルソナは我に返り、セシルをそのまま担いで走り出した。クロウも一歩遅れて、待て!と再度追いかけ出す。
(ホントに飽きないよネ、この子とイルト)
クスリと笑い声を零すのは可憐な少女。
ペルソナは裏庭を目指し、ひらりと身を翻しつつ、背後から追ってくるクロウから逃げる。
セシルはセシルで、尚も追いかけてくるクロウに、恐怖心に胸は支配されてしまっていた。
「うわぁあああああ!!加速!加速!加速!」
と、ペルソナの逃亡を連続で(これも普通の魔術師はできない技)、魔術を執行させ援護する。何気に二人が走り去った後に、セシルの涙が散っているのは、気の所為ではない。
それ程、セシルにとって本気だった。
「ヒャホー♪セシルすご~~~い♪」
「ごぅらぁあああ~待ちやがれぇええええええええええ」
「イヤァ――――――――――!!恐いよぉうぅ!!!!」
三人の魔術師、三者三様の声が賑やかに、いつも静かな屋敷に響いた。
「ホホホ、三人も優秀な魔術師が居ると、退屈しなくていいわね」
扇を広げつつ、孫の楽しそうな姿を優しい眼で見つめる老婦人。
大きな窓からは、現在三人の魔術師の、魔術合戦場になっている中庭が広がっている。
中庭には薔薇園があるのだが、秋薔薇は一切傷つけられることなく。三人が上手に避けて、攻防戦が繰り出されている辺り、器用な事ね♪とミーティアを感心させた。
「奥様、昼食のご用意は中庭のテラスでよろしいでしょうか。」
「えぇ、ぜひそうして頂戴ね。」
執事の言葉に、そう優しく微笑んでミーティアは、窓に手を伸ばす。
「きっとあと十分もすれば、三人とも疲れて庭で寝転がっていると思いますからね」
軋む窓を開け、老婦人は嫋やかに日向の下へ、脚を踏み出した。
『盲目王―セシリア―』終




