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船長と私。  作者: 御影 優一
魔術師の島国ガンダルシア
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幼子の呼び声

『幼子の呼び声』


琥珀石月 二十二日秋晴れ。

セシルは久方ぶりに、実家での落ち着いた夜を過ごし、早めに昼食をとって家を出る事にした。なるべく、目立たない様に普段着を着こみ、村の入り口までのルートを、家を出た道々考える。

「さて、どうしようかな」

入り組んだ住宅街の路地に入って、大通りに出なければ、恐らくは大丈夫だろう。待ち合わせ場所とは遠いが、この方が人目を避けやすくやり過ごせる。

「心の風よ・・・我を隠す衣となれ」

小さくそう詠唱をすれば、風がセシルの周りを舞った。

セシルは海賊船に捕まる以前は、まだ細かな術を知らないまま、息を潜めて買い物に来ていたが、今はある程度の術を仮面の楽士や副船長の指導にもと会得したのだ。セシルは昼でも少し影のある路地に、体を滑り込ませる。人間の意識をこちらに向けない様、眼くらましの精神術と姿隠しの風術を使って、噂好きのオバちゃん達の集団をやり過ごした。

ほっと息を吐いて、狭い入り組んだ住宅路地裏を歩き、路地を出れば、村の入り口までは、人通りもあり、郵便組合の建物がある。一目を避けるならば、路地から郵便組合の建物の影を伝って、影の術で最短距離を歩くこともできる。ここまで、誰もセシルの姿を目で追う者はいない。村で生活する人々の騒がしく、活気には触れた声が遠くの方で聞こえる。

安著の息を吐き、耳をすませば、セシルは路地の影に足を踏み入れ、影法師(シャドウ・ウォーカー)を使った。


セシルが待ち合わせの場所に辿り着けば、クロウ達も丁度着いた所だったようだ。

影法師(シャドウ・ウォーカー)を使い駆け寄れば、何故かクロウは不機嫌に、お調子者達を殴り飛ばし、いつもの如く航海士の馬鹿笑いが村の入り口に響いていた。

「ルーヴィッヒさん、ルシュカさん、副船長さん、おはようございます・・・えーっと何かあったんですか?」

突然、自分達の影からセシルが現われたのに対して、航海士はギョッとするも、

「うお!セシル☆おはよー!!」

と言って元気に声を上げる。

「おはよう。セシル。いや、またこの馬鹿が五月蠅かったものでな。」

「だから、なんで俺まで・・・つってぇ~おはよ」

涼しげに立つクロウと蹲り頭を抱える狙撃手は、それぞれいつも通り挨拶を返した。

セシルはいつも通りな彼等に、苦笑いで応える。

副船長は別だが騒がしい海賊に、セシルはこの三人は本当に、自分より年上なのだろうかと疑問が浮かぶ。だがそんな疑問を、首を振って振り払った。考えるだけ無駄だと、答えの先が見えてくる。セシルは三人に、持ってきたバスケットを、おずおずと差し出した。

「あのう、これ皆さんにって母さんから・・・お昼にキッシュと卵サンドです。」

「すまない。なんだか気を遣わせてしまって悪いな。」

クロウが受け取ると、ルーヴィッヒとルシュカは中身を開いて、嬉しそうにはしゃいだ。

落ち着きのない、二十三歳である。

「うおっおいしそう~サンキューな!」

お調子者達がバスケットの中身を見ると、切り分けられた大ぶりのキッシュと、卵サンドがたくさん詰められていた。キッシュは茸やほうれん草の良い香りが立ち込めていて、実においしそうだ。

アイリスの手作り弁当に浮かれる馬鹿二人を置いて、クロウはまたも呆れて溜息を吐いた。

セシルもそのクロウの疲れた顔を窺い、苦労してるなぁと苦笑い。

そんな事をしていると、もう太陽は空のど真ん中まで登ってきている。港町行きの町馬車は、もうすぐ村の入り口に着くころだろう。決まった時刻に、馬車はガンダルシアの町や村を巡っているのである。馬車に乗るべく四人は、村の入り口の傍の停留所まで歩き出した。


停留所が見えて来た頃、ふとクロウが思い出したようにセシルへ視線を落とした。

「あぁ。そうだセシル。此処での滞在期間なんだが、昨日と一昨日とではオマエ、ゆっくりもできてないだろ?俺達は暫く一ヶ月ほどここに停泊する事にした。だから、家族ともっとゆっくりしたらいい。」

クロウはセシルの精神状態を観ていて、常に思っていたが、もう少し時間をかけた方が良さそうだ。昨日もセシルは、クロウ達が居る為、ゆっくり家族と共に過ごせなかっただろう。クロウはそれを見越して、セシルに一ヶ月滞在を言い渡した。

「え・・・?いいの?」

セシルもそんなに長く、滞在できないだろうと思っていた。なので不思議に思い首を傾げる。

「いいに決まってんだろ~☆」

へらりと笑う航海士が、キョトンとしたセシルの頭を撫でる。

「はぁ―――ぁ。また一週間後来る。おそらく、リオンや他の連中もセシルの家族を知りたがってたしな。俺が言っても聞くような連中じゃない。押しかけに来るぞ。一ヶ月間。」

クロウは盛大に溜息を吐いて、残してきた船員を思い出す。この二人のお調子者が、抜け駆けをしたのだ、俺も、俺も、と好奇心旺盛な暇を持て余した部下が、村にやって来るだろう。そう思うと、頭痛がしてくるクロウだった。

「えぇえええええ?!!」

クロウの言葉に、セシルは動揺を隠しきれない。一ヶ月間の里帰りは嬉しいが、他の皆が村に来るのは抵抗がある。

「そ!そう言う訳で、ゆっくり家族と過ごせばいいんじゃね?」

そんなクロウを余所に、楽観的に言うルシュカ。

「オマエが言うな。」

ゴン!とまた尻尾髪の頭に、鈍い音が落ちた。


琥珀石月 二十二日 秋晴れ


ルシュカ兄とルーヴィッヒ兄が、

おじちゃんとセシルに会いに行ちゃった・・・


大人が約束破るって、どういうことぉ~~~~~~~?!


ぼく約束守って、我慢してたのにぃ

むぅむぅ!!!!


                                雑用係り リオン

                            ブラックパール号航海日誌


あれからクロウ達はセシルと別れ、馬車に乗り港町ガーネクロイツへ辿り着いた。

「あひゃひゃひゃ~~~~~~~☆」

「なぁ、ルーヴィッヒお前ってば、なんでそう落ち着きねぇーの?」

「オマエ等・・・。うるせぇッ――――――――――静かにしろっ!!!」

老人船長への土産を買い、いつも通りお調子者を殴り飛ばした。珍道中の末、どつき合い漫才を繰り広げてブラックパール号へ戻ったクロウは、げっそりしていた。


そんなクロウとお調子者達に待ち受けていたのは、最年少海賊の怒りと嫉妬の炎だった。

「ぼく、ぼく、ちゃんと待って、お留守番してたのにぃぃいいいい」

甲板まで上がって来たお調子者達に、リオンは大層ご立腹だ。二人の馬鹿に跳びかからんばかりの状態に、ミゲルが後ろからリオンの服を掴んで、なんとかスットップをかけている。

「うぉおお・・・リオンがすっげ睨んでる☆」

ミゲルの両脇には、水夫長と料理長が苦笑いでクロウへ手を上げて挨拶をする。

予想していた事態に、クロウは手を眉間に置いて頭痛を振り払う。そんなクロウに老人船長は、優しく肩を叩いた。お疲れ様じゃのぅクロウと。

「ルシュカ兄もルーヴィッヒ兄も、約束やぶって!!!」

ダンダンッ小さな足を踏み鳴らし、地団駄を踏むリオン。その顔は憤怒の形相で真っ赤だ。

よほど、大人である二人に抜け駆けされた事が、気に入らないのと悔しいらしい。

「ちょ、ちょ!!リオン落ち着け」

物凄い形相で怒るお子様に、タジタジになる狙撃手。とりあえず落ち着かせようと、リオンに手を伸ばした。―――――――――が・・・。


「大人が約束破るって、どういうことぉ~~~~~~~?!!!」


大絶叫してルシュカに跳びかかった。ミゲルもあまりの強さに、リオンの服から手を放してしまい、そのまま狙撃手の胴にしがみ付いて、殴りにかかる。

「うお!ちょっ悪かったって、リオン!!―――――ぶっつ」

小さな拳がルシュカの頬に見事入った。

「うわ☆待った!リオン俺等が悪かった!悪かったから☆ふべぇあ!!!!」

慌ててリオンを放そうとした、ルーヴィッヒの顎にも幼い一撃が入る。

「もう!許さんないんだからぁあああああああああ!!!!!!」

決して小さい幼子だからと、侮るなかれ。彼のちびっこは、クロウの養い子である。根性と負けん気は強い。拳一つにも、クロウ仕込みの教えが、ちゃんと組み込まれているのである。小さなリオンは、そのまま馬乗りになり、航海士の腹を殴り、止めに入った狙撃手の鼻に一撃を喰らわせ、鼻血が舞った。


「あ~リオン君、相当ご立腹だったみたいですね・・・副船長」

「リオンちゃん、寂しいの堪えてたのよ」

うぎゃ~~~と断末魔の叫びが上がる甲板。

もとは年上の次男と三男が悪いため、大人組は幼子の背中を傍観するに徹していた。ミゲルもモーリスも、鼻血が舞う光景を見つめ遠い目をする。

「すまん!クロウ、俺が見張ってたんが、便所入ってる間に逃げ出されてなぁ・・・リオンに悪ぃことしちまったなぁ」

リオンの鬼の形相に、バルナバスはクロウに手を合わせ、頭を下げた。

「バルナバス。気にするな。もとはあの馬鹿二人が悪い。」

「ふぉふぉふぉクロウ、リオンは良いパンチを持っておるのぅ」

クロウもリオンを止める気はないらしい。静観するに徹している。その副船長の横では、老人船長がホクホクと三時の菓子(料理長作)ドーナッツを頬張り、土産の酒をさっそく開けていた。


・・・・・・・・・・・・・それから二十分後。


「それより、バルナバス、ミゲル、モーリス。三日間すまなかった。ありがとう。これからゆっくり羽を伸ばしてくれ、リオンは俺がみてるから。」

ひとしきり殴り疲れたリオンは今、クロウの腕の中で泣きべそをかいて、ふて腐れている。

クロウはリオンの背中を撫でながら、お守りをしてくれた水夫長等に頭を下げた。

「あらん?いいのよー船長、そんな気を遣わなくてもぉ♪」

優しい笑みを向けてモーリスが口を開いた。

大人組三人は、クロウの言葉に顔を見合わせ、微笑んでクロウを迎える。

「そうですよ副船長、リオン君はあの二人より、手がかかりませんし、賢い子ですよ」

「そうだぜぇ水臭い!クロウお前の方が、大変だったろぉが!あの馬鹿二人のお守りだろ?今日はリオンとゆっくり休めよ」

ガハハハ!と豪快に笑って、バルナバスはクロウの肩を叩いた。

副船長と言えども、自分達よりクロウは年下だ。バルナバスやミゲル、モーリスも人生経験はクロウより豊富、それに心持に余裕がある。

彼等は一歩引いて、物事を見る眼を以てクロウの支えになっていた。(でないと、あの馬鹿二人の子守りにクロウが倒れそうなので)

「本当にすまないな。ほらリオン。今日は俺と一緒だぞ?あと一週間後には、セシルの所にも連れて行ってやるからな。機嫌直せ。」

クロウは苦笑いで、三人にお礼を言うと、未だむくれるリオンに向き直った。

「むぅむぅ・・・おじちゃんも一緒?」

もとから朱い眼が、泣き腫らした眼で、リオンは充血し真っ赤になっていた。クロウはその白銀の髪を、宥めるように撫でた。

「あぁ。一緒だ。」

クロウはリオンを抱いて、背中を擦る。

この一言で、リオンは納得したのか、眼を閉じてすぅすぅと眠りについた。

親と離ればなれなのが、心細かったのだろう。腕の力が完全に解かれて、子供特有の癇癪の気配も無い。

「ふぉふぉふぉ、クロウは面倒見が良いいのぅ。」

「そうよねぇ、アタシでもまだなのに、あの歳で子供育てるのが板についてるって・・・」

「苦労性・・・ですねぇ」

「早いトコ、嫁さん貰わないとなぁ、いつかきっと過労死するぜ」

などと老人船長を含め、料理長と航海医師、水夫長。

頼れる大人達が、副船長の将来を少し涙ぐみつつ見ていたのだった。

甲板でぶっ倒れた鼻血にまみれたお調子者達を視界に入れないようにして・・・。


琥珀石月 二十三日 晴れ


今日はハニーとデートだぜ☆

ガンダルシアは気候が良くて、秋でも少しあたっかいな!

俺の母上もガンダルシア人だけど、あんまり故郷の話聞かなかったし!

なんか斬新~☆うひゃひゃひゃ

港町じゃ色んな人種がごった返してけっど、村とかに入ると、

ガンダルシア人は術者なんだなーって思える。

なんでって、皆それとなく、自然を敬って畏れてるって感じしてた。

後、ガンダルシア人って、俺にだけなのかワカンネーけど☆

体の周りにそれぞれ命の色?みたいなの?淡い光が視える時があるぜ!

船長やペルソナとか、セシルには視てんのかな~。

今度訊いてみようっと☆


                              航海士 ルーヴィッヒ

                            ブラックパール号航海日誌


琥珀石月 二十四日 快晴


ガンダルシア~

ワタシのお父さんの実家~♪

久しぶりに、おばあ様へ挨拶に行ってこようカナ~

お土産屋サンで、綺麗な細工の宝石ヲミカケタよ

コレ、おばあ様へ送ろうかな・・・

お父さんとお揃いノ♪


あ、ミゲちゃん?

ミゲちゃんもお買いモノ???


                                 楽士 ペルソナ

                            ブラックパール号航海日誌


琥珀石月 二十七日 曇


ぷは~~~~~っと、今日は重畳だったぜぇ

クロウが露店を出して、その横で漁の新鮮な魚を大売出ししたら、ぼろ儲けだった。

リオンも売り子をして、女共を誘ってくれたおかげで、

客足が途絶えること無かったぜ!

クロウの奴も、売り物が殆ど売れたらしい。


あ、それと、セシルの母親だっていう婦人が、こっそりクロウに挨拶へ来てた。

俺も挨拶したが、別嬪さんな母さんだなぁオイ。

セシルが女に間違えられんのも分かる気がするぜ・・・

何はともあれ、いや~これで、夜は酒がうまいだろうなぁ~


                               水夫長 バルナバス

                            ブラックパール号航海日誌


琥珀石月 二十九日 晴れ


今日はリオンを連れて仮面(ペルソナ)と、魔術道具屋と魔術師の礼服を見に行った。

やはり。港町となると規模も大きいのか、魔術師専用の店が多く点在していた。

だが・・・セシルの術力に耐えうる品物が置いていなかった・・・。

これは。やはり。王都へ向かうしかないな。

あそこはローグルの店程ではないが、良い物は揃っているし。

それに魔術協会本部があるし、魔術師として登録もできる。

早めに登録しておいた方が良いだろう。


仮面(ペルソナ)も尊師の実家へ帰りたいと言っていた。好都合だ。

明日はリオンと仮面(ペルソナ)を連れて、カルセドニア村へ向かうとしよう。


                                 副船長 クロウ

                            ブラックパール号航海日誌


クロウから離れたセシルの一週間は、あっという間に過ぎて行った。

けれど、久方ぶりにクロウの言う通り、ゆっくりと家族と過ごす事が出来た。その一週間のセシルの暮らしは、家から一歩も出ず、家内掃除や母親の手伝いをするだけで、人目に着くのを避けて平和だった。家を出たのは家の裏庭で埋葬した父親の墓前に、花を添えるぐらいか、牛乳屋のあんちゃんと一緒に牛の手入れを手伝う時。

後、強いて言うなら、家の近くの森に住む魔物と遊ぶくらい。そんなセシルを、理解していてくれるのか、母、妹は何も言わず、放っておいてくれた。そんな風に過ごしていたセシルは、情緒不安定も幾分か安定に向かって、クロウが宣言した一週間後。


遠くの方で、懐かしい子供の声が自分を呼ぶ声に、セシルは顔を上げる。

するとそこには、赤い鳥の仮面を着けた黒、そして魔物の黒、幼い銀白の髪の子供。

「あ、副船長さん、リオン君!それと・・・ぺルソナさん?!!」

時刻は昼過ぎ、家の傍にある森の入り口。

鬱蒼とした木々の影から、昼間の草原へ視線を向ければ、リオンが走り寄ってくる。

「セシルゥ~!!!」

リオンがセシルをめざし、草叢を駆けて突進してきた。

寂しかったのか、嬉しそうに、ボスンとセシルの胴に引っ付いて来る。

「ヤッホ~~~~~~~~♪」

それに続いて仮面の楽士も、ウサギの人形片手に躊躇なく、セシルの方へ来る。

「久しぶりだな。それと・・・・・・・相変わらず、だな。オマエ。」

最後に小走りに、走り寄って来た副船長クロウは、セシルの周囲を見つめ呆れた。

いつもの無表情も、この時ばかりは、少し崩れポカンと口を開けてしまう。

そのクロウの様子に、ペルソナも口元にクスクスと苦笑いを落とした。

「えーっと、これは、森に入ったら、どうしてもこうなっちゃうんですよ」

セシルはその二人の魔術師に、言い難そうに応えた。

クロウが呆れ、ペルソナが苦笑いする理由。それはセシルの周囲に居る魔物達の存在だった。クロウが推測するに、おそらく森に住む魔物なのだろうが・・・。

「スゴイヨ・・・ね?クロウ、見て巨人(エン)()だヨ。」

感心して幼馴染を見るペルソナ。

「あ。あぁ・・・。まさか、貴位の高い夜闇の使者、()なし(ュラ)騎士(ハン)まで好かれているとは。」

その言葉に頷いて、珍しい物を見る様にセシルの周囲へ視線を向ける。

泣き(バンシー)人面(ハルピュ)()(バー)(ゲスト)、がセシルの足元、肩に留まっている、ここまではクロウの予想範囲内だった。だがそのまた周囲に、三体の黒い馬に乗った首なし騎士(デュラハン)、それと先ほどまで森の大木だと思っていたセシルの傍に鎮座する大木は巨人(エン)()だ。緑の葉影から覗く、ぎょろりとした眼がクロウを見ている。

巨人(エン)()は森を守る巨人だ。人間を襲う事もない極めて大人しい魔物だ。だが、森を斬る人間に友好的ではない。

そして首なし騎士(デュラハン)、この魔物は高貴な人間の死期が近ずくと、死臭を吸いに現れると言われている魔物だ。これとほぼ同じ、泣き(バンシー)は人間の死を予言する魔物。だが、首なし騎士(デュラハン)は気位も高く、高潔であり、死者を安全に冥府へ導く騎士であり、魔物ながら精霊に近いとされている。それ故に、魔術師達の召喚にも応える事もあるが、自分達の領域を侵すことなく、生きた人間、特に昼間は姿など現さないのが通常なのだが・・・。

「これは。野生の王国・・・いや。魔物の王国か?」

これでは、セシルの父親ルシオが、心配するのも分かる気がしたクロウだった。

これだけ魔物達に好かれ、守られていては、魔王だと悟られてもおかしくはないだろう。

セシル・・・オマエは、モノノケ姫か。いや、男だからモノノケ王子、か。

クロウがそんな感想を巡らせている間。


巨人(エン)()もクロウを警戒してか、セシルを庇うように枝を寄せ、首なし騎士(デュラハン)達は、スラリと腰の剣を抜いてペルソナとクロウに突き付けた。(バー)(ゲスト)は唸り声を上げている。どうやら、敵意が無いか見定められているらしい。子供であるリオンは、敵意が無いと理解しているのだろう。剣は向けられていない。

「うわ~やめて!やめて!この人達は僕を苛めたりしないよ!!」

物々しい緊迫した雰囲気に、セシルが待ったをかけた。

そのセシルの一言に、安心したのか周囲が一様に静まり返り、クロウ達から剣を引いた。だが、警戒する様子は崩さない。

クロウはその様子に一息吐くと、セシルの肩に乗った人面(ハルピュ)()へ、こいこいっと片手を伸ばす。

「セシル。すごいな首なし騎士(デュラハン)とも仲良しなんだな。」

人面(ハルピュ)()は初めこそ、首を傾げたが相手に敵意が無いと分かったようだ。クロウの伸ばされた手に嬉しそうに停まる、その灰色の羽根をクロウは優しくなでた。

このクロウの仕草で、完全に警戒が解かれたのか、首なし騎士(デュラハン)達も皆、クロウ達に一礼した。巨人(エン)()も枝をもとに戻し、ただ沈黙を以てセシルの傍に佇んでいる。

「わぁ♪(バー)(ゲスト)も可愛イ」

ペルソナもしゃがみこんで、(バー)(ゲスト)を頻りに撫でると、気持ち良さそうに赤い眼を細めた。

魔物独特の気配を気にしなければ、普通の犬とは何ら変わりない。

セシルにしがみ付いていたリオンも、いつの間にか泣き(バンシー)に抱えられ可愛がられていた。

すっかり魔物の王国になじんだ一行。

その一行の目的である中心人物セシルは、一週間で魔物の王さながらまで回復していた。

セシルの纏う気配も、海賊船に居る時より幾分か、安定しているのが分かったクロウとペルソナだった。

「皆さん元気でしたか?」

薄く微笑むセシルは、首を傾げ尋ねた。船の上では、見た事もない自然な表情。それに加え、セシル自身の纏う雰囲気が、どこか脅えた様子ではなく、柔らかい空気を出していた。

「あぁ、変わりない。」

「元気だヨ~」

それにクロウとペルソナは、いつも通りに応えると、今度は遠くからあっ軽い声が響いて来た。

「お――い☆船長!リオン!セシルゥ!ペルソナァ~~~~~~~~~!!!」

手を振って、こちらへ駆けこんでくる三人の影。

「うおぉっい!ルーヴィッヒ!俺を置いてくなよなァ―――――――!」

明るい金髪と、亜麻色の尻尾髪が草原に舞う。案の定、お調子者二人組である。この二人は、いつも通りに副船長を追うように、馬車に乗ってついて来たのだ。そんな二人に少し遅れて茶髪の青年が駆けて来る。

「え、ちょっと、待って二人とも!!森には魔物がいるんだ!いきなりはマズぃ・・・」

朝の牛乳配達を終えたのであろう。引き攣った顔でロバートが、セシル達の下へ走り寄った。魔物にいくら慣れたと聞かされていも、セシルの友達へ急に近寄るのは、いくらなんでもまずい。気性の荒い魔物だっているのだ。セシルをよく知る、ロバートはお調子者達へ待ったをかけるべく、森へ急いだ。

しかし、そのロバートの心配は、杞憂に終わった。

「うお☆すげ――――!カッコイイ~~~~~~~~~☆」

セシルのもとへ辿り着いた、航海士の一言がコレだったからだ。

その碧眼は、()なし(ュラ)騎士(ハン)に注がれて、無邪気にはしゃいで握手を求めている。

航海士と共に、辿り着いた狙撃手も伸びをしつつ、

「セシル、相変わらずこれは、凄いなァ・・・野生の王国じゃねぇ?」

気だるげに感心していていた。

「違うぞ。尻尾頭。これは魔物の王国だ。」

つかさず、ルシュカの言葉に訂正を付け加える。

「クロウ、怒るノもう諦めたんだネ。」

もうこのお調子者達の、行動を咎める気は失せたらしい。ルシュカの足元にいる(バー)(ゲスト)は、銀の剣を見るや尻尾を振り嬉しそうだ。

「ルーヴィッヒさん、ルシュカさん、おはようございます。でもどうしてここに?」

ぺこりと頭を下げて、挨拶をするセシル。魔術師であるクロウなら気配で居場所が分かるにしても、お調子者二人は、ここの事を知らない筈である。不思議そうなセシルの疑問に、

「なんか面白うそうだったから!船長達の跡、尾行してきた☆」

「あと、そばかす君と途中出会って、セシルの居場所訊いたんだよ、ああ、ホラ、来たぜ」

いともあっ軽く言ってのける航海士と相方の狙撃手。ルシュカが親指を立て、自身の背後を指せば、丁度森の入り口に、全速力で走んで来る、そばかす青年ロバートが姿を現わした。


「二人とも!急に入ったら魔物が警戒・・・え、あれ???」

風と同調し疾走してきたロバートは、眼の前の光景にポカンと口を開けた。

泣き(バンシー)に抱っこされているリオン、(バー)(ゲスト)を撫でているルシュカ、それと首なし騎士(デュラハン)の黒馬に頭を嗅がれているルーヴィッヒ。付け加えて巨人(エン)()の枝と握手をしているペルソナと、人面(ハルピュ)()を腕に乗せ撫でるクロウ、同じく人面(ハルピュ)()の口にパンを運んでいるセシル。

ロバートの眼前の光景は、完全に魔物ふれあい広場と化していた。

えぇええ・・・この人達、本当に魔物に慣れてんの?!!開いた口が塞がらないロバート。

心配事も空の彼方へ、ぶっ飛ぶ程。

「お!ロバート☆セシルに会えたぜ!サンキューな☆」

あひゃ☆と笑いながら、ルーヴィッヒはロバートに手を振る。

「あはは・・・はは・・・、どういたしまして」

ロバートは乾いた笑を向けて、それに応えた。セシルはそのロバートの疲れた様子を見て、なんとなく心情を察し、あんちゃん心配かけてごめん・・・この人達には普通は通じないんだと小さく呟いた。


思わぬお調子者達のまたの襲来に、一気に賑やかになったセシル達。(それと森の魔物達)

セシルはロバートに、仮面の楽士とリオンを紹介した。ロバートはペルソナと言う、これまた変わった仮面の楽士に一瞬身構えるも、セシルの仲間ならいいか、と快く握手した。

もう、この癖のあり過ぎる海賊には、受け流して慣れるしかない、とロバートは心に刻み込んで。

「あ、そうだ。みんな揃ってるし、天気も良いしここで、お茶しませんか?」

「それいいねセシル、じゃ僕も家から何かお茶菓子持ってくるよ」

セシルがせっかく会いに来てくれたのだから、と御持て成しの誘いをすれば、ロバートも微笑んで頷く。

「お☆それいいじゃ~ん!!なら、俺達は村で何か甘いものでも買ってこよーぜ☆」

「んじゃま、行きますか~リオン行くぞ」

「アイ!」

狙撃手の声にリオンが元気よく返事をし、三人は森から村まで楽しそうに駆けて行った。

「ワタシとクロウはセシルを手伝うネ♪」

「あぁ。」

「すみません、ペルソナさん、副船長さん、それじゃお願します」

ぺこりと会釈するセシルに、楽士と副船長が後に続く。

クロウ達もゆっくり話もしてみたかったので、拒むこともなく、二人を手伝って皆思い思いに、村で菓子を買って持ち寄る事にした。

そうこうして、すっかり魔物と戯れ、午後のお茶の時間になった昼下がり。

森の入り口には、セシルの家から持ってきた、御座とアイリス特性お茶菓子セットが拡げられ、それぞれ持ち寄った菓子やブレッドが盛られていた。

香草茶と砂糖菓子に胡桃のパイを堪能しつつ、セシル達は魔物達と一緒に、平和なピクニックを楽しんでいた。ロバートにしてみれば、魔物と食事など異様な光景だったが、こちらが何もしなければ、襲ってくることはない大人しい者達だと、ルーヴィッヒ達の雰囲気に流され、もう慣れてしまった。何より、セシルが楽しそうなので、まぁいいか、と思ってしまい、強く言えなかったのもあるが。

「それじゃ、ワタシはセシルにも会えたし、先に王都へイッテルネ」

ひとしきり、お茶と菓子を楽しんだ、仮面の楽士は伸びをして立ち上がる。

クロウは御座に座り、幼馴染に一枚の紙を渡す。

「あぁ。気を付けてな。ミーティア様にも宜しくと伝えておいてくれ。後、店の方へも連絡頼むぞ。」

ワカッタ~♪と言って仮面の楽士は、晴れやかにセシル達の下から駆けて行った。

「ミーティア様って?」

リオンの髪を梳きながら、セシルは横に座るクロウを見る。

お菓子をお腹いっぱい食べ、遊び疲れたリオンは、セシルの膝の上で眠ってしまっていた。

「あぁ。言ってなかったか。リースト尊師の実家は、王都イスカンダールシアにあってな。ミーティア様は尊師の御母堂様だ。御歳確か・・・八十歳だったか。あの仮面(ペルソナ)の祖母にあたる。」

香草茶を飲みながら応えたクロウは、自身の師である実家を思い出した。

ミーティア・スペンサーは尊師の母親であり、孤児であった幼馴染の数少ない心の拠り所だ。幼い頃クロウもある程度、スペンサー邸へ呼ばれ、その度にミーティアは幼い己に、実孫の様に接して貰ったのを憶えている。

「あ~なるほど、だからペルソナさん、今日とっても嬉しそうだったんだ。お婆さんの事も大好きなんだね」

「まぁ。アイツにとって尊師とミーティア様は、大切な人だからな。」

普段あまり、他人とは深く関われせないが、セシルにはそれを許しているらしい。薄く笑ったセシルに頷いてクロウは、先に実家へ帰った仮面の幼馴染を想った。

そんな二人の会話に、怪訝な声があがる。

「・・・え、ちょ、二人とも?今リースト尊師っておっしゃいました?リーストって言えば、あの大魔術師、豪傑のリーストの事ですか?!」

豪傑の魔術師と言えば、有名な魔術師。ロバートは思いもよらぬクロウの言葉に、大いに慌て大混乱した。

「うん、そうだよ、あんちゃん」

キョトンとした顔で応えるセシルに、

仮面(ペルソナ)は尊師の愛弟子にして息子で、俺は尊師の弟子だ。」

無表情に言ってのける黒衣の副船長。

「えぇえええええええええええ~~~~~~~~?!」

只の牛乳配達の青年は、盛大に驚きの声を上げた。

予想もせぬ大魔術師と、その弟子だと言う事実に、ロバートは驚きを隠せない。

大海賊の頭が、尊師の弟子っていう辺りでもう驚きだ。海賊は普通、得体のしれない物を嫌う節があれば、術者を船に乗せると船が沈むとまで迷信があるのだ。

海賊の頭が魔術師?そんなの前代未聞だ。なんだか眩暈がするロバートだった。

「分かるよあんちゃん、僕も初めは驚いたもの・・・」

セシルはもうブッラクパール海賊団に、慣れてしまったのか、驚く事も無かった。

慣れとは怖いものである。

「んでもって、セシルは俺等二人から、魔術を教えている。コイツは凄いぞロバート。俺等をすぐ追い越す、賢者レベルの素質を持ってるからな。」

ポンッとセシルの頭に手を置いて、灰色の髪を撫でる副船長クロウ。

驚くロバートに更にクロウは、驚きの言葉を放った。

「え?!セシルがぁっ?!!」

眼を向いてロバートは、大事な弟分を見る。

賢者レベルって、それは・・・この国の王座にも等しいチカラだ。

「あんまり、僕は自覚ないけど・・・」

平民である自分には、賢者なんて遠い雲の御人の話なので、いまいち実感が湧かない。

なんだか恐れ多いよ、とセシルは青褪めて、遠くの空を見上げた。体も若干、震えている。

そんなセシルとは対照的に、あっ軽い声が響いた。

「凄いよな~セシルの魔法って☆滅茶苦茶でっけぇー竜巻も呼んだもんな☆」

「そうそう、おかげで怪奇現象は絶えねぇーけど。いろいろ助かってるよな~俺等」

魔術師の事は全然分からない為か、能天気にパイに舌ずつみをしつつ陽気な声を放つ。

金髪の頭には人面(ハルピュ)()が乗っていて、ピュテリーと鳴いた。

「へ、へぇー・・・」

あんちゃん初耳だ、竜巻出したのかセシル、それは凄すぎるよ。遠くへ意識を飛ばしかけるロバートは、ずずずーっと香草茶を飲み干した。でも、大魔術師の弟子やそのお仲間が言うなら、嘘ではないんだろうな、とロバートは薄紫の瞳を嬉しそうに細めた。

セシルは幼い頃から一緒だったのだ、一流の魔術師や賢者になれるなら誇らしいと思う。

ロバートは微笑んでセシルを眺めた。

「つー訳で、このパイは貰うぜ」

「ちょ~ッマッタ!ルシュカこれは俺のんだぜ☆」

そのロバートの傍では、ぎゃいぎゃいと、最後の胡桃パイを奪い合う航海士と狙撃手。

賑やかにして姦しい御座の上で、それを無視して、

「あ、そうだ。セシル、オマエの礼服ローブと普段着用のローブを仕立てるのに、ガーネクロイツでは、良い仕立屋が無かったのでな、王都へ行くことになった。明日は都合大丈夫か?」

そうだ、思い出したとばかりに、クロウはセシルへ向き直った。

「ほぇ?あの話本気だったんですかっ副船長さん!」

てっきり冗談だと思っていたセシルは、素っ頓狂な声を上げた。魔術士の礼服ローブを作る事は、もう一人前と師が認め、正式に魔術師と名乗れる通過儀礼でもある。まさか、船が沈むという言葉があるのに、海賊船で本当に正式な魔術師になれるとは、思っていなかったのだ。

「何故、俺が嘘を言わねばならんのだ。」

黒曜石の眼を細め、クロウはセシルへそう断言する。この時のクロウの眼は、迷いが無い本気の眼だった。

その視線を受け止め尚、えぇ、でも・・・とセシルが言い募れば、

「行ってきなよセシル、あんちゃん、セシルが立派な魔術師になる姿見てみたいから」

柔らかく笑ってロバートが、セシルの背中を押した。

「そうだぜ~セシルは魔術師になりたかったんだろ☆いいじゃん」

それに続いてルーヴィッヒも、行ってこいと後押しする。

「いやでも、そんな大金、僕持ってないし」

礼服を作るにはお金がかかる、セシルはそんな大金を持つ余裕はない。そう言って貰えるのは嬉しいが、お金を借りてまで魔術師になるのも気が引けた。そう言って断ろうと、セシルがもごもごと口を開けば、

「金なら船長が出してくれるさ、気にすること無いんじゃねぇ?」

なぁ船長?と今度は尻尾髪の狙撃手が、上司に視線を向ける。

「当たり前だ。師と弟子の間では、一人前になった弟子に礼服を贈るのは当然の事だ。それに、今までオマエには、窮地を救われている者だっているんだ。船員の給金を少し減らしても文句もないだろ。気にする事はないぞ。」

青緑の視線を受け、力強く頷く副船長クロウ。彼の黒衣の御人は、迷いなくセシルにそう断言した。

「ま、今までの俺等からお礼だって、思えば良いじゃね?セシル」

気怠い物言いの狙撃手は、セシルに苦笑いを浮かべた。

「そうかなぁ」

とセシルは小さく呟く。

気にするなと、言われても気にするセシルは、困ったように眉を寄せてしまう。

嬉しいのは嬉しいが、少し複雑な気分だ。

「そうだって☆」

セシルの様子を見ていた、航海士も相方の意見に同意して、セシルを促した。

「それに俺、ジャパリアの町で助けてもらったし☆お礼まだしてねぇもん!」

ルーヴィッヒにしてみれば、ジャパリアの町でセシルに、危ない所を助けて貰っているのだ、いつかセシルに、何か形でお礼をしたいと思っていたので好都合だった。

ルーヴィッヒがそうセシルに伝えれば、セシルもそれなら・・・とおずおずと頷いた。

「で。明日は都合がいいのか。」

話が纏まった所で、クロウはピッと一指し指を立て、セシルに迫った。

なんせ、ここから王都へは馬車に乗り、丸一日かかるのだ。少なくともセシルは、家を空けねばならない。

「えぇ、母さんに言えば、大丈夫かと・・・」

セシルがクロウの言葉に、頷いて応えれば。

「ンじゃ!決まりだな☆」

「明日が楽しみだねぇー」

ご陽気な声が二人分、盛大に上がった。

だが、このお調子者達へ上司の、非情な命令が素早く下る。

「オマエ等二人は留守番だ。」

きっぱり、はっきり、あっさり、な副船長クロウのお言葉。


『えぇ―――――――――――――?!』


そのお言葉に本日絶好調な、お調子者達の残念声が森に轟いた。

それに溜息を吐くクロウ。

森にはそんな二人を見て、セシルとロバートの、クスクスと笑う声が絶えなかった。

騒がしい賑やかな森、木漏れ日の中、

「んにゅ~、おはようセシル」

セシルの膝の上では、幼いリオンが欠伸をした。




長閑な昼を魔物と共に過したセシル達は、またもセシルを迎えにきた母アイリスとアメリアによって夕食に招待された。クロウはあまりにも、大人数だと遠慮をしたが、アイリスとアメリアの誘いに押されてしまい、夕食をごちそうになる事になった。その間クロウは、アイリスの手伝いを進んで行い。(なんせ家事スキルが異様に高い彼は、台所でアイリス共に調理担当。)セシルとアメリアは手際よく食器や配膳をして、お調子者達も、セシルに言われるまま、人数分足りない椅子を、二階からリビングに持って降りてその手伝いをしていた。ロバートは自身の母親からキドニーパイを持って来て、より一層セシル家の食卓は、豪勢な食事がより賑やかになり、物寂しい簡素なテーブルの席がすべて埋まった。(その間幼いリオンは、セシルの背中におぶい紐でしっかり固定されて、シチューの匂いに上機嫌で鼻歌を歌って、場を和ませる係りを担っていた。)

シチューとハンバーグにサラダ、パンそれとキドニーパイが並ぶ、家庭の味満載の香りが漂う食卓。そのテーブルには、セシル三人家族と隣の家のロバート、海賊のクロウ達四人が手を合わせて、温かな食事を囲んだ。

セシルとしては、家族を含んで大勢での食事とは、今まで縁が遠かった為、賑やかな食事と言うものも、悪くは思わなかった。なんせ、もう海賊と言えど、お気楽航海士と狙撃手のいつもの(肉の取り合い)騒動や、クロウが二人(の親の様)に鉄拳を喰らわせる光景、弟の様なリオンの相手もセシルには、慣れてしまっていたからだ。いつもの海賊船での食事と何ら変わりない。それに加わって、ロバートはセシルに『大変だな・・・クロウ船長』、と哀憫の眼差しを向け苦笑い。妹であるアメリアは、無駄に顔の良い、村中で噂の青年達を眺めて上機嫌。母親に至っては、リオンが気に入ったのか、孫だと言い張って終始、自身の膝に乗せ、ご飯を食べさせ可愛がっていた。皆が笑い合いう、賑やかな食卓。

そう、セシルとしては、ここまでは悪く思わなかったのである。

母親と妹が楽しそうに、頬を紅潮させ笑うのは久しぶりだし、ロバートあんちゃんも、なんだかんだ言って、航海士と仲良さそうにしていたのだったから・・・。


問題は現在の状態だ。

セシルは全身をガチゴチに固まらせて、内心悶え、極度の緊張と恐怖に震えていた。


ど、どう、どうしてこうなっちゃったのぉ~~~?!!


今現在、セシルが心で大絶叫する理由と現状。

色素の薄い肌は、湯あみをしたにも拘らず青褪め、顔色悪く布団に横たわっている。

リビングの隣、客間にはソファもテーブルも部屋の隅に、移動されて床には簡単な敷布団、掛布団が四枚、大きな毛布が二枚広がっていた。

時間は夜の十時に差し掛かって、置時計の針が無情に動いている。灯りもすっかり、落とされているが、闇夜に慣れた薄緑の目には、薄らと家具や周囲がよく見えた。


どうして、リオン君は居ないの???

どうして僕は、苦手なお人の横で寝る羽目になったの?!

恐い、恐すぎるよ!隣のルーヴィッヒさんも寝てるし・・・


セシルは掛布団を握りしめ、涙目で天井を見つめる。

部屋の一番奥では、狙撃手のルシュカが、その横ではお気楽航海士のルーヴィッヒ、続いてセシル、そしてセシルの横リビングに近い手前にクロウの順に、それぞれ布団に着き、眠っているのが現状だ。


どうしてクロウ達が宿ではなく、セシルの自宅で川の字になっているのか?

理由それは、簡単だった。

夕食を終えた後、当然クロウは宿屋へ向かおうとしていたのだが、母アイリスがそれを止めたのだ。リオンが可愛いらしく、幼子連れで夜道を歩くのは危ないと引き留め。ロバートは隣なので帰ったが、クロウ達はあまりにも、大勢なので断ったのだ。

しかし、今度はリオンがセシルと寝たいと言いだし、アイリスに説得に押され、(説得の際、背後に黒い霧が視え、クロウ達は是と言うしかなかった。)海賊青年達はセシル宅に寝泊まりする事になったのだった。だが、ベッドは数が限られているので、客間で川の字で寝る事になり、セシル達はワイワイと布団の準備し、軽く旅行の延長線だとセシルも少し、楽しんでいた。

ここまでは、セシルも納得できた・・・・・・リオンが一緒に寝るなら、と。

しかし実際、ただいまセシルの両隣にいるのは、爆睡航海士と死体並みに静かな副船長。


僕の可愛い、唯一の癒しの幼子はどこ行っちゃったの?!!


セシルは布団の中で、心持ち涙を浮かべ絶叫する。

順番に風呂に入り、風呂上りセシルが客間に辿り着くと、リオンの姿はなかった。

どうやら、セシルがルシュカから聞くと、母親がリオン可愛さに、お婆ちゃんと一緒に寝ましょうか~と、二階の自分の部屋に連れて行ったらしい。

リオンも嫌がることなく、うん!と嬉しそうに一言返事で、一緒に二階に上がったそうな。

クロウはもちろん、止めたのだが・・・リオンが嬉しそうだったので、結局強く言えなかったらしい。

狙撃手と副船長の話を聞いて、顔色が一気に青ざめ呆然と立ち尽くすセシル。

「俺も、一応は断ったんだが。リオンはまた明後日にでも、一緒に寝ればいいのではないか。オマエの事を嫌いな訳でもないし。風邪ひくから布団入れ。」

「セ、セシル~・・・リオンが居なくとも、俺らが居るだろ~さっ寝ようぜ」

そのセシルの様子を見た、クロウとルシュカは、珍しく気を遣い、呆然自失するセシルを、布団に入れて寝かしつけたのだ。(この時、すでに航海士は爆睡していた。)


そんなこんなで、セシルはリオンが居ない中、クロウの隣で川の字で布団を被っている。

そしてセシルは、右隣で眠る黒い御人による、恐怖心と緊張に、絶賛対決中だった。

当初はクロウとセシルの間に、リオンが眠る筈で、クロウへの恐怖心はリオンの癒しで相殺される手筈だったのだ。この恐怖を癒しで相殺策戦を考えたのは、あっ軽い航海士だ。

けれど、ここにはリオンは居らず、セシルの両横隣には航海士と副船長。しかも、航海士は爆睡で、起きている気配も無い。


ははは・・・ルーヴィッヒさん、凄い寝相。

これでルシュカさんと僕の所、往復五十二回目だよ。

僕もそれぐらい意識飛ばしたいな。

うん、創造神エルハラーン様、どうか僕に心の安らぎをくれませんか。

米粒ほどでいいんです、贅沢は言いません、お願いします。

祝福された大地に住む、僕のちっぽけな願いです!

だから、この黒い人の恐怖心から、僕を解き放ってほしいんですぅぅうううう~~~~~

助けてぇ――――――――天国の父さん!!!


死んだ眼のセシルは、涙を一粒落として天井を見つめ続ける。

心の中で絶叫と涙の大洪水、けれどセシルが祈れど、一向に現状は変わる事はなかった。

創造神でも、叶えられない願いもあるようだ。ついでに、天国にいると思わしき父親にも。

セシルは届かない願いに、せめてクロウの方へ体を向けなければ、少しはマシかな・・・と航海士の方へ横向きに寝返りを打つ。

すると、金髪頭がゴロゴロと、亜麻色の尻尾髪の頭にぶつかりに行った。

ゴチン!となんだか、鈍い音が聞こえる。

航海士の所だけ、掛け布団がめくれあがって、セシルの横隣は寒々しい程にもぬけの空だ。

背後に苦手とする気配がして、やっぱりセシルは寝心地が悪かった。今度は、姿が見えず気配だけとなると、寝ている間に殺されそうで、とても落ち着かない。

殺人衝動は抑えていると、副船長さんは言っていた。本当に僕が見ている分に、それは抑えられている。だけどその本能、僕にしてみれば、殺人衝動云々より、なんだかこの副船長さんの存在自体が理由なく恐いよ・・・。良い人なんだろうけど、畏縮というか、僕の心の汚い部分とか、隠してきた傷の事全部、見透かされるというか。例えて言えば、やってない罪まで、吐けと言われれば吐けそうな、白なのに副船長さんが、黒と言えば黒になる様な。まさにそんな心境・・・嫌いではないけど、苦手で。手をつなぐのも、頭を撫でられるのも、故に恐怖が心を攻めて、どうしたらいいか分からなくなる。

副船長さんの存在の恐さで、心臓発作で死亡とかありえそう。

セシルは自分の心中に巣食う恐怖心を、冷静に考えて、極論にまで達してしまっていた。

そのまま、空の布団を眺めながら、小刻みに震え布団にもぐりこむ。


(恐怖心で心臓発作にて死亡。セシル。オマエ、それは俗に云うショック死だろう。)

心の中でそう呟く、低い声。

先ほどから静かに眼を閉じていたクロウは、聞こえない様に息を吐いた。

聞くつもりはなかったが、瞳を閉ざした闇の中で、セシルの心の声はクロウへ良く響いていた。クロウが心中呟いた言葉は、セシルに届いていない。

クロウはセシルの方へ寝返りを打ち、セシルを眺めた。夜闇の中だが、夜目が常人より利くクロウは、部屋の状態が鮮明に見えている。

眼の前には布団を被り、己の存在へ畏縮し、それと部屋が寒むいのか、小刻みに震えている灰色の髪が布団から覗いている。

なんとか安心させないと。明日の朝、死体が横に転がってたとか。洒落にもならん。

それに今度こそ・・・セシルを殺さない。殺させない。

クロウはまたも息を吐き、布団の中にある自身の片腕をセシルへ延ばした。


布団へもぐりこんで、緊張と恐怖で震え眼を瞑るセシル。

その心中セシルは、大丈夫、大丈夫、こっちが何もしなければ、殺されないと自身へ言い聞かせていた。祈りにも似た呪文を、暗示を、自分へかけて震える。なんだか、部屋も寒く布団を被っているが、航海士の掛布団が捲れているせいか、こちらまで冷たい冷気が少なからず入って来ていた。さむい・・・とセシルが思ったその時。

突然、背後から伸びて来た、腕に抱きすくめられた。

ひゅうっと息を詰め、セシルは叫びそうになるが、咄嗟に口を手で押さえる。

すると、セシルのすぐ耳元で、抑揚の無い声が降って来た。

「安心しろ。何もしない。」

いつの間にかセシルの背後には、クロウが寄ってセシルを抱きすくめている。

いや、今してるでしょ?!

セシルは心の中で盛大に叫んだ。

「それはそうなんだが。寒そうだったンでな。こうしてれば幾分かマシだろ。」

そう言って、セシルの心の中の言葉を拾って、クロウが小声で返す。

だからって、気配も無くそんな事をされたら、余計恐いよ!!

セシルは悲鳴交じりの心の声で抗議する。さらに身を縮こまらせ、言いようのない恐怖に震えた。そんなセシルの様子と抗議の声を聴いたクロウは、ふっと息を吐き。

そしてそのまま回された腕を、布団から出すと、布団越しにセシルの体をポンポンと軽く叩きだした。子供をあやす様に、軽く一定の速度のリズムを刻む。

ね、眠れない・・・!!

正直なセシルの感想。

「リオンがぐずったら。いつもこうやってた。後、人は心臓の音を聞いていると、安心するらしいぞ。」

軽く叩く手の振動に、少し落ち着きセシルは息を吐いて、なんとか口を開いた。

「・・・副船長さん、すみません。怖いです、恐すぎます。」

無償に誰かに甘やかされるって、慣れてないので、どうしたらいいのかも分からない。気の利いた言葉さえ見つからないので、ありのままを話す事にした。おずおずと言い難そうに、セシルが小声でそう伝える。

「さっきから、聞こえてた。言っとくが、今度俺はお前を殺す気なんてないぞ。」

抑揚の無い声が、セシルの耳のすぐ傍に落ちた。

その言葉にセシルは一息吐いて、もぞもぞと、そのまま体をクロウの方へ向けた。

「すみません、それは何となく分かるんですが・・・えーっと、僕、やっぱり慣れてなくてですね・・・」

顔を見ないで話すのは、あまりに礼儀に反する。セシルは勇気を振り絞って、クロウを見上げた。かなり近くにお互いが居るので、セシルの手がクロウの寝間着に触れた。

「俺の本質の事か。」

クロウはセシルの瞳を覗き込んで、言い放った。いつの間にか、セシルの髪を梳いて、宥める様に撫でられる。セシルとしては、本質はあまり恐くない事を理解しているのだ。どちらかと言うと、存在そのもので、クロウのその動作が慣れないので、止めて欲しいのだが。

「あーと、それもあるんですけど・・・って、あれ?」

伝わらないなら、言うしかないと、口を開いたセシルは、一瞬ポカンとする。

淡緑の眼に留まったのは、赤黒い靄。

それは闇夜とは違う、異質な黒い靄が目の前に鎮座していた。

「どうした。」

怪訝な声でクロウは、セシルに問いかけた。いきなり押し黙ったセシルは、眼を見開いて目の前にあるクロウの胸板を視ていた。

「副船長さん、胸の心臓の辺り・・・なんだか、黒い靄?何これ・・・」

セシルが、クロウの寝間着越しでも視えてしまう、赤黒い血にも似た靄。その靄はクロウのちょうど心臓の辺りに染みに様に巣食っていた。

なんだろう・・・これ、血?でも怪我してる訳ではないし・・・。

あ、でもこの靄がある所為で、副船長さん、心臓とか肺が弱いのかな???苦しいとか?

どっちにしても、これ痛そう。

セシルは黒い靄に手をかけて、クロウの心臓辺りを撫でた。すると、

「あ、あれ?消えた」

セシルが手で撫でれば、黒い靄は見る間に霧散して、跡形も無くなった。

不思議な事に眼を見開くセシルに、

「セシル、オマエ。今何した。」

それ以上の驚きと不思議そうに、問い駆ける声が響いた。

先ほど黒い靄を抱えていたクロウである。

クロウは黒曜石の眼を見開いて、セシルの頬に手を添え、己の方へ顔を向かせた。

「え、何って、ただ黒い靄が視えて、苦しそうだと思ったから、心臓の辺り撫でただけですよ」

突然のクロウのその行動に、セシルも慌てたように小声で応えた。

本当にセシルとしては、クロウの心臓が痛そうに思えたので、撫でただけだったのだ。

だがしかし、クロウの立場としては、撫でただけで済むような事ではなかった。

「・・・。今ので、俺の心臓の辺りが、一気に軽くなった感じがした。」

クロウはセシルの淡い眼を見つめ、ポツリと誰にも言わなかった本音を零した。

「へ?!」

クロウの言葉に、セシルも素っ頓狂な声を上げる。

「しかも。抑え込んでたモノも、消えた・・・。」

そう、セシルが一撫でしただけで、クロウが長年抑えていた衝動も、抑えることによって精神的に負担をかけ、時折痛みを伴っていた肺と心臓が、軽くなりすっきりしたのだ。

「え?!ええ!!でも、僕撫でただけですよ?!治癒術使ってませんし」

クロウの予想もしない言葉に、セシルも驚いてブンブンと、手と首を振った。

まさか、撫でただけで、そんな効果が表れるとは、思わなかったのである。治癒術は自分のチカラを相手と同調させ、相手の生命力を活性化させ回復させる術である。同じ魔術師でもあるクロウも、早くもその事へ気が付き、

「セシル。オマエは何ともないか?」

クロウが心配そうに、セシルの顔色や体温を測ろうとした。

「え、えぇ・・・なんとも」

コックリと頷くセシルには、異変はない。

少なくともこの術は、相手へ生命力を分けつつ同調する為、術者である方へ負担がかる。物によって大変疲れる術なのだ。だが、セシルには治癒術特有の、体調の負担を感じなかった。

クロウはセシルに体調変化が無いと分かると、ほっと安心し息を吐く。

「そうか。ローグルの嫌味ジジイが言う通り、オマエは本当に古代人みたいな奴だな。」

「そ、そうでしょうか、僕には分かりませんけど」

何だか、脱力したようにクロウは溜息を吐き、灰色の髪を撫でた。

またもや慣れない動作に、びくりと肩を震わせながら、セシルはしどろもどろに応えた。

ただ赤黒い靄が今の話で、クロウの体に、あまりよくないモノだという事だけは、セシルには分かった。

一体、なんだったんだろ、あの黒い靄・・・・・・。

セシルがぼんやりそう思っていると、またクロウによって不意に抱き込まれた。

「ふぇ?!」

「もう寝ろ。何もしねぇから。俺の心臓の音聴いていれば、安心するだろ。」

またも、ポンポンと軽く布団越しに背を叩き、クロウが言う。

素っ頓狂な声を上げたセシルは、鼻先がクロウの寝間着に当る程寄せられ、靄が霧散した心臓の音を聴いた。

何もしないって副船長さん、今してるでしょ?

しかもなんか、黒い靄の事はぐらかされた・・・ような・・・気がする。

トクン・トクン・トクン・・・と一定の命を刻む音。

それと、あやす様に背を叩く手の音。

その音を聴くにつれて、セシルは段々と瞼が降りてくる。

トクン・トクン・トクントクン・トクン・トクン抱き込まれている所為か、ぬるま湯につかったように温かい、眠気を誘う旋律にセシルの体の震えも自然に緩んできた。

ね、ねむ・・・い。

セシルが脳内で呟けば、『眠っとけ。』とクロウの言葉が降りて、セシルの思考は完全に闇へ落ちた。

クロウもセシルの、意識が途切れたのを見守ると、黒曜石の瞳を同じく閉じる。

温かい布団には、静かな二人分の寝息が、密やかに響いた。



(ね、眠れねぇ・・・。)


一方、静かな二人分の寝息が、密やかに響く、布団の端。

ここにも眠れない青年が一人。

金髪碧眼の寝相による衝突頭突きに、眼を覚ましてしまった狙撃手の青年、ルシュカだ。

(つーか、何?あの二人の雰囲気。親がイチャコラしてるのと同じ位、恥ずかしわぁっ!!ここでトイレに起きて、俺まともに二人の事見れねぇぇぇええええええよっ)

先ほどまで、ちょっとした好奇心により、寝たふりを続行し、二人の話し声を聞いていたのだが・・・。思いの外、会話はよく分からないが、二人の雰囲気が気恥ずかしい物だったので、冷汗だらだら、動揺が心中渦巻いていた。

(いや、別にトイレに起きるだけだし、やましい事なんてねぇし!)

ルシュカは深呼吸をする。布団をそろりと出て、立ち上がった。

だがしかし――――――――――。気を落ちつけ、トイレを目指すも、二人の足元を通らなければ、廊下には出られない訳で。

(うわ・・・船長、なんでこの状況で、セシルに何もしないで普通に寝れるんだよ)

つばを飲み込んで、ルシュカは固まった。

そろそろと、忍び足で眠っている二人の足元を通り、二人の様子を目で追ってしまえば。

夜闇の中、寄り添って寝ている二人が見えた。青緑の目を凝らせば、クロウに抱き込まれて、眠っているセシルの二人の姿。

(船長、寝てるよな?二人の寝息聞えたし!寝てるよな?!寝てるよねぇ?!!オイ!!)

一人内心、自問自答を繰り返し、今眼の前に広がっている事態から目をそらす。

こんな事、自分が観ていたと知られれば、後でクロウに何をされるかわかったものでない。

(早く用足して寝よ・・・)

こんな、気恥ずかしい雰囲気の二人、ずっと見ているのは眼に体に毒だ。

ルシュカはそろりと、副船長とセシルから目を逸らし、トイレへと足を忍ばせた。


そしてさっさと用をたしたルシュカは、今度は自分の寝床を目指す。

抜き足、差し足、忍び足。

(ほぉ~~~~~~~・・・やっぱ寝てる・よな?)

息を吐いて、ルシュカは二人の方へ視線を向ける。ほんの少しの好奇心に負けて、ルシュカは、二人の寝顔を覗き込む。すれば、二人とも熟睡しているのか、安らかな寝息が聞こえてきた。ほっと安心、胸を撫で下ろした狙撃手はすると同じように忍び足で、クロウとセシルの足元を通った。


―――――――――が。


「おい。尻尾髪。」

背後から低く地を這う声が、ルシュカを呼び止めた。

「いっ!!は、ハイ!!」

その怒気を含んだ声に、ルシュカはビクン!とその場で硬直する。

冷汗がたらりと、首筋に垂れる。

副船長いつから起きて・・・?ルシュカが焦る内心、

「言いふらせば死刑だからな。」

続けざまに放たれたこのクロウの言葉は、ルシュカをビビらせるには十分だった。

「はいぃいいい!!言いふらしません!さっさと寝ます!!」

尻尾髪ことルシュカは、猛ダッシュで自分の寝床へ一目散に潜り込んだのだった。

好奇心は身を滅ぼす。この言葉を狙撃手の青年は、もう少し学んだ方が良い。

布団にもぐりこんで、ガタガタとセシルとは違う意味で震える狙撃手。

それを、やれやれと睨みつけ、クロウは溜息を吐き、今度こそ安らかな眠りに落ちた。





――――――――ここは何処。


びちゃ、足元にぬるりとした感触がする。

何だろうと、セシルは自身の足元を見るも、真っ暗で何も見えない。

気が付けば、眼だけに目隠しの布をされている事が分かる。


真っ暗な常闇の中。


とりあえず、布を取ろうと手を動かそうとすると、今度は手が全く動かない。

両手の感覚はある。

え?どうして・・・と首を傾げる素振りをするも、首も思うように動かなった。

どういうこと?!体が思うように動かない!!

そう咄嗟に口を開け叫べば、自分の口から赤ん坊のあぁ~~~~~という生々しい声しか出てこなかった。

セシルが自分の声に驚いていると、自分の意志とは別に勝手に口から、赤ん坊特有の泣き声が叫ぶ。


なんで?!僕の口から?!!どうして???


混乱するセシルに、今度は言い知れぬ恐怖が迫り上がってくる。

何が、とはセシルには分からないが、だんだんその“何か”が自分を見つけて(・・・・)、向かって来る気配が全身に伝わってくる。

それと同時、激しく脳内に響く誰かの悲鳴がセシルの中で木霊した。


“だれか!だれか!!たすけて!!!”

“痛い痛い痛い、いたい、いたい、いたい痛いッ―――――――――――――!!!”

“生きたい!生きたい!!どうして!わたしがっこんな目に!!”

“かなしい、かなしいかなしいかなしい、かなしいぃいいいいいいいい!!!!!!”

“ひもじい・・・さむいぃ、助けてくれ”


怒涛の津波にも似た、誰とも分からぬ、悲痛と絶叫が押し寄せる。

その最中、咽返る様な鉄錆びの匂いと腐乱した甘い肉の腐臭が、鼻腔を充満させ、どんどん言い知れぬ恐怖が、あと一歩まで迫って来ている事に気が付く。

セシルは堪らず逃げ出したくなるが、悲憤と悲痛入り混じった絶叫に、体は一向に動かす事は出来ず。“何か”は声を共に迫って来た。


“あぁああああああああああ~~~~~~~~~あぁああああああぁうあぁあああ”

“助けて助けてだずげて、ダずげてダずげぇええあああああだずげで!!!!”

“ゆるさない許さない許さないっゆるさないっあいつ等っ絶対許さないゆるさない”

“忘れるな忘れさせるかっお前達のしてきたことを――――!!!後悔させてやる!!”


あぁ~~~~~あぁあ~~~~~

あぉ~~~~~~あああああ~~~~~~~~~~~~ぁあぁああ~~~~~~~


狂気の沙汰、殺気と凄まじい怨嗟の渦。

セシルの中で、恐怖は救いもない絶望にも等しく、大きく膨らんでくる。


“―――――――――!!ここに、新鮮な肉がある!!!”


怨嗟と狂気が混沌とした闇の中、一際大きな声が上がる。


それは、嬉々と必死に生へ縋りつく、亡者にも似た声だった。

“何か”の気配が、ぞろぞろと、腐臭を漂わせて自分を囲んでいるのが分かる。

沢山の視線が、全身を舐める気配。

セシルがその声の言葉と気配に、腹の底から恐怖がせり上り、逃げ出せない悪夢に気を失いそうになった。


いやだ・・・たすけて・・・セシルの全身が寒くなる恐怖に、打ちひしがれるその時。


“――――――――――――――――ッ”


冷たい氷が喉元を掠ったような感覚。

その後に首元を襲う、熱い激痛がセシルの悲鳴を奪った。

続けざまに乱暴にメリメリッと、腕を物凄い力で引っ張られた。


“――――――!!――――――――――――――!!!!!!!!!!!!”


そのまま悲鳴を出す事も許されず、ブツン!ブッチ!!!と嫌な音が耳に届き、全身が火達磨にされた様な痛みが襲った。

腕も脚も、何もかもが、引き千切られ、体が痛みに痙攣し、夥しい血が流れる感覚。

麻痺してしまった、体中の鈍痛―――――。


“――――!!!!!!っ―――――!!!!!!――!!!!!!!!!!!!”


声にならない叫びを発し、セシルは暗い闇の中。

眩暈と狂想に脳を侵され、在る筈のない腕を天へ伸ばした。


―――――――――――――『ど・か・・・・お・・せ・』―――――――――――――


セシルが腕を伸ばした、その瞬間。

小さな、小さな、祈るような、誰かの拙なる声が、セシルの闇に響いた。


ぼやけた視界、焦点が合わず、呆然とセシルは伸ばした手の先を見つめたまま。

淡い朝日の光が自身の手を照らしていた。セシルの喉から、何故そう言葉が出たのか、セシル自身さえ分からない。ただセシルは、最後に聴いた言葉を復唱した。

「どうか―――全て終わらせて」

朦朧する思考の中、手の先を見つめセシルはポツリと呟いた。

そのセシルの小さく掠れた声に、

「何を終わらせる気だ。俺の命か。」

抑揚の無い低い声が、セシルの耳に落ちた。

その感情の読めない、抑揚の無い声に、セシルの朦朧とした思考は一気に晴れる。

薄い緑の瞳が勢いよく見開き、ぼやける視界を正確に映し出す。

伸ばした自身の手には、誰かの寝間着を握りしめていて・・・。

えぇー・・・っと、夢?

っていうか、この声と寝間着って、あ、あれ?!

セシルは掴んでいる寝間着の主に、思い当たりどっと恐怖が押し寄せてくる。

この見覚えある白い寝間着は~・・・えぇ~~~~~っと。

あとこの気配と言うか、声と言うか、雰囲気は僕が苦手とする御人のもの。

恐る恐るゆっくりと、眼前の握っていた寝間着から、視線を上へ向ければ、

「おはよう。セシル。」

黒曜石の瞳と眼が合った。セシルはその瞬間、息が詰まる。クロウと言う存在の恐怖で。

「・・・・・・・・・・・・・コワっじゃなくて・・・オハヨウゴザイマス。」

氷点下までセシルの体が冷え、石のように固まった。心なしか、朝の挨拶もカタコトだった。しかもクロウが聞き捨てならないぐらい、しっかり本音まで出てしまっている。

「ンで。何を終わらせる気だったんだ。」

まさか息の根、止める気じゃないだろーな。クロウが黒い眼を半眼に、じとっとセシルを見つめる。未だしっかり握られているクロウの寝間着は、セシルのチカラも相まって、クロウの胸元に静電気の青白い光が走っていた。

「えぇっと、すみません・・・、変な夢視ちゃって」

ぱっと、セシルは慌てて手を放す。

「ほぅ。どんな夢だ。」

「え、えーっと・・・あ、あれ?なんだっけ・・・・わ、忘れました」

セシルが夢の内容を思い出そうにも、瞼の裏に残る光景は白く掻き消えてしまう。セシルが先ほど視た夢は、見事目下クロウの恐怖心により霧散してしまったようだ。

「そうか。」

布団の中で首を傾げるセシルに、クロウは淡々と応える。その淡々と応えるクロウの、声音にセシルは一瞬、違和感が湧いた。

あれ?副船長さん、今僕が夢を憶えてないって言って、安心したような・・・気のせい?

相変わらず抑揚の無い、淡々とした声音に、セシルが感じるには、微々たる安著の感情が含まれていた様な気がするのだ。どうして、そう感じたのか。それはセシルにとって分からなかったが、クロウの声に違和感を覚えたのは確かだった。

そんな事をぼんやり思って、セシルが思考の海を漂っていると、

「そんなに見つめられてもな。穴が開きそうなんだが。」

「へ?!」

感情の読めない一言が、セシルに落ちて一瞬にして我に返る。

思考の海から現実へ浮上したセシルの眼と、クロウの瞳の奥が合った。

「ぅ・うぎゃあぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぁああああ」

クロウの瞳の奥。

その深淵の黒に、夢にも(・・・)似た(・・)、得体のしれない恐怖によりセシル絶叫。

バチン!!!と小気味よい音が響き。

クロウの顔面がセシルの両手に覆われた。その素早さ、0.5秒コンマの早業である。クロウの耳には、混乱状態のセシルの悲鳴が、木霊していた。


まさかの顔面押し・・・セシル。オマエは俺の予想を飛び越え過ぎる。

素人じゃねぇ俺が、構えも取れなかったぞ・・・。


クロウはセシルの予想もしない行動に、言葉も出なかった。そして、息もできなかった。

何故なら、セシルの手によってクロウの口と鼻を、完全に押さえられていたからだ。

約五分にして、十分に酸素を吸っていなかったのもあり、クロウの意識が遠くへと薄らぐ。

「はっ!!僕ってばなんて言う事を!うわぁ――――――――副船長さん!!!!」

我に返ったセシルの腕の下には、ぐったりしたクロウの、死体のように横たわった姿。

何気に窓から射す朝日によって、クロウが昇天しそうな雰囲気になっている。

セシルの脳内に、『自宅にて上司を窒息死?!魔物憑きの少年、怨恨の末の殺人か?!』という新聞の見出しが駆け巡った。


「きぃいイヤァア――――――――――!!!!だ、だれかぁ~~~~~~~~~~」


セシル絶好調につき再絶叫・・・。

「んぁ☆なんだなんだ!?――――――――えええ??船長ぅう~~~~~?!!!」

「うるせぇってルーヴィッヒ・・・って、ひぃっ何コレどういう状態?!」

当然、その金切り声に飛び起きた、航海士と(寝不足気味の)狙撃手の青年達は、自分の上司とセシルの惨劇の現場に、驚天動地の雄叫びを上げ。

「ん~お兄ちゃん、うるさいわよ・・・ひぃ!」

アメリアの短い引き攣った悲鳴。困惑した母親と寝ぼけた幼子。

「あらまぁ・・・ど、どうしたのよ・・・?!」

「ふにゅ~、セシルどうしたの?」

二階で眠っていた母アイリスと妹アメリア、リオンを道連れにその場に硬直する。

三人が階下に降りてきた丁度その時、バタン!と派手な音と共にリビングの扉が開いた。

「セシル!どうした!!!!まってろぉ~あんちゃんが今・・・って、あ、あれ?!!」

青の縞々寝間着にて、隣の牛乳配達員の頼れる兄貴登場。

物凄く離れた隣の家、ロバートまで飛び起きるほど、セシルの悲鳴は響き渡っていたらしい。実に騒がしい朝の風景である。


その後。

「う、うぇえええん・・・恐かった、こわかったようっ!!」

「せ、セシル~っ落ち着いて、ね?」

「船長~~~っ脈が所どころ飛んでるんですけど?!どうしよルシュカァ~~~~っ」

「マジかよ。低血圧って聞いてたけど・・・低血圧で不整脈なるもんなの」

半狂乱に泣き謝るセシルを、必死に宥めるロバート。そしてクロウの脈を取る青ざめた航海士と狙撃手が、その場をなんとか納める結果に終わった、はた迷惑な晴天の朝だった。

「はぁ・・・俺、二時間しか眠れてねぇよ」

セシルが落ち着き、クロウが意識を取り戻した横。

狙撃手の青年ルシュカが、重たい溜息を吐いて、窓から明るい太陽を睨んだのだった。



鶯黄石月一日 晴天


早朝。

午前六時二十二分四秒。

セシルに不意打ちを食らい、殺されかかる。

鮮やかな早業・・・いや、暗殺技だった。

抵抗しなかった俺も悪いが。セシル・・・オマエ、手練れの暗殺者(アサシン)か。


俺は何か気に障る事をしただろうか。

モーリス。助けてくれ。

何故か苦笑いと言うか。なんとも言えない、視線が突き刺さって痛い。特に母君から。


もう一回言う。モーリス助けてくれ。

(眼を覚ました時。オマエの彼氏を条件反射に、ぶん殴った事は謝るから!!)


                                クロウ・ユーイン

                          心のブラックパール号航海日誌


そんな心の航海日誌を書いてしまう、副船長クロウの心の願いは、昼に差し掛かる前に偶然叶った。早朝のセシル、クロウの殺人未遂騒動から、なんとか落ち着きを取り戻した午前中。ロバートは朝の牛乳配達へ出かけ、それを見送った海賊団とセシルの家族は、布団を片付け、それぞれ掃除をし元の客間の様相に戻した後。

セシル達はアイリスの手伝いをしながら、昼食の準備をしていた。クロウはジャガイモの皮を剥き、ルシュカは邪魔にならない様リオンの遊び相手を務め。ルーヴィッヒとセシルが、食器をテーブルへ並べていたその時、カランカランと鐘の呼音上品なノックの音が数回響いた。


セシル~ちょっと出て頂戴~と台所から母に言われ、セシルは玄関へ向かう。

訪ねる様な人は隣の家族だけだし誰だろ?あんちゃんのおばさん?にしてもノックの音が、上品だから郵便かなー・・・

「は~い?どちら様でしょう?」

セシルが真新しい玄関の扉を開ければ、そこには―――――――――。

「ハロ~♪セシルちゃん!お久しぶりねぇ~」

男性なのに黄色い声、バチコーンとウインク、女性らしい仕草でセシルに手を振る。

ばっちりメイクのモーリス料理長が、微笑んで立っていた。

「モーリスさん?!お久しぶりです!でも、どうやってここにぃ?!!!」

セシルは眼を見開いて、玄関前で硬直した。予期せぬ訪問客に、セシルの思考は真っ白になる。

・・・っていうか、オネェさん、その格好で村から僕の家まで来たの?軽く不審者が集まる家って、村で騒がれそうなんですけど。

セシルはお調子者二人より、遙かに印象が濃い人物を前に、白紙になった思考をフル稼働させた。そんなセシルの目の前では、オネェ料理長は、セシルの質問を聞いていないのか、『フリルと花柄刺繍があしらわれた白いシャツに、シックな黒ショールを羽織った、お出かけ用よ~♪』とご機嫌にクルリと回転しポーズを決めた。

そんな事、一言も聞いていないんですけど。セシルはその言葉を、喉の奥に引っ込める。大人になれ自分!と、セシルは必死に言い聞かせた。

「あ!そうそう!アタシ、ここに来たのはダーリン達を預かりに来たのよ!忘れるトコだったわ!」

ひとしきり洋服お披露目をした後、我に返ったモーリスは、パンと胸の前で手を合わせた。

「え、ルーヴィッヒさんを?」

今さっき完全にモーリスさん、用件忘れてましたよ、ね?とは言えなくて、セシルは死んだ魚の眼で首を傾げる。

「そ!正確にはダーリンと、ルシュカちゃん、それとリオンちゃんよ、リオンちゃんは仕方ないにしても、デリカシーのない二人の事だから、セシルちゃんの家にお世話になってると思って、アタシが回収しにきたのよぉ~」

村の宿屋に訊いて、確認取ったんだけど案の定ねっ!と息巻いて料理長が腕を組んだ。

「いえ、いいんですよ?母も妹も喜んでるし・・・気を遣わなくても」

「あらン?駄目よ!リオンちゃんはイイにしても、あの馬鹿二人わ~!船長はどうせ、二人に押されたんだろうけど。ダーリン達、お坊ちゃん育ちでしょ!ちゃんと言わないと分かんないんだから!食費とか馬鹿にならないでしょ!?」

クロウがリオンを連れ、セシルに会いに行った直後。航海士と狙撃手の馬鹿二人組が居ないと水夫長達が、気が付いて、もしかしたら、セシルの家に大勢で厄介になっているのでは・・・とミゲルとバルナバス、モーリスは予想して溜息を吐いたのだ。そんな事クロウが許さないだろうと、思っていたが、あの二人が加わり幼いリオンが居れば、クロウ一人で対処しきれないのは眼に見えて分かる。セシルの性格も相まって、見かねて家に泊まる事を許容しそうだ。それはさすがにセシルの家族に迷惑だろうと、急遽馬鹿二人を回収するために、馳せ参じたのが料理長だった。しかも馬鹿二人の片方は、自分の彼氏なのだ、回収するには一番適役だ。

「大丈夫よ~♪ちょぉ―――っと、ダーリン達の首根っこ捻って、アタシと宿取りに行くだけだからぁ~」

大人三人の見解は、見事に大当たり。不穏な笑みを向けモーリスはそうセシルに説明した。

「は、はぁ・・・」

別に気にしてませんけど・・・慣れてますし、それよりどうやってここへ?僕はそっちの方が気になりますモーリスさん。まさか、その姿で僕に家を誰かに尋ねたの??

言いたいことを全て飲み込んだセシルは、モーリスの言葉に乾いた声しか出なかった。


昼も近い太陽に日差しの下、とりあえず立ち話もなんだから、家中へモーリスを案内しようと、セシルが玄関の扉を振り返った丁度。

「セシル。昼食ができたんだが。・・・・・・モーリス?!」

セシルが中々帰ってこなかったので、呼びに来たクロウが扉から顔出した途端、驚いた声が上がった。

「ハロー船長♪ダーリンいるかしら?」

モーリスは笑っていつもの様に、ウインクをし挨拶する。思いもよらぬ助っ人登場に、クロウの瞳は薄く水膜につつまれた。なんせ、彼等は落ち着きがまるでない。あのお調子者達と二十四時間傍に居れば、気が変になりそうだったからだ。

「モーリス。俺は今、オマエが天使にみえるぞ。」

クロウはそのまま、料理長の肩に両手を置いて深く頷いた。

「あらヤダ、嬉しいけど船長・・・、だいぶお疲れのようねぇ」

頬に手を添え、モーリスは苦笑い。

「すまん。アイツ等をなんとかしてくれ。今はオマエだけだ、俺の胃を助けてくれるのは。」

そう言って真剣な顔で、クロウは必死に言い募った。藁にもすがる思いだったのだろう。彼にはモーリスの背に、純白の羽根が視えているらしい。(それは幻覚だが)眼が本気だった。

「副船長さん、精神的にかなり我慢してたんですね。」

どうでもいいが、料理長が天使だなんて。副船長さん、それは言い過ぎだよ、と思ったセシルは、クロウの苦労も見知っているので敢えて口には言い出さなかった。

否、言い出せなかった。隣で涙目の黒衣の副船長を見ていると、セシルは他人ごとでは無い様な気がしてならない。

何故なら、明日は我が身と言う言葉が、脳裏をかすめ取っていたからだ。

ぼんやり、料理長に泣きつくような副船長を、セシルが眺めていた先、

「あら~セシル?お客様なの??」

穏やかな母親の声が、背後から降りかかった。

セシルとクロウが遅いので、様子を見に来たアイリスだ。

「え?」

突然の御婦人登場に、モーリスは一瞬、驚きに呆気にとられたが。

アイリスは不思議そうに、外へ顔を出した後、

「あら?」

モーリスを見つけて眼が合った途端に、パァ~っと嬉しそうに微笑んだ。

この時、セシルとクロウは、あぁ、捕まった。と同時に心の中で呟く。二人にとって、アイリスの母親笑顔攻撃により、今後の展開が読めてしまった。

「クロウさんのお仲間さんね!丁度お昼が出来たところですから、立ち話もなんですし一緒にどうぞ~」

セシルより濃い翠色の瞳を輝かせ、アイリスは嫋やかに微笑む。

「え?!セシルちゃんのお母さま?!いえ、アタシはダーリン達を迎えに・・・」

純粋な微笑みに当てられて、慣れないのと、気恥ずかしいのが織り交ざって、モーリスはブンブンと顔を振る。いつもならある程度なんせオネェだから無理をして、社交辞令を向けられ、それに表情を崩さず応えるのがいつもの事だった筈。

さっすが、セシルちゃんのママよねぇ。純粋にお家にお呼ばれしたの初めてだわ、アタシ。

でもここで断らないと、アタシが来た意味がなくなっちゃうのよ!!

そんな事をモーリスは思いつつ、手を振って、すぐお暇する事を伝えたのだが・・・・・・。

「セシルがお世話になってる方なら、尚更ですよ!どうぞ入ってください!!おいしくパイも焼けたところですから!!」

ガシィッ!!がっちり、両手をアイリスに握られ、そう応えられた。何気にアイリスの背後には、黒い霧が視える。

「え?いや・ちょ、ちょと」

焦るモーリスは、半ば強引に家の中へズルズルと引きずられ。

「え、えぇえええ~~~~・・・・?!」

アイリスのどうぞ~っと言う言葉と共に、家の奥へ消えて行った。

バタン・・・・と玄関扉が閉まり、予想を裏切らない母を見送ったセシル。

そして料理長まで、陥落させた母アイリスを凄いなと、別の意味で感心したクロウ。

予想通りだと思いながらセシルとクロウ。

今まで傍観していた二人は、肌寒い玄関先で、同時に重たい溜息を吐いた。



「な、なんだか本当に悪いわぁ・・・大所帯で御馳走になるだなんて」

セシルの自宅へ入るなり、モーリスが発したまず一言がこれだった。


そのままリビングへ母に案内された、料理長は皆で食卓を囲んでいる状態。

セシルは自分の母親が、モーリスを視えない威圧感で拘束したのを、空寒い思いで内心冷汗をかいた。母の思惑はよく分からないが、セシルの仕事仲間だと聞けば御持て成しをしたいのだろう。セシルがそっと、お茶を飲みつつ母を盗み見れば、母アイリスは超ご機嫌にモーリスを含めクロウ達を眺めている。

「それよりモーリス。どうやってここに?」

キドニーパイを切り分け配る、クロウ副船長はモーリスに唐突に尋ねた。上司と言う立場からもあるが、自然に出た疑問なのだろう。凛とした声音で問うが、いかんせん副船長の姿がもうミスマッチも甚だしいぐらい、エプロンが似合う家政夫だった。

クロウ副船長は、セシルの自宅で手伝いをしている内に、いつもの主夫っぷりを見事に醸し出していた。これで泣く子も黙る海賊の船長なのだから、世の中の噂は当てにならない。

そんな事を思うセシルを余所に、モーリス料理長がいつも調子で応えた。

「あぁ、誰かに尋ねようとしたら、みんなに眼を逸らされちゃって・・・そんな時、親切な牛乳配達のシュガーフェイスな男子が通りかかってぇ、道案内して貰っちゃったのよ♪」

あんちゃん、災難に・・・。後、シュガーフェイスって何?。セシルはモーリスの言葉を聞いて、眼が虚ろになった。初対面なら、まず精神的に負担が多きい。個性あり過ぎる料理長は、基本悪い人ではないけれど、心臓に悪いのは確かなのだ。

この村の牛乳配達員で若い男は、隣に住むロバートしかいない。セシルは兄と慕うロバートの不運に、心の中で十字を切った。

「あのそばかす君、災難な目にあったんだなー・・・」

すると、セシルの正面に座るルシュカも、セシルと同じ気持ちだったのだろう。キドニーパイを受け取りながらも、遠くを見ている。

そんな尻尾髪青年の相方は、実にあっ軽かった。

「?ハニーの美しさに、皆声かけられなかったんだな~☆納得納得」

などと・・・都合よく解釈して笑顔で、パイを食べているのだから。

「お前ってばどうして、そう思えるのか、俺はわからねぇーよ。ルーヴィッヒ、コノヤロウ」

盛大に溜息を吐いて、ルシュカは呆れ半分に、恨みがましく航海士を見つめた。

ルシュカさん、僕もその意見は同感です。セシルは狙撃手の言い分が、手に取る様に理解できた。

あらヤダ!ダーリンったらもう~とか、ハニーが魅力あり過ぎだからしんぱ~い☆とか、甘ったるい声が食卓の上を飛び交う。

その蚊帳の外で、『恋は盲目。』セシルはその言葉を、脳内で繰り返し、現実の彼氏と彼氏の恋人たちが発する、視覚と聴覚の暴力に耐える。

「セシル?どういう事なの?」

横に座る幼いリオンが、首を傾げセシルの方を見つめる。子供はいつだって無邪気だ。

「リ、リオン君、それより口元に、ミートソース付いてるよ~?綺麗にしようね~・・・」

セシルはナプキンを取って、リオンの口元を吹いてにっこり微笑む。あぁ、うまく話題を逸らせた。子供特有の、どうして?攻撃は、今のセシルには大打撃に等しい。説明するだけでも、自分の精神がどうにかなりそうだ。

あぁ僕は、リオン君のその無邪気さが、たまにうらやましいな・・・。

「ふふふ♪母さん賑やかだから、楽しいわぁ」

意識を明後日に飛ばしていたセシルの傍で、母親の嬉しそうな声が、思考に飛んでくる。

「母さん、どんなけどんぶり勘定なの」

何処どう見て、初対面であのオネェが加わった(非常に濃い)空間を、賑やかの一括りで終らせることができるの?!心の中で叫ぶセシルは泣きたくなった。

「セシル、あなたったら、まったく!こんなに顔の良い殿方に囲まれて、母さん今、とっても幸せなんだから!壊さないでちょーだい」

いやだから、明らか一名、顔は端正でも化粧した男がいますよ?母さん、あなたの眼は節穴ですか?母親の力説に、セシルの心は断崖絶壁に立たされた気分になった。

確かに見た目は派手で、端正な顔揃いの海賊団である。そこは認めよう、けれど・・・

「母さん、父さんはどうしたんですか。」

「それとこれは、別腹よ。おほほほ♪」

まさか、顔が良い男性に囲まれるから、自宅に強引に招いたんじゃ・・・セシルは母親の顔を見るも、恐くて真面に見る事が出来なかった。母アイリスは、にこやかに微笑んでいるも、背後にどす黒い霧が視える・・・。


女の人って、コワイ。それでもって、母がコワイ。


母がご機嫌に笑うテーブルの真正面には、いつもの様に恋人達がお花畑に突入してしまっていたらしい。やたら甘い声が広がっていた。

「もうっダーリンったら~」

「ごめんごめん☆ハニー~☆☆☆」

クロウとルシュカは、バカップルの邪気に青い顔でカップに口を付けて、震えて耐え忍ぶ。

セシルもその邪気に当てられ、食べていた物が逆流しそうになる。

あぁ・・・なんで家にまで来て、このバカップルの瘴気にぶち当たるかな僕。

っていうか、モーリスさん。貴方はいったい何しに来たの?

目的すっかり忘れてますよねぇ?!しかも、これで二回目ですよ!

とかなんとか言っている間に、見つめ合って・・・うわぁ。ほっぺチューですか。

そうですか。ルーヴィッヒさん・・・ここは僕の家なんですけど!!

あ、隣のルシュカさんが気絶した。

ああああああ、またそんな事言ってる間に、見つめ合ってぇ・・・

え、ちょっと、キスするつもりですか?!!!

えええええええええええええええええええええええ

いやすぎるぅううううううう~~~~~~~~~・・・・

セシルの脳には、濃い恋人たちの声が廻り、思考は暗黒に飲まれていった。




鶯黄石月一日 晴天だが心は、風雪気味にて曇天。


天国にいる父さんへ

最近、僕は母さんが信じられません。

あと、だんだん濃い集団に慣れてきた僕。

慣れって怖ろしいですね



助けて、父ぅさぁああん―――――――――――――――!!!



                                貴方の息子セシル

                               セシル心の日記より


セ・・・セシ・・・セシル・・・セシル・・・

ゆさゆさと体をゆすられる感覚。

セシル・・・セシル・・・セシル・・・起きろ・・・セシル・・・

真っ暗な視界の中、低い自分を呼ぶ声が聞える。

今だゆすられる体にセシルは、不快感を覚え、ゆるゆると眼を開けた。

「セシル・・・起きろ。王都へ着いたぞ。」

緩慢に瞼を持ち上げれば、セシルの目の前には副船長の無表情が迫っていた。

「ひぃ!」

ガバリと体を硬直させ、座席から起き上る。

「起きたか。」

いつもの如く、クロウへの恐怖心で飛び起きたセシルに、クロウは溜息を吐いた。

そして、クロウはセシルへ手を差し伸べる。

「大丈夫か、随分魘されていたが・・・。」

そう眉を寄せ、やや心配そうに顔色を窺うクロウの手を、セシルはぼんやりしていた為、自然と取って狭い馬車を一緒に降りた。

「え?あれ???此処何処です??」

そう言ったセシルの背後では、馬が嘶いてガラガラと轍が去っていた。

どうして、馬車に自分が乗っていたのかさえ、覚えがない・・・。馬車を下りた場所は綺麗な石畳の道と、夕日に染まる高い塀が広がる、大きな白い城門が広がっている。そこには、沢山の人々が行き交いしていた。不思議そうにあたりを見廻すセシルに、クロウは益々心配そうに覗き込んだ。

「オマエ、覚えて無いのか?今日は昼から馬車に乗って、魔術ローブを仕立てて貰う日だっただろう。約五時間の末、今は王都へ入る門の前だ。」

片手に持った旅行鞄を見せ、クロウはセシルが持っていた手荷物へ視線を向け示唆した。

「え!あ・・・そう、そうだった・・・。」

クロウの黒い視線を追って、セシルはパチッと瞬きをする。自身が握っていた手荷物を視界に入れた途端、脳内がクリアに透き通って行った。

「すみません、さっき物凄く怖くて、リアルな悪夢を見てしまって、あはは・・・」

出来れば二度と見たくない夢だった。セシルはクロウに素直に謝ると、乾いた笑い声で夢に寄る恐怖を誤魔化した。そんなセシルの言葉に、クロウの表情に怪訝な色が入った。

「そ、そうか。ちなみにどんな夢だったんだ。」

けれど、無表情をすぐさま造り、クロウはセシルに問いかける。

セシルと言えば、先ほどの夢の恐怖で、クロウのそんな微々たる変化に気が付く事はなく、

「それが、モーリスさんがルーヴィッヒさん達を迎えに来て、何故か僕の家で昼食を食べてる途中、ルーヴィッヒさんとモーリスさんが、ほっぺにチューとかし出しちゃって・・・それを僕が見てるって夢なんですけど・・・、よかった全部夢だったんですね」

おずおず・・・と若干震えながら夢の内容を語った。

「・・・それは。おそろしい夢だな。」

ひとしきり夢の内容を、聞いたクロウは深く頷いた。クロウは造った無表情から、力を抜き、息を微かに吐く。

「でしょ~夢で良かったぁ」

クロウに同意を得られた事により、セシルも少し安心したのか、薄く穏やかに微笑んだ。

そうして王都の方へ意識が向いたのか、さぁ行きましょう副船長さん、と門を目指して歩き出す。

クロウはそのセシルの背を追い、自身もセシルの隣に立って歩きだした。

隣に歩く灰色の髪を見つめ、クロウは安心しつつ苦笑いを浮かべた。


そして――――――――――――――――――。


セシル・・・オマエ。それ夢じゃないぞ。


クロウは、とてもじゃないが言えなかった。

しかも様子から察するに、モーリスが訪ねて来て、昼食を共にし自分達が、馬車に乗るまでの間から、セシルの記憶は抜けていそうである。真実、クロウもセシルも意識はあり、あのまま気絶したルシュカを二人でソファーへ安置した。その後リオンはアイリスに面倒を見て貰うと言う形を取り、昼過ぎにモーリスと航海士が宿を取りに出かけ、自分達は支度をして馬車へ向かったのだ。

その間、セシルはいつも通り、皆と会話もしていたのだが・・・。

余程セシルにとって、恐ろしい現実だったのだろう。夢にまで見て魘されるとは。

クロウは、安心して珍しく薄く微笑むセシルを守る為、沈黙を以て真実を伏せたのだった。


深紅に黄金の不死鳥、ガンダルシアの王旗が白い城門の上で、風にユラユラと靡いた。

日が落ちる時刻も近いためか、王都を囲む広大な城門には、貴族御用達の行商人や修行中の魔術師達、観光客でごった返している。ガヤガヤと賑やかにして、人の熱気に少しムッと蒸し暑く感じる人の波。その人の波や、荷車の行列が並ぶ中、すっかり悪夢から意識を切り替えたセシルは、物珍しさもあってキョロキョロと辺りを見回してしまう。セシルはガンダルシア本島には、住んでいるものの、実質カルセドニア村やガーネクロイツ町にしか、足を運んだことはない。王都へ来るのは、これが初めてだった。

「セシル。あまり離れるな、はぐれると厄介だぞ。」

「え、あ、すみません」

少し先を歩いた、クロウが振り向き、セシルの手を取って歩き出す。

人混みは、様々な人種が行き交う港町である、ガーネクロイツで慣れてはいるのだが、セシルが感じるに、ここ王都では人の層というものが違った。魔術師や魔導師が多いからなのか、厳粛な聖別された杖や衣服を纏っている者が多く、ガンダルシア人ではあるが、みな種族は純血の人間が目立つ。行商人にしても、貴族相手なので、身なりも所作も清楚できっちりとした者が占めていた。また日が暮れる為、幅広い城門の中は足を速める者も多く、無意識に急かされる。そんな人で混み入った薄暗い門を過ぎると、白いレンガを橙色に染めた建物がセシルを出迎えた。

「うわ・・・ここが、王都イスカンダールシア」

セシルが眩しそうに、眼を細める先には、円状に囲まれたこの都の中枢。白く針の様な城、ガーネットリア王城がそびえ、ガンダルシア全土を見渡す様に建っていた。

「あれが。ガーネットリア城。その西にそびえ立つ逆に黒い居城が、魔術協会本部だ。」

大通りに出て歩き出しながら、クロウが西を指さしセシルへ説明する。

「あれが、魔術協会本部ですか・・・全ての魔術師や導師が集い知識を高める」

クロウに手を引かれたまま、セシルは顔を上げる。指をさされた西の建物を見れば、対照的な黒い針の様な城が建っていた。例えるなら、まるで、鏡に映し出された光と影だ。

「そうだ。あそこで、正式な魔術師として、魔術名を登録しておけば。その道のギルドにも加入可能だ。ギルドに入らなくとも、また他の国での魔術協会支部の受付で、仕事も受けられる。」

「ほぇーすごいんですね、僕初めて聞きました。」

何もかもが初めてなセシルは、驚きに呆ける事しかできない。

魔術協会では、名を登録するには、試験を受け一人前として名を登録する者、すでに登録している、師から名を登録する者と二手に分かれている。名を登録した一人前の魔術師は、各国にある教会の請け負う仕事依頼や、ギルドへ入る事が許され、かなり仕事の幅が広がるのだ。近年は魔術師の人材不足で、魔術協会員としての勤務を募集される事も多い。

仕事や依頼は幅広いが、主に魔物退治や邪教を崇拝する者への調査などだ。

「それと。一年に二回。春と秋だな。催される魔術に関して発明、新しい魔術発表など。論文と物品発表会がある。それには登録者なら誰でも参加可能だ。協会の三賢者に認められれば、特許と賞金もそれなりにもらえる。俺は何回か、賞を貰い論文が認められて本も出している。」

春と秋、年二回は魔術協会で開催される。『世界魔術発表会』これは、世界各国の協会で、受付可能な、魔術に関する新しい文献研究や発明を、世に発表する場であり。支部は本部へ全て厳重に届け、あらゆる協会本部の魔術師や三賢者の厳選な審査の結果、認められ賞を授与される。この発表会は、登録している全ての魔術師が、身分も関係なく参加できる、大イベントでもある。クロウやペルソナも、もちろんの事。この発表会には研究論文を何度も出して、その研究成果を協会から認められているのだった。

「副船長さん、ホントに何でもしてるんですね・・・」

クロウの説明を聞きつつ。セシルは目下海賊の副船長、と言う肩書だけでは収まりきれないクロウに、微妙な視線を投げかけた。この副船長、雑貨屋『海鳥』の主人の他に、魔術師として成功も納めているらしい。・・・器用にも程がある。

そんなセシルの物言いたげな視線を受け止めても、

「なんでもやってみるもんだな。」

どこ吹く風で、クロウはいつもの如く無表情に言い放った。そして、ピッと人差し指を立て、クロウはニヤリと笑う。

「ちなみに、尊師と魔女オババ、嫌味ジジイ。三人での発表会参加は、出入り禁止を喰らう程、とんでもない発明品と言うブツを、発表したらしいぞ。」

「な、なんですか・・・それ。後、なんで怪談話っぽく話すんですか」

不穏な声音に、セシルはその内容が恐ろしくて、訊くに聞けない。

後、尊師と魔女オババは分かるとして・・・嫌味ジジイってローグルさんの事?!

あんな、大人しそうなお爺さんが、一体何を三人で発表したの?出入り禁止って・・・。

セシルが不信に思考を巡らしている横、クロウはいたって唯我独尊の道を歩いていた。

「まぁ。折角来たんだ。明日、本部へ寄って、オマエの名を登録してもいいだろう。もう一人前だ。」

マイペースに物事を進める副船長は、さらりとそんな事を言う。

「え、もう?!早くないですか」

普通は魔術師の弟子となり、何十年もかかって一人前。免許皆伝を許される身だ。クロウやペルソナに師となって教えて貰い、三ヶ月ちょっとした月日しか、セシルには経っていない。これは、いくらなんでも早すぎである。セシルは驚愕に眼を瞬かせ、クロウを見上げた。

「いや。もう最高位魔術をソラで詠唱、完璧に術を成功させてるんだ。一人前以上だぞ。仮面(ペルソナ)も俺も。教える事が無くなったしな。後は独学と経験がモノを言う事になる。いい機会だ。」

だが、抗議の声を上げるセシルの意に反して、クロウはいたって本気だった。

「えぇ――――?!」

クロウの本気の眼に、セシルは盛大に声を上げる。

三ヶ月ちょっとで、一人前?!僕は不安でしかないんですけど?!!もっとこう、色々経験とか摘んでからでしょ普通は!!!手に持っていた荷物を、ゴトンっと落として、セシルは未来の不安に立ち尽くした。

そんな呆然と立ち尽くすセシルに、溜息を吐いてクロウが振り返る。

「セシル・・・オマエ、自分の実力をもっと信じろ。仮面(ペルソナ)も俺も、前々から話し合って、認めていた事だ。なんの心配も無いぞ?ほら、行くぞ。早くしないと日が暮れてしまう。アイツも待ってるしな。」

落としたセシルの手荷物を持ち、クロウはやれやれ・・・と呆れて、セシルの手を取って先を歩き出した。橙がかったの燃える様な赤色の街並みが、徐々に茜色に染まりつつある。

上品な街並みを歩くクロウは、大通りから西の通り曲がり、町馬車が停泊している場所を目指した。そんな道中、セシルは僕なんかが、もう一人前だなんて・・・不安があり過ぎるぅ、うっうっうっ~っと半泣きで何やら呟いていた。

そうやって自分の思考の海から、ふと顔を上げセシルは、

「う~ん、いまいち実感がないよ・・・ってどこ行くんです?」

不思議そうに首を傾げる。

涼しげに歩く青年と半泣きな少年という、極めて凸凹な二人組は、そうこうしている内に、大きな宿屋の前に停泊し客を待っている馬車まで辿り着いていた。

「ん?言ってなかったか。尊師の実家、ミーティア様の家だ。」

セシルの不思議そうな顔を、見つめクロウも不思議そうに首を傾げ応えた。

「え?!」

聞いてないよっそんな事!セシルはまたも、驚きの声を上げる。てっきり、セシルはどこかの宿に、泊まるのだとばかり思っていたからだ。

「都は結構広いからな。急がないとな。」

素っ頓狂な声を上げるセシルを伴う副船長は、脚を馬車の方へ向ける。そうして、そのまま馬車の方へ手を振り、客だと意思表示した。

さすれば、ガラガラと四人掛けの町馬車が、二人の前に停まる。

「ぼ、僕なんかが・・・貴族の家にお邪魔なんて、緊張して死にそう」

生まれてこの方、ド庶民にして貧民な暮らしぶりの自分。

それが何故、御貴族様と共にいるのかが分からないし、まして家にお邪魔する事になるのか。王族貴族の礼儀作法なんて、セシルには備わっていない。知らない内に無礼な事をして、酷い目に合ったらどうしよう。

それより、クロウが白い眼で見られるかもしれない・・・。

セシルは、もう不安と緊張で泣きそうになった。

そんなセシルに、クロウはいたって普段通りで、

「なに言ってんだ。オマエ。貴族出身者とほぼ一緒に生活してただろ。」

無情にもそう言い放った。

「うっうっうっ・・・それと、これとは全然違うよぉ」

最早、ド緊張にして泣き気味のセシル。卑屈に考えを巡らしセシルは項垂れた。

そんなセシルを眺め、手を容赦なく引き、歩くクロウは溜息を吐いて、空を見上げる。

セシル・・・オマエも一応、貴族というか・・・格式ある血筋なんだが。

喉にそんな言葉が、詰まるもクロウはグッと飲み込んだ。セシルの父親の秘密は、自分から伝えるべきものではない。そしてクロウは扉が開いた馬車に手を駆け、荷物を先に座席へ置いたのだった。







『幼子の呼び声』終


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