彼氏と彼氏の事情~あるいは海賊達の憂鬱~
『彼氏と彼氏の事情~あるいは海賊達の憂鬱~』
それは良く晴れた、昼前。
「おいおい、クロウ、ありゃぁ何だよ」
甲板に上がって来た、水夫長の第一声がまずそれだった。
「見て分からんか。バルナバス。エプロンだ。」
うんざりした水夫長の質問に、その場に居たクロウ副船長は仁王立ちに応えた。
「エプロンって言うのは、分かるよ。うん・・・でもね副船長さん。あのハート型と裾のフリフリはなんなの」
その副船長の横には、いつもどおり死んだ魚の様な眼をした、セシルが立ち尽くしていた。
どうやらこの副船長と、術者の青年はいままで甲板に居たらしい。バルナバスと同じく前方に居る、ある人物を見据えている。
「セシル。あれはなデザインって言う物だ。知らなかったのか。」
セシルの抗議にクロウは首を傾げ、至極真面目に説明した。その副船長の言葉が、場違いだとばかりに、水夫長と術者の青年は声を上げてクロウに詰め寄る。
「知ってるよ!そんな事、聞いているんじゃないんだよ!!」
「知ってんよ!!んなこたぁ訊いてねぇ!!」
叫んだ二人の目の前では、料理長モーリスが白い胸元はハート形の、フリルがふんだんに使われたエプロンを装着している。それも化粧はばっちり、普段の下の服装もレースやフリルが使われた乙女趣味な、だがまるっきり男性物の服装でだ。
しかも、さっきからその姿で、料理長がクネクネとポーズを決めて、その場に回っている状態が今現在の現状である。これは大変目に痛い。
「む。どういう事だ?」
全くもって、二人の言う事が分からないらしい。副船長クロウはさらに首を傾げる。
セシルはこの時、たしかにこの副船長の脳や、目は飾りなのだろうかと思った。何故、眼の前の危険物体と化した料理長を見て、何も思わないのか・・・ブラックパール海賊団の不思議である。
「何でモーリスさんが、あんなエプロン付けてるかって言う事だよ!!眼が痛いよ!」
「悪ノリして、まぁーた俺らの前で、ルーヴィッヒの奴が、モーリスとイチャ付きだすだぁろぉーがっ!!精神的にもたねぇーよ!!」
そう二人の問題は、そこに在ったのだ。どうしてこの副船長に伝わらないのか、本当に理解できない。バルナバスとセシルはクロウに、畳みかけるように言い放った。しかしその、必死の形相で言い募る二人に、申し訳なさそうに眉を寄せたクロウは、どこか言いにくいのだろう、いつもより声がたどたどしく二人に説明する。
「でもな。モーリスがあの可愛いエプロンで、ダーリンに美味しい料理を作ってあげたい、と涙ながらに懇願されたら・・・俺としても普段、無茶な要求にこたえてくれているモーリスの願いぐらい叶えてやりたくてな。」
昨日モーリスのおねだりに、普段からこちらの無理を聞いてもらっている身としては、いくらなんでも断り辛かった。クロウは一言頷いて、夜なべしてあのエプロンを完成させたのだ。
「それは・・・たしかに」
「そうなんだけどぉよ・・・。」
だからって、こちらの精神力が持つかどうかは別問題だ。なんせあのバカップルには、こちらの致死量レベルの毒素をまき散らす、『奥義・愛の接吻』や『秘技・愛の抱擁』があるのだ。あんなエプロンを装備した料理長に、あの航海士の調子が上がらない訳がない。
セシルも偶然、通りがかりに夜なべしてエプロンを作っている、クロウを見かけていたが、まさかあんなハート型の愛妻エプロンが出来るとは思わなかった。あんなものが出来ると、分かっていたなら、なんとかイチャモンを付けて、阻止すればよかった。セシルは後悔に暮れるが、最早それは遅かった。後悔は先絶たず、あとの祭りだ。そんな事を思っていたセシルに、クロウはモーリスの方へ指さして、無表情に言い放った。
「ほら。見ろ。あんなにモーリスが、輝いて、俺から見れば胸焼けがするくらい、スキップで甲板を歩いているじゃねーか。可愛かろ?」
そう言うクロウの瞳には、いつになく力が無かった。
「副船長さん、目が死んでるよ?無理して言わなくていいよ、あんなの僕見たくないよ、指差さないでよ」
「胸焼けがするぐらいってクロウ・・・お前。やっぱ、後悔してるんじゃねーかよ」
長い指の先には、鼻歌を歌いながら、スキップで料理長がエプロンの裾を翻し、船前の方へ向かう姿。その料理長の向かう先には、後ろ姿のルーヴィッヒが、地図を広げ尻尾髪と話し込んでいる。逸早く危険に気が付いたのは、ルシュカだった。
彼はその場に硬直して口をあんぐり開けている。相方のその状態異常に気が付いたのか、顔を上げると航海士は、嬉しそうにモーリスを見て声を上げる。
「お。あの金髪碧眼馬鹿が、料理長に接近したぞ。」
「うわぁ・・・フリルが舞って、うわぁ・・・うわぁ・・・うわぁ・・・」
バルナバス、セシル、クロウの三人が観察する中、人目も憚らず航海士と料理長の『秘技・愛の抱擁』が繰り広げられ始まった。しかも追加技で抱合いながら、くるくるとその場で廻っている。
「暑苦しい抱擁が・・・あああ、見てられねぇぜ」
両手で顔面を覆う水夫長。だがその眼は指の間から、しっかり前を見据えている。
「って言いつつ、ちゃっかり見てるじゃないですか、バルナバスさん、うわぁ・・・」
「あ。近くに居たルシュカが、倒れたな」
クロウが淡々そう言いながら、三人はルシュカが後ろへぶっ倒れる様を見届けた。
「うわぁ・・・可哀想に・・・ルシュカさん毒気に当てられて」
「不憫な奴だなぁ・・・オイ」
あの、あっ軽い航海士と一緒にいたばかりに・・・哀れ狙撃手の青年。至近距離に攻撃をくらい、彼は泡を吹いてひっくり返ってしまった。
「愛の結界とは恐ろしいな。今度。アーネストが来たらあの二人を、前に出させればいい様な気がする。」
未だくるくる廻り瘴気を振りまく、バカップルには手が出せないでいる仲間達。その瘴気に『愛の結界』という新たな技名を付けた副船長は、冷静に今後の戦に活用できないかと分析していた。
「敵味方共倒れしそうだがな、クロウ」
そんな冷静に戦に活用しそうな上司に、水夫長が冷静に進言した。明日は我が身かも知れないので、彼は本気だった。
「あと副船長さん、問題です。僕がここで“うわぁ”を言った回数は?」
「・・・五回か?」
「ブー。六回です」
早くもこの状況に、思考を明後日へ飛ばしたセシルは、副船長と言葉遊びをし始めた。
こうでもしないと、セシルは自分の精神が持たなかったのだ。そんな二人に、水夫長は尚も前方を見つめ冷静に実況する。
「とかなんとか言ってる間に、双子が倒れたぞ」
ルシュカより少し離れたところで、漁網から魚を取っていた双子の水夫が遂に倒れた。
症状はルシュカと同じく、泡を吹き崩れ落ち痙攣している。何故離れているにかかわらず双子の水夫が倒れたか・・・。それもその筈、バカップルは『奥義・愛の接吻』を発動させていたからだ。セシル達は船室へ近い、遠く離れた場所にいたので助かったが、第一マスト付近にいる船員は、全員全滅して行き、倒れ伏していた。
皆泡を吹いて痙攣をおこして・・・。
「これぞ。死屍累々か・・・。」
噛み締める様に、呟く副船長。そんな中、船の前方の方で、悲鳴と水飛沫が盛大に上がった。
「あ・・・アーネストさんも、こっそり来てたんですね。今甲板に上がろうとして落ちましたよ、海に。」
セシルが死んだ眼をして、そう付け加える。
遠くの西の海には、ジェーダイト国の御旗が立った海軍船が一隻見えた。どうやら今度は、密かに乗り込み奇襲をかけようとしたらしいが、運悪くあの『奥義・愛の接吻』にぶち当たったらしい。セシル達、船の下では、大佐~気をしっかり!!と部下たちの声が響いて来ている。セシルは心の中で創造神にまだ会った事も無い、アーネスト大佐の無事を祈った。
「ミゲちゃん、アレ何?」
「リオン君は見ちゃいけませんよ~ふふふふ・・・・」
騒ぎを聞き付けて、船内に居たリオンとミゲルは、その惨劇現場に辟易して扉の前に佇む。
ミゲルは黒い笑みを浮かべ、幼いリオンに悪影響が出ない様に、すぐさまリオンを自分の白衣の中に隠したのだった。
「ダァアアア――――――――――――――リィ――――――――――――――ン!!」
「ハニィイイ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~☆☆☆」
『秘技・愛の抱擁』、『奥義・愛の接吻』に加え、『愛の結界』を見事成し遂げた航海士と料理長のバカップル。
彼らはその後、約十分間も渡り、キスやお姫様抱っこをして、イチャイチャ、ラブラブ。その二人の恋人の背景には、ショッキングピンク色のどぎつい花々が咲き誇り、毒素をまき散らす。白い愛妻エプロンの可憐なるフリルが翻る周囲には、海軍兵数名、ブラックパール海賊団の仲間十数名を、この世の地獄に叩き落としたのだった。
この時ばかりは、あの暗黒副船長クロウの瞳にも、うっすら涙の膜が張られていた。
星赤石月二十四日 快晴
今日は、何故か倒れる者が多い日じゃった。
食あたりかのぅ?
ルシュカに、アンリにジョセフ、可愛い儂の息子達
それに何故か敵の海佐、アーネストとその部下数名が保健室に運ばれておったわい。
何があったんじゃろうか・・・儂には見当もつかん・・・。
それにしても・・・
ふぉふぉふぉふぉ。
仲の良い恋人たちじゃ・・・青春とは良い物だのぅ。
青春ばんざ~~~~~~い!!
船長 ユージン・クルー
ブラックパール号航海日誌
『彼氏と彼氏の事情~あるいは海賊達の憂鬱~』終




