49. 邪悪な大鴉
天海聖暦771年 秋月3日
《グルンジ王城 特別室》
「一昨日は皆ご苦労じゃったな。祭りも盛り上がっている」
国王の挨拶後に、第一王子のアーサーからいつものメンバーに招集した理由は最近話題の教団についてだと説明があった。
「邪悪な大鴉のことで話がある」
「あのカラスのことですか」
「あたいも街中で大勢見ましたわ。救世神広場にも大勢来ていてびっくりよ」
ベンもケイも知っていた。しかし、ゴウは自分の仕事に夢中になっていてカラスとは何のことか意味不明だった。
「何のことですか?」
「ゴウは、何かに集中していると他は目に入らないですからね」
「そうですよ。だから私が護衛についていないとダメなのですよ!」
国王の前でもマリーとサクラとのいつもの会話になってしまった。
「新婚さん、仲が良いな!」
「王様、まだ婚約しただけですよ」
「はは~、まだ言うか。諦めが悪いな」
「アーサー続けろ」
最近、《邪悪な大鴉 The Evil Raven》、この教団の信仰者を街中で多く見かけるようになった。黒いお守り袋のような物を首から下げているので直ぐに分かる。
黒い袋の中央にはカラスのようなマークが描かれている。丸の中に細めの逆三角形、小丸の中に✖が描かれたもの2つが、逆三角形の上部から少し下がった左右の線上に目のように配置された単純なデザインだ。確かにカラスに見える。マークの上部には〈The Evil Raven〉、下部には〈I am the Demon King's servant〉と書いてある。
「これが信者から借りて来たものだ。袋の中には銀貨と、この〈導き紙〉が入っている」
***
〘黒い導き〙
◉私は〈悪魔のしもべ〉だった〈邪悪な大鴉〉である。そして汝も同じ邪悪な大鴉である。汝も自分は邪悪な存在だと理解し、自分を戒めなければならない
◉邪悪な我々は、社会に奉仕し、貧しい人々に恵を与えることを義務とする
◉邪悪な我々は、他者に暴力を振るってはならない。武器を持ってはならない
◉日々善行を繰り返し行ない、邪気を滅すれば、天寿を全うした時に天に昇る道が現れ、天郷に帰ることが許される
― The Evil Raven 邪悪な大鴉 教祖 ザナクス・レイヴン ―
***
「あたいには胡散臭いとしか思えないですわ」
「ゴウはどう思うのじゃ」
「邪悪な大鴉? 悪魔のしもべ? 社会奉仕や貧しい人々を助ける教団とは思えないです」
「それがなぁ~ この怪しげで悪そうな教団名が成功しているのだ」
とても悪そうな名前とは裏腹に、やっていることは優しさに溢れていてカッコイイと若者を中心に信者を急速に増やしている。
「今のところ、この教団の悪い噂は無いのじゃ」
しかし、本当は何を考えている教団かよく分からない。トラキール帝国のベルゴス皇帝家族が帰国するまで皆で注意して欲しい。それとゴウは、帝国と共同でラーメンビエンナーレを企画するラーメン王として有名になった。帝国に恨みを持つ者の攻撃対象にゴウがなっても不思議ではない。常に周りに気を配って注意すること。
「ゴウ、分かりましたね」
「サクラ、分かったよ」
「次にカール、イサドラ嬢からの報告はどうなっているのじゃ」
「はい、トラキール帝国側も戸惑っているようです」
帝国の情報網を使ってもよく分からない謎だらけの教団だ。最近出来たというのは間違いなさそうだが、教団の拠点が見つからない。思想があるだけで、他の教団の礼拝堂のような建物や集会場や会議する建物すら不要としている。そんな金があるなら貧しい人々に渡すと説いている。
不思議なのは、実際に教祖に拝謁したという信者が1人もいないことだ。教祖のザナクス・レイヴンついては44歳で銀髪ということ以外は、どの信者に聞いても分からない。信者は先輩の信者から〈邪悪な我は、そなたの隣でそなたの行動を見守っている〉と教祖が説いていると聞かされる。だから実際に会ったことがなくても「教祖様は自分の隣にいる」と、皆が同じ答えをする。
信者からのお布施は、全額が奉仕活動や貧しい人々の為に使われている。お布施が奉仕活動の人件費や事務経費に使われることは一切ない。大きなスポンサーがあり、それを特定できればそこから情報を辿って謎を解明できそうだがまだ何も掴めていない。黒い導きというザナクス・レイヴンの教勢が拡大して一つの教団として確立したようだが、この教団がどこの国で結成されたかさえ謎のままだ。
「謎は謎として、教団の評判はとても良いようです」
昨日は教団の信者が孤児院を訪問して、子供達20人程にお祭りを楽しむようにと銀貨が沢山入った黒袋を渡した。孤児院の世話係に引率された子供達は、広場や屋台・出店が立ち並んだ通りで食事をしたり玩具で遊んだりとお祭りを楽しんだ。引率した世話係は子供達の満面の笑顔を初めて見たと教団に感謝した。信者になりたいと言い出した者もいたようだ。
黒袋に糸で描かれた悪そうなカラスのマークは、子供達には可愛いカラスに見えるようだ。黒袋は、猫街の腕利きの刺繍職人に発注されていた。光沢のある白い糸でマークも文字も綺麗に刺繍されていて高級品のように見える。
「これまで教団や信者に関連したトラブルはあったか?」
「一度だけあったそうです」
……
そのトラブルは教団側が一方的に悪かったものではなかったが…
南王城通りにあるレストランが出した屋台の前で〈邪悪な大鴉〉の数人の信者が、祭り用の特設席で飲食をしている者達に布教活動をしていた。
「没落貴族となられ深い闇にとらわれそうな皆様」
「家督争いに巻き込まれ兄弟から屋敷を追われた皆様」
「裕福な家庭でありながら家族から正当な評価を受けられず孤立している皆様」
「我が教祖ザナクス・レイヴンの〘黒い導き〙はそんな皆様にも必要です」
「黒い袋をお受け取りください。中の〈導き紙〉をご覧ください」
3人で泡泡酒を飲んでいた男の一人が立ち上がり、茶色の長い髪をなびかせて振り返った。巨漢で筋肉質の身体だ。
「そこのカラスども! 私達を愚弄するのか!」
この男の名はロック・ミュラー。名門のミュラー公爵家の親族だが、親の不祥事が原因で家は没落し、ミュラー公爵家の援助を受けて育った。
「ちょっと失礼ではないか!」
「からかいに来たのか!」
続けて、2人の男も信者達に迫った。
ドス・マルタン(筋肉自慢、美しい青髪)は、マルタン公爵家の親族で、格下の伯爵家の実家を不仲な兄に追い出された。
アラン・アディ(巨漢、短くカットされた茶髪は清潔感がある)は、有名な宝石商の三男だ。家族と商品を守るために剣の道を究めようとした。しかし、そんなものは警備兵の仕事だと家族から評価されず孤独だ。
「そんなことはありません。色々な皆様に寄り添いたいと話しただけです」
「そうです、3人の皆さまにだけに言ったわけではありません」
「まさか、言ったことが当たってしまったのですか?」
「ふざけるな、わざと言ったな!」
かなり酒に酔っていたロックは危険な状態だった。ドスとアランの制止を振り切って信者を殴ろうと拳を振りかざした。その時、1人の女性がロックと信者の間を通り抜けようとしたのでロックはバランスを崩して地面に転がった。
信者は抵抗もせず殴られるのを覚悟して立っていた。公衆の前で無抵抗の信者に言いがかりをつけて暴力を振るったとなれば、苦労して手に入れたロックの剣士としての地位が崩壊したかもしれない。女性が通りかかったお陰で助かったのだ。
……
「不思議なトラブルじゃ」
「巨漢の相手に因縁をつけられ、暴力を受けそうになっても一切抵抗しなかったのか?」
「はい。そのことで、さらに教団の評判が上がったようです」
「教団が3人のことを調べて、信者にわざと言わせた可能性も残りますが…」
「ところでサクラよ。その通りすがりの女性とはサクラじゃな」
「エヘッ!」
「やっぱりな、説明するのじゃ」
「3人は王立天海聖真校、武術研究・実践武術特別科で、私の同期生でした」
本当に偶然通りかかった時に、泥酔しているロックが教団の信者と揉めているのを発見した。無抵抗の相手を殴ったら、ロックが目指している実践武術教官長の道が閉ざされると考えた。ロックが信者を殴る前に通りすがりの女性のふりをして、合気道の技で投げ飛ばした。トラブルを見ていた群衆にはロックが女性に驚いて転んだように見えるようにした。転がった彼をドスとアランが抱きかかえて逃げるようにその場を去った。その際、アランがサクラに[助かった、ありがとう]のウィンクをしたように見えた。
「ほう~ サクラが退学させられた特別科の仲の良い元学友を助けたわけか?」
「私から退学、いや退科しました。それにあのころのロック達の態度は最悪で不仲でした」
「ハハハ! 悪かった、分かっておる。教官達がサクラの武術に驚き白旗を上げたと」
「すこし話が脱線した」
「アーサー、大鴉の動きにはもっと注意するのじゃ」
「さらに監視を強化します。トラキール帝国と連携して教団と教祖を探ります」
「よし、会議はおわりじゃ」




