焼け跡で出会ったひと
【プロローグ】遠くの空を、また黒煙が汚している。
数百年の間、この光景を何千回見てきただろうか。魔族の仕業か、天使の裁きか、人間の争いか。誰が誰を焼いているのかなど、もはやどうでもよかった。
駆けつけたところで世界は変わらない。一つの火を消しても、明日には別の場所で業火が上がる。
終わらない戦争の中で、一つの村を救うことなど何の意味も持たない。
——わかっている。それでも私は足を止めず、焼け落ちる村へと歩き出した。
【第一話】
冷たい。
焦げた木と血の匂いが鼻を突く中で、傷口を覆うその感覚だけが、ひどく澄んでいた。
痛みがない。折れたはずの右足が、淡い光に包まれて、強引に細胞を繋ぎ合わされている。
ゆっくりと目を開けると、そこに『それ』が立っていた。
年齢も性別も読み取れない、ただひたすらに静かな顔。敵じゃない。直感だけでそう理解した俺は、足が動くことを確かめるなり、地面を蹴って立ち上がった。
「お願い、友達を助けて……! あっちにいるんだ!」
警戒よりも、焦りが勝った。この得体の知れない相手なら、あるいは。
相手は俺を見下ろし、短く応えた。
「ああ」
たった一言。
それだけ言って、俺が走り出すと、一定の歩調で静かについてきた。
崩れた広場を抜けようとした時だ。
瓦礫の陰から、一体の魔族が飛び出してきた。村を焼いた部隊の生き残りだろう。巨大な爪が、先頭を走る俺の首を刈り取ろうと迫る。
「危な――!」
警告を叫ぼうとした俺の背後で、指先で水滴を弾くような音がした。
――シュッ。
魔法の詠唱も、派手な爆発もなかった。
極限まで圧縮された極細の水流が、魔族の胴体を無音で両断していた。
綺麗すぎる切断面から、遅れてどろりと血が吹き出す。魔族の上半身が地面に滑り落ちる頃には、その人は歩く速度すら変えず、俺の横を通り過ぎていた。
なんだ、今の。
ただの水が、鉄よりも鋭く肉を裂いたのか。
異常な強さに一瞬息を呑んだが、すぐに足を動かす。今は驚いている暇はない。
「ここだ! ……おい、しっかりしろ!」
崩れた石壁の下。そこにいたのは、胸を深く抉られた親友だった。
俺と大して背丈の変わらない体なのに、引き起こそうとしても重くて動かせない。必死に肩を揺さぶっても、力なく首が垂れるだけだ。
追いついたその人は、感情の浮かばない目で親友の体を一瞥した。
「私には助けられない」
事実だけを置く、平坦な声。
俺の足を一瞬で治した、あの異常な力を持っていながら。
「なんで……っ、あなたなら、あんなすごい魔法が使えるなら……!」
「もう死んでいるからだ」
冷や水を浴びせるような、絶対的な宣告だった。
どんな魔法があろうと、死んだ人間は蘇らない。世界の絶対のルールだ。
俺から、声が消えた。
冷たくなった親友の手を握ったまま、俯く。
悲鳴を上げたい。目の前を奪った全てを呪い、怒り狂ってしまえば、どんなに楽だろうか。
でも、それをした先を、俺は知っている。
爪が肉に食い込むほど、両方の拳を握りしめた。震えを押さえ込むみたいに、息を詰める。
憎しみで我を忘れた時の、あの感触。取り返しのつかない重みが、両手の奥に蘇る。
「……憎まない」
震える喉から、絞り出すように音が漏れた。
「憎んだら、また……同じになるから」
その言葉に、背を向けて立ち去ろうとしていたその人の足が、ぴたりと止まった。
「だから、俺は……戦争そのものを止めたい」
首が痛くなるほど顔を上げ、その人を見据える。震える声を押し殺し、無理やり口角を引き上げた。
「俺を、強くしてください」
その人は振り返り、俺の目を見た。
しばらく沈黙が続く。
やがて小さく息を吐くと、そのまま歩き出した。俺から遠ざかる方向ではない。
「……ついてこい」
俺は、その背中を追いかけた。




