漢の跋扈将軍
登場人物
〈漢〉
桓帝…………漢の帝。
梁冀…………漢の大将軍。
唐衡…………漢の小黄門史。桓帝に仕える宦官のひとり。
西暦一五五年、漢の都、洛陽――。
知命の頃も半ばに達しようとしていた。
宮廷では、不敵な笑みを浮かべた恰幅の良い男が、玉座の桓帝を仰ぎ見ていた。特例の待遇を受けている。腰には剣を佩びていた。大将軍の梁冀だった。
この時代の大将軍は、首都を防衛し、国政を取り仕切る宰相の立場である。
梁冀は、何の苦労もなく、父の梁商の位を継いでいた。それが、漢にとって禍した。
己の利益は最優先、傲慢な態度、賄賂で事実を握り潰し、意に沿わない優秀な重臣を次々と処刑した。公卿や百官たちは、保身のために口を噤み、梁冀を批判する者は居なくなった。
遂には、幼いながらも聡明だった僅か八歳の質帝をも毒殺し、遠縁の若者を連れてきて帝に擁立すると、自分の妹を皇后としてあてがった。
まさに、梁冀は漢の毒だった。
「陛下」
その梁冀が、二十歳を幾つか過ぎたばかりの桓帝を威圧するように、野太い声を放った。
「どうやら、北方にのさばる異民族どものせいで、民からの税収が上がりませぬ。これは、国家存亡の危機。故に、北方の憂いを取り除くべく、招聘した者がございます」
「お主が招聘した者ならば、さぞかし優秀なのであろうのう、梁冀よ」
梁冀を見遣った桓帝は、冷淡だった。
「かつて、太尉(軍事長官)を歴任した朱寵の一番弟子として名高い、張奐を召し出してございます。帝位に就いたばかりの陛下は、御存知ないかもしれませぬな」
いつものように、梁冀は傲岸な態度だった。
桓帝は、梁冀から冷めた視線を逸らさず質した。
「……張奐とは、どのような者だ?」
「これまで、幾人もの重臣たちが、朝廷の要職に召し出そうとしても、自邸に籠もり出仕しなかった壮士。それが、私の提唱した北方異民族討伐の将、安定属国都尉の職には応じたのです」
居丈高になって梁冀は返した。
「ほう。さすがは梁冀。大したものだ」
桓帝は、表情をひとつも変えることなく応じた。
「張奐が北で跋扈する異民族を平らげれば、民からの税収は元に戻るかと。これで我が国の財政も安泰ですな」
梁冀は、哄笑しながら桓帝に背を向けると、玉座の間を後にした。
「さては、税収からの窃取が目減りしたな? 張奐に異民族を討伐させ、目減り分を取り戻す魂胆か。跋扈しておるのは貴様ではないか、梁冀」
桓帝は、梁冀の背に貫くような視線を送りながら静かに独語すると、近侍の者を呼び付けた。
「唐衡」
「ははっ」
慇懃な態度で玉座の横から姿を現したのは、小黄門史の唐衡だった。既に還暦を過ぎ、華奢な体軀に白髪の宦官だった。宦官とは、性器を切除された男性であり、宮廷や後宮に仕える役人のことである。
「梁冀の粗を探せ。奴を貶める」
「……御意」
拱手して畏まった唐衡は、音もなく姿を消した。
「朕が傀儡のままでいると思うなよ、跋扈将軍」
桓帝は、再び独り言ちると、残忍な笑みを口辺に刷いた。




