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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第2幕 蠢動の列国
14/42

漢の跋扈将軍

登場人物

〈漢〉

桓帝かんてい…………漢のみかど

梁冀りょうき…………漢の大将軍。

唐衡とうこう…………漢の小黄門史しょうこうもんり。桓帝に仕える宦官かんがんのひとり。

 西暦一五五年、漢の都、洛陽――。

 知命の頃も半ばに達しようとしていた。

 宮廷では、不敵な笑みを浮かべた恰幅かっぷくの良い男が、玉座の桓帝かんていを仰ぎ見ていた。特例の待遇を受けている。腰には剣をびていた。大将軍の梁冀りょうきだった。

 この時代の大将軍は、首都を防衛し、国政を取り仕切る宰相さいしょうの立場である。

 梁冀は、何の苦労もなく、父の梁商りょうしょうの位を継いでいた。それが、漢にとってわざわいした。

 己の利益は最優先、傲慢ごうまんな態度、賄賂わいろで事実を握り潰し、意に沿わない優秀な重臣を次々と処刑した。公卿こうけいや百官たちは、保身のために口をつぐみ、梁冀を批判する者は居なくなった。

 遂には、幼いながらも聡明だったわずか八歳の質帝しつていをも毒殺し、遠縁の若者を連れてきてみかど擁立ようりつすると、自分の妹を皇后こうごうとしてあてがった。

 まさに、梁冀は漢の毒だった。

「陛下」

 その梁冀が、二十歳を幾つか過ぎたばかりの桓帝を威圧するように、野太い声を放った。

「どうやら、北方にのさばる異民族どものせいで、民からの税収が上がりませぬ。これは、国家存亡の危機。ゆえに、北方の憂いを取り除くべく、招聘しょうへいした者がございます」

「お主が招聘した者ならば、さぞかし優秀なのであろうのう、梁冀よ」

 梁冀を見遣みやった桓帝は、冷淡だった。

「かつて、太尉たいい(軍事長官)を歴任した朱寵しゅちょうの一番弟子として名高い、張奐ちょうかんを召し出してございます。帝位に就いたばかりの陛下は、御存知ないかもしれませぬな」

 いつものように、梁冀は傲岸ごうがんな態度だった。

 桓帝は、梁冀から冷めた視線をらさずただした。

「……張奐とは、どのような者だ?」

「これまで、幾人もの重臣たちが、朝廷の要職に召し出そうとしても、自邸じていもり出仕しなかった壮士。それが、私の提唱した北方異民族討伐の将、安定属国都尉あんていぞっこくといの職には応じたのです」

 居丈高いたけだかになって梁冀は返した。

「ほう。さすがは梁冀。大したものだ」

 桓帝は、表情をひとつも変えることなく応じた。

「張奐が北で跋扈ばっこする異民族を平らげれば、民からの税収は元に戻るかと。これで我が国の財政も安泰ですな」

 梁冀は、哄笑こうしょうしながら桓帝に背を向けると、玉座の間を後にした。

「さては、税収からの窃取せっしゅが目減りしたな? 張奐に異民族を討伐させ、目減り分を取り戻す魂胆か。跋扈しておるのは貴様ではないか、梁冀」

 桓帝は、梁冀の背に貫くような視線を送りながら静かに独語すると、近侍の者を呼び付けた。

唐衡とうこう

「ははっ」

 慇懃いんぎんな態度で玉座の横から姿を現したのは、小黄門史しょうこうもんりの唐衡だった。既に還暦を過ぎ、華奢きゃしゃ体軀たいくに白髪の宦官かんがんだった。宦官とは、性器を切除された男性であり、宮廷や後宮に仕える役人のことである。

「梁冀のあらを探せ。奴をおとしめる」

「……御意ぎょい

 拱手きょうしゅしてかしこまった唐衡は、音もなく姿を消した。

ちん傀儡かいらいのままでいると思うなよ、跋扈ばっこ将軍」

 桓帝は、再び独りちると、残忍な笑みを口辺に刷いた。

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