翡翠の耳飾り
登場人物
元緒…………異国の方士。
如羅…………鮮卑の部族の娘子。
投鹿侯…………鮮卑の部族の大人(部族長)。如羅の夫。
李平…………如羅の父が連れて来た漢人の使用人。
破多羅…………如羅の母。
檀石槐…………如羅が産んだ男児。鮮卑の部族の少年。
陳正…………北の湖畔で暮らす李平の知人。漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。
其至鞬…………破多羅の夫。如羅の父。生前は鮮卑の部族の大人。
素利…………鮮卑の部族の少年。
慕容…………鮮卑の部族の少年。
宴茘游…………鮮卑の部族の少年。
卜賁邑…………鮮卑の部族の大人。悪行が祟り、檀石槐により討たれる。
公孫延…………漢人。玄菟郡の官吏。
本拠の遼東まで遊牧地を移動していた。
草原には、一騎だった。
左の耳朶に垂らした翡翠の耳飾りが、風に揺れている。
馬上の素利は、右腕に幾重にも巻いた縄に止まった鷹を空へ放った。優雅に飛翔する鷹を眼で追った。
志を果たすために、自分には何ができるのか。素利は、気付けばそんなことばかり考えていた。武芸が苦手な訳ではなかった。
しかし、慕容や宴茘游、檀石槐には敵わないこともわかっていた。自分にしかできない何か、自分の役割は何か、それが何なのか頭を巡らせる日々が続いていた。
そんなある日――。
「鮮卑族の子だね?」
素利の後方で馬上から声を掛けてきたのは、二十歳を幾つか過ぎた頃の男だった。髪を緇撮で結い、漢服を着ている。漢人だった。
振り返った素利は、笑みを返した。漢人と遭遇するのも珍しくない地域だったが、その男は目立った特徴もない、何処にでも居る村夫子のような風体だった。
「左耳に翡翠の耳飾り……。鮮卑では、大人に有望視する若者に、印として耳飾りを着けさせる部族があると聞いている。君がそれだね?」
「良く知ってるね?」
笑みを浮かせたままの素利は、縄を巻き付けた右腕を真横にした。その腕に空から戻った鷹が止まった。
「近くの民族のことは、少し学習しているからね。君を見る限り、鮮卑族には慧眼の者が多いようだ」
その男は眼を細め、口辺に笑みを刷いた。
「……貴方は、誰人?」
その男に興味が湧いた素利は、警戒を解かず質した。
「紹介が遅れたね。私は玄菟郡の官吏、公孫延と云う者だ。君は?」
「……素利」
「聡明そうな君を見込んで相談だが、どうかな、素利。私と取引をしてみる気はないかい?」
「取引?」
素利は、怪訝な貌を公孫延に向けた。
「そう。君に知識と知恵、そして、情報を渡そう。その代わり……」
公孫延は、照れ臭そうに頭を掻きながら続けた。
「……私の大望に協力して欲しい」
「知識と知恵と情報……」
素利は静かに独り言ちると、再び空へ鷹を放った。
「もう少し詳しく話を聞かせてよ、公孫延さん」
笑みを浮かせた素利は、公孫延に向かって馬を進めた。考えていた何かを見付けたようだった。




