NPCは人間の敵
「……で、ここで様子を見てどうするのです?」
アーサーがそう尋ねて来た。僕らは小高い丘の上にいて、身を隠して丘の下に広がる街の様子を観察していたのだ。
「もし、人間のプレイヤーが友好的に振舞うようだったら、早速近付いて協力を求めるのですよ。何度も説明しましたが、彼らは課金って手段で一足飛びに強くなれるんです。それに、きっとオープンサービスガチャとかもあるだろうし」
僕の説明を聞くと、サヨが「オープンサービスガチャ?」と、不思議そうな声を上げた。
「いえ、ま、気にしないでください。とにかく、人間のプレイヤーは一気に強くなる場合もあるんです」
「そして、我らを襲って来るかもしれない、と?」
「そうです」
僕らが丘の上に辿り着いた時は、まだ眼下の街は閑散としていた。つまり、プレイヤー達は来ていない。そのまま静かに見守っていると、やがて噴水前の広場に点々と影が浮かび上がり始めた。
間違いない。
人間のプレイヤーだろう。
僕は息を呑み込む。
影はやがて明確な形となり、様々なデザインの装備を身に纏ったキャラクター達が現れた。
NPC用のキャラクターとは、明らかに作り込みが違っていた。凝っている。剣士、魔法使い、ヒーラー、弓使い、重装備…… 数が多過ぎて、どれくらい入って来ているのかは分からなかったけど、多分、500人以上はいるだろう。
この街は、プレイヤー達がゲームを始めるエリアの内の一つに過ぎないはずだ。他にもこんな街がたくさんあるだろうから、少なく見積もっても一万人以上はプレイヤーがいるだろうと思う。
“さすが、人気ゲーム!”
僕も、だから注目していたのだけど。
“あれだけ人数がいれば、協力してくれるプレイヤーも絶対にいるはずだ!”
増えていくプレイヤー達を見ながら、僕は静かに興奮していた。
もっとも、協力してくれるプレイヤーを見つけるまでに、僕が殺られてしまう可能性だってあるのだけど。
不安と同時に感じる期待。何とも言えない高揚感。ゲーム好きの血が騒いでしまっていたのかもしれない。
現れたプレイヤー達は、まずはアイテム屋や武器屋などを物色しているようだった。装備を整えて、街の外でモンスターを狩るつもりなのだろう。当たり前だけど、いきなりプレイヤー同士で戦闘を始めるような乱暴者はいなかった。
“まだレベルは低いはずだから、こっちのレベルを教えれば戦闘を挑んで来るような馬鹿な真似はしないだろう。街の外に出たら話しかけてみよう”
プレイヤー達の平和な雰囲気に安心をした僕はそう考えた。が、そこで不穏な影が街の外からやって来ているのを見つけたのだった。
目を凝らしてみると“NPC”の文字が赤く浮かんだ。見間違いじゃなければ、何度か小競り合いをした事がある攻撃的なパーティだ。僕は警戒の意味を込めてチーム・レッドと呼んでいる。
“あいつら、何をするつもりなんだ?”
僕は俄かに悪い予感を覚えた。
やがて連中は街まで辿り着くと、建物の影に身を潜めたようだった。人間のプレイヤーがそこに近付いて行く。まだパーティも組んでいないし装備も整えていない。ログインボーナスやオープンサービスのアイテムか何かは持っているはずだが、連中の相手にはならないだろう。
“まさか……”
僕の悪い予感は的中した。
人間のプレイヤーが間合いに入った途端、連中は建物の影から躍り出て、攻撃を加え始めてしまったのだ。
突然始まった戦闘に、他の人間のプレイヤー達が俄かに騒々しくなる。人間のプレイヤーが襲われているのだと判断したのか、加勢しようと何人かが集まった来た。が、レベル1のプレイヤーが、レベルが遥かに高い複数人に襲われているのだ、時間がかかるはずがない。プレイヤー達が集まって来る前にあっさり勝負は付いていた。他のプレイヤー達が近くに来た時には、連中は戦利品のアイテムの回収を終えていた。
NPC達のパーティ、チーム・レッドは人間のプレイヤーが弱いと分かると調子に乗ったようだった。今度は加勢しようと集まって来たプレイヤー達をターゲットにしたらしく、武器を構えて襲いかかっていった。
“あいつら、ここにいる全員を相手にするつもりか?”
明らかな盗賊行為…… と言うか、本当にまんま盗賊だ。盗賊が街を襲っているのだ、これは。
レベル差もあるし、このゲームにはチーム・レッドの方が慣れている事もある。軽々と連中は人間のプレイヤー達を狩っていった。敵わないと見ると、プレイヤー達は「いきなりなんだー!」、「ふざけるなー!」、「このゲーム、無理ゲーじゃねーか!」などと叫びながら散り散りになって逃げ始めた。
それを見て、レッドの面々はますます調子に乗ったようだった。
が、僕はその光景を見て“……あいつら、終わったな”と思っていた。
まだ始まったばかり、しかも人間のプレイヤー達が集まっている場所なんて、絶対に戦闘禁止エリアになっているはずだからだ。
そのうちに、人間のプレイヤーの一人が、いい気になって切りかかったレッドうちの一人の攻撃を盾で受け止めた。
他にも数人、チーム・レッドに対抗できているプレイヤーがいた。間違いなく課金組だろう。強力な武具を装備しているのだ。
チーム・レッドは多少は警戒したようで距離を取った。そんな彼らを他のプレイヤー達が囲む。弓矢使いや魔法使い達が遠距離から彼らの事を狙っている。
“これはまずそうだぞ……”
或いは、そのままでも彼らは倒されていたかもしれない。が、その前に聞き覚えのある呑気なフヨフヨフヨという効果音が響いて来た。“来たか”と僕は思う。パトロール隊だ。
その宇宙人のような天使のような特徴的なデザインの、ファンタジーな世界観の中では浮きまくっているキャラ達の登場に、人間のプレイヤーは戸惑っているようだった。
パトロール隊は、チーム・レッドの頭上まで来るとUFOから出る光のようなもので呆気なく彼らを捕えてしまった。そして、それからこんなアナウンスをする。
『お騒がせしております。
こちらシステム運営直属のパトロール隊です。この近辺は戦闘禁止エリアの為、戦闘行為を行ったこのNPCのパーティにこれからペナルティを与えます』
それからかなりレトロな雰囲気のある、穴に落ちた時の様な効果音が流れた。みると、チーム・レッドのメンバー達に“レベルダウン”の文字がいくつも表示されている。文字一つでレベルがが1下がった事を意味するのだとすれば、多分、20くらいはレベルが下がっているのじゃないかと思う。
『プレイヤー達の皆さんから奪ったアイテムや武器も没収し返却します』
と次に声が聞こえ、チーム・レッドの懐からアイテムや武器が浮上してくる。
『ゲーム内の通貨、ゴールドも半分、没収……』
コインを落とした時のようなチャリンチャリンという効果音。
それが終わると、ようやくチーム・レッドは解放された。
それからパトロール隊は、人間のプレイヤー達に頭を深々と下げる。
『このNPC達は、オープン前からこのゲーム世界で活動していまして、コピー人格“ゴースト”が操作しています。
ゴーストが、まさかこのような凶暴な行動に出るとは想定外でした。お詫びとして、先程倒されたプレイヤーの皆さんは、こちらで即時無料復活させていただきます。また、更にお詫びとして、プレイヤーの皆さんには、1000ゴールドを支払わせていただきます』
その瞬間、さっきチーム・レッドに倒された人間のプレイヤー達が影が浮かび上がるようにして戻って来た。NPCの僕の立場では分からないが、きっとゴールドもユーザー達には配られているのだろう。
“迅速な対応だ”と、僕は思う。
だが、迅速過ぎる。恐らく、これは予め運営側が仕組んでおいたイベントなのだろう。これにより運営の誠実さをアピールできたし、“得をした”という感覚をユーザーに味あわせる事ができる。それに、なにより……
「おい、お詫びは良いとして、俺はそいつらに仕返しがしたい。やっちまって良いんだよな?」
そんな声が上がる。
それに、なにより……、プレイヤー達にNPCへの敵意を植え付けられる。
見ると、剣士の姿をしたプレイヤーが、切っ先をチーム・レッドに向けていた。さっき彼らに対抗していたうちの一人だ。
『先ほどもアナウンスした通り、ここは今は戦闘禁止エリアに指定されています』
と、それにパトロール隊。
残念そうな雰囲気が流れたが、一呼吸の間の後でパトロール隊はこう続ける。
『ですが、この街の外は戦闘禁止エリアではありません。この街の外でなら、ご自由に戦闘をしていただいてけっこうです』
それを受けると、ユーザー達は「おおっ!」と声を上げる。それからパトロール隊は、チーム・レッドを再び捕らえると街の外にまで運んでいった。連中はきっと青い顔をしているに違いない(いや、そこまでの表情パターンは用意されてはいないだろうけど)。レベルも下げられているし、この人数を相手にすれば間違いなく全滅させられるだろう。自業自得とはいえ惨い事になりそうだ。
血の気の多いプレイヤー達の一部は、パトロール隊の後を意気揚々と追っていた。そして街の外に出るなり戦闘…… というよりもチーム・レッドの公開処刑が始まったようだった。連中はプレイヤー達の魔法や剣戟の餌食となっている。ほとんど抵抗できていなかった。
「なんということだ」とそれを見てアーサーが呟いた。サヨは悲しそうな顔をして目を背ける。
助けてやりたいが無理だろう。僕らまでやられてしまう。
……いや、レベル差があるからなんとかなるかもしれないが、それをやったら僕らまで“お尋ね者”になってしまう。人間のプレイヤー達とは敵対したくない。
そこで「倒したぞー!」という声が聞こえた。連中は死んだらしい。どちらせによ、間に合わなかったかもしれない。
「取り敢えず、ここを離れましょうか?」
僕はそう二人に提案した。
とにかく、今後の方針を決めなくちゃいけない。
だが、そう思って立ち上がったところで声が聞こえたのだった。
「おい! 来いよ! あそこにもNPCがいるぞー!」
見ると、いつの間にか丘の近くにまでプレイヤー達が来ていた。剣や弓を取り出している。どうやら僕らを狩る気でいるようだ。チーム・レッドの所為…… いや、システム運営の策略の所為で、僕らは狩りの対象となってしまったのだ。
「まずい! 逃げますよ!」
その僕の掛け声を合図に僕らは一目散に逃げ出した。直線ならステータスの“速さ”が僕らの方が遥かに上だから簡単に逃げ切れそうだったが、どうやら丘の周りに既にプレイヤー達はいたらしく逃げ道を防がれてしまう。
「アーサー! できる限り傷つけないように頼みます」
と、僕は指示を出す。
アーサーは頷く。
「分かりました!」
それを受けると、僕らはプレイヤー達に向かった突っ込んでいった。その様を見て、“狩れる”と思ったのか、プレイヤー達が剣を握って襲いかかって来る。僕は一人を突き飛ばすと、
「あなた達に敵意はありません! 傷つけたくもない。こっちの方がレベルは遥かに上です! 挑んで来ないでください!」
そう叫んでみた。
が、どうやら信じてはくれなかったようだ。「よく喋るNPCだな!」などと言って構わずに襲いかかって来る。アーサーが一人をハンマーでぶっ叩いた。吹き飛んでいってしまう。
「アーサー! やり過ぎですって!」
「しかし!」
そこでサヨがプレイヤーの一人に捕まれた。そいつは片手に短剣を持っていた。僕は反射的に剣でそいつを薙いでいた。転がっていく。
「あなただって!」
「いや、だって、あいつ、サヨを傷つけようとしたから!」
サヨはそれを聞いて「すいません」と謝って来た。「いや、サヨが謝る事じゃないですよ」とそれに僕。
……とにかく、そんなこんなでなんとか僕らは逃げ切れたのだけど、人間のプレイヤー達から敵認定されてしまったのはほぼ確実だろうと思われた。