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-序章-


 春の到来……。

 大地はまだ冷たい空気に覆われているが、時折吹く風には優しさを感じられるようになって来ている。

 暖かさに誘われるように枯木は新しい命を芽吹き、動物達は恋の歌を口遊む。

 その様相は緑が生い茂る森に限られた事ではなく、多くの人が行き交う都会でも変わらぬようだ。


「ねぇ和輝、少し早いけど晩ご飯にしない?」

「そうだな、美佳は何か食べたいものでもあるか?」

「ん~っと……和輝が食べたいものなら何でもいいわよ」


 交際を始めて一年を迎える二人にとっては、今が一番幸せを感じられる時間の筈なのだが、何故か和輝は昨日から美佳に対して言い様の無い違和感を感じていた。

 決して自分への態度がおかしい訳では無いし、話し方や言葉選びがおかしい訳でも無い。

 それなのに、何故かふとした仕草がいつもとは違うと感じてしまうのだ。 

 原因は何なのか……。

 自分と居る事が負担となり疲労感を与えているのではないか……。

 和輝の心に不安が募る。


「どうかしたの?」

「ううん……別に大した事じゃないんだけど、美佳が疲れてないかなって」

「私が? 今日は楽しいデートなのに疲れる訳ないじゃない」


 両手を重ねるように口に当て、クスクスと慎ましく笑う仕草は見慣れた姿の筈なのだが、やはり何かが違うと感じてしまう。

 気にしないようにと思えば思うほど、違和感は大きくなり心の隅に引っ掛かる。

 そんな時、食事中のふとした美佳の仕草に違和感の一つを見つけてしまう。


「あれ? 美佳って前から左利きだったっけ?」

「え? あ、ああ、これね……本当は左利きだったんだけど、お父さんが古い考えの人で、お箸や鉛筆は右手を使う様に躾けられてたのよ」

「そうなんだ」

「うん、でも和輝と一緒だと気が緩んじゃって、ついね」


 舌を出し、お道化るように語る仕草が可愛らしい。

 やはり違和感は自分の思い違いなのだと、そう納得しようとした時、和輝は信じられない光景を目の当たりにする事となる。

 二人は店の中程の席に座り食事をしていた。

 美佳の後方にはテーブルが一列並んでおり、その奥には美しい夜景が望める窓がある。

 窓は時折外を走る車のヘッドライトに照らされながら、店内に居る客の姿を映し出していた。

 そんな中に和輝は、幸せを噛み締めた笑顔の自分を探し出す。

 笑顔の手前には当然、美佳の後ろ姿が映し出されていなければならないのだが……。

 …………。

 そこには、こちらを向いている美佳の姿が映し出されていた。

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