113
ついに最終決戦の火蓋が切って落とされた。それにしても神のやつはなんだ。勝手に皿を取っ替えるとは。勝負の種目、ルールは俺がすべて決めるんじゃなかったのか。話が違うじゃねえか。
しかし勝負は始まってしまった。目の前にはカレー。赤い。こんなカレー見たことない。もちろん食ったこともない。でも今は食わなきゃいけない。
恐る恐るひとくち目を口に運ぶ。
ん? 想像してたより辛くない。見た目ほどじゃない。いけるかも。
ホッとした。しかし安心するのは早かった。
ひとくち目を飲み込んだ。いや、正確には“飲み込みかけた”。カレーが口の奥を通って喉へ落ちようとした。
その瞬間にガツンと来た。炎が喉を暴れまわるかのよう。強烈な辛さ、というか痛さが喉の奥から噴流した。
「グフッ! ゴホッ! ゲホッ!」
思わず咳き込む。手を口に当てて辛うじて抑える。吹き出したらみっともない。
「おやおや。外に出したりしたら負けじゃからな」
神のやつがまた勝手にルールを追加する。やりたい放題か!
神のほうを見る。やつは悠々とカレーを口に運んでやがる。ひとくち、またひとくち。クソッ、負けてられるか!
水を取る。水は無制限。一気に飲む。冷たさが辛さを忘れさせてくれる。よし、なんとかこれで……。
甘かった。いや“甘い”んじゃない。“辛い”んだ。飲み終わると同時に辛さが口いっぱいに広がった。さっきは口の奥だけだったのに。
「ホッホッホッ。激辛カレーに水は厳禁。貴様そんなことも知らんのか」
やつは余裕の表情。またカレーをひとくち口に運ぶ。チクショウ。あいつほんとに平気なのか。“奇跡の力”とかを使ってズルしてんじゃないのか。
審判役のメフィストフェレスのほうを見る。目で訴えるが顔を左右に振られた。どうやらズルはしてないらしい。
カレーをかき込み、水を飲む。辛さが広がるが仕方がない。そうやってなんとか皿半分まできた。
やつのほうを見る。するとどうだ。やつの皿はもう空。ひとくちだけスプーンに乗せて俺の方をニヤニヤ見てやがる。こいつ、俺が食い終わるのを待ってやがるのか。
頭がガンガンする。目からは涙。鼻水も出てきた。でも負けるわけにはいかない。奥名先輩の命が掛かってる。
必死にカレーをかき込む。そして俺がひと皿目を食い終わる寸前、やつは一瞬早く最後のひとくちを飲み込んだ。
「ひと皿目、神様がリード」
メフィストフェレスの声が響く。
ふた皿目が運ばれる。神のやつがまた皿を選ぶ。そうすることが当然かのように。文句を言いたい。でも口が火事で言葉が出ない。
全身から猛烈な汗。下着までもぐっしょり。額から垂れたのが目に染みる。まさか汗にカレーが混じってるなんてことはないよな。
腹の中で火龍が暴れる。クラクラする。しゃっくりまで出てきた。でもひたすらカレーをかき込む。
3分の2食ったところでやつのほうを見る。まだ食べている。ペースは落ちてるかも。しかし残りはもう3口ほど。汗もかいているように見えない。
チクショウ、やはり人は神にはかなわないのか。この勝負、最初から無謀だったのか。俺は先輩を助けることはできないのか。
必死にふた皿目のカレーを水で流し込んだ。しかし今回もやつはひとくちだけ残して俺を待ち、俺が食べきるより一瞬早く最後のひとくちを飲み込んだ。
「ふた皿目、神様がリード。変わらず」
メフィストフェレスの無情な声が響いた。