土曜日〜戦場〜
田中岩男、御年48歳。
俺は今人生で初めてーー
「いらっしゃいませー!!!」
店内に響く高らかな声に、俺はある種の恐怖を感じていた。
そう。
何を隠そう、俺は人生で初めての1人大型スーパーに来ていた。
買い物カゴを左手に、昨晩書いたメモ帳を右手に持ち。
必死に顔が引きつりそうになるのを堪えていた。
(な、なんだここは…?)
夜の閉店間際の小さなスーパーとは訳が違う。
コンビニの『いらっしゃいませ』とは格が違う!
ここは…ここは…
(戦場かーー⁉︎)
知らず知らず入口付近で立ち尽くしてしまう。
店員のハキハキとした声、店内に響き渡る放送、そしてーー
ドンっ!!!
「あたっ⁉︎」
「ちょっとあんた!そんなとこに突っ立ってたら邪魔よ!」
歳の頃は俺とほとんど変わらないだろう。
恰幅のいいおばちゃんが俺の肩に当たってきた。
「んもうっ!さっさとどきなさいよね!」
そう吐き捨てると、カゴを乗せたカートをするすると押して行った。
「す、すみません…」
既に聞こえないであろうが、俺は小声で謝罪した。
そうだよな。ここにいては邪魔だ。
俺は通路のど真ん中から壁側へと移動する。
見渡す限り、女性や家族連れがほとんどだ。
中年のおっさんなんて俺くらいなものだ。
(浮いてる…!俺今とんでもなく浮いてるぞ!)
そりゃそうだ。
何が悲しくて中年のおっさんが1人で買い物カゴを持って、こんな大型スーパーに来なければならんのだ。
周りの視線が痛い。
きっとみんな俺の事を言っているのだろう。
『お前みたいな中年のおっさんはコンビニで充分だ』
ーーと。(注:あくまで個人の見解です)
はぁ…
否が応でも大型スーパーでなければならない!という訳ではない。
ここなら食材も調理器具等も揃っていると思ったからだ。
なら一回で済む買い物なら、ここに来ない手はないだろう。
だが…
「俺はどこに行けばいい…?」
思わず声が漏れていた。
あまりにもここが広すぎて、一体どこから…否、どこへ向かえばいいのかすら分からなくなる。
(そう言えば…)
期末テスト前の息子を思い出す。
テスト範囲が広すぎて、どう手を付けていいのか分からず悶絶しまくってたっけなぁ…
アレだ。俺もアレと同じ状態なのだ。
さすがに悶絶まではしないーー立ち尽くしてはしまったーーが、今ほど息子のあの時の気持ちを分かる時が来るとは…
息子よ。父は分かるぞ。
(お前も苦労したんだな…)
涙がほろりと溢れそうになるのを堪え、俺は慌てて宙を仰ぐ。
「…ん?」
すると目線の先に【調味料コーナー】という垂れ看板を見つけた!
(あれだぁぁぁぁっ!!!)
次の瞬間。
俺の足は一目散に“そこ”へと向かっていた。
◇◇◇
ぜー…ぜー…
息が切れる。
砂糖やサラダ油などの調味料をカゴに入れ、粉末タイプのだしも手に入れた!
なんならキッチンペーパーも既に手中にある。
お玉だって俺のものとなる。
そう。
問題はここからだった。
●まずはヘラ。
フライ返しという名前なのかヘラなのかも分からず、俺はそいつの目の前で30分もウロウロしてしまっていたのだ。
更には何かそれっぽいのを認識した後は、穴開きとそうでないのとで悩むこと30分。
結果→良く分からなかったので両方カゴに入れた。
●続いてボウル。
これは至って単純。
プラスチック製と金属製の良し悪し。
俺的にはプラスチック製がいいのだが、金属製の混ぜる時のシャキンシャキンとした音が何かプロっぽい!という想像から、どちらにするか迷うことまたまた30分。
結果→とりあえず両方共カゴに入れた。
●そして軽量カップと軽量スプーン。
軽量カップの方はまだ良かった。
見やすくて使いやすそうなのを選べばいいのだから。
問題は軽量スプーンだ。
何だこれは⁉︎
1つ1つバラバラのものと、3連のものと5連のものと、最高10連のものがあったぞ!
5mlだの15.mlだの意味がわからん!
そんなに軽量スプーンとは軽量するものなのか⁉︎
そんなこんなで軽量スプーンに45分も使いーー
結果→10連と5連と3連をカゴに入れた。
「こ、これだけ揃えれば買い忘れはさすがにないだろう…」
肩で息をする中、俺は勝ち誇ったかのように言葉にした。
あれだけ悩んでた四角いフライパンなんて1発だった。
なんてったって【卵焼き専用】と書かれていたからな!
左手に持っていたカゴは、もう1つ右手でも持つことになった俺は、しみじみと体力の衰えを感じていた。
(や、やはりここは…)
ーー戦場だ!!!
長い列に並びながら、レジに辿り着くのをひたすら耐えていた。
後に合計金額に驚愕し、更には俺の選んだものの半分は無駄だったと気付く事になるのだが…
それはまた後の話である。




