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月のない夜  作者: 林 秀明
1/2

前編

 寒い夜空が耳を通して身体へと伝わっていく。キーンと耳が痛くなるほどの寒い夜のことだった。


「今日は特に冷えているから、外へ出てはだめよ」


 お母さんはコートを羽織り外へと出る支度をしている。


「どうしてお母さんは出るの?」


娘の美樹は不安そうな顔をした。


「お母さんは用事があって外に出るのよ。みーは用事がないでしょ。それに今日は寒くて月もない夜だから出てはいけない。お化けが出てきちゃうわよ」


 お化けの仕草をしたお母さんはとても怖かったけど、抱きついたらとても温かった。お化けて冷たくて寒いのかな。


 お母さんは「じゃあ」って言って出て行った。いつも月が出ない夜になって、出ていくお母さんの姿を見るたびに、また今日も出ていくのかと不安になる。私のお父さんは私が小さい時に死んじゃったらしい。なんか突然いなくなってよく分からないとお母さんはいつも話したくない様子で話す。お父さんの写真は一つもなく、私はお父さんがどういう人か全然分からない。お父さんって一体なんだろう。


急にお外が見たくなって窓を開けようとしたら外は真っ暗闇だった。急な冷たい風が窓から中へ入ってきて、私は怖くなって窓を閉めた。怖くて冷たいもの、それがお化けなのかな? 手足が冷たくなって私は布団の中へもぐり込んだ。羽毛の香りと温かさが身体へと伝わってくる。部屋の中にはお化けはいない。お化けは外にいるんだ。私はゆっくりと目を閉じた。


 翌朝お母さんが隣で寝ていた。すやすやと気持ちよさそうに寝るお母さん。こんなに疲れて昨日はどこへ行っていたのだろう。


 学校がお休みだったのでお母さんとゆっくり朝ご飯を食べた。お母さんは食パンを食べながらも頭をこくりと何度もしている。


「昨日帰ってきたの遅かったの?」


「そんな事ないよ。ミーが寝てからすぐに帰ってきたわよ」


「何時くらい?」


「時計見てないから覚えてないわよ」


 いつものパジャマ姿でいつもの笑顔でお母さんは答える。お母さんの顔が無理をしてるって感じて、胸が苦しくなる。お父さんがいなくなって夜働いているのかなって思う。


 お昼になって今日は天気がいいからと言ってお母さんは近くの公園へ行こうと言った。

年末も近く、木々の枯れ葉が地面へと落ちていて、きれいに掃除されている。みんな大掃除してるんだなって自分の家だけが特別じゃないと安心してくる。


 公園へは長い坂道を登らないと行けなかった。


「このつらい坂道を人生のように思えってお父さんよく言ってたわ。子供が出来たら一緒にこの坂を家族で乗り越えようってね。でも……」


お母さんは立ち止まって顔を伏せた。涙が地面へとゆっくりと落ちる。「叶わなかった」って言いたいのだろうけど、言うともっと悲しくなるんだろう。


「でもこうしてみーと一緒に登ろうって考えるとまた頑張ろうって思う。私がしっかりしなきゃ。お父さんが帰ってくると信じて」


お母さんは涙を拭き、また歩いた。私はお母さんの背中をそっと押しながら歩く。温かい背中は冬のどんな暖房器具や衣服よりも温かった。お母さんはお父さんの事が好きなんだなって感じる。たとえいなくてもきっと帰ってくると信じているから。


 公園に着いた。遊具がなく、簡素なベンチと枯れ葉だけが落ちている小さな公園。お母さんはベンチに腰かけてから一言も話さなかった。ずっと公園を見渡しながら何かを思い出している。青く広がった広い空。陽が沈むにつれ木陰が大きくなってきて、私の身長を追い越した。


「もう帰ろうか……」


お母さんはそっと手を差し伸べ、ベンチから立ち上がった。私は小さくうなずき、公園を出た。

 


 その日の夜もお母さんは用事があるからと外へと出て行った。昼間とは違い、雲が覆い隠す暗い夜だった。


 私はカーテンを閉め、布団の中へうずくまった。冷たく怖いものから逃げるため、早く朝にならないかなって思った。けどお母さんが心配でたまらなくなった。今頃坂の途中で立ち止まっていないかな。あの温かい背中は冷たくなっていないかな。お母さんのことを考えると目が覚め、不安になってしかたがない。私は衣装ケースに入ったコートとマフラーを羽織り、外へと出ることにした。

 

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